9 / 89
一章
08.再会
しおりを挟む「ーーサヨ!!」
小夜は自分の名を呼びながら入ってきた男性が誰なのか、最初分からなかった。
ぽかんと見つめていると、男性はつかつかと大股で寝台の側までやって来てーー小夜の前に跪いた。
大きな手が小夜の手を取り、握りしめる。
「私です。フレイアルドです」
「え……」
小夜の記憶の中の『フレイアルド』は少年なのだが、目の前の男性はどう見ても成人していて、背も高く声も低い。
小夜はそこではたと気づく。
(わたしバカだ……わたしと同じ時間フレイアルド様だって成長したに決まっているのに)
小夜の記憶にある彼は線の細い儚げな少年だった。
長い髪を一つに結っていて、声も高いから格好を変えれば女の子に見えるほど。
当たり前だが、彼が男性である以上いつまでもそうではない。
けれど小夜が辛い時思い出す彼の姿はいつも優しい少年だったので、突然成長した姿で現れた彼を見ても小夜は気付けなかったのである。
改めて見ると彼は大きく変貌を遂げていた。
線の細い少年は、上背のあるしっかりとした肩幅を持つ青年となり。
少年期特有のソプラノ声は、低音が心地良いバリトンへ。
一番変わったのは、その眼だった。
花開いたばかりの菫のような美しい瞳は、あの頃いつも優しく小夜を映していた。
けれど今の彼の眼は違う。
もはや菫ではなく紫炎と呼ぶのに相応しい烈しさと熱を孕んで、小夜を捉えている。
強すぎる瞳に気圧され思わず身を引こうとするが、寝台の上では上手くいかなかった。
「ーーサヨ、どうか声を聞かせてください」
「っ……フレイアルド……さま?」
喋ってほしいと懇願してくる相手の前で声を出すのは、小夜にとって非常に恥ずかしいことだった。
必死に絞り出した声は、今にも消え入りそうな弱々しさである。
男の手がぱっと小夜の手を離した。
解放された、と思ったのも束の間。
今度は小夜の顔を下から支えるように、両手で包まれる。
手は小夜の顔を上向かせた。
彼の彫像のように整った顔と真正面から向き合い、小夜は赤面する。
フレイアルドは、見たもの全てを魅了するような微笑みで小夜に迫った。
「ーーやっと、会えましたね」
そのまま降ってくる彼の唇に、小夜はぎゅっと目を閉じた。
その閉じた目の上を、柔らかいものが何度も何度も着地する。
柔らかいものが何か分かり、小夜は何とか止めてもらおうと身じろぐが効果はない。
「~~っフレ」
「サヨ……サヨ、……サヨ」
「ーーっ」
唇以外の顔の皮膚全てに彼の唇が触れたのではないだろうか。
怖くはないが、とにかく恥ずかしくて逃げたい。
せめて自分の顔を抑える手を離そうと力を入れるが、全く敵わなかった。
「んっ……フレイアルドさま、まって、くださ」
「……サヨ、嫌ですか?」
そう言って、まるで捨てられるのを察知した仔犬のような顔をするので小夜はたじろいだ。
「ち、ちがうんです! フレイアルド様にされてイヤなことは、何もない、です……けど」
「けど?」
いつのまにか、フレイアルドは小夜の寝台の上に乗って片手は小夜の腰を捕らえている。
もう片方の手は小夜の頬と耳を往復していた。
小夜にはこれが限界だった。
「は、はずかしい、です、から……こ、これ以上は」
フレイアルドは「はずかしい……」と、何故か何度も小夜の言葉を復唱して噛み締めている。
何かに気付いたように自身の口元を掌で覆うと、彼は名残惜しげに小夜から離れた。
「……すみませんでした。貴女に会えたことで、ーー少々、抑えきれませんでした」
申し訳なさそうにするフレイアルドに、小夜は首を振った。
彼の怒りは仕方ないものだと思った。
「フレイアルド様が怒るのは、当然ですから」
「ーーいまなんと?」
「え?」
フレイアルドは小夜の肩に手を置き、身を屈めて目を合わせた。
「貴女は……私が、まさか怒ってこのような振舞いをしたと思っているのですか?」
先ほどとは別の意味で激しくなった彼に、小夜は困惑した。
「は……い」
「私が貴女に怒りを覚えることなどあり得ません。なのになぜ、そのように思うのですか」
ーーフレイアルド様は、怒っているわけではない?
