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第一部
エピローグ VTuberに人生を救われた話
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大会より一週間後の夜。
「「「かんぱーい!!!」」」
康鈴の家にて打ち上げが行われていた。
リビングの長テーブルには大会参加者の六人がチーム毎に並ぶ。キッチンへ繋がるカウンターにはそれぞれの社長、駆けつけてくれた叶理が座っている。
今日は音声のみの配信で、画面には皆で描いた六人のイラストが配置されている。ちなみに絵心のない康鈴は、フウセンのウナギフード部分を頑張って描かせてもらった。フウセン以外には複雑な顔をされた。
「先輩先輩! 早く肉を!」
「待て待て! 配信者として視聴者への挨拶が先だろ!」
エプロン(自前)をつけたイワナに注意され、口を曲げながらも黙るカジカ。
Y子達へ目配せされる。優勝チームを立てて、とのことだろう。
「みんな~! 応援ありがとうね~!」
「ライブ配信中々できなくてごめんなさいね。色々と立て込んでたものだから」
一躍有名になった二事務所には、一層の問い合わせが殺到したらしい。全員嬉しい悲鳴をあげていたようだが、流石に対応キャパは超えたようで。
「ほらY子!」 「Y子ちゃん!」
感慨にふけっていたらミツクリとフウセンに背と肩を叩かれる。
「あ、うん……その、ありがとうございました。応援届きました。一番大変な時、それで助かって……」
【凄かったよ!】 【おめでとう!】 【伝説だったな】 【よっ! チャンピオン!】
なんだかむず痒くてもにょもにょする。フウセンとミツクリがよくできましたと頭を撫でてくれるものだから一層。
どうぞ、とミツクリがイワナ達へ手のひらを向ける。
「あたしらからもありがとな。応援コメントとかほんと夢みたいにいっぱい来てよ……すっげぇ元気出たよ!」
「先輩そろそろ火ぃつけて」
「てめぇには絶対ピーマン食わせてやるからな!」
目くじらを立てつつも、油を丁寧にしき、ホットプレートのスイッチを着けていく。
「……ま、ボクからもお礼を。おかげでこの仕事もまだまだ続けられそうだしね」
カジカはちょっと照れくさそうにして、シャンメリーを傾ける。
四人のチャンネル登録者数はそれぞれ三十万人を超えた。大会動画は拡散されており、まだまだ、それこそこの配信中にだって伸びていることだろう。
「いや~。ワタシも助かっちゃったわ! いろいろあったけど結果オーライ。偉い人にも呆れられるぐらいで許してもらえたし」
登録者数を更に増やしたヤマブキがアハハと笑う。それからニヤリと付け足す。
「でも、最強プレイヤーを引き抜けなかったこと。皆から責められちゃったな~」
「…………」
フウセン、ミツクリがにんまりと笑い、Y子の両肩に手を置く。
うーん、と悩みながら、配信画面に向けて話す。
「あの、それで……報告がありまして……」
【なになに?】 【まさか?】
「この度、正式に……〈深海魚軍団〉と契約をしました」
【おおおおおお!!!!】 【おめでとう!】 【正式じゃなかったの!?】 【いやでもそれって……】
ネットがざわめく。イワナとカジカにはまだ報告してなかったが、驚いてはいない。わかってたとばかりにニヤニヤしている。
大会後、祝福の連絡をくれた弓削社長に申し込んでしまった。
あの夜は本当にわけのわからないテンションだったのだ。
幼馴染と抱き合ってわんわん泣いたり。先輩に電話をして、どちらも泣きじゃくって会話にならなかったり。車で飛んできたフウセンとミツクリと抱き合ってやっぱりわんわん泣いたり。
翌朝布団でどうかしていたとごろんごろんしてしまった。
「ま! めでたいってことで! 二チームの優勝・準優勝、それにY子さんの事務所入り祝いってことで肉焼くぞ!」
「もう一回かんぱーい」
カジカの号令で杯が打ち鳴らされる。Y子が飲んでいるのはアルコール度数低めのリンゴのリキュール(ヤマブキの差し入れ)。お酒は好きではなかったのだが、皆と飲むお酒は美味しかった。
