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第4回 壁からの囁き
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都市伝説レポート 第4回
「壁からの囁き」
取材・文: 野々宮圭介
先月の締め切り直前のことだった。常連の情報提供者である灰原探偵から「面白い案件があるから会えないか」という連絡を受け、馴染みの喫茶店で彼と落ち合った。彼の話によると、都内N区の某マンションで奇妙な事件が起きたというのだ。
「部屋の壁から女性の遺体が出てきた。管理会社も警察も口を閉ざしている」
灰原探偵はそう言って、一枚のメモを私に差し出した。そこには住所と「204号室」という部屋番号が記されていた。彼の情報は過去にも何度か本誌の特集記事に繋がっており、私は迷わず調査を開始することにした。
取材というのは足で稼ぐものだ。早速、私は問題のマンションへと向かった。
N区の住宅街に佇むそのマンションは、築15年ほどの普通のファミリータイプのマンションだった。外観からは何の変哲もなく、周囲の住宅に溶け込んでいる。入口近くには管理人室があり、白髪の老人が新聞を読んでいた。
私は編集者として取材に来た旨を告げると、老人は一瞬目を細めたが、意外にも協力的だった。
「あの事件のことですか。確かに不可解なことではありますが、大家さんは詳しく話すなと…」
老人は周囲を気にしながら言葉を濁した。しかし、私が粘り強く質問を続けると、彼は少しずつ口を開いた。
「204号室には一ヶ月前まで佐々木という男性が住んでいました。しかし、ある朝突然荷物をまとめて出ていったんです。理由も言わずに」
老人の証言によると、佐々木氏が引っ越してきたのは昨年の秋頃。それ以前の住人については「若い女性だったが、突然連絡が取れなくなった」とだけ教えてくれた。
次に、私はマンションの住人たちに話を聞いて回った。多くの住人は無関心か、事件について語りたがらない様子だったが、203号室の高齢の女性だけは違った。
「あの部屋はね、壁の中から声が聞こえるって噂があるのよ」
彼女は身を乗り出すようにして小声で話し始めた。
高齢の女性、山下さん(仮名・70代)の証言によると、204号室には約2年前まで川島麻衣という若い女性が住んでいたという。彼女は都内の企業に勤める会社員で、特に変わった様子はなかったそうだ。
「ある日、彼女と廊下で会ったのが最後。その後、見かけなくなりました。不思議に思って管理人さんに聞いたら、『転勤で引っ越した』って言われたのよ」
しかし、川島さんのポストには郵便物が溜まり続け、彼女の両親が心配して訪ねてきたこともあったという。管理会社は部屋の契約が継続していることを理由に、部屋の確認を拒んだそうだ。
約1年の空室期間を経て、昨年9月に佐々木健一氏(仮名・34歳)が入居。彼は引っ越し後、徐々に様子がおかしくなっていったという。
「夜中に廊下で彼とすれ違ったことがあるのよ。真っ青な顔で『壁から声が聞こえる』って言ってたわ」
山下さんは続けた。
「最初は隣の音だと思ったらしいけど、確認したら隣は空室。それでも夜な夜な『助けて』という声が聞こえるって」
佐々木氏は数週間後、更に衝撃的な話を山下さんに打ち明けたという。
「壁の隙間から、人間の爪らしきものが見えたって。本当に恐ろしそうな顔で話していたわ」
そして先月初め、佐々木氏は突然姿を消した。
「彼が出ていった翌日、管理会社の人たちが大勢来て、部屋の壁を調査し始めたの。警察も来てね。それから『壁の中から遺体が見つかった』という噂が広まったわ」
私は警察に問い合わせたが、案の定「捜査中の案件についてはコメントできない」との回答だった。管理会社も同様に口を閉ざしていた。
行き詰まった私は再び灰原探偵に連絡を取った。彼は警察関係者とのコネクションを生かし、非公式な情報を入手してくれた。
「壁の中から発見されたのは、確かに白骨化した女性の遺体だ。DNA鑑定の結果、かつての住人である川島麻衣さんと確認された」
更に衝撃的だったのは、壁が後付けで作られたものだったという事実だ。つまり、誰かが意図的に彼女を壁の中に閉じ込めたのだ。
「警察は殺人事件として捜査しているが、犯人の手がかりは全くない。そして最も不可解なのは、佐々木健一の行方も分からなくなっていることだ」
