魔界戦記譚-Demi's Saga-

九傷

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第一章 レイフの森

第22話 戦いを終えて

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「っ!?」


 目を開くと、整った顔立ちの女性が俺の顔を覗き込むように見つめていた。


「な、なんでしょうか?」


「目が覚めたようですね」


「は、はい」


 その女性――イオは、それを聞くと満足したように部屋から出て行った。


「な、なんだったんだ今のは…?」


「ハハ…、彼女、変わっているよね?」


 声の主は、俺の隣で同じように横たわっていたライであった。
 目覚めのインパクトのせいで、声がかかるまで全く気付かなかったが…


「ライも居たんだな…。傷の方は平気か?」


「うん。まあ、あれから半日以上経っているからね。僕も回復力に関しては自信がある方だし、ほぼ完治したと思うよ」


「…それは良かった」


 それを聞いて心底ホッとする。
 ライは、ゴウの放った散弾のような土飛礫を至近距離で受けた。
 確認できただけでもあちこちの肉が抉れていたし、当たり所が悪ければ命に係わっていただろう。


「トーヤの方こそ平気なの? 鎖骨は砕けて、胸近くまで陥没していたみたいだけど…」


 げ…、そんな事になっていたのか…
 直撃を避けていなかったら、間違いなく死んでいただろうな…


「…一応、問題無さそうだよ。骨もくっついてるみたいだし」


「それならいいけど、本当に人族かどうか疑うくらい出鱈目な回復力だよね…。あ、でもこれなら、今後は僕との組手ももう少し無茶出来るかも…?」


 おいおい…


「あの…、勘弁してもらえませんか?」


「はは、冗談だよ♪」


 いやいや、半分くらい冗談じゃないでしょこれ…
 わかるんだからな? 『繋がり』から伝わってくるから…


「しかし、寝不足だったとはいえ、結構寝ちゃったみたいだね…」


「…今って何刻くらいなんだ?」


「さっき陽が沈んだばかりだから、月の一刻目くらいかな?」


 月の一刻目とは地球、というか二十四時間制で言う所の十八時くらいの時間帯だ。

 魔界では時間の単位を陽の刻、月の刻で表す。
 日の出くらいが陽の一刻目で、大体十二刻目から月の刻に切り替わる感じだ。
 大体とか、くらいとか、曖昧な表現になってしまうのは、季節ごとに変動する不定時法が採用されている為である。

 正直、初めはこの時間間隔に物凄く違和感を感じたのだが、意外にもすぐに慣れてしまった。
 まあ、日本も二十四時間制が導入されたのは明治頃だというし、意外でも何でもないかもしれないが…