イワナがホットプレートにてきぱきと肉を並べていく。じゅうじゅうと食欲の湧く音と香りが漂ってくる。
「おいカジカ。お前はめし取り分けんだよ。敗退したんだからな」
「世話焼きの先輩に仕事譲ってるんだが?」
「働け!」 「ちぇー」
唇を曲げながらも、炊飯器の前にちょこちょこと移動。叶理が濡らしたしゃもじと茶碗を渡してくれている。
「あらワタシもやるわよ?」
「いやゲストにやらせんのも……」
「チームでしょ?」
微笑み、サイドテーブルに置いていた鍋から芋子汁をよそうヤマブキ。イワナは照れくさそうにもごもごしつつ、嬉しげに眉根を下げる。
「あー……ちなみに材料代は両社長がもってくれました。あと色んなおかずはY子さんのご近所さんからの提供になります」
感謝、とイワナが号令をとり、皆が社長二人とご近所さんの娘へと頭を下げる。弓削社長はクールにひらりと手を振り、〈チーム淡水魚〉の童顔な矢口社長はにこりと微笑む。
「ところで視聴者も疑問に思ってるが……Y子さんはその、なんだ……eスポーツ選手としての活動はしていかないんすか?」
手際よく肉をひっくり返し、野菜も追加しながらイワナが探るように尋ねてくる。
「VTuberデビューにしてもどうなん? 謎ウナギ卒業?」
回してー、と茶碗をミツクリに渡しながらカジカもうきうきと首を傾げる。
Y子はちらりと弓削社長に目配せする。疲れが溜まった顔で苦笑いされる。話し合いは済ませているのだが、Y子の扱いは非常に悩ましいもので決めきれなかったのだ。
「えっと、とりあえずは、フウセンちゃん達のチャンネルにお邪魔させてもらう形になるかと……一人で回せる気しないですし……。eスポーツ選手として生きてくかとかも、まだ決めてなくて……。フウセンちゃんにもらったイラストは一生手放しません」
「一つだけ言いきったぞこいつ」
「手放せとは言わねぇですけど、もう少し考えても……」
目を丸くしたカジカとイワナからそっと顔を背ける。
「まだ手探りの状態ですけど……大事な恩があるVTuber達に、何か手助けしていきたい、というのが心情です。……それから、応援してくれた皆様にも……」
この声に応えたい、と強く願った。その形が自分にとってはVTuberだった。
大会にまた出場したいと思わなくもないが、姿を見せてはいけないなど、色々と考えることも多い。
「ワタシとしては諦めてないけどね。大会には絶対引っ張り出すし、押しかけてでも練習パートナー務めるし。何だったら二重契約も画策してる」
お椀を配り終えたヤマブキが挑戦的に口の端を上げる。その気持ちは嬉しいも、やや複雑だ。
「あなたとの対戦はすっごくエネルギー使うんだけどな……」
「こっちのセリフ! アナタ鼻歌交じりだったでしょうが!」
「え? そうだっけ……?」
首を傾げると、皆に呆れられてしまった。
それにしても、と席に着き、もぐもぐと里芋を食べていたカジカからじっと見つめられる。
「ますますわけのわからない生物になってるような……いっそプロのペットと名乗れば?」
「あ……なるほど……」
「Y子ちゃーん?」 「Y子?」
最もしっくりきた意見だったのに、二人に圧をかけられてしまった。
「そろそろ焼けたぞ! ほれチャンピオン!」
イワナから取り箸でカルビをもらう。フウセン、ミツクリの取皿にも。
「どれどれボクも……」 「いやいや社長達に持ってけってば」
取り分けられた焼肉をカジカが渋々とカウンターへと届けにいく。
食べたら? とフウセンから目配せされたので塩とレモンで食べる。
「……美味しいです」
社長二人、焼いてくれたイワナに会釈する。焼肉を食べるのはそういえば久しぶりで、脂の美味しさに頬が緩んでしまう。
他の皆も続々と食べ始める。イワナだけは食べながら、野菜をひっくり返したり、追加の肉を投入している。
「あ、食べすぎないようにね。とっておき用意してくるから」
「すごいのをね」
ミツクリ、フウセンが得意げな笑みを浮かべる。優勝賞金で何か用意しておく、とのことだった。
