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第二章 森の平定
第93話 北との戦い⑫ 開戦
しおりを挟む「進め! 進め!」
全く、ちんたらした行軍だ。これだからオークもゴブリンも劣等種だと言われるのだ。
速さだけは一丁前のコボルト共も、指示をしなければ明後日の方向に駆け出す始末。
やはり我ら竜人種こそが最も優れた種族。そしてその中でも俺の率いるジグル一族こそが、この亜人領の王に相応しいのだ。
その足掛かりとして、まずはこの森の全てを手に入れる必要がある。
今は立場上、グラのような小物に実権を握られているが、いずれはこの軍勢もすべて俺の手中に収めるつもりだ。
この戦いでそれは確固たるものになるだろう。
何故ならば、あの気に入らない獣人の手勢も、全て俺のモノにするつもりだからだ。
(獣人、しかも薄血種如きが、たまたま魔王の御眼鏡にかなっただけの分際で調子に乗ったことを後悔させてやる……! クックック……、奴が大層大事にしているらしいハーフエルフ共は、奴の目の前で犯し、蹂躙してやろう)
ここまでの怒りを覚えたのも久しぶりのことだ。
この地に流れ着いた負け犬共は、基本的に俺達に歯向かうことはしない。
稀に逆らう者もいたが、俺の武力の前に跪くか、逃げ出すものばかりだった。
俺はそういった奴等は、基本的に殺さないようにしている。取り込んで自分の戦力にした方が良いと判断したからだ。
しかし、今回は違う。あのような薄血種など戦力になるはずもないからな。
ただし、配下の人材はなかなかのモノだ。特にトロールは良い。あれは是非ともこちらに引き込みたい。
獣人共も戦力にはなるだろうが、奴らは駄目だ。俺達竜人種を、自分達と同じ獣人だなどと戯けたことを抜かす低能な奴等だ。信用はできない。
まあ、女共は生かしてやろうとは思っている。劣等種とはいえ、我らの血が混じれば少しはまともな戦力になるだろう。
(見た目も悪くはないからな。少なくともオークやゴブリンよりは、だが……)
そんなことを考えていると、第一陣が森の中腹に到達する。
この辺りは北以外に住む奴らの狩場になっている場所であり、魔獣共の棲み処になっている。
その為、先日引き上げる際に粗方の魔獣は狩りつくし、見張りをつけていたが、結局魔獣は愚か、奴らの兵士すら配置に来なかったらしい。
(舐められたものだ……、ん?)
行軍が止まった。魔獣でも出たのだろうか?
「おい! 何をやっている! 進め! 魔獣など蹴散らせば良いだろうが!」
「い、いえ、違います! 何故か地面が泥のように沈むんです!」
「なんだと!?」
報告に来たオークに案内され、状況を確認する。
一見するとただの地面である。しかし、踏み入れた者の体が半分ほどまで地面に沈んでいる。
他の者の助けで引き上げられているものの、荷を積んだ牛などは、既に頭まで沈んでいるようだ。
「底なし沼か……? しかし何故だ、昨日はこんなものは……。おい! 見張りをしていた者を呼べ!」
今朝の報告では異常無しとのことだったはず。
仮に、いい加減な報告をしていたのだとしたら、許すことはできない。
「お前か! 見張りをしていたのは! なんだこの状況は! 貴様、まさか寝ていたのではないだろうな!?」
「ヒッ……、そ、そんなことは決して! 確かに誰も現れていませんし、こんな沼が出来る様子もありませんでした! 本当です!」
首に刃を押し当てられた男は、必死に訴えかけてくる。
典型的な弱者の目。嘘を言っているようには思えなかった。
(しかし、だとすれば何故……)
「おい、他に気づいたことは無いか?」
「ほ、本当に何も……。少し地響きのようなものがしたので、てっきりシシ豚達が現れたのかとも思いましたが、確認しても普通の動物すら見ませんでした……」
地響き……。地震か?
ごく稀にだが、地震はこの地でも発生する。
そして地震が起きた際は、何かが起こることが多い。
不運なことだが、その揺れにより、局所的に地面が緩んだのかもしれない。
「おい、ここ以外に通れる所はあるか」
「あ、あります。どうやらこの沼のような箇所は中央部隊の行軍路だけのようです。左右の部隊は影響なく進んでいます」
チッ……、やはりか!
であればモタモタしてはいられない。このままではアギやドーラに先を越される。
特にドーラは不味い。奴らハイオークに孕まされたメスは間違いなく死ぬ。兵士としても女としても使えなくされては堪らない。
しかし、どうするか。
厄介なことに、この沼がどこまで奥行があるのか、見た目だけでは判断がつかない。
無理をして超えようとすれば、被害が増える可能性がある。
「……仕方がない、俺達も迂回するぞ! 急げ!」
幸いなことにオーク共の行軍速度は遅い。
先程まではそのことに侮蔑の念を抱いていたが、それを棚に上げて奴らを褒めたくなる。
鈍間でありがとう、と。
「進め! 進めぇ! 特にオーク共には絶対先を越されるな!」
全く、運が悪い……
だが、沼程度で良かった。これが地割れとかであれば、俺の一族にも被害が出ていたに違いない。
まあ、ただの亀裂程度であれば迂回するだけのことだが……
◇
「と、いうことで、奴ら中央の行軍は諦め、迂回を始めました」
「うん。報告ありがとう。引き続き、状況確認を頼むよ」
「ハッ!」
胸にこぶしを当て、下がる偵察チームの彼。名をスギと言うらしい。
シュウの部隊は今回の戦いでは使わないので、一部を偵察部隊として活用している。
彼はこの森の西の住民だったはずだが、既に教育は行き届いているらしい。
あの胸にこぶしを当てる動作は、敬礼か何かだろうか。
(それにしても、ここまで上手く行くと本当に拍子抜けだ。警戒して動かないことも考慮していたんだがな……)
そういう意味では少し計算違いだった。
まあ心の準備をする余裕が減っただけで、やることは変わらないのだが。
(さて、準備は整った。俺流の石兵八陣、見せてやろうじゃないか……)
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