1 / 1
用無し
しおりを挟む
役立たずのやくなしはね
なしくいポンタに食べられちゃうんだって
なしくいってなあに?
しらなぁい
でもきっととっても怖い妖怪に違いないわ
やだ、こわいねぇ
こわいねぇ
ある日ポンタが村の様子を眺めていると、子供が母親に怒られていました。
「全く、この子はいつも汚い石ばっかり拾ってきて……邪魔でしょうがないよ!このやくなしが!」
口をついて出た言葉に母親は、はっとしながらも家の中に入っていった。子供は悲しそうにうつむいていました。そこへポンタが来て、母親の口からポロリと落ちた「やくなし」を一口で呑み込みました。
「ああ、おいしかった」
ポンタはそう言ってお腹をさすりました。そして子供に
「ねえ、どうしたの?」
と聞きました。すると子供は、母親の前では見せまいと抑えていた涙をぽろぽろ流しながら
「……おっかあは花が大好きなんだ。俺が五つの頃、おっとうが仕事帰りにいつも花を摘んできた。……おっとうが川で溺れた俺を助けて死んでからおっかあは笑わなくなっちまった。だから俺、石を集めて畑に花壇を作ろうと思ったんだ」
その後も子供は何か言っていたがよく聞き取れませんでした。物陰に隠れていたらしきその子供の弟は
「兄ちゃん……」
と小さな声を漏らしました。兄はぐっと体を縮めて、
「俺のせいで……俺はやっぱりやくな……」
「兄ちゃん!そのことは気にするなっておっかあも言って!」
ポンタは弟に何があったのか聞きました。弟は一瞬ためらいましたが、声を潜めて話をしてくれました。
兄の名前は寛吉(かんきち)。弟は暁丸(あかつきまる)といいました。寛吉が六つになったばかりの頃、母親の「ああ、イワナでも食べたいねえ」という言葉を聞いて寛吉は近くの川にイワナを取りに行きました。案の定溺れた寛吉は、父親によって助けられましたが、そのまま帰らぬ人となってしまいました。「あなただけでも無事でよかった」と母親は言ったが、その顔は頬がこけ、まるで老人のようでした。寛吉はそれ以来、ずっと自分を責め続け、母親のことばかり気にしているというのです。
「兄ちゃんは、おっかあが大好きなだけなのに……」
「俺は弟の暁丸よりもやくなしだ。おっかあの為を思ってすることはいつも上手くいかない。俺はあの時死んじまえばよかったんだ」
暁丸は泣き出しました。兄ちゃん、兄ちゃんと言いながら。ポンタは今にも死にそうな顔をした寛吉の顔をバシッと叩き、耳をぐいっと引き寄せてこう言いました。
「寛吉!お前は父親のことを考えたことはあるのか!父親がお前に託した命の重みを考えたことは!」
兄弟は目をぱちくりとさせ、寛吉は「……ない」と言いました。少し経った時、急に寛吉が立ち上がりました。
「おっとうは村でも評判だった。その長男の俺が、ほかの誰でもない俺が、おっとうの遺志を受け継ぐんだ。くじけてなんかいられるか!なあ、暁丸!」
暁丸はぱぁっと顔を輝かせ、生き生きとした兄の顔を見上げながら「うん!」と頷きました。しかし寛吉は心の中ではまだ、自分がやくなしだと思っていました。ポンタは
「寛吉、お前はやくなしなんかじゃ……」
と言いかけたが、最後まで言うことができなかった。一歩、踏み出すことができなかったのです。人が発する「やくなし」は、ポンタの唯一の食べ物でした。ポンタは村の人々にとっては役に立たない人間を食べる恐ろしい妖怪でしたがそんなことは決してありませんでした。
「なあ、お前、なしくいポンタだろ?人を食うんじゃねえのか?」
「僕もそう思ってた。ねぇ、ポンタって本当は優しいんだね」
「いや、僕は勇気のない臆病者の、悪い妖怪さ……」
ポンタはそれだけ言って、花の種を二人に押し付け、ものすごい速さで飛んで行ってしまいました。
《数十年後》
