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第233回 こっくりさん
都市伝説レポート 第233回
「こっくりさん」
取材・文: 野々宮圭介
昭和五十年代前半、日本全国の学校で一つの遊びが爆発的な流行を見せていた。「こっくりさん」である。紙に五十音とイエス・ノーを書き、十円硬貨に指を乗せて霊を呼び出すこの降霊術は、当時の学生たちにとって格好の娯楽であった。
しかし、この流行の陰で複数の不可解な事件が発生していたことを、現在どれだけの人が記憶しているだろうか。筆者のもとに一通の手紙が届いたのは、今年の初春のことである。差出人は当時中学教師をしていた七十代の男性で、「あの事件について、誰かに話しておきたい」という内容だった。
彼が語ったのは、昭和五十三年春に起こった、ある女子中学生の不可解な死についての証言である。
筆者は手紙の差出人である元教師の田村氏(仮名)に面会するため、関東地方のある県を訪れた。待ち合わせ場所は市内の喫茶店。約束の時間に現れた田村氏は、四十年以上の歳月を経てもなお、当時の出来事を鮮明に覚えている様子だった。
「あれは忘れられません」と田村氏は最初に口を開いた。「岡田美香さん(仮名、当時中学二年生)という、ごく普通の生徒でした。成績は中の上、特に目立つこともない、どこにでもいるような女の子でした」
田村氏によると、事件が起こった昭和五十三年春は、まさに「こっくりさんブーム」の最盛期であった。昼休みや放課後になると、生徒たちがグループを作って机を囲み、十円硬貨を使って霊との交信を試みる光景が日常的に見られたという。
「最初は微笑ましく見ていたんです」と田村氏は振り返る。
「ただの遊びだと思っていましたから。しかし、次第に様子が変わってきました」
田村氏の証言によると、岡田さんが異変を見せ始めたのは四月下旬のことだった。友人数人と「こっくりさん」を行った翌日から、急に表情が暗くなり、授業中もうつろな目をしていることが多くなったという。
「最初は思春期特有の悩みかと思いました」と田村氏は語る。
「しかし、日を追うごとに症状は悪化していきました。授業中に突然『誰か来る』とつぶやいたり、誰もいない廊下を見つめて怯えたような表情を見せたりするようになったのです」
同級生たちの証言も残っている。岡田さんと一緒に「こっくりさん」を行った友人の一人は、「美香ちゃんだけが、最後まで十円玉から手を離そうとしなかった」と語っていたという。そして、霊との交信が終わった後も、岡田さんは「まだいる。まだそこにいる」と震え声で繰り返していたという。
家族も異変に気づいていた。母親によると、岡田さんは夜中に突然起き上がり、誰かと話をしているような仕草を見せることがあったという。そして決まって「帰って」「もう帰って」と涙を流しながら繰り返していたという。
そして五月十日の朝、岡田さんは学校の屋上から飛び降り、帰らぬ人となった。遺書は見つからなかった。
現場を最初に発見したのは用務員だった。その証言によると、岡田さんの遺体の傍らには、なぜか十円硬貨が一枚落ちていたという。この事実は警察の調書にも記録されているが、なぜ彼女がその硬貨を持っていたのかは最後まで解明されなかった。
「あの子は、最後まで何かに怯えていました」と田村氏は語る。
「そして亡くなる前日、私に『先生、こっくりさんって、本当に霊を呼んでしまうんでしょうか』と尋ねました。私は『そんなことはない』と答えましたが、今思えば、もっと真剣に話を聞いてあげるべきだったのかもしれません」
この事件は地元新聞に「『こっくりさん』で呼んだ霊に取り憑かれた女子中学生が自殺」という見出しで報じられた。記事では岡田さんの異常な行動と「こっくりさん」との関連性を示唆し、大きな反響を呼んだ。
報道を受けて、全国各地の教育委員会が「こっくりさん」の禁止通達を出すという事態にまで発展した。また、この報道が契機となり、「こっくりさんは危険な降霊術」という認識が広まったとされている。
しかし、事件の真相については今なお謎が残る。岡田さんの死が本当に「こっくりさん」と関連があったのか、それとも単なる偶然の一致だったのか。科学的な検証は行われることなく、時は流れた。
筆者が調査を進めると、同時期に全国各地で類似の事例が報告されていることが判明した。北海道では「こっくりさん」の後に錯乱状態となった高校生が、三日間意識を失ったという報告がある。九州では小学生のグループが集団でヒステリー状態に陥り、全員が入院したという記録も見つかった。
