揺り椅子の女神

白岡 みどり

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二章

09.家門

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 小夜とフレイアルドが去った部屋の中、立ち尽くす伯爵は真っ青な顔をしていた。

「……そんな顔なさるなら、なぜ大きな声をお出しになったのです?」

 その妻からも呆れたような視線を向けられて、伯爵は口髭をもごもごとさせている。
 
「む……」
「サヨはずっと父親から暴力を受けていたとラインリヒからもお聞きだったでしょう? あなたの大きな体と大きな声にあの子が怖がるのなんて分かりきったことではありませんか!」

 アマーリエからそのように滔々と責められ、落ち込んだ伯爵は小さくなって椅子におさまった。
 
「しかし……サヨはもう我が家の娘だ。いつまでも独り身の男と一緒に暮らすなど……」

 すっかり年頃の娘を持つ父親の主張である。
 アマーリエとバルトリアスは顔を見合わせ、溜め息をついた。

「それは、そうですけれど。なにごとも言い方と言っていい状況というものがありますわ」
「む……」

 すっかり意気消沈してしまった伯爵を前にバルトリアスはどうしたものか、と思案した。
 今後小夜が伯爵に恐怖心を抱くようになればバルトリアスの計画に支障をきたすのは明らかだ。

(サヨがもしザルトラからの庇護を受けられないとなれば一体どうするか……)

 そこへフレイアルドとラインリヒの二人が応接室へ戻ってくる。

 おそらくは途中で合流し、フレイアルドからことの顛末を聞いたのだろう。
 ラインリヒは入室するなり憤慨しながら伯爵へ突っ込んで行った。

「親父!! あれだけサヨの前では大人しくしてろって言ったよな!!」
「む……」

 つるりとした頭に汗を浮かべ、伯爵は視線を泳がせる。
 追撃するラインリヒをバルトリアスは面白そうに眺めていた。
 フレイアルドはといえば何故か大荷物を持って佇んでいる。

「だいたい! まだ来るなって言っておいたのに何で急に来るんだよ!! 一言くらい連絡入れろこのクソ親父!!」
「なっ……クソ親父とはなんだクソ親父とは!!」

 カッと目を見開きラインリヒに対抗する伯爵は息子の襟首を掴む。
 ラインリヒはしかし、その手を捻り上げ返した。
 伯爵とアマーリエ以外の全員が驚きに目を見開く。
 
「サヨを怯えさせた奴をクソ親父と呼ばずに何と呼ぶんだよ!!」
「わざとではないわ!!」

 そのまま親子の取っ組み合いにもつれ込むかと思われたが、アマーリエが二人を止めた。

「いい加減になさいまし!!」

 廊下まで響いたのでは、と思うほどの大音声だいおんじょうだった。
 微動だにできなくなった二人につかつかと近寄ったアマーリエはその勢いのまま夫を叱り飛ばす。

「喧嘩でしたら家でなさって! あなた、サヨに謝って下さいますわね? それから二度と、あの子を怯えさせるような振舞いはなさいませんわね?」
「う、うむ」

 体の大きな伯爵が夫人に怒られ反省する様子に、バルトリアスは声を上げて笑わぬようにするので精一杯だった。

 夫人は更に息子に向き合った。

「ラインリヒ、殿下から何かご依頼を受けていたのでしょう。そちらはどうしたのですか」
「あ」

 母親に指摘されるまですっかり忘れていたのだろう。ラインリヒは大荷物を持ったフレイアルドを振り返る。

「悪い」
「……」

 フレイアルドは無言で荷物をラインリヒに押し付けると、伯爵の前に進み出る。
 その表情からは感情を推し量ることができない。
 だが、歴戦の武人に向かい合う恐怖や遠慮といったものは一切なかった。

「お話があります」
「……儂も其許そこもとには言いたいことがある」

 一連を見守っていたバルトリアスは腰を上げると、対峙しあう二人を制した。

「サヨがいないならば都合がいい。俺から急ぎ其方らに話したいことがある。其方らの話し合いは後にせよ」

 王族にそう言われてしまえば、それ以上の睨み合いは無用だった。
 こうしてサヨの庇護者といえる者全員が、やっと席に着いたのである。

 ***

 ラインリヒがバルトリアスに命じられて取り出したのは遺物の数々だった。
 フレイアルドが持たされていた大荷物の中身でもある。

 バルトリアスはその中から、小夜が以前身につけていたものを選び出した。
 夫妻によく見えるよう卓に置く。
 バルトリアスが何かを言い出す前に異変に気付いたのは奥方だった。

「……ラインリヒ、あなた、この遺物に何かしたのですか?」

 問われたラインリヒは助けを求めるようにフレイアルドに視線を向けた。
 その視線につられた奥方と目が合ったフレイアルドは、背筋を伸ばす。

「お答えする前に私からお尋ねしたい。ザルトラ家はどこまでサヨを守ってくださいますか」

 フレイアルドの加減も遠慮もない質問に夫妻は一度目を剥くが、すぐに受けてたった。

 伯爵は胸を張る。先ほどしょんぼりと背を丸めて奥方に怒られていた男とは同一人物とは思えぬほど堂々とした態度である。

「ザルトラ家は家門と領地を賭けてサヨを守る。例え儂が道半ばで果てようとも、我が息子達ならば必ずや妹を守るだろう」

 その言葉に追従するようにアマーリエとラインリヒが頷く。
 フレイアルドはザルトラ家を継ぐ長男の意見が気になった。
 ラインリヒの長兄にあたるその人物は、もちろんこの場にはいない。

 フレイアルドの疑問にもアマーリエは問題ない、と夫の意見を支えた。

「長男にはすでに意見をきいております。『ザルトラ家の意思に従う』と申しておりました」

 フレイアルドは自身の予想を超える一家の熱量に驚きつつも安堵した。
 
 返答次第では小夜の秘密を伏せるつもりでいたのだ。しかしその必要は無さそうである。

 膝の上に乗せた拳を握り込んだ。

「その遺物はサヨが祝福したものです」

 一拍おき、夫妻の目が信じられないと言わんばかりに見開かれた。

 既に日は沈み始めている。
 応接室から見える庭園は、夕陽によって赤々と照らされていた。

 フレイアルド達にとって、この日が長い夜の始まりであった。
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