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ラキティス
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「あれは人にも魔物にも興味がない。だが周囲を犯されると事の他立腹する。何度も訪れればあいつの周りにいるモノどももお前を気になり出してくるだろう。そろそろ殺されるぞ?」
おそらくそんなことは起きないだろう。ラキティスに近付いて分かったが、この女は何かしら力があるか、魔物を惹きつけるようだ。凶暴な種に会えば逆に喰い殺されそうだが、そうでない種であれば纏わりつくだろう。
魔物を連れているわけである。本人もそのせいか魔物に恐れがない。
自分の力が分かっているのかどうか、ラキティスはほんわりと笑い、長いまつ毛を頬に落とすとこちらを真っ直ぐに見つめた。
「ですが私たちにも生活があります。お邪魔かもしれませんが、何度もお願いするだけです」
まだしつこくセルフィーユに願いに行くのだと、ラキティスは静かに言った。
「…あれは戦い疲れて、ここで休んでいる。周りに騒がれたくないだろう」
「戦いですか?」
「お前も知っているだろう。中央では戦いがあった」
魔物との頂上争いに巻き込まれて相手をしていたが、途中から人間と人間がセルフィーユを取り合った。その戦火は多くを巻き込んだだろう。
「セルフィーユはその中心にいた魔物の王だ」
これを言えばさすがに諦めるだろう。そう思ったのに、ラキティスはのんびりと、「まあ、そうなんですか?」と問い返してきた。
「私たちは人同士の戦いを逃れてやってきました。少ない人数ですが安全な地を求めてここに辿り着いたのです。ですから、災害などで命を落としてなどいられない。やっと、生きられる場所を見つけたのですから」
「あいつは療養しているだけだ。いつか中央へ戻ってくる。魔物は戦いを好む。力を溜めた奴らが集まり、また戦いになるだろう。今、あいつは疲れて休んでいるだけ。骨を休めているのに、人間が邪魔をするな」
「私たちも同じ。安らぎが欲しいだけなのです」
瞳の中に宿る強い意志。そのくせとぼけた雰囲気を持つ、アンバランスな女。
「なら、それを邪魔してやろう」
面白い女。恐れを抱かぬ愚か者。だから、他に取られるならば、自分のものにしようと思った。
「いたっ」
首元から流れた血が、鎖骨に流れる。噛み付いた牙にそれがついたが、気にせずぺろりと鎖骨を舐めると、ラキティスが目を白黒させた。
「な、んですか?首、痛いんですが」
何を当たり前のことを言っているのか。噛み付いたのだから痛いに決まっている。口の中に滲む血の味は濃厚で、好みの味だった。ぺろりと唇を舐めてその味をもう一度味わう。
「血は美味しくないと思います」
首を噛みつかれてその感想か。ラキティスは頬を紅潮させた。それが痛みに対してなのか首を舐められたからなのか、いまいち良く分からない。
「いい味だな。魔物は人を喰らう種が多い。お前は、喰らったらどんな味がする?」
「さあ、食べたことありませんので」
鈍い返答に力が抜ける。脅しているつもりなのだが、ラキティスは全く意に介していない。
「変なやつ。だが、血の匂いで魔物が集まってきた。大人しくていても所詮は血を好む種だ。どうする?セルフィーユに頼む前にお前が喰われてしまうかもな」
ラキティスが連れていた魔物とは違う、別の種類の魔物が近寄ってくる。しかし、俺がいるためそこまでではない。一定の距離を空け、足を止めてこちらを視界に入れて動かない。
恐れるならば助けてやっても良い。そして屋敷に戻ってその身体を喰らおう。
そう思っていたのに。
「帰りますね」
ラキティスは噛まれた首元を服で隠すと、するりと踵を返して村への道を進んでいってしまった。その後を、血を好む魔物が付いていくと分かっているだろうに。
「ち、何だよ。あの女」
魔物はラキティスの跡を追うが、その背に噛み付くわけでもない。やはり大人しすぎるのか、ラキティスを喰らおうとはしなかった。
おかしな女。魔物を恐れない珍しい人間。魔王の下でも怖気付くことがない。
