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第二章 森の平定
第91話 北との戦い⑩ 開戦前夜
しおりを挟むルーベルトの襲撃はこちらの陣営に少なくないダメージを与えたが、修復不能な被害とまではなっていない。
イオは現在療養中だが、幸い傷は深くなく、簡単な治癒術でほぼ完治に至っている。
アンナも外傷はほとんど無かったが、本当にギリギリの魔力を使用したせいか、あの後すぐに気を失ってしまった。
こちらも幸い、健康上の問題は無いようである。
そんな中、一番の重傷者だったの――。
「大丈夫か? ライ」
「ハハハ……、そんなに心配しないでトーヤ。いつも通り、寝て起きれば回復しているよ」
ライは正直者だし、この言葉も嘘では無いのだろうが……
「しかし、まさかあの男が生きていたとはな……。すまない、俺のミスだ」
「いや、シュウは悪くないよ。仕留めきれなかった僕も悪かったし。何よりあの傷でまさか生きているとは思わないからね……」
俺とライが相対した男――確かミカゲと呼ばれていた。 は、確かに恐ろしい使い手であった。
二人がかりでも手に余る程の戦闘技術を有しながら、まだどこかに余裕があるように見えた。
なりふり構わず力を使って振り切ったが、恐らく止めようと思えば止めれたのではないだろうか。
そんな相手を一対一で抑えてくれたライには、感謝こそすれ責めることなどできるワケがない。
「……俺は確かに頭部を裂いた。手ごたえもあった。それで生きていたということは――」
「不死族か」
「恐らくは……」
不死族。正確な情報は無いが、その名のごとく不死とされる種族だ。
グール、ゾンビといった存在は亜人領でも確認されているが、意識を持つ個体はほとんど確認されていない。
そういった個体も存在自体はするが、自然発生するケースは稀で、そのほとんどが不死族領で確認されている。
意識を有する個体は凄まじい戦闘能力を持つといわれているが、基本的に不死族領を出ようとはしないため、150年以上前の記録にしか残っていない。
駆け付けたシュウの手により頭部を引き裂かれたミカゲは、ライの目から見ても完全に死んでいるように見えたそうだ。
それが急に起き上がり、襲いかかってきたというのだから、完全にホラーである。
元々の実力差に加え、不意を突かれる形になったライは、そのまま昏倒させられ、先程まで意識を失っていた。
何らかのからくりが有る可能性もあるが、頭を裂かれて生きていられる亜人は存在しないはず。
本当にあのミカゲという男が不死族なのであれば、非常に厄介な存在だと言えるだろう。
「全く……、あのルーベルトって男だけでも手に余るってのに、不死族ねぇ……」
ルーベルトの襲撃は、結果的には大した被害を出していない。
しかし、明日の作戦を前にして、影が差したことは間違いなかった。
「トーヤ殿……、どうするのだ? あの男が出てくるようでは、先程まで立てた作戦は……」
不安そうにリンカが尋ねてくる。
他の皆も同じように不安を顔に出している。
……いかんいかん、指揮官である俺がしっかりせねば。
「……作戦に変更はない。俺の考えでは、恐らくあの男は戦場に出てこないはずだからな」
「……本当に? 何か根拠が?」
「根拠って言えるレベルの理由は無いよ。ただ、あの男の行動には組織的な意識が全く無かった。恐らくだけど、あの男の存在は北でも特殊な扱いなんだと思う。だからといって備えないワケにはいかないんだけどな……。なので、作戦の変更自体は無いんだが、シュウとリンカには前線に出すぎないようにして貰いたい。常に合図に反応できるようにしてくれ」
「「了解した」」
「それから、ライとスイセンは戦線に出さないことにする。俺と一緒に行動して、臨機応変に立ち回ってもらうつもりだ」
「「わかった(わかりました)」」
その他、細かな指示を行って解散する。
とても寝られるような心境ではなかったが、俺も魔力がほとんど残っていない。
寝ることも仕事だと言い聞かせ、少しでも眠る努力をしよう……
◇
ピチョン
と、水滴が落ちる音が洞窟内に響く。
この洞窟には湧水が数か所で沸いており、飲み水として利用できる。
だからこそこの洞窟を拠点に生活をしているのだが、聞きなれたはずの水音が、今は酷く煩わしく感じた。
(チッ……)
自分がイラついていることはわかる。その原因もわかる。……当然、奴らのことでだ。
しかし、厳密に奴らの何にイラついているのか、それがわからない。
そのことが尚更このイラつきを増長させていた。
(いや、違うな。理解できないのでは無い。ただ、理解したくない、事実を受け入れたくないのだ……)
約300年、俺がこの地に生を受けてから、もうそのくらいの時が経っている。
まだこの魔界が10の領域に分かれる前、この地は地獄だった。
現魔族領に密接するこの地は、魔族との関りが激しい地でもあり、そこに住むエルフとは頻繁に争いが発生していた。
互いに憎しみをぶつけ合い、殺し合いながらも両種族には異なる点が存在した。
エルフは自ら他種族と交わることをしない、という点だ。
エルフ側はただ殺すのに対し、魔族側は愉悦や性欲のために女を襲った。
つまり、ダークエルフの母親は全てエルフといっても過言ではないということだ。
これがもし、逆の立場であれば、或いは愛情のようなモノが生まれることもあったかもしれないが、そもそもエルフが魔族の女を犯すことなどないため、考えるだけ無駄とも言える。
奴隷となったエルフにはそもそも産まないという選択が取れなかった。流産させぬよう、拘束されるからである。
そうして産まれた子供に対し、母親は愛情など抱けるワケがなかった。むしろ、憎悪の念しか感じなかったろう。
だからこそ、ハーフエルフ――、それもダークエルフは忌み子の中でも最悪の扱いを受けるのだ。
魔族も慣れたもので、それを理解している故か、すぐに母親と子供を引き離す。
放っておくと母親が自ら、我が子を殺すからだ。
産まれた子供は、育ての親とは別の奴隷の元で育つ。
育ての親などと言ったが、これは調教師に近い。……俺も、そんな調教師のもとで育てられた。
俺は男娼として、その男に様々な躾を受けた。……思い出すのも忌々しいが、300年近くも経つと流石に憎悪も薄れつつある。
俺が初めて人を殺したのが、その男であった。次は母親だ。まあ、母親については介錯に近いものだったが……
「ルーベルト様、グラ殿がお呼びです」
浸りたくもない過去について懐古していると、ミカゲから声がかかる。
いつの間にか、もう朝になっていた。
「わかった」
グラは恐らく、俺を将としてこの戦に参戦させたいのだろう。
しかし、俺にはそのつもりは全くなかった。
弱者と群れるのも、率いるのも、どちらも御免だ。
(……しかし、今回の戦は恐らく、俺が動かねば勝ち目は薄いだろうな)
ならばこそ、俺はどう動くか……
元よりこの立場に未練などないが、手を貸すか、それとも……?
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