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二章
05.喫茶
しおりを挟むただお茶を飲むのにも随分性格が出るものだ。小夜はそう思った。
バルトリアスは熱いのにも関わらずグイッと煽るように一気飲みする。
フレイアルドは品良く静かに飲むが、いつの間にか茶器を空けている。
ラインリヒは、少し冷めるのを待ってからごくごくと美味しそうに飲む。
そういう小夜は、茶特有の香りと色を楽しみながら、ちびちびと飲むのが好きである。
結局一番最後に飲み終わったのは、小夜だった。
小夜が飲み終わるのを待ち、バルトリアスはアスランに次なる遺物を出すよう命じる。
それまでのものよりも一層恭しく置かれたのは、青い宝石が品良く配置された首飾りである。
目が惹きつけられるほど美しい首飾りだ。
「今までの遺物はいずれも休眠前のものだ。だがこれはすでに休眠している。休眠が何かは理解しているのだろうな?」
小夜は前に聞いた説明を思い出す。
「……女神様の力がなくなって、動かなくなってしまったのですよね」
「そうだ。だがこれは装飾品としても価値がある故、これまで保管されてきた」
小夜はその言葉に引っ掛かりを覚える。
装飾品として価値があるから、保管されてきたとはつまりーー
「休眠した遺物って、まさか捨てられてしまうのですか?」
小夜以外の全員ーーアスランを除くーーが頷いた。
フレイアルドは困ったように微笑む。
「……通常、休眠した遺物が再び使えるようになることなどあり得ません。なので、この首飾りのように装飾品として価値あるものや、思い出深いものは保管され、それ以外の他に用途を見出せない形のものは捨てられてしまうことが多いのです」
「捨ててしまうんですね……」
小夜が現れる前は祝福など出来なかったのだから、捨てられるのが当たり前だったのだろう。
けれど小夜が休眠した遺物も祝福できるとなったら、捨ててしまった人は相当悔やむのではないだろうか。
小夜だってもったいないと思う。
特に怪我や病の治療に使う遺物が失われてしまったなら悲しい。
小夜の貧乏性な考えを見透すかのように、フレイアルドは心配ないと言った。
その表情は、いたずらが成功した子供のようだった。
「サヨ、王都で私が何の事業の責任者だったか忘れてしまいましたか?」
「えっと……?」
すっかり忘れていたが、フレイアルドは確か、不要品回収事業の責任者だったはずだ。
まさか、とフレイアルドを仰ぎ見た。
「休眠した、遺物も?」
フレイアルドの事業ではどんなものも引き受けていた。果物の皮さえも。
「面白いことに、これまで大切にしていたものが今日から無価値だと言われると、人は中々棄てる踏ん切りがつかないものです。しかし、その無価値なものが僅かでも金品になると知った時、多くの人は簡単に手放すのですよ」
無価値だったものが僅かな金品になると知れば人は手放す。
小夜はその言葉にふと、自分もそうだったのではないかという考えが閃いた。
父にとっても母にとってもそれまで無価値だった自分。
両親はその自分とあの男を結婚させることで、もしかしたら何らかの利益を得る予定だったのかもしれない。
今となっては真相は知りようがないが、あの急な結婚の理由はそれくらいしか思い浮かばなかった。
小夜は長机に安置された首飾りをじっと見つめた。
自らを含め人の美醜は分からない小夜だが、美術品や歴史的価値のある宝飾品を眺めるのは嫌いではなかった。
もちろん小夜が日常的に美術館や博物館に足を伸ばすことを許す両親ではない。
小夜が目にしたことがあるものといえば、学校行事で訪れた先に展示されていたものくらいだ。
その審美眼などない小夜から見てもこの首飾りは美しい。
ただ美しいというだけで、この首飾りは無能ではあるが無価値とはされなかった。
それならば小夜はきっと、無能な上に美しくもないのだろう。
ガラクタと呼ばれ捨てられた遺物のように。
能力がなければ、捨てられても文句は言えないのだ。
実の両親にさえ、自分は必要とされなかったのだから。
「サヨ? どうしました?」
「あ……ご、ごめんなさい」
心配そうなフレイアルドの声に現実に引き戻される。
ぼんやりなどしている場合ではなかった、と気合を入れ直した。
慌てて姿勢を正し、前に向き直る。
「こちらも触れてみていいですか?」
それまでぼうっとしていた小夜をバルトリアスは睨んでいる。小夜がそう伺えば、厳しい顔つきのまま首を左右に振られた。
「ーーいや、終わりにする。今日はもう良いから其方は休め」
「ま、待ってください!」
小夜は身を乗り出した。
バルトリアスは忙しい時間を縫ってやってきている。
フレイアルドだって普段は多忙だ。
なのに、自分の考え事ごときで検証を終わらせるわけにはいかない。