これらの事例に共通するのは、いずれも医学的な説明が困難だったという点である。当時の医師たちは「集団心理」や「暗示効果」といった言葉で説明を試みたが、決定的な答えは見つからなかった。
興味深いことに、これらの事件は昭和五十三年から五十四年にかけて集中的に発生している。まさに「こっくりさんブーム」の頂点と重なる時期である。
「こっくりさん」という現象を科学的に分析すれば、参加者の無意識的な筋肉の動きによって硬貨が移動するという説明が一般的である。心理学的には「観念運動効果」と呼ばれる現象で、合理的な説明が可能とされる。
しかし、岡田さんの事件をはじめとする一連の「異常事態」については、この説明では理解し難い側面がある。なぜ特定の人物だけが深刻な影響を受けるのか。なぜ1970年代後半に集中的に発生したのか。そして何より、なぜ岡田さんは死を選ぶまでに追い詰められたのか。
民俗学的な観点から見れば、「こっくりさん」は古来から存在する降霊術の現代版とも言える。平安時代の「狐憑き」、江戸時代の「狐狗狸さん」など、日本には霊的存在との交信に関する長い歴史がある。そうした文化的土壌の上に、戦後の急激な社会変化が重なったとき、何らかの「現象」が生じた可能性も否定できない。
また、1970年代後半という時代背景も重要である。高度経済成長の終焉、オイルショック、社会不安の増大。そうした混沌とした時代の空気が、若者たちの心理に微妙な影響を与えていた可能性もある。
岡田美香さんの死から四十年以上が経過した。当時を知る人々も高齢となり、やがて記憶は失われていくだろう。しかし、この事件が提起した問題は現在でも解決されていない。
「こっくりさん」は単なる遊びなのか、それとも何かしらの「現象」を引き起こす可能性があるのか。科学の進歩した現代においても、人間の意識や霊的な現象については未解明の部分が多い。
筆者は結論を急ぐつもりはない。ただ、岡田さんのような悲劇が二度と起こらないことを願うばかりである。
事実として記録されていることと、それを超越した何かがあるのかどうか—それを判断するのは、読者一人一人の感性である。
(了)
*本誌では読者の皆様からの都市伝説情報を募集しています。身近な不思議体験がありましたら、編集部までお寄せください。
「こっくりさん」
取材・文: 野々宮圭介
昭和五十年代前半、日本全国の学校で一つの遊びが爆発的な流行を見せていた。「こっくりさん」である。紙に五十音とイエス・ノーを書き、十円硬貨に指を乗せて霊を呼び出すこの降霊術は、当時の学生たちにとって格好の娯楽であった。
しかし、この流行の陰で複数の不可解な事件が発生していたことを、現在どれだけの人が記憶しているだろうか。筆者のもとに一通の手紙が届いたのは、今年の初春のことである。差出人は当時中学教師をしていた七十代の男性で、「あの事件について、誰かに話しておきたい」という内容だった。
彼が語ったのは、昭和五十三年春に起こった、ある女子中学生の不可解な死についての証言である。
筆者は手紙の差出人である元教師の田村氏(仮名)に面会するため、関東地方のある県を訪れた。待ち合わせ場所は市内の喫茶店。約束の時間に現れた田村氏は、四十年以上の歳月を経てもなお、当時の出来事を鮮明に覚えている様子だった。
「あれは忘れられません」と田村氏は最初に口を開いた。「岡田美香さん(仮名、当時中学二年生)という、ごく普通の生徒でした。成績は中の上、特に目立つこともない、どこにでもいるような女の子でした」
田村氏によると、事件が起こった昭和五十三年春は、まさに「こっくりさんブーム」の最盛期であった。昼休みや放課後になると、生徒たちがグループを作って机を囲み、十円硬貨を使って霊との交信を試みる光景が日常的に見られたという。
「最初は微笑ましく見ていたんです」と田村氏は振り返る。
「ただの遊びだと思っていましたから。しかし、次第に様子が変わってきました」
田村氏の証言によると、岡田さんが異変を見せ始めたのは四月下旬のことだった。友人数人と「こっくりさん」を行った翌日から、急に表情が暗くなり、授業中もうつろな目をしていることが多くなったという。
「最初は思春期特有の悩みかと思いました」と田村氏は語る。
「しかし、日を追うごとに症状は悪化していきました。授業中に突然『誰か来る』とつぶやいたり、誰もいない廊下を見つめて怯えたような表情を見せたりするようになったのです」