「ああ、冷蔵庫に入ってたやつか。常温に戻しといた方がいいぞ?」
「イワナの女子力高いところ、素直に尊敬するわ……」
「おかん力じゃね?」
「おいカジカ」
ピーマンを置かれ、ぎゃあと喚く後輩。
冷蔵庫開けるわね、と律儀にY子へ言い置いた上で台所へ向かうミツクリ。手にしてきた何やら高級そうな包装紙に包まれたそれは、
「じゃーん! A5和牛のステーキよ!」
美しいほどにサシが入った霜降り肉だった。
「奮発したなあ!」 「流石我が生涯のライバル」 「Wow!」
「ふふふ……買う時ちょっと手が震えました」
「うん……でも折角だしね」
これよかったんだよね、みたいな不安な顔を二人揃ってする。
「ところでその三枚をどう分けるんだい?」
ふざけながらも真剣な目で問いかけるカジカ。ミツクリは半目で、
「ちゃんと平等に分けるわよ。……まぁ、試合後のインタビューでうちのが迷惑かけたしね」
「うーん面目ない」
「……ごめんなさい」
あの後ぶわっと感情が押し寄せてしまい、涙がぼろぼろ出てしまってインタビューどころではなかったのだ。フウセンも思いっきりもらい泣きしてくれた。
「うちの、っつーかおめぇも泣いてただろが」
一番フォローしてくれたイワナがミツクリへ半目を返す。
「そんなに泣いてない!」
泣きじゃくりながらも頑張って感謝を述べていたミツクリが吠える。
「っていうかアンタも泣いてたでしょうが!」
「はぁ!? 泣いたってほどじゃねーし! ちょっと涙ぐんでただけだよ!」
「先輩墓穴掘ってる」
「おめぇははしゃぎまくって仕事しなかっただろ! ちなみにヤマブキさんも!」
「実況者さんもプロデューサーさんもお祭り騒ぎだったわよ?」
「「「…………」」」
あれでよかったのかな、と皆で考え込む。Y子は今度こそエゴサはしなかった。
お? とカジカがコメント欄を見て片眉を上げる。
「ヒデキさんスパチャありがとうございまーす。御迷惑おかけしました、だって。まったくなー」
「カジカ!? ――ヤマブキさんこれ茶化していいもんすかね!?」
「いいんじゃな~い。Thank you!」
一番配信歴の長いヤマブキが慣れた様子でひらひらと手を振る。
ミツクリが額に手を当てる。
「関係者の皆様には大変ご迷惑おかけしました。
……それでイワナ。このお肉って切っといたほうがいいの?」
「焼いてからでいんじゃね? 筋切りと下味やるか?」
「高いお肉だしね。任せるわ」
よしきた、とイワナが立ち上がる。トングは少し迷い、カジカとヤマブキ両名に。
(それにしても……A5和牛か……)
初ボーナスで両親へごちそうしようと思っていたものだ。……結局ボーナスなんてものは出なかったのだけれど。
「あ、Y子が密かに落ち込んでるから二人とも慰めてあげて」
直感魔神に気づかれてしまう。
「い、いや大丈夫だから――」
「んーよしよし! だいじょうぶだからね!」 「仕方ない子ね……」
「あわわわわわ」
フウセンからぎゅっと抱きつかれ、唇を曲げながらも心配そうなミツクリに頭を撫でられる。
「プロのペット」 「ペットだなぁ……」 「…………」
カジカとイワナがぽつりと呟く。叶理の呆れた気配も感じる。
「ふふふ。席が隣だったらワタシが慰めてあげたのに。やっぱりどっちか席代わってくれなーい?」
にこにこと上機嫌なヤマブキに対し、
「今のはわたしも何となくわかりましたよ?」
フウセンがにこにこをぶつける。
実はY子とヤマブキとの初顔合わせの際、いきなり抱きつかれ、頬ずりされ、ほっぺにキスまでされそうになった。チュウはフウセンとミツクリがなんとか止めたものの、それからヤマブキをずっと警戒している。
【正妻戦争か!?】 【ウナギの取り合い!?】 【ミツクリちゃんも参加してほしいな】
コメント欄も妙に盛り上がっている。
「……まぁ決着はゲーム大会でね?」
「う、運勝負なら何とか……」
カジカがふと首を傾げる。
「そういや〈レジェンド〉を唯一倒したフウフウが暫定最強じゃね?!」
「その件について一度Y子へ説教かましたいわ……」
