報われる祈り

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報われる祈り

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「研磨!研磨!」
 最愛の人、香菜が俺の手を握って泣き叫ぶ。ああ、そんなに泣かないでくれ。最後くらい笑って見せてくれよ。……最期?ああ、そうか、俺死ぬんだ。はは、俺、香菜に何もしてあげられなかったな……。

 目が覚めるとそこは病院だった。
「あら、目覚めました?神楽さん」
「神楽……?」
「ええ、神楽研磨さん。ちょっと待っててくださいね。今、先生を呼んできますから」
「かぐら、けんま……?」
誰だ、それ?俺の事か?と言うか俺は誰だ?記憶がない。
「こんにちは、神楽さん。意識の確認のため、お名前と生年月日を言っていただけますか?」
「分かりません」
「!そうですか。……神楽さん、あなたは記憶喪失の可能性があります。すぐに検査しましょう」
「は、はい……」
 検査はそんなに長くはなく、またすぐに先生がやってきた。
「神楽さん、落ち着いて聞いてください。あなたは記憶喪失です。色々と不安があると思いますが、我々もサポートしますので頑張りましょう」
「はい、お願いします……」
 そうして一か月が経ち、退院の日が訪れた。
「それでは、また何かあったら連絡くださいね」
「はい、ありがとうございました」
 主治医に教えられた住所へ向かうべく、俺は病院を後にした。

 「着いたぞ……」
大道りの一本横の道に面して建つマンションの一室が、どうやら俺の自宅らしい。久しぶりに帰ってきた我が家を見ても、俺は何も思い出せなかった。主治医によると、俺はすでに両親を亡くしているらしく、記憶を取り戻す術は残念ながらないと言われた。
「くそっ……」
 悔しさといら立ちが募って、思わず近くにあった机を叩こうとした時、
『ピンポーン』
とインターホンの鳴る音がした。ドアを開けるとそこには、花が一本置いてあるだけだった。何故だか分からないが、俺はその花にとても惹かれ、優しく手に取った。この花は何だろう。花の種類も分からないまま、大きめのコップに水を入れて棚の上に飾った。
「今はこれで許してくれな」
 それから毎日、花は届くようになった。誰が送ってくるのかは分からないが、その花を見ていると不思議と笑顔になれ、力が湧いてくる。俺の毎日の楽しみとなっていた。

 恋人である研磨が亡くなって早一年。私は研磨のことが忘れられずにいた。あんなに子供嫌いだった研磨が、車に轢かれそうになった子供を助けるために道路に飛び出し、死んでしまうなんて。誰かのために死ぬなんてありえないと言っていた彼の成長を嬉しく思いつつも、やはり死んでほしくなかったと、涙が溢れそうになる。しかし、仕事中である今、ここに私情を持ち込むわけにはいかない。しっかりとしなければ。そうは思うものの、やはり集中できずに、私は昔母に聞いたことを思い出していた。
「あのね香菜、亡くなった人の事を思い出すとその人の元に綺麗な花が届くのよ」
「へえ!そうなんだ」
「贈りたい花を思い浮かべてその人の事を想えば、必ず届くのよ」
「じゃあママは、パパになんの花を贈ってるの?」
「アングレカムっていう花よ。花言葉は……」
そのことを思い出し、私はどんな時も、毎日必ず研磨の事を思い出そうと決めた。
「……さん、香菜さん!」
「は、はいぃ!」
「あなた、疲れてるんじゃない?今日はもう帰りなさい。ね?」
「わかりました、すみません」

 パタン。
「ただいま」
誰もいない冷めきった部屋に向かって声を発する。あの頃のように研磨の明るい声が返ってくるのではないかと思ってしまう。部屋に彼の写真とともに飾ってあるアングレカムの花瓶の水を換えようとして、私はついに床に座り込んでしまった。
「……う、うう、ひっく」
「あらあらお嬢さん、どうなさったんだい?おっとっと、驚かないでくれよ~、怪しい者じゃないからさ」
知らない男の人が突然目の前に現れたことに混乱する。誰なの、この人?いつの間に家に?通報しないと!いろんな考えが頭の中をぐるぐると駆け回ってパニックになっていると、スーツ姿の男はこう言った。
「俺は天使だぜ、お嬢さん」
「は、はい?」
いよいよ不審者が家に上がり込んできたのかと思い、スマホを手に取ると、天使を名乗る男がひょいっと私の震える手からスマホを奪い取った。
「ちょっと!かえしてくださ……い?」
きちんと目にした男の背中にはふさふさとした立派な白い羽が生え、その体は浮いていた。
「へ……?ほ、ほんとに天使なの?」
「だからそういってるじゃない~」
 何が目的なのか聞くと、どうやら天使を名乗る男、いや、天使は、神様の遣いで来たらしい。
「お嬢さんのように、亡くなった人を毎日ちゃんと想い続けられる人は本当に少ないんだ。だからお嬢さんにご褒美をあげるよう言われたわけさ」
「ご褒美ですか……」
「そう!何がいい~?」
「じゃあ……手紙を届けてほしいです」
 天使はそんなことでいいのかと驚いていたが、私はそれがいいんですと答えた。研磨への手紙を書くのは本当に楽しくて、時間が過ぎるのはあっという間だった。
「出来ました。これ、お願いします」
「あいよ~、必ず届けてやるさ」
(ちゃんと研磨の元に届きますように……)
そう願いながら、ベッドに横になり星空を眺めていると、いつしか眠りに落ちていた……。

「ピンポーン」
「お!今日も来たか、いつもの花……と、手紙?」
 花を花瓶に入れて飾った後、ソファに腰をおろして手紙を広げる。


研磨へ

元気にしてるかな。
お花はちゃんと毎日届いてるかな。
付き合いたての頃、話したよね。
亡くなった人の元へお花が届くって。
その花はアングレカム。
花言葉は『祈り』『いつまでもあなたと一緒にいます』
研磨がそっちの世界で幸せに暮らせるよう、祈ってる。
それと、時間はかかるけど必ずまた会いにいくから、
それまで待っててね。

追記
どうしてあの時、子供を助けたのかまた教えてね。

                    皇香菜


手紙を読み終えた瞬間、生きていた頃の記憶が一気に頭の中に流れ込んできた。俺は愛する香菜を一人残して死んだことを悔やみ、一晩中泣いた。そして、香菜に会うまで何十年でも何百年でも待つと心に決めた。

数年後……
研磨の家をある老婆が訪ねてきた。その老婆はアングレカムを持って、
「会いに来たよ、研磨。待たせちゃってごめんね」
と涙を流した。
「ねぇ研磨、あのときどうして、あの子供を助けたの?子供嫌いって言ってたじゃない?」
「あぁ、それはな、香菜と出会って優しさにたくさん触れて、優しさの温かさ、人を思いやる心を持つことの大切さを知ったからだよ。ありがとうな」
香菜は再び涙を流し、研磨を抱きしめた。
 二人の幸せを、アングルカムは今も見守っている。
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