都市伝説レポート

君山洋太朗

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第182回 若返り術

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都市伝説レポート 第182回

「若返り術」

取材・文: 野々宮圭介


「私の若さの秘密?それは若い血よ」

ハリウッドの某女優が、深夜のトークショーで放った一言は、瞬く間に世界中を駆け巡った。整形手術でも説明のつかない彼女の異様な若さの維持に、多くの人々が疑問を抱いていたのだ。

筆者が初めてこの話題に触れたのは、都市伝説研究家の乙羽教授からの電話だった。

「野々宮君、面白い話がある。血液による若返りの話です。これは単なる冗談では済まないかもしれない」

革製のメモ帳に「血液療法」と記したのは、十月の終わりのことだった。


調査を進めると、これは決して荒唐無稽な話ではないことが判明した。実際に「ヤングブラッド療法」と呼ばれる治療法は、一部の研究機関で真剣に研究されている。

スタンフォード大学の研究チームは、老いたマウスに若いマウスの血液を輸血する実験を行い、記憶力や筋力の改善を確認したと発表している。この研究は「パラバイオーシス」と呼ばれ、二匹のマウスの血管を外科的に繋げて血液を循環させる手法で行われた。

しかし、ここで奇妙な事実が浮上する。この研究結果を受けて、アメリカ西海岸の複数のクリニックで、実際に若者の血液を用いた治療が行われているというのだ。


筆者は情報収集のため、元刑事の私立探偵、灰原氏に協力を依頼した。彼の調査によると、シリコンバレーの富裕層の間で、こうした治療を受けることが一種のステータスシンボルとなっているという。

「一回の治療で約二十万円。血液提供者は十六歳から二十五歳の健康な若者に限定されている。まるで現代の貴族と農民の関係だ」

灰原氏が入手した資料には、衝撃的な事実が記されていた。血液提供者の多くは、経済的に困窮した学生や失業者で、彼らは定期的に血液を「販売」しているのだという。


乙羽教授は、この現象について興味深い見解を示した。

「古来より、吸血鬼は若者の血を求めて永遠の生命を得るとされてきました。現代の科学技術がそれを現実にしているのかもしれません。しかし、ここで考えなければならないのは、なぜ人類は血液に特別な力を見出してきたのかということです」

確かに、世界各地の神話や伝説に、血液と生命力の関係は繰り返し描かれている。ドラキュラ伯爵の物語も、単なる創作ではなく、人間の深層心理にある何かの現れなのかもしれない。


筆者は、血液学の専門家である匿名の研究者A氏(四十代、国立大学医学部教授)に話を聞くことができた。

「理論的には可能性がある。若い血液に含まれる成長因子や幹細胞が、老化した組織の再生を促進することは考えられる。しかし、倫理的な問題は別として、長期的な安全性は全く未知数だ」

A氏は続けた。

「問題は、一部の富裕層が科学的検証を待たずに、この治療に飛びついていることだ。まるで中世の錬金術師が不老不死の薬を求めたように」


新人ライターの佐伯マリが持参した海外の調査報告書は、さらに衝撃的だった。アメリカの一部の州では、血液売買が合法化されており、「血液ファーム」と呼ばれる施設が存在するというのだ。

「これらの施設では、若い血液提供者が定期的に血液を採取され、富裕層の顧客に販売されている。提供者は月に数十万円の報酬を得ることができるが、頻繁な採血による健康被害が懸念されている」

佐伯の調査によると、こうした血液ファームは表向きは「医療用血液の供給施設」として認可を受けているが、実際は美容・アンチエイジング目的での使用が大半を占めているという。


では、日本ではどうだろうか。筆者は都内の複数の美容クリニックを訪れ、関係者に話を聞いた。

「そのような治療は行っていない」

これが、ほとんどのクリニックの公式な回答だった。しかし、ある医師は匿名を条件に興味深い話をしてくれた。

「海外で治療を受けた患者から相談を受けたことがある。効果があったと言う人もいれば、副作用を訴える人もいた。日本では薬事法の関係で難しいが、海外では合法的に行われている以上、完全に否定することはできない」


筆者の調査で最も印象的だったのは、シリコンバレーの起業家たちの証言だった。彼らは真剣に「血液による若返り」を信じており、科学的根拠よりも実体験を重視していた。

「三か月前から治療を受けているが、明らかに体調が良くなった。疲れにくくなったし、肌の調子も良い」

四十五歳のIT企業経営者B氏(仮名)は、そう語った。しかし、その表情には妙な興奮があり、まるで何かに取り憑かれたような印象を受けた。

「血液は生命の源だ。若い血液を体内に入れることで、細胞レベルで若返ることができる。これは科学だ」


しかし、医学界の多くの専門家は、この治療に対して懐疑的である。血液学の権威である某大学教授は、匿名を条件に以下のように語った。

「確かに動物実験では一定の効果が認められているが、人間に応用するには多くの課題がある。血液型の適合性、感染症のリスク、免疫反応など、考慮すべき要素は山ほどある」

また、倫理学の専門家からは、より根本的な問題が指摘された。

「これは現代版の階級社会の象徴だ。富裕層が貧困層の血液を『購入』して若さを保つ。まるで吸血鬼の世界が現実になったようだ」


乙羽教授は、この現象を歴史的な文脈で捉えることの重要性を説いた。

「血液崇拝は人類の歴史と共にあります。古代エジプトでは、若者の血を飲むことで不老不死を得られると信じられていました。中世ヨーロッパでは、『血の伯爵夫人』エリザベート・バートリが若い女性の血で沐浴していたという記録もあります」

これらの歴史的事実と現代の「ヤングブラッド療法」の間には、不気味な共通点が存在する。人間の根深い欲望が、科学技術という新たな手段を得て復活しているのかもしれない。


筆者の調査は、明確な結論に至らなかった。科学的な可能性は否定できないが、倫理的な問題は深刻である。何より、この治療に関わる人々の表情に見られた、異様な熱狂が気になって仕方がない。

「血液による若返り」は、現代科学の産物なのか、それとも人類の古い迷信が新たな形で復活したものなのか。

最後に、ある血液学者の言葉を記しておこう。

「人間は常に死の恐怖と戦ってきた。若さと美貌への執着は、その恐怖の現れかもしれない。しかし、本当の若さとは何なのか、我々は立ち止まって考える必要がある」


調査を終えて、筆者は複雑な思いを抱いている。科学技術の進歩は、人類に多くの恩恵をもたらした。しかし、同時に新たな倫理的問題も生み出している。

「血の若返り術」が事実なのか、それとも現代の都市伝説に過ぎないのか。その判断は読者に委ねたい。

ただし、一つだけ確かなことがある。人間の若さへの執着は、古今東西変わらぬ普遍的な欲望であり、それが時として常識の枠を超えた行動を引き起こすということだ。

もし、あなたの身近に異常なほど若々しい人がいたとしたら、その理由を考えてみてはどうだろうか。案外、現代科学の恩恵を受けているのかもしれない。

(了)


*本誌では読者の皆様からの都市伝説情報を募集しています。身近な不思議体験がありましたら、編集部までお寄せください。
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