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第43回 幻のハンバーガー
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都市伝説レポート 第43回
「幻のハンバーガー」
取材・文: 野々宮圭介
「かつて日本に存在した幻のファストフードチェーン」。この都市伝説を最初に耳にしたのは、三ヶ月前のことだった。古い雑誌の切り抜きを集めている常連投稿者から一通のメールが届き、そこに添付されていたのは昭和40年代の新聞広告の切れ端だった。
「味の虜になる。クロムバーガー」
そんなキャッチフレーズと、どこか不気味な笑顔のマスコットキャラクターが印刷された、色あせた広告。「クロムバーガー」という名前に心当たりはなかったが、「編集者の勘」が働いた。この広告の背後には、何か「匂い」がする。
噂の真偽は別として、取材というのは足で稼ぐものだ。私は早速、この「幻のハンバーガーチェーン」の足跡を追うことにした。
「クロムバーガー?ああ、確かにあったねえ。美味しかったよ、あれは」
東京都内の古書店主・村田氏(仮名・78歳)は、私の質問にすぐに反応した。彼の話によれば、昭和40年代後半、「クロムバーガー」は東京を中心に急速に店舗を拡大していったという。
「マクドナルドが日本に来る少し前だったかな。とにかく肉汁が滴るパティが特徴で、一度食べると病みつきになる味だった。独特の濃厚なソースがかかっていてね」
村田氏だけではない。私が接触した昭和を知る世代の多くが、「クロムバーガー」の名前に懐かしさと奇妙な表情を浮かべた。しかし不思議なことに、そのチェーン店に関する公式記録は極めて少なく、当時の写真や資料はほとんど残っていない。
さらに気になったのは、話を聞くたびに浮かび上がる、ある種の「異常性」だった。
「あのハンバーガーを食べた後は、他のどんなハンバーガーも味がしなくなった。何を食べても物足りない」
元・広告代理店勤務の高橋氏(仮名・71歳)は、表情を曇らせながらそう語った。
「週に三回は通っていましたよ。気づいたら給料の大半をそこで使っていた。そして、奇妙なことに、食べた翌日には必ず、また無性に食べたくなるんです」
同様の証言は、他の元常連客からも得られた。
「食べた夜は決まって同じ夢を見た。誰かが暗闇の中からじっと自分を見つめている。でも気にならなかった。むしろ次の日が待ち遠しかった」(元・会社員、田中氏、仮名・69歳)
「友人と『クロムバーガー依存症』なんて冗談を言い合っていたけど、今思えば本当に依存していたのかもしれない」(元・美容師、佐藤氏、仮名・73歳)
「クロムバーガー」の全盛期は約2年間続いたという。しかし昭和50年前後、突如として全店舗が閉鎖された。公式な説明はなく、オーナーも従業員も忽然と姿を消したという。
「食品衛生法の違反があったという噂もあったが、詳細は闇の中だった」と語るのは、当時、保健所で働いていたという匿名希望の男性だ。
「内部資料は全て廃棄されたか、持ち去られたらしい。異例の対応だった」
私はこの謎の創業者について調べるため、古い商業登記や新聞記事を調査した。そこで浮かび上がってきたのは、「帰還兵の成功物語」として一度だけ取り上げられた記事だった。
創業者・黒見武彦氏は太平洋戦争の帰還兵で、「海外で得た特殊な調理法」を基に事業を起こしたとされていた。詳細な経歴は不明だが、「食の追求に人生を捧げた」と記事には書かれていた。
「クロムバーガー」が姿を消した後、奇妙な現象が起きたという証言も複数得られた。
「常連だった人たちの多くが、まるで禁断症状のような状態になった。他のハンバーガーショップを片っ端から回り、あの味を求めていた」(元・近隣住民、木村氏、仮名・75歳)
「友人は『あの味が忘れられない』と繰り返し、最後には精神科に通うことになった」(匿名希望の女性、70代)
そして最も不気味だったのが、「クロムバーガー」の店舗があった地域での、人の失踪に関する噂だった。
「実は、チェーン店の周辺では、開店期間中に行方不明者が多かったんです」
そう証言してくれたのは、当時を知る元警察官の山田氏(仮名・80歳)だ。
「当時、『クロムバーガー』の各店舗から半径2キロ以内で、2年間に計27人の失踪事件が発生している。閉店後は急激に減少した」
山田氏によれば、これらの事件の関連性は当時は注目されなかったという。しかし彼はある日、元店員からの匿名の告発を受けたという。
「肉の仕入れが不規則で、深夜に裏口から運び込まれることがあった。しかも通常のサプライチェーンを通さない、何か特殊なルートで」
そしてここから、最も忌まわしい噂が広まることになる。
「あのハンバーガーの肉は、人肉だったんじゃないか」
この衝撃的な噂について、民俗学者の乙羽教授は慎重な見解を示した。
