妖精のような美形魔王は、今日も溺愛してくれます。

嵩矢みこよ

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魅了

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「そろそろ帰りなさい。村人はあなたがここに留まることを嫌がるでしょう」
「いえ、そんなことは…。早く戻れば何も言われません」

 困ったようにしながら、けれど笑って口にする、その言葉を聞いて、ラキティスが村人にどう思われているのかを本人が理解していることに気付く。

「あなたが望めば…」
「え?」
「望めば、関わりを消して差し上げても構いません」
 何が言いたいのか、ラキティスは分かるだろう。一度驚愕して見せて、すぐにその顔を笑顔で隠す。

「私は、村に住んでいて幸せです」
「…そうですか」
 笑顔の裏に隠された顔を見ても、ラキティスは喜ばないのだろう。

 村人はラキティスの特異体質が良く分かっている。
 戦火を逃れ、人々との戦いから逃げられても、魔物が多くいれば簡単には山奥に入られない。魔物の多い場所を数人の兵士や村人だけで倒せるわけがないのだから。
 しかしそこにラキティスがいれば、殆どの魔物が襲いかかかるのを躊躇うだろう。ラキティスがいれば、村人たちは安全に逃げることができ、魔物に追われても喰われることはない。

 利用しようと思わずとも、逃げている間ではそうならざるを得ない。
 それでも今の場所に村を敷けば、安寧のためにラキティスを村に縛り付けるだろう。
 孤独で独り身のラキティスは、そこにいることで村人の一員となっている。
 強靭な者に依存する小物たちは村人たちであるのに、孤独でないと言わせることでラキティスの自由を奪う。

「あなたの決めたことに口を出す気はありませんが、自分の心は自由になさい」
 ラキティスは泣きそうな顔をしながらも、穏やかに微笑んで城を後にした。



「セルフィーユ様。ここから見る景色、素敵ですね」
 ラキティスを馬に乗せ城より少しだけ離れた丘に連れると、ラキティスは顔を綻ばせて喜んだ。
 村からあまり離れない場所。ラキティスはできるだけ村との距離をあけないように気遣っていたが、それについては口にしなかった。

 満面の笑顔で遠目まで見える景色に感嘆する。山の上に位置するため肌は冷える。少しだけ身体を震わせる所が弱々しい。自分のマントで包んでやると、頬を赤らめながら微笑んだ。
「とっても遠くまで見えます。ずっと先は平野なんですね。紫の花畑がとても綺麗」
 群生した紫の花の大地が遠くに見える。昔その辺りに人が住んでいたのかもしれないが、今では無人だ。植えられた花が勝手に増えて咲いているのだろう。

 あれから時折、ラキティスを外に連れ出すようになった。
 村人との関係を口出すことはしないが、彼女の世界が狭いことに口を出したくなる。それが外に出す程度のことしかできないのだから、自分でも笑ってしまうが。
 ラキティスはそれでも喜びを表し、何度となくこちらを見上げて笑顔を向けた。
 本の一時の戯れ。連れ回すほどの時間もない。あとは村の近くまで送って村へ戻る背を見送るだけ。

「堤も進んできたんですよ。今年ぎりぎり間に合いそうです」
「そうですか。それは良かったですね」
「はい!みんなで頑張ってやってますから」
 堤を作る人材が常に行なっているわけではない。彼らには畑を耕したりする時間が必要だからだ。それが進みを遅らせている理由だけれども、小さな村では仕事を分配することが難しい。
 そのせいとは言わないが、堤にある結界が薄れはじめていた。

「マルヴィラがまた現れるまでに、あの結界は崩れるかもしれませんよ」
「え…。それじゃあ、魔物が、近寄ってきてしまいますか?」
「結界が薄れて壊れれば、そうなるでしょうね」
 マルヴィラが行なった力はそこまで長く続くようなものではない。約束を違えるつもりはないとしても、人間の造成がどの程度掛かるか、深く理解していないだろう。
 あれでも長く保てた結界だと考えている節がある。

