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第223回 事故物件の噂
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都市伝説レポート 第223回
「事故物件の噂」
取材・文: 野々宮圭介
都市部の賃貸物件において、いわゆる「事故物件」は決して珍しい存在ではない。不動産業界では「心理的瑕疵物件」と呼ばれるこれらの部屋は、法的に告知義務があるにも関わらず、様々な理由から市場に流通している。今回の調査では、こうした事故物件にまつわる三つの都市伝説について、関係者への聞き取りを中心に検証を試みた。
・リフォームしても消えない声
「建材を全て入れ替えても、あの音だけは残るんです」
都内で内装業を営む田中氏(仮名・45歳)は、事故物件のリフォーム経験について、こう証言する。同氏によると、過去十年間で約二十件の事故物件改装を手がけたが、そのうち七割以上で「音の問題」が報告されているという。
「クロスを張り替え、フローリングを新調し、時には間仕切りまで変更する。物理的には完全に別の部屋になっているはずなのに、入居後に『夜中に音が聞こえる』という苦情が来るんです」
筆者が調査した都内K区の築十五年マンションでは、三年前に室内で孤独死があった三階の一室が、二度のフルリフォームを経て現在に至っている。管理会社の担当者によれば、最初のリフォーム後の入居者は「深夜二時頃から明け方にかけて、壁の向こうから呻き声のようなものが聞こえる」と訴え、三か月で退去したという。
二度目のリフォームでは、防音材を追加し、配管まで一部交換したが、結果は同様だった。現在は空室のままとなっている。
興味深いのは、同じマンションの他の住民からは「音の苦情は一切ない」という点である。隣室、上下階の住民に聞き取りを行ったところ、全員が「特に変わった音は聞こえない」と答えている。
建築音響学を専門とする某大学の研究者は「建物の構造的な問題で、特定の部屋だけに音が集中することは理論的には可能」としながらも、「ただし、それは外部からの音であって、室内で発生する音ではない」と指摘する。
・隣人が事故を「知りすぎている」
事故物件の入居者が必ず遭遇するという「詳細を知りすぎる隣人」についても調査を行った。
関東地方の某市で事故物件に住んだ経験を持つ会社員の山田氏(仮名・32歳)は、次のような体験を語る。
「契約時には『前の住人が病気で亡くなった』としか聞いていませんでした。ところが、引っ越しの挨拶で隣のおばさんに会った時、突然『あの人はね、最後の三日間はずっと助けを呼んでいたのよ』と詳しく話し始めたんです」
山田氏によると、その女性は故人の死因、発見時の状況、さらには生前の生活パターンまで、まるで見てきたかのように語ったという。しかし不動産会社や管理会社に確認したところ、公開されているのは「病死」という事実のみで、詳細な状況は一切公表されていなかった。
「一番不気味だったのは、『夜中の二時十五分に意識を失った』という具体的な時間まで言われたことです。その時間になると、確かに何となく重い空気を感じるようになってしまって…」
類似の証言は他の事故物件居住者からも得られている。筆者が調査した限りでは、事故物件に住んだ十二人中、九人が「隣人や近所の人から詳細すぎる情報を聞かされた」と答えている。
心理学者の見解では「人は不安な状況下で、断片的な情報を無意識に組み合わせ、より詳細な『物語』を作り上げることがある」という。しかし、複数の証言者が同じような体験をしている事実は、単純な心理的要因だけでは説明が困難な部分もある。
・事故物件専門の不動産業者
最も検証が困難だったのが、「事故物件専門業者」の存在についてである。
不動産業界に詳しい情報提供者によると、都市部には事故物件のみを扱う「特殊な」業者が存在するという。これらの業者は一般的な不動産検索サイトには登録されておらず、口コミや紹介によってのみ顧客を獲得しているとされる。
