都市伝説レポート

君山洋太朗

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第161回 見えない鳥居

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都市伝説レポート 第161回

「見えない鳥居」

取材・文: 野々宮圭介


筆者が今回の都市伝説に出会ったのは、石川県の白山比咩神社を取材中のことだった。境内で出会った初老の宮司が、何気なく口にした言葉が気になって仕方がなかった。

「白山さんの鳥居は、見えるものだけじゃないんですよ。昔から言い伝えがあるんです」

白山信仰は、霊峰白山を御神体とする古い山岳信仰である。奈良時代の泰澄大師によって開山されたとされ、加賀、越前、美濃の三国にまたがる白山は、古来より「死者の魂が向かう山」として崇められてきた。その信仰の中心地である白山比咩神社には、数多の参拝者が訪れるが、同時に不可解な体験談も絶えない。


宮司の話によれば、白山信仰の神社には「三重の鳥居」があるという。最初の鳥居は誰の目にも見える物理的な鳥居。しかし、その奥には霊的な存在のみが認識できる二つの鳥居が重なって存在しているのだという。

「一つ目の鳥居は現世と霊界の境界、二つ目の鳥居は完全なる霊界への入り口」

地元の古老たちの間では、この見えない鳥居を霊体だけで通過してしまった者は、現世との繋がりを失ってしまうと語り継がれている。その証拠として、朝起きた時に鏡に自分の姿が映らなくなるのだという。


筆者は白山麓の複数の神社を回り、この伝承について聞き取り調査を行った。興味深いことに、場所は異なるものの、似たような体験談を複数確認することができた。

特に印象的だったのは、白山神社の一つで出会った地元住民のA氏(仮名・60代男性)の証言である。

「三十年ほど前のことです。夜中に神社で不思議な体験をしまして。気がつくと、普段見ている鳥居の奥に、ぼんやりとした影のような鳥居が二つ見えたんです。まるで重なるように立っているような」

A氏はその時、強い違和感を覚えて神社を後にしたという。しかし翌朝、洗面所の鏡を見て愕然とした。

「鏡に映っているはずの自分の顔が、なんだかぼやけて見えるんです。輪郭がはっきりしない。家族に聞いても『普通に見える』と言うのですが、自分だけには違って見えました」


民俗学者の乙羽教授に相談したところ、興味深い見解を得ることができた。

「白山信仰における『三界』の概念が関係している可能性があります。現世、中有、来世という仏教的な世界観が、神道と習合して独特の信仰形態を生み出したのかもしれません」

教授によれば、白山信仰では死者の魂が白山を通って浄土へ向かうとされており、その過程で複数の「関門」を通過するという考えがあったという。見えない鳥居の伝承は、この古い信仰の記憶が形を変えて現代に伝わったものかもしれない。


最も不安にさせるのは、この状態からの「帰還方法」についての言い伝えである。見えない鳥居を通ってしまった者が現世に戻るには、同じ鳥居を逆向きに通らなければならないとされている。

しかし、肝心の鳥居が見えないため、多くの者は永遠に彷徨い続けることになるという。ただし、地元の古老によれば、「真の信仰心を持って白山に祈りを捧げ続けることで、やがて鳥居が見えるようになる」とも言われている。

実際に、先述のA氏は毎朝白山に向かって手を合わせることを続け、一年後には鏡に映る自分の姿が正常に戻ったと証言している。


筆者は複数の神社で夜間の観察を試みたが、残念ながら見えない鳥居を確認することはできなかった。しかし、不思議なことに、特定の神社では夜中に異常な静寂に包まれる瞬間があり、空気の質が変わるような感覚を覚えることがあった。

これが気象条件によるものなのか、それとも何らかの霊的現象なのかは判断がつかない。ただ、白山信仰の深い歴史と、地域住民の間で語り継がれる体験談の一致性は、単なる迷信として片付けるには重すぎるものがある。


白山信仰における見えない鳥居の伝承は、古い山岳信仰と現代人の心の境界線を浮き彫りにする興味深い事例である。霊的体験の真偽のほどは定かではないが、人々がこうした話を語り継ぐ背景には、現代社会では失われがちな「見えない世界」への畏敬の念があるのかもしれない。

白山の麓を訪れる際は、有形の鳥居だけでなく、その奥に潜む無形の存在にも想いを馳せてみていただきたい。ただし、軽い気持ちで霊的な世界に足を踏み入れることの危険性について、地元の人々の警告を軽視すべきではないだろう。

(了)


*本誌では読者の皆様からの都市伝説情報を募集しています。身近な不思議体験がありましたら、編集部までお寄せください。
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