同級生たちの証言も残っている。岡田さんと一緒に「こっくりさん」を行った友人の一人は、「美香ちゃんだけが、最後まで十円玉から手を離そうとしなかった」と語っていたという。そして、霊との交信が終わった後も、岡田さんは「まだいる。まだそこにいる」と震え声で繰り返していたという。
家族も異変に気づいていた。母親によると、岡田さんは夜中に突然起き上がり、誰かと話をしているような仕草を見せることがあったという。そして決まって「帰って」「もう帰って」と涙を流しながら繰り返していたという。
そして五月十日の朝、岡田さんは学校の屋上から飛び降り、帰らぬ人となった。遺書は見つからなかった。
現場を最初に発見したのは用務員だった。その証言によると、岡田さんの遺体の傍らには、なぜか十円硬貨が一枚落ちていたという。この事実は警察の調書にも記録されているが、なぜ彼女がその硬貨を持っていたのかは最後まで解明されなかった。
「あの子は、最後まで何かに怯えていました」と田村氏は語る。
「そして亡くなる前日、私に『先生、こっくりさんって、本当に霊を呼んでしまうんでしょうか』と尋ねました。私は『そんなことはない』と答えましたが、今思えば、もっと真剣に話を聞いてあげるべきだったのかもしれません」
この事件は地元新聞に「『こっくりさん』で呼んだ霊に取り憑かれた女子中学生が自殺」という見出しで報じられた。記事では岡田さんの異常な行動と「こっくりさん」との関連性を示唆し、大きな反響を呼んだ。
報道を受けて、全国各地の教育委員会が「こっくりさん」の禁止通達を出すという事態にまで発展した。また、この報道が契機となり、「こっくりさんは危険な降霊術」という認識が広まったとされている。
しかし、事件の真相については今なお謎が残る。岡田さんの死が本当に「こっくりさん」と関連があったのか、それとも単なる偶然の一致だったのか。科学的な検証は行われることなく、時は流れた。
筆者が調査を進めると、同時期に全国各地で類似の事例が報告されていることが判明した。北海道では「こっくりさん」の後に錯乱状態となった高校生が、三日間意識を失ったという報告がある。九州では小学生のグループが集団でヒステリー状態に陥り、全員が入院したという記録も見つかった。
これらの事例に共通するのは、いずれも医学的な説明が困難だったという点である。当時の医師たちは「集団心理」や「暗示効果」といった言葉で説明を試みたが、決定的な答えは見つからなかった。
興味深いことに、これらの事件は昭和五十三年から五十四年にかけて集中的に発生している。まさに「こっくりさんブーム」の頂点と重なる時期である。
「こっくりさん」という現象を科学的に分析すれば、参加者の無意識的な筋肉の動きによって硬貨が移動するという説明が一般的である。心理学的には「観念運動効果」と呼ばれる現象で、合理的な説明が可能とされる。
しかし、岡田さんの事件をはじめとする一連の「異常事態」については、この説明では理解し難い側面がある。なぜ特定の人物だけが深刻な影響を受けるのか。なぜ1970年代後半に集中的に発生したのか。そして何より、なぜ岡田さんは死を選ぶまでに追い詰められたのか。
民俗学的な観点から見れば、「こっくりさん」は古来から存在する降霊術の現代版とも言える。平安時代の「狐憑き」、江戸時代の「狐狗狸さん」など、日本には霊的存在との交信に関する長い歴史がある。そうした文化的土壌の上に、戦後の急激な社会変化が重なったとき、何らかの「現象」が生じた可能性も否定できない。
また、1970年代後半という時代背景も重要である。高度経済成長の終焉、オイルショック、社会不安の増大。そうした混沌とした時代の空気が、若者たちの心理に微妙な影響を与えていた可能性もある。
岡田美香さんの死から四十年以上が経過した。当時を知る人々も高齢となり、やがて記憶は失われていくだろう。しかし、この事件が提起した問題は現在でも解決されていない。
「こっくりさん」は単なる遊びなのか、それとも何かしらの「現象」を引き起こす可能性があるのか。科学の進歩した現代においても、人間の意識や霊的な現象については未解明の部分が多い。
筆者は結論を急ぐつもりはない。ただ、岡田さんのような悲劇が二度と起こらないことを願うばかりである。
事実として記録されていることと、それを超越した何かがあるのかどうか—それを判断するのは、読者一人一人の感性である。
(了)
*本誌では読者の皆様からの都市伝説情報を募集しています。身近な不思議体験がありましたら、編集部までお寄せください。
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