気になって当然だった。
ラキティスは村で一人住んでいた。人間なら家族がいると思ったがそれはなく、小さな小屋で一人。村人たちは堤を作る許可のために城へ行こうとするラキティスに、また城へ行ったのかと呆れるような声を掛けていた。
「また駄目でした」
「あんな城に住んでいる方なのだから、そう簡単に赦しなど得ないだろうに」
「ラキティス。魔物がいるのだから、遠くまでは行ってはいけないよ。村にいないと」
「魔物は近寄ってこなかったですよ。お城にいる人だから偉い人ですし、許可を得られればすぐに作りましょうね。次の大雨が降る前に!」
村人は許可など出ないと思っているのだろうが、ラキティスは負けずにまた行くのだと力を込めて言った。村人たちは心配げに、魔物が来る方が恐ろしいよ。と呟いている。
ごくたまに起きる災害より、目の前の魔物の方が恐ろしいのだろう。それが普通の反応だ。
それなのに、ラキティスは堪えることなくセルフィーユの下へ通うのだ。
「帰りなさい」
たった一言。セルフィーユはラキティスを同じ場所へ飛ばす。めげないラキティスは同じことを繰り返す。
俺が現れても、ただ普通に挨拶をしてくるだけ。それが何故かひどく苛ついた。
その苛つきの中、とうとうセルフィーユが下りた。
「好きに行えばいいでしょう。人間など、勝手に住んで勝手に荒らす」
「…こちらには、迷惑を掛けないようにします。失礼します」
飛ばされることなく扉を潜り城を出たラキティスが、弾けるような笑顔で走り去った。
その報告に顔色を濁したのは村人たちだ。
「作業するには魔物に襲われないようにしないといけないからなあ」
「私も一緒に行きますから!」
「堤を作り終えるまで、ずっとそこにいる気か?」
「しかしなあ」
何だ。堤を作るよりも村を出る方が危険と感じているんじゃないか。ラキティスが馬鹿みたいにセルフィーユの下に通った意味がない。
ラキティスは堤があれば畑に水も入らず生活が豊かになることを説き、村人たちを説得する。
それでやっと村人たちの賛成を得て、堤を作る準備が始まった。
「おい。何でそこまでして堤を作りたいんだ?」
「マルヴィラさん。こんにちは」
羽を隠し人の姿をして現れれば、噛み付かれたことも忘れたのか、そんな返答だ。それも慣れた。
村人たちはどこの人間が現れたのかと戦々恐々としたが、ラキティスの緩んだ笑顔に大丈夫なのかと訝しげにしながら、害のない人間だと認識する。
この村を建てる際、大雨と雪解け水で村の畑が流された。初めてできた作物が流れ、そのせいで子供たちが死んだという。
その中に、面倒を見ていたラキティスと同じく親のいない子供が含まれていた。
栄養不足で死亡した子供たちのためにも豊かな土地を作りたいのだと、屈託なく笑って言う。
清い魂。だからなのか。魔物たちの中でも凶暴なものは寄り付かない。眩しさに眩みそうな生命体ならば魔物は近付けない。しかし、凶暴でないものはラキティスを慕った。
おかしな存在。だからこそ興味深い。
「…あとは魔物が出ないように、私がいつもいれば。きっと」
その呟きは、その時の俺には、確かな意味が分からなかった。
「やっぱり魔物がいるよ。この道を行き来することは難しい」
堤を作りに森に入れば、別の問題が浮き上がる。
魔物が現れれば工事も難しくなる。木々を切り倒し土を盛り、大きな音をたてれば魔物も寄ってくる。魔物を倒す兵士も同行していたが、開けた地と違って森の中の方が魔物は多い。
火を持って魔物を遠ざけ、魔物嫌いな香を焚き退けようとしても、数の多さに腰が引ける人間ばかりなのだ。
「諦めるしかない」
「せっかく始めたのに。これで水害が起きたら」
「でもどうすれば」
弱き人間たちは尻込みして村へと戻る。ラキティスがいれば魔物に襲われないと認めているため、自分が同行しているから大丈夫だと言っても、村人たちは聞かない。
行えるのに行わない。やきもきしていても村人たちは怖気付いてばかり。進まない堤の計画に、ラキティスが一人で工事を始めるほどだった。
「無駄じゃないか?一人で何ができる?」
