魔界戦記譚-Demi's Saga-

九傷

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第二章 森の平定

第89話 北との戦い⑧ ルーベルト

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 振り下ろされる剣撃――、それを十分な余裕をもって避ける。


(大した速度だ……)


 イオという少女の踏み込みは、とても手負いとは思えない……、否、先程よりも明らかに速くなっていた。
 恐らくグラ達が戦えば難敵になっていたに違いない。
 しかし、俺から見れば容易く対処できる速度ではある。せいぜいあと3手といったところか……

 左から胴を薙ぐ一閃を後ろに跳んで躱す。それを追うように今度は袈裟斬り。これは半身を捻って躱した。
 そして今度は逆袈裟斬り。ここだ。

 少女の剣の才能は、そこいらの剣士よりも遥かに優れている。
 しかし、彼女は残念ながら師に恵まれなかったのだろう。我流故の悪癖か、彼女の連撃には隙がある。
 袈裟斬りから逆袈裟斬りへの連携の際、膝を切るのを恐れてか、目線が泳ぐのだ。

 俺はこれに合わせて速度を上げ、視界から外れる。


(本当に惜しい)


 相対する敵に対し、こんな感情を抱くことなど久しくなかった。
 100年以上昔に失われた感情。その懐かしさからか、俺は少し動揺していたのかもしれない。
 こんな茶番に、わざわざ付き合ってしまっているのだから……
 だが、それも終わりだ。命までは奪わぬが、この少女にはここで退場して貰う。

 瞬時に死角に回り込み、手刀を振り下ろす。
 鋭い一撃は少女の首筋に吸い込まれるように打ち付け……られなかった。


「!?」


 手刀が触れる瞬間、少女の姿が凄まじい速度で視界から外れる。
 同時に、死角から迫る殺気に、思わず腰の短刀を引き抜いた。
 反射的に引き抜いた短刀は、辛うじて少女の一撃を防ぐことに成功する。


「チッ……! これも防ぎますか……」


 防いだ。確かに防げたが、これはあくまでも俺の戦闘経験からくる勘による恩恵と言えるだろう。
 それが無ければ、今頃俺の胴体は下半身と切り離されていた。


「今のは、まさか俺の……?」


「そうです。ですが、よそ見をしていて良いのですか?」


「!?」


 そう言われてようやく気づく。
 俺の正面に、いつの間にか白髪の少女が出現し、俺に一撃を加えようとしていた。


(いつの間に!?)


 腹部に触れようとする少女の手。これは先程の技か!?
 慌ててその手を振り払おうとすして、寸前で気づく。この娘は……、違う! 妹の方か!


「流石に気づきますよね。でも……」


 少女の言葉が途中で切れる。それと同時に、部屋一面に砂煙が巻き起こる。


(チィッ! これが狙いか!)


 先程、姉の方が風術を使った故に、自分の周囲の空気には一応仮契約を結んでおいた。
 風の外精法を防ぐには、同じ風の外精法が一番だからだ。
 しかし、これはあくまで保険にすぎなかった。それは風の外精法が他の外精法と違い、仮契約が無効になりやすいことが原因だ。

 外精法の仮契約は、原則早い者勝ち。それは空気に宿る精霊も同様である。
 しかし、形を持たない空気はそれを常に保つことが難しい。原理については不明だが、恐らく空気に宿る精霊は、個では無く、群であるせいだと俺は思っている。
 そしてその群は、他の仮契約済の空気が混ざることで変質し、仮契約を保てなくなるのだ。
 彼女の狙いは恐らくそれだったのだろう。つまり、近づいた時点で目的は果たされていたということだ。

 一時的にではあるが、俺の視界が遮られる。
 しかし、視界が遮られようとも、本来であれば、どうとでもなるハズであった。
 問題なのはこの状況で、完全に見失った者が三人・・もいるということ。

 一人は目の前に居たハズの少女。彼女の隠形は完璧であった。
 なにせ、イオという少女に言われるまで本当に気づかなかったのだから。
 ……そして、今思えば気づかせたこと自体が罠だったのだ。

 残りの二人、俺の意識の隙を突き、砂煙に紛れるように姿を隠したのはトーヤとアンナ。
 この二人を見失ったということは、二人もまた少女と同レベル、あるいはそれ以上の隠形を身に付けているということを意味する。

 ここに来て、俺は初めて焦りを覚える。
 自分と同等以上の隠形の使い手など、俺は一人しか知らなかった。
 それが一気に三人も現れた。しかもうちの一人は俺のターゲットだという……

 俺は瞬時に出入り口を封鎖することを考える。
 単純な手ではあるが、逃がすという最悪のケースは避けられるからだ。
 出入り口前に陣取り、再度周囲の空気と仮契約を交わす。


(あとはこの煩わしい砂煙を……っ!?)


 自分の中でプツンという感覚が走る。


(俺の干渉が、弾かれた!?)