本気で頭を抱えるヤマブキからそっと目を背ける。
食事の後、このままゲーム配信へと移る予定だった。ちなみにお酒を飲んでいる社長含め、全員でこの家に泊まる予定だ。流石に人数分の布団はないので、誰と誰が一緒に寝るのかY子はずっと気になっている。
「あ、祝いのケーキも用意してるぞー。チョコレートケーキでよかったんだよな?」
下拵えを終えたイワナが声を掛ける。
「あらありがとう」 「うん。チョコがよかったの」 「あ、ありがとうございます」
二人がチョコ好きの康鈴を見ながらニッコリ微笑む。
「お熱いこって。……にしても、この二人がいてゲーム大会成り立つかな?」
Y子はそろりと小さく手を上げる。
「あ、双六ゲームとかは勝った記憶がないぐらい弱くて……」
「またアンタは悲しいことを!」
「先生の苦手なホラーゲーム、たんまり用意してまっせ?」
「カジカちゃーん。覚えときなさいね?」
笑い合う声がリビングに響く。
「――――」
あの頃のように。
優勝を決めた時、康鈴の頭と肩をふわりと撫でていった気配があった。
気のせいとはとても思えない、あまりに懐かしいあたたかさだった。
だから康鈴は泣いてしまった。
悲しくて、嬉しくて。
夢を叶えた。
ゲームに出会わせてくれてありがとう、と伝えられた。
これからはちゃんと人生を歩んでいけるよ、と安心させられただろうか。
「大丈夫だよ、Y子ちゃん」
そっと涙を拭われる。
「まったく……困った後輩ね」
もう片方の涙をミツクリが拭ってくれる。
「なーに呆けてんのよ、Y子」
ヤマブキから微笑まれる。
「うちらにも頼ってくれていいんで」
イワナがどんと胸を叩く。
「ひっひっひ。いじりがいのあるウナギだぜ~」
カジカが楽しそうに笑っている。
(康鈴……良かったな)
叶理が康鈴の背にそっと額をつけ、小さな声で祝福を告げる。
「Y子ちゃん! これからもいっぱいゲームしようねっ!」
手を差し伸べられる。太陽のような笑顔とともに。
「……うん」
笑みを浮かべ、Y子は密かに自分へ課していたものを緩める。
ルールその2。
夜更かしはたまにならいい。
「「「かんぱーい!!!」」」
康鈴の家にて打ち上げが行われていた。
リビングの長テーブルには大会参加者の六人がチーム毎に並ぶ。キッチンへ繋がるカウンターにはそれぞれの社長、駆けつけてくれた叶理が座っている。
今日は音声のみの配信で、画面には皆で描いた六人のイラストが配置されている。ちなみに絵心のない康鈴は、フウセンのウナギフード部分を頑張って描かせてもらった。フウセン以外には複雑な顔をされた。
「先輩先輩! 早く肉を!」
「待て待て! 配信者として視聴者への挨拶が先だろ!」
エプロン(自前)をつけたイワナに注意され、口を曲げながらも黙るカジカ。
Y子達へ目配せされる。優勝チームを立てて、とのことだろう。
「みんな~! 応援ありがとうね~!」
「ライブ配信中々できなくてごめんなさいね。色々と立て込んでたものだから」
一躍有名になった二事務所には、一層の問い合わせが殺到したらしい。全員嬉しい悲鳴をあげていたようだが、流石に対応キャパは超えたようで。
「ほらY子!」 「Y子ちゃん!」
感慨にふけっていたらミツクリとフウセンに背と肩を叩かれる。
「あ、うん……その、ありがとうございました。応援届きました。一番大変な時、それで助かって……」
【凄かったよ!】 【おめでとう!】 【伝説だったな】 【よっ! チャンピオン!】
なんだかむず痒くてもにょもにょする。フウセンとミツクリがよくできましたと頭を撫でてくれるものだから一層。
どうぞ、とミツクリがイワナ達へ手のひらを向ける。
「あたしらからもありがとな。応援コメントとかほんと夢みたいにいっぱい来てよ……すっげぇ元気出たよ!」
「先輩そろそろ火ぃつけて」
「てめぇには絶対ピーマン食わせてやるからな!」
目くじらを立てつつも、油を丁寧にしき、ホットプレートのスイッチを着けていく。
「……ま、ボクからもお礼を。おかげでこの仕事もまだまだ続けられそうだしね」