石を運び川の流れのできる場所に置く作業を、ラキティス一人が行っている様など、無駄としか言いようがない。
木の上でその様子を眺めていたが、いい加減無駄すぎてこちらがイライラしてきた。
声を掛けると汗を拭きながらラキティスは笑顔でこちらに向くのだ。
「だって少しずつでも行えば、それでも進むでしょう。やらないだけが無駄なことだもの。やれば進むのよ」
そう笑って言ってくるが、どう見ても進みようがない。堤を作るたびに支流ができて流されるだろう。それでもいいのかどうか。それでも少しずつ進めばいいと思っているのか。とにかく無駄に前向きで、眩しいほど今を生きていた。
これが欲しいと、思わないわけがないだろう。
「俺が何とかしてやろうか。魔物を寄せ付けないようにしてやる」
「そんなことできるんですか!?」
ラキティスは飛びつくように弾けた笑顔を向ける。ようは魔物が出なければいい。恐れしかない惰弱な生き物は、敵がいなければ自由に動く。
その提案にラキティスは喜んで食いついた。だが、タダでやるとは言っていない。
「ただし、お前の身体をよこせ。汚れなき魂。俺はそれが喰いたい」
さあ、どうする。自分を犠牲にしてまで、作業を行いたいか?そうでなければさっさと戻ればいい。こんな作業は一人では無駄にしかならない。顔も手も汚れにまみれて、目も当てられない。
「分かりました。けど、先に魔物を追い払ってください」
ラキティスは俺を真っ直ぐに見据えた。強い意志の瞳。人の魂とは思えないほど、美しい煌めき。
了承するのか。首に噛みついた程度で痛みを感じる弱き種族が、喰われることを承知する。
人の肉を喰らうなど力のなき遠い昔でしかない。女を喰らったこともあるが、それは別の意味でだ。
ラキティスは今まで喰らったものよりもずっと美味かろう。それを考えれば、自分より弱い魔物を追い出すことなど雑作もない。
「あいつらが通る道と、作業する場所。これでいいだろう?」
魔物が通れない結界はラキティスに見えるのか。そう思ったが、ラキティスは目を瞬かせてその道を惚けるように見上げた。普通の人間ではないとは思っていたが、いくらか魔力があるらしい。
「ありがとうございます」
満面の笑みを見せられて、すぐ様自分の屋敷に連れ去った。
おそらくそんなことは起きないだろう。ラキティスに近付いて分かったが、この女は何かしら力があるか、魔物を惹きつけるようだ。凶暴な種に会えば逆に喰い殺されそうだが、そうでない種であれば纏わりつくだろう。
魔物を連れているわけである。本人もそのせいか魔物に恐れがない。
自分の力が分かっているのかどうか、ラキティスはほんわりと笑い、長いまつ毛を頬に落とすとこちらを真っ直ぐに見つめた。
「ですが私たちにも生活があります。お邪魔かもしれませんが、何度もお願いするだけです」
まだしつこくセルフィーユに願いに行くのだと、ラキティスは静かに言った。
「…あれは戦い疲れて、ここで休んでいる。周りに騒がれたくないだろう」
「戦いですか?」
「お前も知っているだろう。中央では戦いがあった」
魔物との頂上争いに巻き込まれて相手をしていたが、途中から人間と人間がセルフィーユを取り合った。その戦火は多くを巻き込んだだろう。
「セルフィーユはその中心にいた魔物の王だ」
これを言えばさすがに諦めるだろう。そう思ったのに、ラキティスはのんびりと、「まあ、そうなんですか?」と問い返してきた。
「私たちは人同士の戦いを逃れてやってきました。少ない人数ですが安全な地を求めてここに辿り着いたのです。ですから、災害などで命を落としてなどいられない。やっと、生きられる場所を見つけたのですから」
「あいつは療養しているだけだ。いつか中央へ戻ってくる。魔物は戦いを好む。力を溜めた奴らが集まり、また戦いになるだろう。今、あいつは疲れて休んでいるだけ。骨を休めているのに、人間が邪魔をするな」
「私たちも同じ。安らぎが欲しいだけなのです」
瞳の中に宿る強い意志。そのくせとぼけた雰囲気を持つ、アンバランスな女。
「なら、それを邪魔してやろう」
面白い女。恐れを抱かぬ愚か者。だから、他に取られるならば、自分のものにしようと思った。