 ドルイドの力は厄介だ。
 特にこの城の様に様々な箇所に生きた木々が使われている場合、それを通じてあらゆる場所に監視の目が行き渡ることになるからである。
 通常、この監視網に対抗する術は、同じドルイド以外には無い。しかし、エルフの血を引く俺にはドルイドの意思疎通に干渉すること位は可能だった。
 ドルイドの様に仮契約を結ぶことはできないが、一方的にこちらの意思を伝えることだけはできるのだ。
 本来は無駄でしかないこの力だが、ドルイドに対しては有効な力となる。
 それは、意思を伝えることで一本しかない伝達経路を埋めることができるからだ。
 魔力の消費は大きくなるが、この伝達経路を占有することでドルイドの力を一時的にだが封じることが可能になる。
 ……ただし、この方法にも欠点も存在した。


「散れ!」


 風で巻き込むように、砂煙を散らす。
 視界に映ったのは、出入り口に陣取る俺をあざ笑うかのように、反対方向に逃げるハーフエルフ達と、それを遮るようにして立つトーヤの姿。


「……してやられたな」


 ハーフエルフ達が、壁に空いた抜け穴から次々と脱出していく。
 この城の本来の機能を取り戻した、ということか。


「まさか、ドルイドが二人もいるとはな。しかも、妹の方ではなく、お前とは」


「ドルイドってのが木々と意思を交わす力のことなら、まあ間違いではないかもな」


 そう。この方法の欠点とは3名以上の意思疎通によるの飽和状態。それによる回線の破裂だ。
 本来、この意思の疎通も仮契約と同様、基本は早い者勝ちとなる。
 しかし、仮契約とは異なり、3名以上が意思の疎通を図った場合、飽和状態となり回線を落とすことが可能なのだ。

 ……だが、このことを知っている者は亜人領にはほとんど存在しないハズだ。
 理由はドルイドの存在が知られていないこと、エルフのごく少数の司祭しかその力を持っていないこと、長時間回線を占有する状況がほぼないことなど、色々と存在する。
 俺が知ったのも、ただの偶然のであった。
 エルフの里に奇襲を仕掛けた時、偶々居合わせた客人の司祭が邪魔しなければ、恐らく一生気づくことは無かっただろう。
 それを何故、あの男が知っていたのか……


「……今の機会に、何故俺を攻撃しなかった?」


「一番の理由は、自信が無かったからだよ。隠形を保ちつつ、致命打を与える技術は、俺にはまだ無い。それに、仮に打てたとしても、恐らくあんたなら防いだんじゃないかと思ってる。俺の中では、アンタは魔王に匹敵するって評価だからな」


 魔王と同列か……
 過大評価も甚だしいな。


「ついでに言うと、あんたの攻撃には殺意が無かったからってのもある。そもそも殺意のある相手にあんな作戦は立てられないからな……」


 まあ、そうだろうな。
 この作戦は視界を奪った時点で、俺が周囲を見境なく攻撃すれば詰んでいた可能性が高い。
 それをしなかったのは、標的を殺す可能性があったからだ。


「……殺意、か。では、もう1つ聞こう。何故俺の標的であるその娘がまだ逃げていない?」


「……もしかして、まだ残っているのかアンナ」


「はい」


 トーヤの後ろ、少し離れた位置にアンナは立っている。
 トーヤが気付かなかったのも無理はない。視認している俺ですら存在を希薄に感じる程の隠形である。
 やはりあの男に匹敵する練度か……


「一応聞くけど、何故?」


「トーヤ様が命を懸ける覚悟だったからです」


「……そんなことは無い。さっきも言ったろ? あの男には殺意が無いって」


「いくら隠しても無駄です。もう、触れさえすれば、トーヤ様の考えは全てお見通しですから」


「……アンナ、これからは許可なく俺に触るの禁止な」


「そんな!?」


 緊張感の無い……、確かにそう見えるが、実際はそうでは無い。
 この者達は、本当に命を懸ける覚悟をしている。
 だからこそ、実に気に食わない。


「な!?」


 それまで油断なく構えていたイオが、床を突き破り、突如隆起した土に飲み込まれる。
 言うまでも無く、俺の術だ。
 それと同時に全力で踏み込み、トーヤの腹部に打撃を加える。


「カハッ!」


 アンナに打ったのとは違い、加減抜きの寸勁。
 例え肉体を鍛えていていようとも致命打になりうる一撃に、膝から崩れ落ちるトーヤ。
 そして、たまらずに駆け寄るアンナ。
 少女の表情からは、師弟関係以上の思いが読み取れる。
 ……俺はこれから、それを引き裂く。


「こちらの心理を踏まえた良い戦術だった。殺意が無かったのも、まあ認めよう。1つ補足するとすれば、俺に殺意が無かったのは別に義や情が理由ではない。単にお前達が、俺にとって取るに足らない存在だったからだ。その気になれば、例えこの城の全戦力を相手にしたとしても俺が勝つだろうからな。……しかし、今は違う」


 こちらを睨みつける少女の剣幕を無視するように、短刀を抜く。


「トーヤ、お前は危険な存在だ。だからここで消す」


 恐らく、このトーヤという男は理解していたのだろう。
 全力で抗い、力を示すことは、逆に危険を伴う可能性があるということを。


「……させません!」


「無駄だ。魔力の無いお前には、何もできない」


 それは本人にもわかっているのだろう。
 悔しさで歪むこの表情を見る限り、もう攫ってもこの少女は使いものにならないことが理解できた。
 そして例え、心を壊したとしても、今さら使う気になどなれなかった。
 せめて、仲良く逝かせてやろう。


「駄目ぇ!!!!」


 二人まとめて斬ると決めた刹那、またしても邪魔が入る。


「お父さんを、殺さないで!」


 立ちはだかったのは、まだ10にも満たないような、ハーフエルフの少女だ。


「退け」


「いや!」


 俺の目的はあくまで白髪のエルフのみ、他のハーフエルフなど興味が無かったし、ほとんど目にも入れていなかった。
 目の前の少女についてもそうだ。もう、二人殺すのも三人殺すのも変わらない。退かぬなら一緒に斬り殺すまで。
 ……そう思っていた。


「っ!? お前は……、まさか……」


 両手を広げ、立ちはだかる少女。
 この健気な少女は、褐色肌・・・をしていた。


「ダークエルフ、なのか……!?」



 その問いに少女は答えない。
 ただ、涙を湛え、俺を睨みつけるその瞳は、それを肯定だと示していた。



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