ただそれだけで

ステラ

文字の大きさ
上 下
12 / 16

以外の人と

しおりを挟む
 ──お昼休憩

「え、なんでその人がいるの?」

 わたしはメールで夢叶を音楽室に呼び出していた。夢叶は沙耶が一緒にいることにびっくりしていた。

「その、実は夢叶に言わないといけないことがあって……」
「何?」
「え、えっと……」

 夢叶にちゃんと説明しようと決意したはずだったのに、わたしの口からは誤魔化すような言葉しか出てこなかった。

 わたしがなかなか言い出さないのを見かねたのか、沙耶が少し前に出た。

「わたしと姫華は付き合ってるの」

(沙耶……!)

『付き合ってる』

 なかなかインパクトの強い言葉だ。夢叶は変に思わないだろうか。気持ち悪いと思わないだろうか。わたしのことを嫌いにならないでくれるだろうか。これからも親友のままでいてくれるだろうか。

 わたしの中でいろいろな不安が渦巻き始める。

「え…… ほ、本当なの、姫ちゃん?」
「……うん」

 夢叶の顔を見ると何とも言えないような表情をしていた。これはどういう表情なのだろうか。驚いているのは確かだが、そこから先の感情を表情だけでは読み取ることができなかった。

「夢叶、黙っててごめんね」

 わたしに言えるのはこれくらいだった。

 やっぱり怖い。夢叶に否定されることを想像するとわたしは涙が出てしまいそうなほどに怖い。

 でももう伝えたんだ。後戻りはできない。

「なんで……」
「夢叶?」
「なんでわたし以外の人と付き合っちゃうの?」
「え?」
「わたしずっと待ってたのに!」

 わたしは夢叶が一体全体何を言っているのかわからなかった。

(待ってた? 何を?)

「ゆ、夢叶?」
「姫ちゃんはわたしが好きなんだよね?」
「……っ!」

 心臓が握り潰されるような感覚がわたしの体を拘束させる。

(なんでわたしが夢叶のこと好きだって…… 態度にも出さないように気を付けていたはずなのに…… わたしが夢叶のことを好きだって夢叶はずっと知ってたってこと?)

 考えれば考えるほどわからなくなって、わたしは夢叶に何も言い返せなかった。

「朝雛さんだっけ。姫ちゃんはわたしのなのに…… なんでとっちゃうの?」
「やっぱり。桜庭さんは姫華のことが好きなんだね?」
「うん」

 そう聞いて、過去の自分に崖から突き落とされるような驚きがわたしを襲う。

「今までわたしがどれだけ姫ちゃんを守ってきたと思ってるの? 姫ちゃんに変な虫がよりつかないようにわたしがどれだけ頑張ってきたか……」

(ゆ、夢叶さん!?)

「それを知り合ってまだ何日かしか経ってない女に横から奪われるなんて……」
「姫華を守ってくれたのは感謝するよ、ありがとう。でも諦めて。今はわたしが姫華と付き合ってるから」
「……っ! でも姫ちゃんが好きなのはわたしだもん! ね、姫ちゃん!」

 なんで今更こんな話になっているのだろうか。ようやく夢叶から次に進もうと決心したすぐにこんなことになるなんて。どうして……

「わ、わかんないよ……」

 夢叶がわたしのことを好きだなんて信じられない。

「姫華、わたしと付き合ってるんだから勝手に別れるのは許さないよ?」
「うっ……」
「そんなの気にしなくていいよ、姫ちゃん! 自分の胸に手をあてて考えてみて?」

 二人がわたしのことを真っ直ぐに見つめてくる。

「そ、その、まだ自分でも整理できてないから。時間をください……」

 今のわたしにはこれが精いっぱいの答えだった。考えを整理する時間が必要だ。今の時間だけではわたしの頭は追いつかない。二人が近くにいると余計に。

「姫ちゃん…… わかった。わたし待ってるから」
「う、うん……」
「じゃあ朝雛さん。わたしたちは帰ろうか」
「え?」
「姫ちゃんも考えを整理する時間が必要でしょ? わたしたちは邪魔になっちゃうから」
「それはそうだけど…… うん、わかった。姫華、またいつかゆっくり時間をとってね」
「うん……」
「じゃあね、姫華」
「またね、姫ちゃん」
しおりを挟む

処理中です...