てっきり先ほどの行為は彼の怒りの表現だと思っていた小夜は、じゃああれは何だったのだろうと首を傾げつつも、内心ほっとした。
「わたし、ずっとこちらへ来られませんでした。だからフレイアルド様がお、怒ったりしているのではと……あと、もしかしたら、わたしのことなんてもう忘れてしまったんじゃないかって、ずっと考えて、いて……」
話す内に小夜は自分が泣いていることに気づいた。
慌てて止めようと目を押さえても、なぜか収まってくれない。
「あ、あれ? ごめんなさい、すぐ止めま」
ペシペシと目を押さえていた手は、次の瞬間には手首ごとフレイアルドに取られていた。
「サヨ」
名前を呼ばれフレイアルドを見ると、彼は真剣な眼差しで小夜を射抜いた。
「何度でも言いますが、貴女に怒りを覚えたことなど一度もありません」
それに、と続けるフレイアルドの眼の色が、ぐっと深まった気がした。
「私が貴女を忘れることなど、これまでもこの先もあり得ぬことです」
フレイアルドは、小夜をそっと抱きしめた。
抱きしめながら、彼は小夜の後頭部を、下ろされた髪の筋に沿って撫でる。
ーーその撫で方は、彼が幼い日の小夜を労る時と全く同じもので。
小夜の中の少年の彼と目の前の青年の彼が、ようやくぴたりと重なった瞬間だった。
(あぁ、フレイアルドさま、だ………)
彼の胸に顔を押し当てながら、小夜の涙腺は決壊した。
「ふ、……ぅ、ふれ、あるどっ、さま、」
子供のように泣きじゃくる小夜をフレイアルドは決して笑ったり責めたりしなかった。
ただ寄り添っていた。
「一人で、よく耐えましたね」
その言葉の後、小夜は耐え切れず号泣した。
小夜が泣き疲れて眠るまで、それは静かな屋敷に響き続けた。
10
あなたにおすすめの小説
王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。
俺の妻になれと言われたので秒でお断りしてみた
ましろ
恋愛
「俺の妻になれ」
「嫌ですけど」
何かしら、今の台詞は。
思わず脊髄反射的にお断りしてしまいました。
ちなみに『俺』とは皇太子殿下で私は伯爵令嬢。立派に不敬罪なのかもしれません。
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
✻R-15は保険です。
女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る
小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」
政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。
9年前の約束を叶えるために……。
豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。
「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。
本作は小説家になろうにも投稿しています。
リアンの白い雪
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。
いつもの日常の、些細な出来事。
仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。
だがその後、二人の関係は一変してしまう。
辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。
記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。
二人の未来は?
※全15話
※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。
(全話投稿完了後、開ける予定です)
※1/29 完結しました。
感想欄を開けさせていただきます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。
死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について
えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。
しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。
その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。
死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。
戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
妾に恋をした
はなまる
恋愛
ミーシャは22歳の子爵令嬢。でも結婚歴がある。夫との結婚生活は半年。おまけに相手は子持ちの再婚。 そして前妻を愛するあまり不能だった。実家に出戻って来たミーシャは再婚も考えたが何しろ子爵領は超貧乏、それに弟と妹の学費もかさむ。ある日妾の応募を目にしてこれだと思ってしまう。
早速面接に行って経験者だと思われて採用決定。
実際は純潔の乙女なのだがそこは何とかなるだろうと。
だが実際のお相手ネイトは妻とうまくいっておらずその日のうちに純潔を散らされる。ネイトはそれを知って狼狽える。そしてミーシャに好意を寄せてしまい話はおかしな方向に動き始める。
ミーシャは無事ミッションを成せるのか?
それとも玉砕されて追い出されるのか?
ネイトの恋心はどうなってしまうのか?
カオスなガストン侯爵家は一体どうなるのか?
望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで
越智屋ノマ
恋愛
「君を愛することはない」で始まった不遇な結婚――。
国王の命令でクラーヴァル公爵家へと嫁いだ伯爵令嬢ヴィオラ。しかし夫のルシウスに愛されることはなく、毎日つらい仕打ちを受けていた。
孤独に耐えるヴィオラにとって唯一の救いは、護衛騎士エデン・アーヴィスと過ごした日々の思い出だった。エデンは強くて誠実で、いつもヴィオラを守ってくれた……でも、彼はもういない。この国を襲った『災禍の竜』と相打ちになって、3年前に戦死してしまったのだから。
ある日、参加した夜会の席でヴィオラは窮地に立たされる。その夜会は夫の愛人が主催するもので、夫と結託してヴィオラを陥れようとしていたのだ。誰に救いを求めることもできず、絶体絶命の彼女を救ったのは――?
(……私の体が、勝手に動いている!?)
「地獄で悔いろ、下郎が。このエデン・アーヴィスの目の黒いうちは、ヴィオラ様に指一本触れさせはしない!」
死んだはずのエデンの魂が、ヴィオラの体に乗り移っていた!?
――これは、望まぬ結婚をさせられた伯爵令嬢ヴィオラと、死んだはずの護衛騎士エデンのふしぎな恋の物語。理不尽な夫になんて、もう絶対に負けません!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる