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第71回 禁忌のタグ
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都市伝説レポート 第71回
「禁忌のタグ」
取材・文: 野々宮圭介
今回の調査は、編集部に寄せられた一通のメールがきっかけだった。匿名を希望するある大学生からの情報提供である。それによると、動画配信サイトには「絶対につけてはいけないタグ」が存在するという。このタグをつけた配信者に異変が起きるというのだ。
「友人の友人が実際に体験したらしいんです。タグをつけた瞬間、見たことのないアカウントが大量に現れて、最後には友人が苦しみ出して配信が切れたと。その後、友人とは連絡が取れなくなりました」
都市伝説の常として、こうした「友人の友人」の体験譚には懐疑的にならざるを得ない。だが、同様の証言がSNS上で散見されることから、調査する価値はあると判断した。
配信サイトでこの噂を検証するため、まずは「禁忌のタグ」について詳しい情報を集めることにした。具体的なタグ名は様々なバージョンがあり、「死者の数字」「未確認生物」「異次元パスワード」など諸説あるが、どれも確証に欠ける。
そこで私は、この現象を経験したとされる配信者を探し当てることにした。3週間の調査と、情報提供者のネットワークを頼りに、ついに「K」と名乗る元配信者との接触に成功した。
「K」は都内のカフェで私との面会に応じた。20代後半と思われる彼は、終始落ち着きなく周囲を見回しながら、小声で体験を語った。
「あれは確かに実在します。私は試しに使ってみたんです」
「K」によれば、彼はゲーム配信をしていた2022年の冬、SNSで噂になっていた「禁忌のタグ」を試してみることにしたという。タグの内容は明かせないと彼は言う。
「最初は何も起きなかったんです。でも配信を始めて15分ほど経ったとき、突然視聴者数が跳ね上がりました。普段なら20人程度なのに、100人を超えていた。しかし、そのほとんどがアイコンだけのアカウントで、名前も記号や数字の羅列でした」
彼らは最初、何のコメントもしなかったという。しかしやがて、「見ている」「気づいている」といった不気味なコメントが流れ始めた。
「最初は荒らしだと思いました。でも、彼らは私の配信画面には映っていないはずの私の部屋の様子を正確に描写し始めたんです。『背後の本棚の赤い本』とか、『窓の外の街灯』とか…それらは確かに私の部屋にあるものでした」
そして配信開始から約40分後、コメントは警告めいたものに変わったという。
「『やめろ』『今すぐ終了しろ』『彼らが来る』といったコメントが連続して流れ始めました。そして…」
「K」はここで言葉を詰まらせた。彼によれば、コメントが警告に変わった直後、部屋の気温が急激に下がり、モニターに映る自分の姿が歪み始めたという。そして突然、胸部に激痛が走り、意識を失ったとのことだ。
「気がついたら配信は終了していて、PCの履歴も消えていました。でも、視聴者だった友人から心配の連絡があり、私が苦しみながら床に倒れ、画面が暗転したと聞きました」
この体験以降、「K」は配信活動を完全に停止したという。
「K」の証言を裏付けるため、彼の元視聴者にも話を聞こうとしたが、連絡先を教えてもらえなかった。また、配信サイトの運営会社にこの現象について問い合わせたが、「そのようなタグの存在は確認されていない」との回答だった。
この「禁忌のタグ」現象は、単なる都市伝説なのだろうか?それとも何らかの集団によるサイバー攻撃なのか?あるいは、配信という新しいメディアが生み出した未知の現象なのか?
興味深いのは、同様の証言が世界各国から報告されている点だ。2021年頃から急増したこの噂は、特定の文化圏に限定されない。これは現代のデジタル社会特有の新しいタイプの都市伝説かもしれない。
この現象について、乙羽教授(民俗学)は次のように分析する。
「禁忌を破ることで罰を受けるという構造は、古典的な民間伝承と共通しています。かつては『鬼の居る山に入ってはいけない』『夜中に口笛を吹いてはいけない』といった禁忌がありました。現代では、その舞台がデジタル空間に移行しただけでしょう」
一方で、灰原探偵は別の見方を示す。
「配信者を標的にした新たなタイプのサイバー犯罪の可能性も排除できません。特定のキーワードを監視するボットが、標的の個人情報を収集し、恐怖を与えることで心理的な攻撃を仕掛けているのかもしれない」
「禁忌のタグ」現象の真相は、依然として謎に包まれたままだ。証言者たちの体験が実在するものなのか、あるいは都市伝説が先行して生まれた集団的な思い込みなのかを断定することはできない。
しかし、この現象が現代人の「見られている恐怖」「デジタル空間への不安」を反映していることは間違いないだろう。そして何より危険なのは、この噂を聞いた一部の配信者たちが、好奇心から敢えて「禁忌のタグ」を試そうとしている点だ。
不可視の「何か」が常に我々を監視しているという恐怖。それがただの妄想なのか、それとも現実なのか—。
真実を知りたいという欲求と、知ってはいけないという警告。この相反する感情こそが、あらゆる都市伝説を生み出し、そして永続させる原動力なのかもしれない。
本稿の作成過程で、私も「禁忌のタグ」について調査するため、多くの配信サイトを巡った。幸いにも(あるいは残念ながら)、そのようなタグを発見することはできなかった。だが、あなたがもし配信者で、見知らぬアカウントから「それは使ってはいけない」という警告を受けたなら—その警告に従った方が賢明かもしれない。
(了)
*本誌では読者の皆様からの都市伝説情報を募集しています。身近な不思議体験がありましたら、編集部までお寄せください。
「禁忌のタグ」
取材・文: 野々宮圭介
今回の調査は、編集部に寄せられた一通のメールがきっかけだった。匿名を希望するある大学生からの情報提供である。それによると、動画配信サイトには「絶対につけてはいけないタグ」が存在するという。このタグをつけた配信者に異変が起きるというのだ。
「友人の友人が実際に体験したらしいんです。タグをつけた瞬間、見たことのないアカウントが大量に現れて、最後には友人が苦しみ出して配信が切れたと。その後、友人とは連絡が取れなくなりました」
都市伝説の常として、こうした「友人の友人」の体験譚には懐疑的にならざるを得ない。だが、同様の証言がSNS上で散見されることから、調査する価値はあると判断した。
配信サイトでこの噂を検証するため、まずは「禁忌のタグ」について詳しい情報を集めることにした。具体的なタグ名は様々なバージョンがあり、「死者の数字」「未確認生物」「異次元パスワード」など諸説あるが、どれも確証に欠ける。
そこで私は、この現象を経験したとされる配信者を探し当てることにした。3週間の調査と、情報提供者のネットワークを頼りに、ついに「K」と名乗る元配信者との接触に成功した。
「K」は都内のカフェで私との面会に応じた。20代後半と思われる彼は、終始落ち着きなく周囲を見回しながら、小声で体験を語った。
「あれは確かに実在します。私は試しに使ってみたんです」
「K」によれば、彼はゲーム配信をしていた2022年の冬、SNSで噂になっていた「禁忌のタグ」を試してみることにしたという。タグの内容は明かせないと彼は言う。
「最初は何も起きなかったんです。でも配信を始めて15分ほど経ったとき、突然視聴者数が跳ね上がりました。普段なら20人程度なのに、100人を超えていた。しかし、そのほとんどがアイコンだけのアカウントで、名前も記号や数字の羅列でした」
彼らは最初、何のコメントもしなかったという。しかしやがて、「見ている」「気づいている」といった不気味なコメントが流れ始めた。
「最初は荒らしだと思いました。でも、彼らは私の配信画面には映っていないはずの私の部屋の様子を正確に描写し始めたんです。『背後の本棚の赤い本』とか、『窓の外の街灯』とか…それらは確かに私の部屋にあるものでした」
そして配信開始から約40分後、コメントは警告めいたものに変わったという。
「『やめろ』『今すぐ終了しろ』『彼らが来る』といったコメントが連続して流れ始めました。そして…」
「K」はここで言葉を詰まらせた。彼によれば、コメントが警告に変わった直後、部屋の気温が急激に下がり、モニターに映る自分の姿が歪み始めたという。そして突然、胸部に激痛が走り、意識を失ったとのことだ。
「気がついたら配信は終了していて、PCの履歴も消えていました。でも、視聴者だった友人から心配の連絡があり、私が苦しみながら床に倒れ、画面が暗転したと聞きました」
この体験以降、「K」は配信活動を完全に停止したという。
「K」の証言を裏付けるため、彼の元視聴者にも話を聞こうとしたが、連絡先を教えてもらえなかった。また、配信サイトの運営会社にこの現象について問い合わせたが、「そのようなタグの存在は確認されていない」との回答だった。
この「禁忌のタグ」現象は、単なる都市伝説なのだろうか?それとも何らかの集団によるサイバー攻撃なのか?あるいは、配信という新しいメディアが生み出した未知の現象なのか?
興味深いのは、同様の証言が世界各国から報告されている点だ。2021年頃から急増したこの噂は、特定の文化圏に限定されない。これは現代のデジタル社会特有の新しいタイプの都市伝説かもしれない。
この現象について、乙羽教授(民俗学)は次のように分析する。
「禁忌を破ることで罰を受けるという構造は、古典的な民間伝承と共通しています。かつては『鬼の居る山に入ってはいけない』『夜中に口笛を吹いてはいけない』といった禁忌がありました。現代では、その舞台がデジタル空間に移行しただけでしょう」
一方で、灰原探偵は別の見方を示す。
「配信者を標的にした新たなタイプのサイバー犯罪の可能性も排除できません。特定のキーワードを監視するボットが、標的の個人情報を収集し、恐怖を与えることで心理的な攻撃を仕掛けているのかもしれない」
「禁忌のタグ」現象の真相は、依然として謎に包まれたままだ。証言者たちの体験が実在するものなのか、あるいは都市伝説が先行して生まれた集団的な思い込みなのかを断定することはできない。
しかし、この現象が現代人の「見られている恐怖」「デジタル空間への不安」を反映していることは間違いないだろう。そして何より危険なのは、この噂を聞いた一部の配信者たちが、好奇心から敢えて「禁忌のタグ」を試そうとしている点だ。
不可視の「何か」が常に我々を監視しているという恐怖。それがただの妄想なのか、それとも現実なのか—。
真実を知りたいという欲求と、知ってはいけないという警告。この相反する感情こそが、あらゆる都市伝説を生み出し、そして永続させる原動力なのかもしれない。
本稿の作成過程で、私も「禁忌のタグ」について調査するため、多くの配信サイトを巡った。幸いにも(あるいは残念ながら)、そのようなタグを発見することはできなかった。だが、あなたがもし配信者で、見知らぬアカウントから「それは使ってはいけない」という警告を受けたなら—その警告に従った方が賢明かもしれない。
(了)
*本誌では読者の皆様からの都市伝説情報を募集しています。身近な不思議体験がありましたら、編集部までお寄せください。
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