「『人肉食』の噂は、実は様々な文化圏で見られる『都市伝説』の典型です。異質な味、強い依存性、閉店後の怪現象—これらは『人食い』伝説の典型的なパターンに一致します」
乙羽教授によれば、戦後の混乱期には食料不足から様々な噂が広まったという。黒見氏の「帰還兵」というバックグラウンドと相まって、不気味な噂が形成されていった可能性がある。
「ただし、これは社会学的な解釈に過ぎません。真相は別にあるかもしれません」と乙羽教授は付け加えた。
取材の最終段階として、かつての「クロムバーガー」の旗艦店があったとされる場所を訪れた。現在はマンションが建っているが、周辺の古い商店街ではまだ「クロムバーガー」を覚えている人がいた。
「あそこはいつも行列だったよ。でも閉店の翌日からは、まるで誰もその存在を認めたくないかのようにタブー視されるようになった」(近隣の八百屋、山本氏、80歳)
そして最も気になったのは、マンションの一角に集まる高齢者たちの存在だった。彼らは毎週金曜日の夕方、かつて「クロムバーガー」があった場所の前に集まり、何かを待っているように見えるという。
「あの人たちは元常連さんらしいよ。『いつか店が戻ってくる』と信じているみたいで」(マンション管理人、匿名希望)
実際、私が訪れた金曜日の夕方、数人の高齢者が無言でその場所に立っていた。彼らに話を聞こうとしたが、誰も応じてくれなかった。ただ一人、去り際に私に近づいてきた老人が、かすれた声でこうつぶやいた。
「あの味が忘れられないんだ…もう一度だけでいい、食べてみたい…」
「クロムバーガー」という幻のハンバーガーチェーンの真実は、今も闇の中にある。常連客の異常な依存、突然の閉店、そして失踪事件との関連性。これらが単なる偶然の一致なのか、それとも何か忌まわしい真実が隠されているのか、確定的な証拠はない。
創業者・黒見武彦氏の行方も不明のままだ。「特殊な調理法」の正体も、肉の仕入れ先も謎に包まれている。
私たちの取材でわかったのは、「クロムバーガー」が単なるファストフードチェーン以上の何かであり、それが昭和の時代に実在したという事実だけだ。
現代の私たちにとって、これは昭和の闇に埋もれた「都市伝説」にすぎないのかもしれない。しかし、今も金曜の夕暮れに集まる老人たちにとっては、忘れられない記憶であり、永遠に満たされることのない渇望の対象なのだろう。
あなたは、この話をどう解釈するだろうか。
(了)
*本誌では読者の皆様からの都市伝説情報を募集しています。身近な不思議体験がありましたら、編集部までお寄せください。
「幻のハンバーガー」
取材・文: 野々宮圭介
「かつて日本に存在した幻のファストフードチェーン」。この都市伝説を最初に耳にしたのは、三ヶ月前のことだった。古い雑誌の切り抜きを集めている常連投稿者から一通のメールが届き、そこに添付されていたのは昭和40年代の新聞広告の切れ端だった。
「味の虜になる。クロムバーガー」
そんなキャッチフレーズと、どこか不気味な笑顔のマスコットキャラクターが印刷された、色あせた広告。「クロムバーガー」という名前に心当たりはなかったが、「編集者の勘」が働いた。この広告の背後には、何か「匂い」がする。
噂の真偽は別として、取材というのは足で稼ぐものだ。私は早速、この「幻のハンバーガーチェーン」の足跡を追うことにした。
「クロムバーガー?ああ、確かにあったねえ。美味しかったよ、あれは」
東京都内の古書店主・村田氏(仮名・78歳)は、私の質問にすぐに反応した。彼の話によれば、昭和40年代後半、「クロムバーガー」は東京を中心に急速に店舗を拡大していったという。
「マクドナルドが日本に来る少し前だったかな。とにかく肉汁が滴るパティが特徴で、一度食べると病みつきになる味だった。独特の濃厚なソースがかかっていてね」
村田氏だけではない。私が接触した昭和を知る世代の多くが、「クロムバーガー」の名前に懐かしさと奇妙な表情を浮かべた。しかし不思議なことに、そのチェーン店に関する公式記録は極めて少なく、当時の写真や資料はほとんど残っていない。
さらに気になったのは、話を聞くたびに浮かび上がる、ある種の「異常性」だった。
「あのハンバーガーを食べた後は、他のどんなハンバーガーも味がしなくなった。何を食べても物足りない」
元・広告代理店勤務の高橋氏(仮名・71歳)は、表情を曇らせながらそう語った。
「週に三回は通っていましたよ。気づいたら給料の大半をそこで使っていた。そして、奇妙なことに、食べた翌日には必ず、また無性に食べたくなるんです」
同様の証言は、他の元常連客からも得られた。
「食べた夜は決まって同じ夢を見た。誰かが暗闇の中からじっと自分を見つめている。でも気にならなかった。むしろ次の日が待ち遠しかった」(元・会社員、田中氏、仮名・69歳)