カジカはちょっと照れくさそうにして、シャンメリーを傾ける。
四人のチャンネル登録者数はそれぞれ三十万人を超えた。大会動画は拡散されており、まだまだ、それこそこの配信中にだって伸びていることだろう。
「いや~。ワタシも助かっちゃったわ! いろいろあったけど結果オーライ。偉い人にも呆れられるぐらいで許してもらえたし」
登録者数を更に増やしたヤマブキがアハハと笑う。それからニヤリと付け足す。
「でも、最強プレイヤーを引き抜けなかったこと。皆から責められちゃったな~」
「…………」
フウセン、ミツクリがにんまりと笑い、Y子の両肩に手を置く。
うーん、と悩みながら、配信画面に向けて話す。
「あの、それで……報告がありまして……」
【なになに?】 【まさか?】
「この度、正式に……〈深海魚軍団〉と契約をしました」
【おおおおおお!!!!】 【おめでとう!】 【正式じゃなかったの!?】 【いやでもそれって……】
ネットがざわめく。イワナとカジカにはまだ報告してなかったが、驚いてはいない。わかってたとばかりにニヤニヤしている。
大会後、祝福の連絡をくれた弓削社長に申し込んでしまった。
あの夜は本当にわけのわからないテンションだったのだ。
幼馴染と抱き合ってわんわん泣いたり。先輩に電話をして、どちらも泣きじゃくって会話にならなかったり。車で飛んできたフウセンとミツクリと抱き合ってやっぱりわんわん泣いたり。
翌朝布団でどうかしていたとごろんごろんしてしまった。
「ま! めでたいってことで! 二チームの優勝・準優勝、それにY子さんの事務所入り祝いってことで肉焼くぞ!」
「もう一回かんぱーい」
カジカの号令で杯が打ち鳴らされる。Y子が飲んでいるのはアルコール度数低めのリンゴのリキュール(ヤマブキの差し入れ)。お酒は好きではなかったのだが、皆と飲むお酒は美味しかった。
イワナがホットプレートにてきぱきと肉を並べていく。じゅうじゅうと食欲の湧く音と香りが漂ってくる。
「おいカジカ。お前はめし取り分けんだよ。敗退したんだからな」
「世話焼きの先輩に仕事譲ってるんだが?」
「働け!」 「ちぇー」
唇を曲げながらも、炊飯器の前にちょこちょこと移動。叶理が濡らしたしゃもじと茶碗を渡してくれている。
「あらワタシもやるわよ?」
「いやゲストにやらせんのも……」
「チームでしょ?」
微笑み、サイドテーブルに置いていた鍋から芋子汁をよそうヤマブキ。イワナは照れくさそうにもごもごしつつ、嬉しげに眉根を下げる。
「あー……ちなみに材料代は両社長がもってくれました。あと色んなおかずはY子さんのご近所さんからの提供になります」
感謝、とイワナが号令をとり、皆が社長二人とご近所さんの娘へと頭を下げる。弓削社長はクールにひらりと手を振り、〈チーム淡水魚〉の童顔な矢口社長はにこりと微笑む。
「ところで視聴者も疑問に思ってるが……Y子さんはその、なんだ……eスポーツ選手としての活動はしていかないんすか?」
手際よく肉をひっくり返し、野菜も追加しながらイワナが探るように尋ねてくる。
「VTuberデビューにしてもどうなん? 謎ウナギ卒業?」
回してー、と茶碗をミツクリに渡しながらカジカもうきうきと首を傾げる。
Y子はちらりと弓削社長に目配せする。疲れが溜まった顔で苦笑いされる。話し合いは済ませているのだが、Y子の扱いは非常に悩ましいもので決めきれなかったのだ。
「えっと、とりあえずは、フウセンちゃん達のチャンネルにお邪魔させてもらう形になるかと……一人で回せる気しないですし……。eスポーツ選手として生きてくかとかも、まだ決めてなくて……。フウセンちゃんにもらったイラストは一生手放しません」
「一つだけ言いきったぞこいつ」
「手放せとは言わねぇですけど、もう少し考えても……」
目を丸くしたカジカとイワナからそっと顔を背ける。
「まだ手探りの状態ですけど……大事な恩があるVTuber達に、何か手助けしていきたい、というのが心情です。……それから、応援してくれた皆様にも……」