「この痕が消える前には戻ってくると思いますがね」
 そろりと首元の傷に触れると、ラキティスがカッと顔を赤らめてその傷を手で隠した。
 マルヴィラに噛まれた傷痕。わざと付けられた魔力付き。自分のものだと誇示する印だ。長く薄れないようにはなっているが、そろそろ消える頃だろう。

「これは、その…」
「あなたには似合わぬ傷ですから、消してしまいましょう」
「え、あっ!」
 首に手を絡めて塞いでいた手を離して傷に口付けると、ラキティスは身体を縮こめた。珍しく怯えるような姿に意地悪をしたくなる。

 ぺろりと首筋を舐め、代わりに別の痕を印してやると、ラキティスが怯えるようにこちらを向いた。
「結界を掛け直しておいた方がいいでしょう。あの男は最近私も見掛けませんから。どうせどこぞで遊び歩いているのでしょうが」
「掛け直す…」
 言うとしゅんと肩を下ろした。首筋に口付けたことはすぐ忘れて、そちらに気落ちされるのも癪に触るのだが、彼女はそう言う女性だ。

「今から参りましょう」
「え、セルフィーユ様が行なってくれるんですか?」
「他にいますか?」
「で、でも…」
「大したことではありませんよ」

 馬を走らせながら、そのまま湖へと移動すると、ラキティスが子供のように目を瞬かせる。急な景色の変化に無邪気に驚きを見せた。
 そのまま堤の工事現場へと結界を掛けると、わっと魔物たちが退くのが目に見えた。
「あ、小鳥さんたちが…」
「結界に驚いただけです」
 あれを小鳥と呼ぶのもどうかと思うが、ラキティスは一斉に逃げ惑った魔物たちの背を、申し訳なさそうに眺める。

「さ、もう帰りなさい。村はこのすぐ先です」
 再び移動した森の中でラキティスを下ろすと、ラキティスはただ破顔して深々と頭を下げながら礼を言い、村へと戻った。
 純粋で自己犠牲が得意な娘。村人の寄生がいつまで続くのか。それを甘んじて受けて、それで幸せなのか。
 それはともかく、結界の緩みに気付かず、あの男は何をしているのか。ため息混じりで城へ戻る。

「私が、口を挟む問題ではないですが…。あの馬鹿には説教が必要ですね」
 あの馬鹿の気配を探れば、遠い地の、一つの一族が治める街に、その姿があった。
 目に見えるのは、街へと現れる魔物を倒しては女を胸に抱いて、遊びに惚けている男だ。

「帰ってこないわけですね。こんな所で遊んでばかりで」
 ラキティスを気に入っていたわりに、すぐ別のものに気を取られたようだ。この城付近で戦いに興じるわけにはいかず、遠く離れた土地で好き勝手やっているのである。
 暴れる心を逸らせて、遠い場所でそれを発散しているのだ。
 それを咎める気などないが、ラキティスは結界が当然に存続すると思っている。それが行われず村人が魔物に襲われれば、咎められるのはラキティスだ。
 それを考えると、どうにも苛立たしさを感じる。

 手を出すつもりはなかったが、今は仕方がない。
 そう考えて、結界は強めておいた。当分の間あの場所に魔物が現れることはなく、そしてあの場所から魔物は離れることになる。堤の工事現場を重点的に、強力な結界を。
 さすれば魔物はどこに行くだろうか。

 部屋から見える山の頂上はうっすらと雪が積もっていた。そろそろこの辺りも冬になり、本格的に寒くなるだろう。その頃にあの堤はできているだろうか。
 春先までに作り終えなければ、再び水が村を襲うかもしれない。



「湖に行く途中の道でも、全く魔物を見なくなったって、村の人たちが喜んでいました。前まで近くをうろついていることが多かったみたいで。安心して行き来できるって。セルフィーユ様、ありがとうございます」
 今日は菓子だとラキティスが布の包みを開く。
 今年は麦が多く採れたようだが、この間隔で結構な量の菓子やパンを作っている。あまり使いすぎては一年を越せないだろうに。