「とりあえず、目覚めてくれて助かったよ…。正直、そろそろ漏れそうだったんだ…」


「ん? 何? 俺を待ってたの?」


 何? もしかして、連れションしたかったとか?
 そんな、まさかなぁ…、女子じゃあるまいし…


「いやいやいや、やめてよその顔! 何考えてるかわかるけど、違うからね?」


「え、あ、まあ、そうだよな! …で、なんで待ってたの?」


「いや、それはイオさんのせいだよ…。彼女、僕が目覚めたときからずっと、ああしてたんだよね」


 …マジですか。
 さっきのあの状態でずっと?
 なんかドキドキしてきたぞ…


「流石に気まずくてね…。動くに動けなかったんだよ…」


「そりゃ、すまんかった。…ってあれ? 俺、悪くないよね?」


「いや、きっとトーヤが悪いんだよ。…それより、ここの便所ってどこだろうね?」


 知るわけないだろ、と思ったけど、俺もその瞬間思い出したかのように急激な尿意に襲われる。
 結局、俺達は二人して慌てて便所を探しに行くことになってしまった。




 ◇




 ――――レッサーゴブリンの集落、長の家。


 ザルアの家の前には、今回の件に関わった全ての者達が集めれれていた。
 オーク、トロール、レッサーゴブリン、全部で約百名程だろうか…
 中々の人数である。


「…一応、今話したのが今回の件の顛末だ! 皆、それぞれ思う所はあると思うが、俺は誰も罪に問う事は出来ないと思っている!」


「待て! 俺達が集落を襲撃したことは事実だし、長の責任は俺達の責任でもある! 無罪などあり得んぞ!」


「それを言ったら、私達オークも同罪だ! 脅されていたとしても、この集落を襲撃したのは事実なのだからな…」


 オークやトロール達が罪の意識を持つのは、正直仕方ないと事だとは思う。
 実際、レッサーゴブリンに関しては完全に被害者と言っていいだろう。
 しかし…


「長…、ザルアさんはどう思いますか?」


「ふむ、確かに。我々レッサーゴブリンは、状況的には完全に被害者と言えるかもしれませんな。…しかし、先程のトーヤ殿の話を聞く限り、我々が仮にオーク達と同じ状況に立たされたとすれば、恐らく立場は逆転していたでしょう…」


 そう。今回の件に関して言えば、オークとレッサーボブリンの関係は、単純に狙われる順番の差だったと言えるのである。
 例えば、ゴウが最初に目を付けたのがレッサーゴブリン達であったのなら、恐らく今の立場は逆転していた筈だ。
 それに、結果だけ見れば、最も被害を受けたのはオーク達である。
 一歩間違えば同じ立場だった筈の彼らに罪を問うのは、レッサーゴブリン達としても複雑な所だろう。


「そして、この状況を打破出来たのは、トロール達の協力があっての事でもあります。…ですから、我々レッサーゴブリンは、今回の件で両種族に賠償を求めるつもりはありません」


「だが、それでは我々の気が…」


「それこそ勝手な言い分だろ? ガウ」


「む…、うむ…」


「さて、俺は立場上三種族とは関係ないんだが、ここまで関わってしまった以上発言だけはさせて貰うよ。まず、レッサーゴブリンの長であるザルアさんがこう言っているんだ、オークとトロールは心情抜きでそれを受け入れた方がいいと思う。それでも気が済まないって言うのであれば、この場で責任を取ろうとなんてせずに、今後の誠意で見せていけばいいんじゃないか?」


「誠意…?」


「ああ、誠意だ。例えば、協力して集落を守っていくとか、交流を深めて互いの経済力を高める、とかね。それで、まずは各種族の代表に尋ねたいんだけど、オーク達はこれからどうしていきたいと思っている?」


 俺が尋ねると、ソクはやや沈痛そうな面持ちで口を開いた。


「…我々オーク達は、今回の襲撃で全ての子供を失いました。女も、我が妻を含め、多くの者が犠牲になりました…。恐らくですが、そう遠くない将来、我々は滅ぶでしょう」


 悲痛そうに絞り出される言葉を、他のオーク達はこうべを垂れて聞いている。
 誰一人反論しないのは、その言葉が紛れもない事実であるからだろう。


「そんな我々で良ければ、喜んでこの集落を守る力となりましょう。…ただ、厚かましいようですが、我々にも一つだけ願いがあります」


「願い?」


「はい。生き残った女達の中には、子を身ごもった者が三名います。その子供達こそが、我々に残された唯一の宝と言えるでしょう。…しかし、その子らが育つまで守ってやれる程の力は、我々に残されていません…。願わくば、どうか生まれ来るその子らを、この集落に受け入れて頂けないだろうか」


 最後の方は、かすれて聞き取り辛かった。
 しかし、絞り出すようして出たその声からは、弱々しさなど微塵も感じられない、強い感情が込められていた。


「…ソク殿の言うように、この集落の戦力となって頂くのは大変心強いことです。子供を受け入れるという話も問題は無いでしょう。しかし、それは先程トーヤ殿の言った協力、というのとは少し違うように思えますな」