「大丈夫です。何ともありませんので、できます」
「ならばラインリヒ、診察しろ」
小夜の意見などおかまいなしにバルトリアスは命令を下した。
隣を見れば、気遣わしげな兄の顔がある。
ごめん、と口の形だけで謝ってラインリヒは小夜の手を取った。
常日頃持ち歩いているという遺物を腕に嵌められる。
じっと遺物の様子を観察していたラインリヒは、溜め息を吐き小夜の頭に手を置いた。
「サヨ、今日はここまでにしよう」
「ーーっ」
小夜は唇を噛んでうつむく。
まだできるし、役に立ちたい。けれど医者であるラインリヒが終了宣言をしてしまえばそれを覆す力は自分になかった。
彼らにわがままを言ってはいけない。
小夜がやっとのことで小さく頷くと、周りはほっとした空気を漂わせる。
三人はまだ話があるらしく、小夜はマルクスに自室まで送ってもらうのだった。
***
小夜の退室後、フレイアルドはバルトリアスに首飾りを押し付けられた。
「これは預けておく。其方の目で確認しておけ」
それは小夜が休眠中の遺物も祝福できるかどうか確認しろという意味に違いない。
フレイアルドは戸惑った。
見事な細工といい、宝石の大きさといい、王族の持ち物と言われても疑いようのない品だ。
そのような高価な品を軽々に預かる訳にはいかなかった。
「しかし、これは非常に貴重な品ではないですか。当家にも休眠中の遺物くらいありますが」
バルトリアスは腕を組み、そっぽを向いた。
「どうせ着ける者もいない。祝福して再び使えるようになったら、サヨに使い方を教えておけ。ゲムミフェラの最上位品だ」
ゲムミフェラの遺物は、その多くが身を守る効果を持つ。
侯爵邸を警備し、侵入者があれば早鐘で知らせる遺物もゲムミフェラのものである。
そっぽを向いたバルトリアスの意図が分かり、フレイアルドの中の怪物が鎌首をもたげた。
「首飾りとはあからさまな。他になかったんですか?」
「……ない」
フレイアルドと目線を合わせようともしないバルトリアスを一方的に睨みつけると、その背後から激しい殺気を感じた。
それはバルトリアスの専属護衛、アスランから放たれている。
「アスラン、軽々しく殺気を飛ばすな。控えていろ」
バルトリアスも殺気に気付いたらしく、忠実な護衛に釘を刺すと溜め息をついた。
アスランは命令通り殺気を収める。とても器用なことだ。
バルトリアスが嘆息した。
「常に身につけろなどとは言わぬ。あれば有用なこともあろう」
「……貴重な品をありがとうございます」
「礼など要らぬ」
一旦は鎮静化した緊張感を再燃させたのは、全く空気を読まないラインリヒの質問だった。
気まずげに頬を掻きながら、ラインリヒは視線を泳がせている。
「あのー……殿下はサヨがどの加護を得ているか、もうご存知なんですか? サヨは貴族院には行けないし、神殿にも行ってませんよね? まさか……」
「ーーっ」
その鋭い質問にバルトリアスだけでなくフレイアルドも体を硬くした。
フレイアルドも先ほどの発言には引っ掛かりを覚えていたのだ。
ーー小夜がゲムミフェラの遺物を扱える、それをなぜバルトリアスは確信しているのか。
「まさかと思いますが、サヨの匂いを嗅いだのではないでしょうね」
生まれ持った女神の加護の有無を確認する手段はいくつかある。
一つは神殿、もう一つは貴族院。
それぞれの場所で神像に祈りを捧げる方法が一般的だ。
だが、あまり推奨されない手段として匂いにより確認するという方法がある。
フレイアルドはまさかそれを実行したのか、とバルトリアスを睨みつけた。
バルトリアスは目を閉じ、沈黙していた。
しかし逃れられないとでも思ったのか、罰の悪い顔で「不可抗力だ」と言った。
「以前あの娘が倒れたのを助けた。その時だ。決してわざとではない」
「……そうですか」
剣呑な空気が応接室を満たす。
フレイアルドの胸中は荒れ狂っていた。
わざとではなく事故だとしても、小夜の匂いを知った男がいる。
相手がバルトリアスでなければ、どうしていただろう。
少なくとも二度と小夜とは会わせないだろう。
フレイアルドはその紫の眼でバルトリアスを射抜いた。
「以後はどうかお気をつけ下さい。サヨはまだ意味を知りませんから」
「ーーああ」
重々しく頷くバルトリアスにフレイアルドが溜飲を下げたその時、小夜を送っていったはずのマルクスが慌てたように戻ってきた。
もしや小夜に何かあったのではと腰を上げたフレイアルドは、マルクスの言葉に動きを止める。
珍しく焦るマルクスは、額の汗を拭いながら報告した。
「ご歓談中失礼いたします。ーーただいま、ザルトラ伯爵ご夫妻が門前に到着されました」
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