8 / 21
そして師となる弟子となる
満腹の少女は現実を知った
しおりを挟む♢♢♢♢♢♢
「なるほどねぇ……。」
イシュカの真剣な眼差しを受けて、何事か考えたまま呟き、スキアは残りのケーキを口に押し込んだ。
とても味わっているようには見えないが、彼女曰く、この食べ方が美味しいのだという。
「理由としては申し分ないね。」
スキアから肯定とも取れる言葉が出ると、イシュカの表情がぱっと華やいだ。
それに釘を刺すように、スキアはすぐさま言葉を付け足した。
「でも、問題はそれだけじゃないよ。イシュカは、魔法がどうやって使えるか知ってるかい?」
スキアの質問にイシュカは数秒難しい顔をして、首を横に振った。
スキアがアルフに目配せすると、アルフはリビングの引き出しから便箋と思しき紙束を取り出し、テーブルに置いた。
アルフが椅子に腰掛ける頃に、スキアはテーブルに置かれたものを指差して、イシュカに問いかける。
「これは何かわかるね?」
「……触媒です。」
イシュカの回答にスキアは大きく頷いた。
「これは、紙の触媒に、アタシの魔法を吹き込んで飛ばせるようにしたもの。簡易的なものだからアタシのところにしか飛ばせないけどね。」
スキアは説明しながら紙束から一枚紙を引き抜くと、イシュカの前に置いた。
「教えてあげるからそれを折ってごらん」
魔法の入った触媒に触れるのは初めてで、イシュカは興奮に頬を赤くして、恐る恐る紙に触れた。
特別上質なわけではない。見たままの粗末な紙だ。
裏側には不思議な模様が二つ描かれている。
スキアに手ほどきを受けながら今まで見たことのない折順で紙を折りたたむと、最後に二つの模様が繋がって一つになった。
不器用さが滲み出て、あまり折り目の綺麗でないその紙を、イシュカ自身は満足そうに掲げて見つめた。
「よくできました。じゃあその紙に唇を当てて……」
「く、くちびる!?」
スキアの説明に、途端にイシュカが先程とは原因の違う頬の赤みで大きな声を上げた。
「……たかが紙じゃないか。」
なんでもないことのように言うスキアに対し、何かに口付けるなど食事以外では経験のないイシュカは、戸惑いを隠しきれず目を泳がせた。
「……口付けは神聖なもの。精霊への感謝の印。魔法の発動には欠かせないものだよ。」
決して恥ずかしいことではないとその訳を教えられ、イシュカの中でその行為は、一気にその神聖なものへと変わった。
「精霊への……感謝の印。」
理由に納得したイシュカは両手で紙を持ち、そっと唇をつけた。
「じゃあそれ、放り投げて。」
「……えい!」
感謝の印を捧げたばかりのものを、間髪入れずに今度は投げろと言われ多少の戸惑いを覚えたが、イシュカは言われるがまま、勢いのいい掛け声とともに紙を放り投げた。
が、思い切り投げた紙はその勢いのまま、斜め向かいに居たアルフの顔面にびたんと張り付いた。
「ぶ!」
「ごめんなさい!!」
投げたイシュカ自身が一番驚いて慌てふためき謝罪する。
ぺらぺらの紙でもわずかな痛みを感じるくらいの勢いで顔に張り付いてきたそれを、渋面のアルフは無言で払い除けた。
一連のことを見ていたスキアは、ツボに入ったという様相で、声も出せないままに腹を抱えて笑っている。
そんな三人の足元で、先ほどイシュカの投げた紙がよれよれと震え、力なく二つ折りになっては伸び、また二つ折りになっては伸び、芋虫のように地面を這う。
その姿を見たスキアは、もはや椅子に座っていることも難しいと言わんばかりに、テーブルに突っ伏してぷるぷる震えだした。
それから数分かけてようやく、よれよれの紙はスキアの足元へと辿り着いた。
スキアは笑いすぎたせいですっかり涙目になった顔のまま、その紙を拾い上げた。
「……はぁ、はぁ、苦しい……っ最高……んぶふっ…!」
乱れた呼吸に堪えきれなかった笑いを漏らしつつ、深呼吸を繰り返すスキアがようやく落ち着く頃には、アルフの渋面はもはや唸り声でも聞こえてきそうなほどになっていた。
「あ、やだアルフ。そんなに怒んないでよ。だってあんな……っぶふぅ!」
再び笑いが止まらなくなったスキアを放って、渋面のアルフはテーブルから紙を取り手際よく折りたたむ。
獣人らしいその大きな手が、慣れた手つきで細かな作業をこなしていく様子に、イシュカは目を奪われた。
ものの数秒で折り上がった紙に口付けて、アルフは思い切りそれを放り投げた。
紙は目にも留まらぬ速さでイシュカの横を抜け、玄関前でUターンすると、テーブルで笑い転げるスキアの頭に突き刺さった。
「い……ったいなあ!!」
瞬時に笑うのをやめ、不機嫌な顔でスキアはアルフを見た。
アルフはその表情に臆することなく、髪留めのようにスキアの頭に刺さっている紙を引き抜くと、先ほどイシュカが投げた紙と並べてテーブルに置いた。
「……違いがわかるか?」
アルフの問いかけに、イシュカはまじまじとテーブルの二枚の紙を見比べる。
イシュカの方が、折り目が弱かったりずれていたりして、全体的にみすぼらしい。
「……よれよれです。」
「そうだな。だが、それだけがうまく飛ばなかった原因じゃない。一番の原因は……。」
「一番の原因は、魔力の差だよ。」
ようやく復活したスキアが、アルフの言葉尻を奪って告げた。
それを噛みしめるようにイシュカが繰り返す。
「魔力の差……。」
「そう。それが、魔法使いになるのに必要な条件の一つ。」
再びイシュカの視線がテーブルの二枚の紙に落ちる。
風のような速さで飛んで行ったアルフの紙と、芋虫のように地面を這っていた己の紙。
魔力の差と言われてみれば確かに得心がいった。
「なるほど……。わたしには魔力があまりないと言うことですね。」
「うん。正直、全然と言っていいくらいないね。」
スキアは無遠慮にズバリと言って、紅茶を啜った。
イシュカはまだ諦めないと強い眼差しでスキアを見た。
「なら、ちゃんと修行します! 魔力が高められるように!」
やる気を感じさせるイシュカの表情は申し分ないのだが、今度ばかりは少し言いづらそうにスキアは表情を曇らせた。
「そうだねぇ……。酷なようだけど、イシュカは成長しないと思う。育てる魔力の源がなさすぎる。それはつまり、イシュカには精霊がついていないってこと。」
スキアの言うことがどれほど決定的なことなのか、イシュカには分からなかった。
その様子に追い打ちをかけるように、スキアはきっぱりと言い切った。
「精霊がついていないってことは、魔法が使えないってことだよ。」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!
ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。
巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。 〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜
トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!?
婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。
気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。
美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。
けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。
食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉!
「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」
港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。
気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。
――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談)
*AIと一緒に書いています*
主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから
渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。
朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。
「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」
「いや、理不尽!」
初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。
「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」
※※※
専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?
たまご
ファンタジー
アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。
最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。
だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。
女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。
猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!!
「私はスローライフ希望なんですけど……」
この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。
表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる