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第83回 霧の航路
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都市伝説レポート 第83回
「霧の帆船」
取材・文: 野々宮圭介
「取材というのは足で稼ぐものだ」
これは私がよく口にする言葉だが、今回の調査ほどその信条を試された取材も珍しい。昨年末から編集部に寄せられていた「東京湾の幽霊船」に関する情報。単なる船乗りの間の怪談として片付けるには、証言があまりにも具体的で、かつ一貫していた。
私が注目したのは、目撃情報と共に報告される「翌日の故障」という点だ。超常現象と機械の不調——この組み合わせは都市伝説の中でも珍しくない要素だが、その相関関係は単なる偶然で片付けられるものなのか。今回はその謎に迫るべく、東京湾を舞台に調査を行った。
現在囁かれる「霧の帆船」の目撃談を理解するには、まず史実から紐解く必要がある。
明治23年(1890年)、東京湾を航行していた貨物船「八丈丸」が濃霧の中で消息を絶った。当時の新聞記事や海事記録によれば、総トン数約120トン、乗組員13名を乗せた木造帆船で、八丈島から東京へ向かう途中だった。
「当時の記録を見ると、行方不明になった日は特に濃い霧に覆われていたそうです。視界が極端に悪かったため、他の船との衝突か暗礁への接触が原因ではないかと推測されています」
これは国立海洋博物館の倉田学芸員の説明だ。しかし事態はさらに謎を深める。行方不明から約3週間後、八丈丸は無人のまま房総半島沖で漂流しているのが発見されたのだ。
「船体に大きな損傷はなく、船内の備品や荷物もほぼ無傷でした。乗組員の私物も残されたままで、彼らが計画的に船を放棄した痕跡はなかったそうです」
船内の食料も十分残っており、救命ボートも健在だった。乗組員13名は全員が忽然と姿を消し、その後発見されることはなかった。
時は流れて現代。東京湾では過去5年間で少なくとも12件の「霧の帆船」目撃情報が私の元に寄せられている。
「濃い霧の中に、ぼんやりと浮かぶ古い帆船を見ました。船には明かりが灯っていたのに、甲板には誰も見えなかった」
これは東京湾でタグボートを操る佐々木船長(48歳)の証言だ。佐々木船長が目撃したのは昨年11月、深夜2時頃のことだった。
「最初は他の船かと思いましたが、見た目が古い。明治時代の船みたいな。レーダーにも映らなかったんです。それに、あんな帆船が現代の東京湾にいるはずがない」
佐々木船長は冷静な人物で、20年以上の乗船経験を持つベテランだ。「幽霊なんて信じない」と言いながらも、あの夜見たものは普通の船ではなかったと確信している。
さらに興味深いのは、翌朝船のエンジンが突然故障したことだ。整備士も原因不明と首をひねる不調だったという。
同様の証言は他の船員からも寄せられている。貨物船「第八幸運丸」の機関長・高野氏(51歳)は今年1月、霧の中で同じような帆船を目撃した後、船内の電気系統に異常が発生したと証言する。
「船内の電灯が突然点滅し始めて、通信機器も一時的に機能しなくなりました。翌朝には復旧しましたが、点検しても原因はわかりませんでした」
私は実際に「第三勝栄丸」という小型漁船に乗り込み、東京湾で一晩を過ごすことにした。船長の田中氏(65歳)は自身も10年前に「霧の帆船」を目撃したという経験者だ。
「あの船を見てから、うちの船も一週間エンジンの調子が悪かった。整備に出しても『特に問題は見当たらない』と言われたよ」
調査日の夜は生憎の快晴で霧は出なかったが、田中船長から興味深い話を聞くことができた。かつて八丈丸が最後に目撃された海域と、現代の目撃情報が集中する場所がほぼ一致しているというのだ。
私はメモ帳を取り出し、地図上に過去の目撃地点をプロットしてみた。確かに一定の海域に集中している。単なる偶然とは思えない一致だった。
この現象について、海洋気象学の権威である東都大学の松本教授(62歳)は次のように分析する。
「東京湾の特定海域では気象条件によって強い蜃気楼現象が発生することがあります。特に濃霧の中では光の屈折が複雑になり、実際には遠くにある現代の船が古い帆船のように見える可能性は否定できません」
一方、民俗学者の乙羽教授は異なる視点を提示する。
「古来より海には『流れ船』や『幽霊船』の伝承が世界中に存在します。これらは単なる迷信ではなく、時空の歪みや異次元との接点を示す現象かもしれない。電子機器の不調も、異なる時空からのエネルギー干渉と考えれば説明がつきます」
さらに、船舶工学の観点から元造船技師の河野氏(70歳)は機械の不調について言及する。
「海水には塩分が含まれており、霧が濃い日は塩分濃度が高まります。これが電気系統に影響を与える可能性はあります。しかし、それだけで説明できないケースもあるのは確かでしょう」
「霧の帆船」の正体は何なのか。130年以上前に消息を絶った八丈丸の亡霊なのか、それとも気象現象や光の錯覚なのか。
私は取材の最終日、夜明け前の東京湾を見つめながら考えていた。濃い霧が海面をゆっくりと動き、その中に何かが見えるような、見えないような…。
噂の真偽は別として、長い歴史を持つ東京湾には、私たちの知らない物語が今も潜んでいるのかもしれない。
霧の向こうに何があるのか——それを信じるかどうかは、読者の皆さんに委ねたい。
(了)