「事故の種類や『重さ』によって物件をランク分けしている」という噂について、都内の不動産仲介業者数社に問い合わせを行ったが、「そのような業者は知らない」「業界として認知していない」との回答が大半だった。
しかし、事故物件に詳しいライターの佐藤氏(仮名)は、「確かにそういう業者はいる」と証言する。
「表向きは普通の不動産会社ですが、裏メニューとして事故物件だけを扱っている。顧客は主に、安い家賃を最優先する人や、逆に『そういうもの』を好む特殊な嗜好の人たちです」
佐藤氏によると、これらの業者では事故の内容を「自然死」「事故死」「自殺」「他殺」といった大まかな分類に加え、「発見までの期間」「事故後の経過年数」「近隣住民の反応」などを総合して、独自の評価基準を設けているという。
「ランクSと呼ばれる物件は、複数回の事故があった場所や、事故後に不可解な現象が続いている物件です。業者も『責任は持てない』という条件で紹介するそうです」
筆者はこの「ランクS物件」について、具体的な事例の調査を試みたが、関係者は「守秘義務」を理由に詳細を明かすことはなかった。
三つの都市伝説について調査した結果、それぞれに一定の根拠となる証言や事例を確認することができた。しかし、これらの現象が超常的なものなのか、それとも心理的・社会的要因によるものなのかについては、明確な結論を導くことは困難である。
重要なのは、事故物件をめぐるこれらの噂が、単なる迷信として片付けられない現実的な背景を持っているということだろう。住宅事情の厳しい現代社会において、事故物件は確実に存在し続け、そこに住む人々の体験談も蓄積され続けている。
都市伝説とは、往々にして現実の隙間に生まれるものである。今回の調査で得られた証言や情報の真偽については、読者諸氏の判断に委ねたい。ただし、もし機会があって事故物件に住むことになったなら、これらの「噂」を思い出していただければと思う。
備えあれば憂いなし、というが、果たして何に備えるべきなのか—それもまた、各自で考えていただきたい問題である。
(了)
*本誌では読者の皆様からの都市伝説情報を募集しています。身近な不思議体験がありましたら、編集部までお寄せください。
「事故物件の噂」
取材・文: 野々宮圭介
都市部の賃貸物件において、いわゆる「事故物件」は決して珍しい存在ではない。不動産業界では「心理的瑕疵物件」と呼ばれるこれらの部屋は、法的に告知義務があるにも関わらず、様々な理由から市場に流通している。今回の調査では、こうした事故物件にまつわる三つの都市伝説について、関係者への聞き取りを中心に検証を試みた。
・リフォームしても消えない声
「建材を全て入れ替えても、あの音だけは残るんです」
都内で内装業を営む田中氏(仮名・45歳)は、事故物件のリフォーム経験について、こう証言する。同氏によると、過去十年間で約二十件の事故物件改装を手がけたが、そのうち七割以上で「音の問題」が報告されているという。
「クロスを張り替え、フローリングを新調し、時には間仕切りまで変更する。物理的には完全に別の部屋になっているはずなのに、入居後に『夜中に音が聞こえる』という苦情が来るんです」
筆者が調査した都内K区の築十五年マンションでは、三年前に室内で孤独死があった三階の一室が、二度のフルリフォームを経て現在に至っている。管理会社の担当者によれば、最初のリフォーム後の入居者は「深夜二時頃から明け方にかけて、壁の向こうから呻き声のようなものが聞こえる」と訴え、三か月で退去したという。
二度目のリフォームでは、防音材を追加し、配管まで一部交換したが、結果は同様だった。現在は空室のままとなっている。
興味深いのは、同じマンションの他の住民からは「音の苦情は一切ない」という点である。隣室、上下階の住民に聞き取りを行ったところ、全員が「特に変わった音は聞こえない」と答えている。
建築音響学を専門とする某大学の研究者は「建物の構造的な問題で、特定の部屋だけに音が集中することは理論的には可能」としながらも、「ただし、それは外部からの音であって、室内で発生する音ではない」と指摘する。
・隣人が事故を「知りすぎている」