「いたっ」
首元から流れた血が、鎖骨に流れる。噛み付いた牙にそれがついたが、気にせずぺろりと鎖骨を舐めると、ラキティスが目を白黒させた。
「な、んですか?首、痛いんですが」
何を当たり前のことを言っているのか。噛み付いたのだから痛いに決まっている。口の中に滲む血の味は濃厚で、好みの味だった。ぺろりと唇を舐めてその味をもう一度味わう。
「血は美味しくないと思います」
首を噛みつかれてその感想か。ラキティスは頬を紅潮させた。それが痛みに対してなのか首を舐められたからなのか、いまいち良く分からない。
「いい味だな。魔物は人を喰らう種が多い。お前は、喰らったらどんな味がする?」
「さあ、食べたことありませんので」
鈍い返答に力が抜ける。脅しているつもりなのだが、ラキティスは全く意に介していない。
「変なやつ。だが、血の匂いで魔物が集まってきた。大人しくていても所詮は血を好む種だ。どうする?セルフィーユに頼む前にお前が喰われてしまうかもな」
ラキティスが連れていた魔物とは違う、別の種類の魔物が近寄ってくる。しかし、俺がいるためそこまでではない。一定の距離を空け、足を止めてこちらを視界に入れて動かない。
恐れるならば助けてやっても良い。そして屋敷に戻ってその身体を喰らおう。
そう思っていたのに。
「帰りますね」
ラキティスは噛まれた首元を服で隠すと、するりと踵を返して村への道を進んでいってしまった。その後を、血を好む魔物が付いていくと分かっているだろうに。
「ち、何だよ。あの女」
魔物はラキティスの跡を追うが、その背に噛み付くわけでもない。やはり大人しすぎるのか、ラキティスを喰らおうとはしなかった。
おかしな女。魔物を恐れない珍しい人間。魔王の下でも怖気付くことがない。
気になって当然だった。
ラキティスは村で一人住んでいた。人間なら家族がいると思ったがそれはなく、小さな小屋で一人。村人たちは堤を作る許可のために城へ行こうとするラキティスに、また城へ行ったのかと呆れるような声を掛けていた。
「また駄目でした」
「あんな城に住んでいる方なのだから、そう簡単に赦しなど得ないだろうに」
「ラキティス。魔物がいるのだから、遠くまでは行ってはいけないよ。村にいないと」
「魔物は近寄ってこなかったですよ。お城にいる人だから偉い人ですし、許可を得られればすぐに作りましょうね。次の大雨が降る前に!」
村人は許可など出ないと思っているのだろうが、ラキティスは負けずにまた行くのだと力を込めて言った。村人たちは心配げに、魔物が来る方が恐ろしいよ。と呟いている。
ごくたまに起きる災害より、目の前の魔物の方が恐ろしいのだろう。それが普通の反応だ。
それなのに、ラキティスは堪えることなくセルフィーユの下へ通うのだ。
「帰りなさい」
たった一言。セルフィーユはラキティスを同じ場所へ飛ばす。めげないラキティスは同じことを繰り返す。
俺が現れても、ただ普通に挨拶をしてくるだけ。それが何故かひどく苛ついた。
その苛つきの中、とうとうセルフィーユが下りた。
「好きに行えばいいでしょう。人間など、勝手に住んで勝手に荒らす」
「…こちらには、迷惑を掛けないようにします。失礼します」
飛ばされることなく扉を潜り城を出たラキティスが、弾けるような笑顔で走り去った。
その報告に顔色を濁したのは村人たちだ。
「作業するには魔物に襲われないようにしないといけないからなあ」
「私も一緒に行きますから!」
「堤を作り終えるまで、ずっとそこにいる気か?」
「しかしなあ」
何だ。堤を作るよりも村を出る方が危険と感じているんじゃないか。ラキティスが馬鹿みたいにセルフィーユの下に通った意味がない。
ラキティスは堤があれば畑に水も入らず生活が豊かになることを説き、村人たちを説得する。
それでやっと村人たちの賛成を得て、堤を作る準備が始まった。
「おい。何でそこまでして堤を作りたいんだ?」
「マルヴィラさん。こんにちは」
羽を隠し人の姿をして現れれば、噛み付かれたことも忘れたのか、そんな返答だ。それも慣れた。