「…では、我々はどうすれば?」


「別に、難しい話ではありませんよ。あなた方の集落に我々の集落を守ってもらう、それは結構な事ですが、果たして今回のような事が発生した場合、守りきれると言えるのでしょうか?」


「それは…」


「恐らく、無理でしょう」


「………」


「しかし、考えてもみてください。今回我々は、協力することでそれを可能としたではありませんか」


「っ!? それは…」


「ですから、これはこちらからのお願いにもなります。ソク殿、そしてオークの皆様方、どうか我々の集落の一員になって頂けないだろうか。我々が求めるのは兵士では無く、共に協力し合える仲間なのです」


 そう言って手を差し出すザルア。


「っ…、願っても、ない…。感謝…、いたします…」


 それを握り返し、ソクは深く感謝して涙を流した。
 他のオーク達からも嗚咽が聞こえる。
 特に打ち合わせをしたわけでは無いが、ザルアさんは俺の意図をしっかりと汲んでくれたようだ。
 いや、俺が言うまでも無く、ザルアさんも同じ気持ちだったのかもしれないな…


「…我々トロールは、罪を償う為、命を差し出す事も覚悟していた。しかし、それが何の益にもならないと言うのであれば、我々をこの集落の防衛戦力として扱って頂きたい…。ただ…、オーク達から見れば、我々は仲間の仇だからな。まずは彼らの要求を聞き、それに従うのが一番だろう」


「我々は…」


「お、俺はあんた達の事を恨んでなんかいないぞ! あの二頭の奴は確かに憎いが、あんた達はむしろ俺達を助けてくれたじゃないか!」


 そう声を上げたのは、夜襲の後にガウ達の身を案じていた男だ。
 他の者達も、どうやらトロール達に敵意を抱いている様子はないようである。
 ゴウの外見と凶暴さが、他のトロールとかけ離れていたことで、逆に彼らに対する悪いイメージを植え付けなかったのかもしれない。


「ガウ殿、確かに我々はゴウに多大な被害をもたらされましたが、その恨みをあなた方にぶつける気持ちは微塵もありませんよ」


「しかし…」


 それでも納得ができないのか、ガウは尚も食い下がろうとする。


「…ガウ、責任を感じる気持ちはわかるけど、罰を下される事で責任が取れるワケじゃないだろ? もしそう感じているのだとしたら、さっきも言ったけど、それは身勝手な言い分であり、自己満足だ」


「っ! 俺は、そんなつもりでは…」


 ガウは反論しようとするが、途中で言葉を失ってしまう。
 絶対に違うとは、言い切れなかったのかもしれない。


「はは、トーヤ殿は手厳しいですな。…ガウ殿、私も長としてガウ殿の気持ちはわからなくもありません。しかし、トーヤ殿の言う通り、責任を取ろうとするのであれば相手の意思を汲む事が一番だと思いますよ」


「…勿論、我々は先程も言いましたように、ガウ殿達の事は恨んでいませんから、何も要求は無いのですがね。…ただ、防衛戦力というのは大歓迎ですので、是非ともお願いしたい所ですが」


 ソクがそう言うと、僅かながら談笑が漏れる。


「………かたじけない」


 そう言って、ガウと他のトロール達は礼をするように頭を下げた。


「…それでは、オーク、そしてトロールの方々。今後は集落の仲間として、どうぞよろしくお願いいたします」


(…やれやれ、とりあえずは良い方向にまとまりそうだな)


 少し心配はあったが、これで三種族は今後も良い関係を築いていけるはずだ。
 何故か俺がまとめ役でしゃしゃり出る事になってしまったが、これでお役御免だろう。
 流石に疲れたし、さっさと家に帰って休みたい所だ。


「グ…、アァァッ!」


 などと考えていたら、オーク達の方から唸るような声が上がる。
 声の上がった方を見ると、腹の膨れたオークの女性が、膝をついて嗚咽を漏らしていた。



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