この声に応えたい、と強く願った。その形が自分にとってはVTuberだった。
大会にまた出場したいと思わなくもないが、姿を見せてはいけないなど、色々と考えることも多い。
「ワタシとしては諦めてないけどね。大会には絶対引っ張り出すし、押しかけてでも練習パートナー務めるし。何だったら二重契約も画策してる」
お椀を配り終えたヤマブキが挑戦的に口の端を上げる。その気持ちは嬉しいも、やや複雑だ。
「あなたとの対戦はすっごくエネルギー使うんだけどな……」
「こっちのセリフ! アナタ鼻歌交じりだったでしょうが!」
「え? そうだっけ……?」
首を傾げると、皆に呆れられてしまった。
それにしても、と席に着き、もぐもぐと里芋を食べていたカジカからじっと見つめられる。
「ますますわけのわからない生物になってるような……いっそプロのペットと名乗れば?」
「あ……なるほど……」
「Y子ちゃーん?」 「Y子?」
最もしっくりきた意見だったのに、二人に圧をかけられてしまった。
「そろそろ焼けたぞ! ほれチャンピオン!」
イワナから取り箸でカルビをもらう。フウセン、ミツクリの取皿にも。
「どれどれボクも……」 「いやいや社長達に持ってけってば」
取り分けられた焼肉をカジカが渋々とカウンターへと届けにいく。
食べたら? とフウセンから目配せされたので塩とレモンで食べる。
「……美味しいです」
社長二人、焼いてくれたイワナに会釈する。焼肉を食べるのはそういえば久しぶりで、脂の美味しさに頬が緩んでしまう。
他の皆も続々と食べ始める。イワナだけは食べながら、野菜をひっくり返したり、追加の肉を投入している。
「あ、食べすぎないようにね。とっておき用意してくるから」
「すごいのをね」
ミツクリ、フウセンが得意げな笑みを浮かべる。優勝賞金で何か用意しておく、とのことだった。
「ああ、冷蔵庫に入ってたやつか。常温に戻しといた方がいいぞ?」
「イワナの女子力高いところ、素直に尊敬するわ……」
「おかん力じゃね?」
「おいカジカ」
ピーマンを置かれ、ぎゃあと喚く後輩。
冷蔵庫開けるわね、と律儀にY子へ言い置いた上で台所へ向かうミツクリ。手にしてきた何やら高級そうな包装紙に包まれたそれは、
「じゃーん! A5和牛のステーキよ!」
美しいほどにサシが入った霜降り肉だった。
「奮発したなあ!」 「流石我が生涯のライバル」 「Wow!」
「ふふふ……買う時ちょっと手が震えました」
「うん……でも折角だしね」
これよかったんだよね、みたいな不安な顔を二人揃ってする。
「ところでその三枚をどう分けるんだい?」
ふざけながらも真剣な目で問いかけるカジカ。ミツクリは半目で、
「ちゃんと平等に分けるわよ。……まぁ、試合後のインタビューでうちのが迷惑かけたしね」
「うーん面目ない」
「……ごめんなさい」
あの後ぶわっと感情が押し寄せてしまい、涙がぼろぼろ出てしまってインタビューどころではなかったのだ。フウセンも思いっきりもらい泣きしてくれた。
「うちの、っつーかおめぇも泣いてただろが」
一番フォローしてくれたイワナがミツクリへ半目を返す。
「そんなに泣いてない!」
泣きじゃくりながらも頑張って感謝を述べていたミツクリが吠える。
「っていうかアンタも泣いてたでしょうが!」
「はぁ!? 泣いたってほどじゃねーし! ちょっと涙ぐんでただけだよ!」
「先輩墓穴掘ってる」
「おめぇははしゃぎまくって仕事しなかっただろ! ちなみにヤマブキさんも!」
「実況者さんもプロデューサーさんもお祭り騒ぎだったわよ?」
「「「…………」」」
あれでよかったのかな、と皆で考え込む。Y子は今度こそエゴサはしなかった。
お? とカジカがコメント欄を見て片眉を上げる。
「ヒデキさんスパチャありがとうございまーす。御迷惑おかけしました、だって。まったくなー」
「カジカ!? ――ヤマブキさんこれ茶化していいもんすかね!?」
「いいんじゃな~い。Thank you!」
一番配信歴の長いヤマブキが慣れた様子でひらひらと手を振る。
ミツクリが額に手を当てる。