灰原探偵はそう付け加えた。
私は乙羽教授にも相談した。彼は「生き埋めにされた人間の怨念」について、世界各地の民間伝承を紹介してくれた。壁の中に封じ込められた魂が、助けを求めて現世に働きかけるという話は珍しくないという。
「壁女(かべおんな)」という日本の都市伝説も、似たような文脈で語られるものだと教授は指摘した。
一連の調査を経て、私なりの事実関係をまとめると以下のようになる。
1. 川島麻衣さんは約2年前に失踪した。
2. 彼女のアパートは契約が継続したまま、約1年間空室状態だった。
3. 昨年9月、佐々木健一氏が204号室に入居した。
4. 佐々木氏は「壁からの囁き」や「壁から覗く爪」を目撃したと証言している。
5. 佐々木氏は先月突然退去し、その後行方不明となっている。
6. 警察の調査により、壁の中から川島さんの遺体が発見された。
7. 壁は後付けで作られたものだった。
これらの事実から、川島さんが何者かによって殺害され、壁の中に隠されたことは間違いないだろう。
しかし、いくつかの疑問は残る。誰が、どのような目的で彼女を壁の中に閉じ込めたのか。契約が継続していたことから、犯人は彼女になりすまして家賃を支払っていた可能性もある。そして最大の謎は、佐々木氏の証言する「壁からの囁き」や「爪」の正体だ。
科学的に説明するならば、遺体の腐敗によるガスの発生や建物の構造上の問題が、特定の音を生み出した可能性はある。また、壁の隙間から見えたという「爪」も、遺体の一部が露出していたのかもしれない。
一方で、より超常的な解釈をするならば、川島さんの魂が自らの不遇を訴え、真相究明を求めていたとも考えられる。
この「壁からの囁き」事件は、未だ多くの謎に包まれている。警察の捜査も続いているが、決定的な進展はないという。佐々木健一氏の行方も分からないままだ。
私たちの身近にある「壁」の向こう側には、時に想像を超える現実が潜んでいるのかもしれない。あるいは、これはただの都市伝説として語り継がれるだけなのか。
(了)
*本誌では読者の皆様からの都市伝説情報を募集しています。身近な不思議体験がありましたら、編集部までお寄せください。
「壁からの囁き」
取材・文: 野々宮圭介
先月の締め切り直前のことだった。常連の情報提供者である灰原探偵から「面白い案件があるから会えないか」という連絡を受け、馴染みの喫茶店で彼と落ち合った。彼の話によると、都内N区の某マンションで奇妙な事件が起きたというのだ。
「部屋の壁から女性の遺体が出てきた。管理会社も警察も口を閉ざしている」
灰原探偵はそう言って、一枚のメモを私に差し出した。そこには住所と「204号室」という部屋番号が記されていた。彼の情報は過去にも何度か本誌の特集記事に繋がっており、私は迷わず調査を開始することにした。
取材というのは足で稼ぐものだ。早速、私は問題のマンションへと向かった。
N区の住宅街に佇むそのマンションは、築15年ほどの普通のファミリータイプのマンションだった。外観からは何の変哲もなく、周囲の住宅に溶け込んでいる。入口近くには管理人室があり、白髪の老人が新聞を読んでいた。
私は編集者として取材に来た旨を告げると、老人は一瞬目を細めたが、意外にも協力的だった。
「あの事件のことですか。確かに不可解なことではありますが、大家さんは詳しく話すなと…」
老人は周囲を気にしながら言葉を濁した。しかし、私が粘り強く質問を続けると、彼は少しずつ口を開いた。
「204号室には一ヶ月前まで佐々木という男性が住んでいました。しかし、ある朝突然荷物をまとめて出ていったんです。理由も言わずに」
老人の証言によると、佐々木氏が引っ越してきたのは昨年の秋頃。それ以前の住人については「若い女性だったが、突然連絡が取れなくなった」とだけ教えてくれた。
次に、私はマンションの住人たちに話を聞いて回った。多くの住人は無関心か、事件について語りたがらない様子だったが、203号室の高齢の女性だけは違った。
「あの部屋はね、壁の中から声が聞こえるって噂があるのよ」
彼女は身を乗り出すようにして小声で話し始めた。
高齢の女性、山下さん(仮名・70代)の証言によると、204号室には約2年前まで川島麻衣という若い女性が住んでいたという。彼女は都内の企業に勤める会社員で、特に変わった様子はなかったそうだ。