「気持ちだけで十分ですよ。あなたの食料は自分で使いなさい」
 既に多くを魔物たちに取られている。更にセルフィーユ用に残らせているのを考えれば、結構な量だ。
 ラキティスは苦笑いをしたが、お礼がないので…。と小さな声で呟いた。

「…そうでしたら、この城の厨房で作ってください。材料ならありますから」
「いいんですか!?」
 俯いていた顔をパッと上げて、ラキティスは顔をほころばす。何かしらの礼をしなければならないと言う思い込みは、くせなのかもしれない。
 そこに付けいるつもりはないが…。

「構いませんよ。お好きにどうぞ」
「ありがとうございます!」
 礼を言うのはこちらだろうに。ラキティスは自己犠牲が過ぎる。村人だけでなく、今までそんな共同社会で存在意義を得ていたのだろう。何かをしなければ、赦されないような、そんな場所で生きなければならなかった。
 魔物に好かれるたちでは、そうならざるを得なかったのだろうが。

 ラキティスは喜んで厨房に留まると、菓子やパンだけでなく別の料理も作り始めた。それが魔物たちをもっと引き寄せたのだが、彼女にとってはそれが魔物である認識がない。
 いや、認識があっても、そこを区別する感覚がなかった。
 村人たちは忌避することだが、彼らの目はここにはなく、ラキティスにとって存分に憩えるのだろう。
 だからか、城に訪れる回数は前より当然に増すことになる。

「これも、美味しいですね。ラキティスは料理が上手だ」
「お口にあって良かった」
 前に比べて作る量も増えたが、ラキティスには重荷ではないと、嬉しそうに笑って料理を作る。別の部屋では魔物が列をなしてラキティスの料理を待つ。
 餌付けは上手くいっているわけだ。小物たちからどんどんと魔物たる覇気が失われているのに、全く懲りるところがない。

「あのまま喰い続ければ、やはり浄化されるか?それとも、魔ではない何かに生まれ変わるのか…」
 そこはとても興味深いところだ。魔を退けるのではなく魔を退治するでもなく、ただ神聖なるものへと羽化する手伝いをしているならば、何とも言えぬ力を感じる。

 やはり神の罠だな…。
 ここに来たのもその運命かどうか。

「きゃっ」
 ぱりーんとグラスが割れる音がした。ラキティスは急いで謝りながら破片を拾い始める。
「怪我をしますよ」
 言わんことではない。ラキティスは指を小さく切って、痛みに小さな声を上げた。小さな赤い雫が指に流れると、魔物たちがこぞって扉の前に集まってきた。
 その気配を自らのそれで追い払う。

「ここで血を流すと、他のものたちが寄ってきます」
「すみません…」
「怒っているわけではなく、あなたが不用心すぎて心配になるだけです。ほら、かしてごらんなさい」
 ぺろりと舐めた先、ラキティスはびくりと肩を揺らしたが、なくなった傷にすぐに気付いて目を瞬かせる。
 舐める必要などないけれど、何かをしたくなると思う分には、罠に掛かっているのは周りだけではないのかもしれない。

 驚きに向けてきた視線を逸らさず無垢な瞳を見つめると、吐息が分かるほど近付いてみせた。
 合わさった唇は微かに乾き、ラキティスの緊張を感じた。
 だからと言って、止める気などは起きないが。

 何度も唇を重ねれば緊張などときほぐせる。唇を食んでそれを舐めれば、受け入れられた口内に入り込み、ラキティスの熱い舌を絡めて、深く口付ける。

 甘い香り。魔物を惹きつける毒の入った果実。それを喰らえば、自分に何か起きるだろうか。
 そうなれば、ただ自分はこの清い魂に消えない痕を付けるだけだった。
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