日本は江戸幕府が政権を朝廷に返したことで、江戸時代から明治時代になりました。さて、日々増えていった「やくなし」によって、ボンボンに太ったポンタは畑仕事をしている老夫婦を見つけました。頑固そうなおじいさんと優しそうなおばあさんです。おじいさんは足が不自由で椅子に座りながらの作業です。それに代わって作業をいそいそとこなすおばあさん。どこかで見たことがありそうな顔です。二人は額に汗をかき、息を切らしています。すると、腰を叩くおばあさんの元へ二人の息子が来て言いました。
「おっかあ、もういい歳だ。畑なんてやめたらどうだい?」
「それに時代も変わって、俺たちだって金を稼げるようになった。わざわざ畑なんか……」
おばあさんはふぅ、と椅子に腰かけてお茶をすすりました。笠を取ったおばあさんの顔は太陽に照らされ、とても輝いて見えました。
「この畑は、じいさんの宝物だからね。やめらんないよ」
おばあさんの様子に弟は考え込むように下を向いたが、兄はそうはいきませんでした。
「足が悪くてほとんど何もできないし、ましてや本物の父親じゃねぇやくなしじいさんのために、だって?ふざけないでくれ。おっかあは忘れちまったのかい!死んだおっとうのこと!」
「何だい、昔からやくなしのくせに!じいさんがいなかったら、今頃お前たちは生きちゃあいないよ!昔花壇を造ってくれた時の優しい心はどこに捨てたんだい!」
弟が二人を止めようとした時、足元から「この“やくなし”美味しくない」という声が聞こえてきました。兄弟とその母親が一斉にポンタを見て、「なしくい、ポンタ……?」と声を揃えて言いました。ポンタは諭すように
「寛吉、おばあさん、嘘は言ってはいけないよ。嘘のやくなしはとっても不味いんだ。お前たちの本心は何何だ?」
と言葉をかけました。そうです。兄弟の正体は、寛吉と暁丸でした。母親は、ポンタと幼い兄弟が会ったあの日の翌年、新たに嫁いだそうでした。
「俺は……俺はただ、おっかあに無理をしないで体を大切にしてほしいだけなんだ。じいさんも無理をして足を悪くしたんだろ」
「寛吉……」
おばあさんは目から大粒の涙を流し、寛吉を抱きしめました。兄の母親思いの優しさは健在でした。
「おっかあ、じいさん、それと暁丸。今まで悪かった。おっとうみたいにならなきゃいけねぇって、自分の事ばっかりで……なしくいポンタも、ってあの狸どこへ行っちまったんだ?」
「に、兄ちゃん、あれは狸じゃないと思う」
「ん?じゃあ、ありゃあ何だ?」
「うーん、天の使いだよ。きっと」
ポンタは昔のことを思い出していました。誰の事も慰められなかったこと。助けてあげられなかったこと。貰ってばかりいたこと。寛吉の言葉は、ポンタの心に深く突き刺さっていました。もう「やくなし」は食べれそうにありません。
(なしくいじゃないなら、僕は何のために生きているんだろう。尊い命ってなんなんだろう)
ポンタは自分を見失いそうでした。
ずっと下を見て歩いていたポンタは何かにぶつかってしまいました。
「いてててて……」
顔を上げると大きなお寺がそこに堂々と建っていました。その迫力に気圧されながらも寺の中に入ると、まるでそれが分かっているかのように、和尚さんがこちらを見ていました。和尚さんはポンタのパンパンに膨れ上がったお腹を見て眉毛できれいな八の字を作りました。
「そのお腹はどうしたのかな?」
「やくなしが入ってる。重くてとっても苦しいんだ」
「おや、それは大変だね。でも、やくなしって何かな?」
この世の何でも知っていそうな和尚さんが「やくなし」を知らないことに驚きつつも、ポンタがやくなしについて話そうとすると、それを遮るように和尚さんが言いました。
「この世には“やくなし”なんて無いよ。全ての事が役に立っているんだ。どんなことでも、役に立たないことはないんだよ。君が食べた“やくなし”だって、いつかは役に立つものなんだ。さぁ、言ってごらん。“やくなし”なんて無いって」
そうは言われたものの、なかなか信じることができません。今までポンタが食べて来ていたものは何だったのでしょう。ポンタはこんなことを言いました。