「関係者の皆様には大変ご迷惑おかけしました。
……それでイワナ。このお肉って切っといたほうがいいの?」
「焼いてからでいんじゃね? 筋切りと下味やるか?」
「高いお肉だしね。任せるわ」
よしきた、とイワナが立ち上がる。トングは少し迷い、カジカとヤマブキ両名に。
(それにしても……A5和牛か……)
初ボーナスで両親へごちそうしようと思っていたものだ。……結局ボーナスなんてものは出なかったのだけれど。
「あ、Y子が密かに落ち込んでるから二人とも慰めてあげて」
直感魔神に気づかれてしまう。
「い、いや大丈夫だから――」
「んーよしよし! だいじょうぶだからね!」 「仕方ない子ね……」
「あわわわわわ」
フウセンからぎゅっと抱きつかれ、唇を曲げながらも心配そうなミツクリに頭を撫でられる。
「プロのペット」 「ペットだなぁ……」 「…………」
カジカとイワナがぽつりと呟く。叶理の呆れた気配も感じる。
「ふふふ。席が隣だったらワタシが慰めてあげたのに。やっぱりどっちか席代わってくれなーい?」
にこにこと上機嫌なヤマブキに対し、
「今のはわたしも何となくわかりましたよ?」
フウセンがにこにこをぶつける。
実はY子とヤマブキとの初顔合わせの際、いきなり抱きつかれ、頬ずりされ、ほっぺにキスまでされそうになった。チュウはフウセンとミツクリがなんとか止めたものの、それからヤマブキをずっと警戒している。
【正妻戦争か!?】 【ウナギの取り合い!?】 【ミツクリちゃんも参加してほしいな】
コメント欄も妙に盛り上がっている。
「……まぁ決着はゲーム大会でね?」
「う、運勝負なら何とか……」
カジカがふと首を傾げる。
「そういや〈レジェンド〉を唯一倒したフウフウが暫定最強じゃね?!」
「その件について一度Y子へ説教かましたいわ……」
本気で頭を抱えるヤマブキからそっと目を背ける。
食事の後、このままゲーム配信へと移る予定だった。ちなみにお酒を飲んでいる社長含め、全員でこの家に泊まる予定だ。流石に人数分の布団はないので、誰と誰が一緒に寝るのかY子はずっと気になっている。
「あ、祝いのケーキも用意してるぞー。チョコレートケーキでよかったんだよな?」
下拵えを終えたイワナが声を掛ける。
「あらありがとう」 「うん。チョコがよかったの」 「あ、ありがとうございます」
二人がチョコ好きの康鈴を見ながらニッコリ微笑む。
「お熱いこって。……にしても、この二人がいてゲーム大会成り立つかな?」
Y子はそろりと小さく手を上げる。
「あ、双六ゲームとかは勝った記憶がないぐらい弱くて……」
「またアンタは悲しいことを!」
「先生の苦手なホラーゲーム、たんまり用意してまっせ?」
「カジカちゃーん。覚えときなさいね?」
笑い合う声がリビングに響く。
「――――」
あの頃のように。
優勝を決めた時、康鈴の頭と肩をふわりと撫でていった気配があった。
気のせいとはとても思えない、あまりに懐かしいあたたかさだった。
だから康鈴は泣いてしまった。
悲しくて、嬉しくて。
夢を叶えた。
ゲームに出会わせてくれてありがとう、と伝えられた。
これからはちゃんと人生を歩んでいけるよ、と安心させられただろうか。
「大丈夫だよ、Y子ちゃん」
そっと涙を拭われる。
「まったく……困った後輩ね」
もう片方の涙をミツクリが拭ってくれる。
「なーに呆けてんのよ、Y子」
ヤマブキから微笑まれる。
「うちらにも頼ってくれていいんで」
イワナがどんと胸を叩く。
「ひっひっひ。いじりがいのあるウナギだぜ~」
カジカが楽しそうに笑っている。
(康鈴……良かったな)
叶理が康鈴の背にそっと額をつけ、小さな声で祝福を告げる。
「Y子ちゃん! これからもいっぱいゲームしようねっ!」
手を差し伸べられる。太陽のような笑顔とともに。
「……うん」
笑みを浮かべ、Y子は密かに自分へ課していたものを緩める。
ルールその2。
夜更かしはたまにならいい。
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