*本誌では読者の皆様からの都市伝説情報を募集しています。身近な不思議体験がありましたら、編集部までお寄せください。
「霧の帆船」
取材・文: 野々宮圭介
「取材というのは足で稼ぐものだ」
これは私がよく口にする言葉だが、今回の調査ほどその信条を試された取材も珍しい。昨年末から編集部に寄せられていた「東京湾の幽霊船」に関する情報。単なる船乗りの間の怪談として片付けるには、証言があまりにも具体的で、かつ一貫していた。
私が注目したのは、目撃情報と共に報告される「翌日の故障」という点だ。超常現象と機械の不調——この組み合わせは都市伝説の中でも珍しくない要素だが、その相関関係は単なる偶然で片付けられるものなのか。今回はその謎に迫るべく、東京湾を舞台に調査を行った。
現在囁かれる「霧の帆船」の目撃談を理解するには、まず史実から紐解く必要がある。
明治23年(1890年)、東京湾を航行していた貨物船「八丈丸」が濃霧の中で消息を絶った。当時の新聞記事や海事記録によれば、総トン数約120トン、乗組員13名を乗せた木造帆船で、八丈島から東京へ向かう途中だった。
「当時の記録を見ると、行方不明になった日は特に濃い霧に覆われていたそうです。視界が極端に悪かったため、他の船との衝突か暗礁への接触が原因ではないかと推測されています」
これは国立海洋博物館の倉田学芸員の説明だ。しかし事態はさらに謎を深める。行方不明から約3週間後、八丈丸は無人のまま房総半島沖で漂流しているのが発見されたのだ。
「船体に大きな損傷はなく、船内の備品や荷物もほぼ無傷でした。乗組員の私物も残されたままで、彼らが計画的に船を放棄した痕跡はなかったそうです」
船内の食料も十分残っており、救命ボートも健在だった。乗組員13名は全員が忽然と姿を消し、その後発見されることはなかった。
時は流れて現代。東京湾では過去5年間で少なくとも12件の「霧の帆船」目撃情報が私の元に寄せられている。
「濃い霧の中に、ぼんやりと浮かぶ古い帆船を見ました。船には明かりが灯っていたのに、甲板には誰も見えなかった」
これは東京湾でタグボートを操る佐々木船長(48歳)の証言だ。佐々木船長が目撃したのは昨年11月、深夜2時頃のことだった。
「最初は他の船かと思いましたが、見た目が古い。明治時代の船みたいな。レーダーにも映らなかったんです。それに、あんな帆船が現代の東京湾にいるはずがない」
佐々木船長は冷静な人物で、20年以上の乗船経験を持つベテランだ。「幽霊なんて信じない」と言いながらも、あの夜見たものは普通の船ではなかったと確信している。
さらに興味深いのは、翌朝船のエンジンが突然故障したことだ。整備士も原因不明と首をひねる不調だったという。
同様の証言は他の船員からも寄せられている。貨物船「第八幸運丸」の機関長・高野氏(51歳)は今年1月、霧の中で同じような帆船を目撃した後、船内の電気系統に異常が発生したと証言する。
「船内の電灯が突然点滅し始めて、通信機器も一時的に機能しなくなりました。翌朝には復旧しましたが、点検しても原因はわかりませんでした」
私は実際に「第三勝栄丸」という小型漁船に乗り込み、東京湾で一晩を過ごすことにした。船長の田中氏(65歳)は自身も10年前に「霧の帆船」を目撃したという経験者だ。
「あの船を見てから、うちの船も一週間エンジンの調子が悪かった。整備に出しても『特に問題は見当たらない』と言われたよ」
調査日の夜は生憎の快晴で霧は出なかったが、田中船長から興味深い話を聞くことができた。かつて八丈丸が最後に目撃された海域と、現代の目撃情報が集中する場所がほぼ一致しているというのだ。
私はメモ帳を取り出し、地図上に過去の目撃地点をプロットしてみた。確かに一定の海域に集中している。単なる偶然とは思えない一致だった。
この現象について、海洋気象学の権威である東都大学の松本教授(62歳)は次のように分析する。
「東京湾の特定海域では気象条件によって強い蜃気楼現象が発生することがあります。特に濃霧の中では光の屈折が複雑になり、実際には遠くにある現代の船が古い帆船のように見える可能性は否定できません」
一方、民俗学者の乙羽教授は異なる視点を提示する。
「古来より海には『流れ船』や『幽霊船』の伝承が世界中に存在します。これらは単なる迷信ではなく、時空の歪みや異次元との接点を示す現象かもしれない。電子機器の不調も、異なる時空からのエネルギー干渉と考えれば説明がつきます」
さらに、船舶工学の観点から元造船技師の河野氏(70歳)は機械の不調について言及する。
「海水には塩分が含まれており、霧が濃い日は塩分濃度が高まります。これが電気系統に影響を与える可能性はあります。しかし、それだけで説明できないケースもあるのは確かでしょう」
「霧の帆船」の正体は何なのか。130年以上前に消息を絶った八丈丸の亡霊なのか、それとも気象現象や光の錯覚なのか。
私は取材の最終日、夜明け前の東京湾を見つめながら考えていた。濃い霧が海面をゆっくりと動き、その中に何かが見えるような、見えないような…。
噂の真偽は別として、長い歴史を持つ東京湾には、私たちの知らない物語が今も潜んでいるのかもしれない。
霧の向こうに何があるのか——それを信じるかどうかは、読者の皆さんに委ねたい。
(了)
*本誌では読者の皆様からの都市伝説情報を募集しています。身近な不思議体験がありましたら、編集部までお寄せください。
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