「僕は落ち込んでいる人間に『君はやくなしじゃない』と言えたことが一度もないんだ。僕のお腹を満たすために。……和尚さんはさっきあんなことを言ったけど僕はやくなしだから……だから」
ポンタは両手をぎゅっと握りしめていました。そこへ突如頭上から落ちてきた言葉。それは、
「君はやくなしじゃないよ」
ポンタが言えなかった言葉。一番欲しかった言葉でした。ポンタは今までたくさんの人々を救ってきたことに気づけず、自分の悪いところにばかり目を向けていたのです。和尚さんがかけた、たった一言のありがたさ、重みがずんっとポンタにのしかかりました。不思議と気分が楽になり、何かつっかえていたものが無くなった気がしました。
ポンタは大きな水たまりが出来るほど泣きました。涙は静かに光っていました。青く晴れ渡っていて空も、何だか切なく儚い茜色になった頃には、パンパンだったお腹はすっかり元に戻っていました。ポンタは深呼吸を二回しました。その顔は、驚くほどに落ち着いていましたが、その眼の奥には、何かを決心したかのような熱さがありました。まるで青く燃えるような眼差しは、背後の茜色と対になって大変に綺麗でした。
和尚さんが見守る中、ポンタはありったけの空気を吸い、少し止めて、それから
「“やくなし”なんて無いんだぁぁぁぁぁぁぁ!」
と叫びました。すると、水たまりになっていたポンタの涙が光を放ち、四方に飛んでいきました。きっと、それを言った人の元へ帰ったのでしょう。直後、ポンタの体も茜色に染まり、夕焼けの中に溶けていきました。ポンタは最期、笑っていました。勇気をもって一歩踏み出すことが出来た妖怪の顔は清々しいものでした。和尚さんが下を見ると、そこには何かが生えていました。
《五年後》
ポンタが遺したものは洋梨の木でした。和尚さんは笑ってしまいました。だって、「やくなし」はこの世に「ようなし」なんてね。
なしくいポンタに食べられちゃうんだって
なしくいってなあに?
しらなぁい
でもきっととっても怖い妖怪に違いないわ
やだ、こわいねぇ
こわいねぇ
ある日ポンタが村の様子を眺めていると、子供が母親に怒られていました。
「全く、この子はいつも汚い石ばっかり拾ってきて……邪魔でしょうがないよ!このやくなしが!」
口をついて出た言葉に母親は、はっとしながらも家の中に入っていった。子供は悲しそうにうつむいていました。そこへポンタが来て、母親の口からポロリと落ちた「やくなし」を一口で呑み込みました。
「ああ、おいしかった」
ポンタはそう言ってお腹をさすりました。そして子供に
「ねえ、どうしたの?」
と聞きました。すると子供は、母親の前では見せまいと抑えていた涙をぽろぽろ流しながら
「……おっかあは花が大好きなんだ。俺が五つの頃、おっとうが仕事帰りにいつも花を摘んできた。……おっとうが川で溺れた俺を助けて死んでからおっかあは笑わなくなっちまった。だから俺、石を集めて畑に花壇を作ろうと思ったんだ」
その後も子供は何か言っていたがよく聞き取れませんでした。物陰に隠れていたらしきその子供の弟は
「兄ちゃん……」
と小さな声を漏らしました。兄はぐっと体を縮めて、
「俺のせいで……俺はやっぱりやくな……」
「兄ちゃん!そのことは気にするなっておっかあも言って!」
ポンタは弟に何があったのか聞きました。弟は一瞬ためらいましたが、声を潜めて話をしてくれました。
兄の名前は寛吉(かんきち)。弟は暁丸(あかつきまる)といいました。寛吉が六つになったばかりの頃、母親の「ああ、イワナでも食べたいねえ」という言葉を聞いて寛吉は近くの川にイワナを取りに行きました。案の定溺れた寛吉は、父親によって助けられましたが、そのまま帰らぬ人となってしまいました。「あなただけでも無事でよかった」と母親は言ったが、その顔は頬がこけ、まるで老人のようでした。寛吉はそれ以来、ずっと自分を責め続け、母親のことばかり気にしているというのです。