「友人と『クロムバーガー依存症』なんて冗談を言い合っていたけど、今思えば本当に依存していたのかもしれない」(元・美容師、佐藤氏、仮名・73歳)
「クロムバーガー」の全盛期は約2年間続いたという。しかし昭和50年前後、突如として全店舗が閉鎖された。公式な説明はなく、オーナーも従業員も忽然と姿を消したという。
「食品衛生法の違反があったという噂もあったが、詳細は闇の中だった」と語るのは、当時、保健所で働いていたという匿名希望の男性だ。
「内部資料は全て廃棄されたか、持ち去られたらしい。異例の対応だった」
私はこの謎の創業者について調べるため、古い商業登記や新聞記事を調査した。そこで浮かび上がってきたのは、「帰還兵の成功物語」として一度だけ取り上げられた記事だった。
創業者・黒見武彦氏は太平洋戦争の帰還兵で、「海外で得た特殊な調理法」を基に事業を起こしたとされていた。詳細な経歴は不明だが、「食の追求に人生を捧げた」と記事には書かれていた。
「クロムバーガー」が姿を消した後、奇妙な現象が起きたという証言も複数得られた。
「常連だった人たちの多くが、まるで禁断症状のような状態になった。他のハンバーガーショップを片っ端から回り、あの味を求めていた」(元・近隣住民、木村氏、仮名・75歳)
「友人は『あの味が忘れられない』と繰り返し、最後には精神科に通うことになった」(匿名希望の女性、70代)
そして最も不気味だったのが、「クロムバーガー」の店舗があった地域での、人の失踪に関する噂だった。
「実は、チェーン店の周辺では、開店期間中に行方不明者が多かったんです」
そう証言してくれたのは、当時を知る元警察官の山田氏(仮名・80歳)だ。
「当時、『クロムバーガー』の各店舗から半径2キロ以内で、2年間に計27人の失踪事件が発生している。閉店後は急激に減少した」
山田氏によれば、これらの事件の関連性は当時は注目されなかったという。しかし彼はある日、元店員からの匿名の告発を受けたという。
「肉の仕入れが不規則で、深夜に裏口から運び込まれることがあった。しかも通常のサプライチェーンを通さない、何か特殊なルートで」
そしてここから、最も忌まわしい噂が広まることになる。
「あのハンバーガーの肉は、人肉だったんじゃないか」
この衝撃的な噂について、民俗学者の乙羽教授は慎重な見解を示した。
「『人肉食』の噂は、実は様々な文化圏で見られる『都市伝説』の典型です。異質な味、強い依存性、閉店後の怪現象—これらは『人食い』伝説の典型的なパターンに一致します」
乙羽教授によれば、戦後の混乱期には食料不足から様々な噂が広まったという。黒見氏の「帰還兵」というバックグラウンドと相まって、不気味な噂が形成されていった可能性がある。
「ただし、これは社会学的な解釈に過ぎません。真相は別にあるかもしれません」と乙羽教授は付け加えた。
取材の最終段階として、かつての「クロムバーガー」の旗艦店があったとされる場所を訪れた。現在はマンションが建っているが、周辺の古い商店街ではまだ「クロムバーガー」を覚えている人がいた。
「あそこはいつも行列だったよ。でも閉店の翌日からは、まるで誰もその存在を認めたくないかのようにタブー視されるようになった」(近隣の八百屋、山本氏、80歳)
そして最も気になったのは、マンションの一角に集まる高齢者たちの存在だった。彼らは毎週金曜日の夕方、かつて「クロムバーガー」があった場所の前に集まり、何かを待っているように見えるという。
「あの人たちは元常連さんらしいよ。『いつか店が戻ってくる』と信じているみたいで」(マンション管理人、匿名希望)
実際、私が訪れた金曜日の夕方、数人の高齢者が無言でその場所に立っていた。彼らに話を聞こうとしたが、誰も応じてくれなかった。ただ一人、去り際に私に近づいてきた老人が、かすれた声でこうつぶやいた。
「あの味が忘れられないんだ…もう一度だけでいい、食べてみたい…」
「クロムバーガー」という幻のハンバーガーチェーンの真実は、今も闇の中にある。常連客の異常な依存、突然の閉店、そして失踪事件との関連性。これらが単なる偶然の一致なのか、それとも何か忌まわしい真実が隠されているのか、確定的な証拠はない。
創業者・黒見武彦氏の行方も不明のままだ。「特殊な調理法」の正体も、肉の仕入れ先も謎に包まれている。
私たちの取材でわかったのは、「クロムバーガー」が単なるファストフードチェーン以上の何かであり、それが昭和の時代に実在したという事実だけだ。
現代の私たちにとって、これは昭和の闇に埋もれた「都市伝説」にすぎないのかもしれない。しかし、今も金曜の夕暮れに集まる老人たちにとっては、忘れられない記憶であり、永遠に満たされることのない渇望の対象なのだろう。
あなたは、この話をどう解釈するだろうか。
(了)
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