村人たちはどこの人間が現れたのかと戦々恐々としたが、ラキティスの緩んだ笑顔に大丈夫なのかと訝しげにしながら、害のない人間だと認識する。
この村を建てる際、大雨と雪解け水で村の畑が流された。初めてできた作物が流れ、そのせいで子供たちが死んだという。
その中に、面倒を見ていたラキティスと同じく親のいない子供が含まれていた。
栄養不足で死亡した子供たちのためにも豊かな土地を作りたいのだと、屈託なく笑って言う。
清い魂。だからなのか。魔物たちの中でも凶暴なものは寄り付かない。眩しさに眩みそうな生命体ならば魔物は近付けない。しかし、凶暴でないものはラキティスを慕った。
おかしな存在。だからこそ興味深い。
「…あとは魔物が出ないように、私がいつもいれば。きっと」
その呟きは、その時の俺には、確かな意味が分からなかった。
「やっぱり魔物がいるよ。この道を行き来することは難しい」
堤を作りに森に入れば、別の問題が浮き上がる。
魔物が現れれば工事も難しくなる。木々を切り倒し土を盛り、大きな音をたてれば魔物も寄ってくる。魔物を倒す兵士も同行していたが、開けた地と違って森の中の方が魔物は多い。
火を持って魔物を遠ざけ、魔物嫌いな香を焚き退けようとしても、数の多さに腰が引ける人間ばかりなのだ。
「諦めるしかない」
「せっかく始めたのに。これで水害が起きたら」
「でもどうすれば」
弱き人間たちは尻込みして村へと戻る。ラキティスがいれば魔物に襲われないと認めているため、自分が同行しているから大丈夫だと言っても、村人たちは聞かない。
行えるのに行わない。やきもきしていても村人たちは怖気付いてばかり。進まない堤の計画に、ラキティスが一人で工事を始めるほどだった。
「無駄じゃないか?一人で何ができる?」
石を運び川の流れのできる場所に置く作業を、ラキティス一人が行っている様など、無駄としか言いようがない。
木の上でその様子を眺めていたが、いい加減無駄すぎてこちらがイライラしてきた。
声を掛けると汗を拭きながらラキティスは笑顔でこちらに向くのだ。
「だって少しずつでも行えば、それでも進むでしょう。やらないだけが無駄なことだもの。やれば進むのよ」
そう笑って言ってくるが、どう見ても進みようがない。堤を作るたびに支流ができて流されるだろう。それでもいいのかどうか。それでも少しずつ進めばいいと思っているのか。とにかく無駄に前向きで、眩しいほど今を生きていた。
これが欲しいと、思わないわけがないだろう。
「俺が何とかしてやろうか。魔物を寄せ付けないようにしてやる」
「そんなことできるんですか!?」
ラキティスは飛びつくように弾けた笑顔を向ける。ようは魔物が出なければいい。恐れしかない惰弱な生き物は、敵がいなければ自由に動く。
その提案にラキティスは喜んで食いついた。だが、タダでやるとは言っていない。
「ただし、お前の身体をよこせ。汚れなき魂。俺はそれが喰いたい」
さあ、どうする。自分を犠牲にしてまで、作業を行いたいか?そうでなければさっさと戻ればいい。こんな作業は一人では無駄にしかならない。顔も手も汚れにまみれて、目も当てられない。
「分かりました。けど、先に魔物を追い払ってください」
ラキティスは俺を真っ直ぐに見据えた。強い意志の瞳。人の魂とは思えないほど、美しい煌めき。
了承するのか。首に噛みついた程度で痛みを感じる弱き種族が、喰われることを承知する。
人の肉を喰らうなど力のなき遠い昔でしかない。女を喰らったこともあるが、それは別の意味でだ。
ラキティスは今まで喰らったものよりもずっと美味かろう。それを考えれば、自分より弱い魔物を追い出すことなど雑作もない。
「あいつらが通る道と、作業する場所。これでいいだろう?」
魔物が通れない結界はラキティスに見えるのか。そう思ったが、ラキティスは目を瞬かせてその道を惚けるように見上げた。普通の人間ではないとは思っていたが、いくらか魔力があるらしい。
「ありがとうございます」
満面の笑みを見せられて、すぐ様自分の屋敷に連れ去った。
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