「兄ちゃんは、おっかあが大好きなだけなのに……」
「俺は弟の暁丸よりもやくなしだ。おっかあの為を思ってすることはいつも上手くいかない。俺はあの時死んじまえばよかったんだ」
暁丸は泣き出しました。兄ちゃん、兄ちゃんと言いながら。ポンタは今にも死にそうな顔をした寛吉の顔をバシッと叩き、耳をぐいっと引き寄せてこう言いました。
「寛吉!お前は父親のことを考えたことはあるのか!父親がお前に託した命の重みを考えたことは!」
兄弟は目をぱちくりとさせ、寛吉は「……ない」と言いました。少し経った時、急に寛吉が立ち上がりました。
「おっとうは村でも評判だった。その長男の俺が、ほかの誰でもない俺が、おっとうの遺志を受け継ぐんだ。くじけてなんかいられるか!なあ、暁丸!」
暁丸はぱぁっと顔を輝かせ、生き生きとした兄の顔を見上げながら「うん!」と頷きました。しかし寛吉は心の中ではまだ、自分がやくなしだと思っていました。ポンタは
「寛吉、お前はやくなしなんかじゃ……」
と言いかけたが、最後まで言うことができなかった。一歩、踏み出すことができなかったのです。人が発する「やくなし」は、ポンタの唯一の食べ物でした。ポンタは村の人々にとっては役に立たない人間を食べる恐ろしい妖怪でしたがそんなことは決してありませんでした。
「なあ、お前、なしくいポンタだろ?人を食うんじゃねえのか?」
「僕もそう思ってた。ねぇ、ポンタって本当は優しいんだね」
「いや、僕は勇気のない臆病者の、悪い妖怪さ……」
ポンタはそれだけ言って、花の種を二人に押し付け、ものすごい速さで飛んで行ってしまいました。
《数十年後》
日本は江戸幕府が政権を朝廷に返したことで、江戸時代から明治時代になりました。さて、日々増えていった「やくなし」によって、ボンボンに太ったポンタは畑仕事をしている老夫婦を見つけました。頑固そうなおじいさんと優しそうなおばあさんです。おじいさんは足が不自由で椅子に座りながらの作業です。それに代わって作業をいそいそとこなすおばあさん。どこかで見たことがありそうな顔です。二人は額に汗をかき、息を切らしています。すると、腰を叩くおばあさんの元へ二人の息子が来て言いました。
「おっかあ、もういい歳だ。畑なんてやめたらどうだい?」
「それに時代も変わって、俺たちだって金を稼げるようになった。わざわざ畑なんか……」
おばあさんはふぅ、と椅子に腰かけてお茶をすすりました。笠を取ったおばあさんの顔は太陽に照らされ、とても輝いて見えました。
「この畑は、じいさんの宝物だからね。やめらんないよ」
おばあさんの様子に弟は考え込むように下を向いたが、兄はそうはいきませんでした。
「足が悪くてほとんど何もできないし、ましてや本物の父親じゃねぇやくなしじいさんのために、だって?ふざけないでくれ。おっかあは忘れちまったのかい!死んだおっとうのこと!」
「何だい、昔からやくなしのくせに!じいさんがいなかったら、今頃お前たちは生きちゃあいないよ!昔花壇を造ってくれた時の優しい心はどこに捨てたんだい!」
弟が二人を止めようとした時、足元から「この“やくなし”美味しくない」という声が聞こえてきました。兄弟とその母親が一斉にポンタを見て、「なしくい、ポンタ……?」と声を揃えて言いました。ポンタは諭すように
「寛吉、おばあさん、嘘は言ってはいけないよ。嘘のやくなしはとっても不味いんだ。お前たちの本心は何何だ?」
と言葉をかけました。そうです。兄弟の正体は、寛吉と暁丸でした。母親は、ポンタと幼い兄弟が会ったあの日の翌年、新たに嫁いだそうでした。
「俺は……俺はただ、おっかあに無理をしないで体を大切にしてほしいだけなんだ。じいさんも無理をして足を悪くしたんだろ」
「寛吉……」
おばあさんは目から大粒の涙を流し、寛吉を抱きしめました。兄の母親思いの優しさは健在でした。