事故物件の入居者が必ず遭遇するという「詳細を知りすぎる隣人」についても調査を行った。
関東地方の某市で事故物件に住んだ経験を持つ会社員の山田氏(仮名・32歳)は、次のような体験を語る。
「契約時には『前の住人が病気で亡くなった』としか聞いていませんでした。ところが、引っ越しの挨拶で隣のおばさんに会った時、突然『あの人はね、最後の三日間はずっと助けを呼んでいたのよ』と詳しく話し始めたんです」
山田氏によると、その女性は故人の死因、発見時の状況、さらには生前の生活パターンまで、まるで見てきたかのように語ったという。しかし不動産会社や管理会社に確認したところ、公開されているのは「病死」という事実のみで、詳細な状況は一切公表されていなかった。
「一番不気味だったのは、『夜中の二時十五分に意識を失った』という具体的な時間まで言われたことです。その時間になると、確かに何となく重い空気を感じるようになってしまって…」
類似の証言は他の事故物件居住者からも得られている。筆者が調査した限りでは、事故物件に住んだ十二人中、九人が「隣人や近所の人から詳細すぎる情報を聞かされた」と答えている。
心理学者の見解では「人は不安な状況下で、断片的な情報を無意識に組み合わせ、より詳細な『物語』を作り上げることがある」という。しかし、複数の証言者が同じような体験をしている事実は、単純な心理的要因だけでは説明が困難な部分もある。
・事故物件専門の不動産業者
最も検証が困難だったのが、「事故物件専門業者」の存在についてである。
不動産業界に詳しい情報提供者によると、都市部には事故物件のみを扱う「特殊な」業者が存在するという。これらの業者は一般的な不動産検索サイトには登録されておらず、口コミや紹介によってのみ顧客を獲得しているとされる。
「事故の種類や『重さ』によって物件をランク分けしている」という噂について、都内の不動産仲介業者数社に問い合わせを行ったが、「そのような業者は知らない」「業界として認知していない」との回答が大半だった。
しかし、事故物件に詳しいライターの佐藤氏(仮名)は、「確かにそういう業者はいる」と証言する。
「表向きは普通の不動産会社ですが、裏メニューとして事故物件だけを扱っている。顧客は主に、安い家賃を最優先する人や、逆に『そういうもの』を好む特殊な嗜好の人たちです」
佐藤氏によると、これらの業者では事故の内容を「自然死」「事故死」「自殺」「他殺」といった大まかな分類に加え、「発見までの期間」「事故後の経過年数」「近隣住民の反応」などを総合して、独自の評価基準を設けているという。
「ランクSと呼ばれる物件は、複数回の事故があった場所や、事故後に不可解な現象が続いている物件です。業者も『責任は持てない』という条件で紹介するそうです」
筆者はこの「ランクS物件」について、具体的な事例の調査を試みたが、関係者は「守秘義務」を理由に詳細を明かすことはなかった。
三つの都市伝説について調査した結果、それぞれに一定の根拠となる証言や事例を確認することができた。しかし、これらの現象が超常的なものなのか、それとも心理的・社会的要因によるものなのかについては、明確な結論を導くことは困難である。
重要なのは、事故物件をめぐるこれらの噂が、単なる迷信として片付けられない現実的な背景を持っているということだろう。住宅事情の厳しい現代社会において、事故物件は確実に存在し続け、そこに住む人々の体験談も蓄積され続けている。
都市伝説とは、往々にして現実の隙間に生まれるものである。今回の調査で得られた証言や情報の真偽については、読者諸氏の判断に委ねたい。ただし、もし機会があって事故物件に住むことになったなら、これらの「噂」を思い出していただければと思う。
備えあれば憂いなし、というが、果たして何に備えるべきなのか—それもまた、各自で考えていただきたい問題である。
(了)
*本誌では読者の皆様からの都市伝説情報を募集しています。身近な不思議体験がありましたら、編集部までお寄せください。
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