「ある日、彼女と廊下で会ったのが最後。その後、見かけなくなりました。不思議に思って管理人さんに聞いたら、『転勤で引っ越した』って言われたのよ」
しかし、川島さんのポストには郵便物が溜まり続け、彼女の両親が心配して訪ねてきたこともあったという。管理会社は部屋の契約が継続していることを理由に、部屋の確認を拒んだそうだ。
約1年の空室期間を経て、昨年9月に佐々木健一氏(仮名・34歳)が入居。彼は引っ越し後、徐々に様子がおかしくなっていったという。
「夜中に廊下で彼とすれ違ったことがあるのよ。真っ青な顔で『壁から声が聞こえる』って言ってたわ」
山下さんは続けた。
「最初は隣の音だと思ったらしいけど、確認したら隣は空室。それでも夜な夜な『助けて』という声が聞こえるって」
佐々木氏は数週間後、更に衝撃的な話を山下さんに打ち明けたという。
「壁の隙間から、人間の爪らしきものが見えたって。本当に恐ろしそうな顔で話していたわ」
そして先月初め、佐々木氏は突然姿を消した。
「彼が出ていった翌日、管理会社の人たちが大勢来て、部屋の壁を調査し始めたの。警察も来てね。それから『壁の中から遺体が見つかった』という噂が広まったわ」
私は警察に問い合わせたが、案の定「捜査中の案件についてはコメントできない」との回答だった。管理会社も同様に口を閉ざしていた。
行き詰まった私は再び灰原探偵に連絡を取った。彼は警察関係者とのコネクションを生かし、非公式な情報を入手してくれた。
「壁の中から発見されたのは、確かに白骨化した女性の遺体だ。DNA鑑定の結果、かつての住人である川島麻衣さんと確認された」
更に衝撃的だったのは、壁が後付けで作られたものだったという事実だ。つまり、誰かが意図的に彼女を壁の中に閉じ込めたのだ。
「警察は殺人事件として捜査しているが、犯人の手がかりは全くない。そして最も不可解なのは、佐々木健一の行方も分からなくなっていることだ」
灰原探偵はそう付け加えた。
私は乙羽教授にも相談した。彼は「生き埋めにされた人間の怨念」について、世界各地の民間伝承を紹介してくれた。壁の中に封じ込められた魂が、助けを求めて現世に働きかけるという話は珍しくないという。
「壁女(かべおんな)」という日本の都市伝説も、似たような文脈で語られるものだと教授は指摘した。
一連の調査を経て、私なりの事実関係をまとめると以下のようになる。
1. 川島麻衣さんは約2年前に失踪した。
2. 彼女のアパートは契約が継続したまま、約1年間空室状態だった。
3. 昨年9月、佐々木健一氏が204号室に入居した。
4. 佐々木氏は「壁からの囁き」や「壁から覗く爪」を目撃したと証言している。
5. 佐々木氏は先月突然退去し、その後行方不明となっている。
6. 警察の調査により、壁の中から川島さんの遺体が発見された。
7. 壁は後付けで作られたものだった。
これらの事実から、川島さんが何者かによって殺害され、壁の中に隠されたことは間違いないだろう。
しかし、いくつかの疑問は残る。誰が、どのような目的で彼女を壁の中に閉じ込めたのか。契約が継続していたことから、犯人は彼女になりすまして家賃を支払っていた可能性もある。そして最大の謎は、佐々木氏の証言する「壁からの囁き」や「爪」の正体だ。
科学的に説明するならば、遺体の腐敗によるガスの発生や建物の構造上の問題が、特定の音を生み出した可能性はある。また、壁の隙間から見えたという「爪」も、遺体の一部が露出していたのかもしれない。
一方で、より超常的な解釈をするならば、川島さんの魂が自らの不遇を訴え、真相究明を求めていたとも考えられる。
この「壁からの囁き」事件は、未だ多くの謎に包まれている。警察の捜査も続いているが、決定的な進展はないという。佐々木健一氏の行方も分からないままだ。
私たちの身近にある「壁」の向こう側には、時に想像を超える現実が潜んでいるのかもしれない。あるいは、これはただの都市伝説として語り継がれるだけなのか。
(了)
*本誌では読者の皆様からの都市伝説情報を募集しています。身近な不思議体験がありましたら、編集部までお寄せください。
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