「おっかあ、じいさん、それと暁丸。今まで悪かった。おっとうみたいにならなきゃいけねぇって、自分の事ばっかりで……なしくいポンタも、ってあの狸どこへ行っちまったんだ?」
「に、兄ちゃん、あれは狸じゃないと思う」
「ん?じゃあ、ありゃあ何だ?」
「うーん、天の使いだよ。きっと」
ポンタは昔のことを思い出していました。誰の事も慰められなかったこと。助けてあげられなかったこと。貰ってばかりいたこと。寛吉の言葉は、ポンタの心に深く突き刺さっていました。もう「やくなし」は食べれそうにありません。
(なしくいじゃないなら、僕は何のために生きているんだろう。尊い命ってなんなんだろう)
ポンタは自分を見失いそうでした。
ずっと下を見て歩いていたポンタは何かにぶつかってしまいました。
「いてててて……」
顔を上げると大きなお寺がそこに堂々と建っていました。その迫力に気圧されながらも寺の中に入ると、まるでそれが分かっているかのように、和尚さんがこちらを見ていました。和尚さんはポンタのパンパンに膨れ上がったお腹を見て眉毛できれいな八の字を作りました。
「そのお腹はどうしたのかな?」
「やくなしが入ってる。重くてとっても苦しいんだ」
「おや、それは大変だね。でも、やくなしって何かな?」
この世の何でも知っていそうな和尚さんが「やくなし」を知らないことに驚きつつも、ポンタがやくなしについて話そうとすると、それを遮るように和尚さんが言いました。
「この世には“やくなし”なんて無いよ。全ての事が役に立っているんだ。どんなことでも、役に立たないことはないんだよ。君が食べた“やくなし”だって、いつかは役に立つものなんだ。さぁ、言ってごらん。“やくなし”なんて無いって」
そうは言われたものの、なかなか信じることができません。今までポンタが食べて来ていたものは何だったのでしょう。ポンタはこんなことを言いました。
「僕は落ち込んでいる人間に『君はやくなしじゃない』と言えたことが一度もないんだ。僕のお腹を満たすために。……和尚さんはさっきあんなことを言ったけど僕はやくなしだから……だから」
ポンタは両手をぎゅっと握りしめていました。そこへ突如頭上から落ちてきた言葉。それは、
「君はやくなしじゃないよ」
ポンタが言えなかった言葉。一番欲しかった言葉でした。ポンタは今までたくさんの人々を救ってきたことに気づけず、自分の悪いところにばかり目を向けていたのです。和尚さんがかけた、たった一言のありがたさ、重みがずんっとポンタにのしかかりました。不思議と気分が楽になり、何かつっかえていたものが無くなった気がしました。
ポンタは大きな水たまりが出来るほど泣きました。涙は静かに光っていました。青く晴れ渡っていて空も、何だか切なく儚い茜色になった頃には、パンパンだったお腹はすっかり元に戻っていました。ポンタは深呼吸を二回しました。その顔は、驚くほどに落ち着いていましたが、その眼の奥には、何かを決心したかのような熱さがありました。まるで青く燃えるような眼差しは、背後の茜色と対になって大変に綺麗でした。
和尚さんが見守る中、ポンタはありったけの空気を吸い、少し止めて、それから
「“やくなし”なんて無いんだぁぁぁぁぁぁぁ!」
と叫びました。すると、水たまりになっていたポンタの涙が光を放ち、四方に飛んでいきました。きっと、それを言った人の元へ帰ったのでしょう。直後、ポンタの体も茜色に染まり、夕焼けの中に溶けていきました。ポンタは最期、笑っていました。勇気をもって一歩踏み出すことが出来た妖怪の顔は清々しいものでした。和尚さんが下を見ると、そこには何かが生えていました。
《五年後》
ポンタが遺したものは洋梨の木でした。和尚さんは笑ってしまいました。だって、「やくなし」はこの世に「ようなし」なんてね。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる