荷物持ちを追放したら、酷い目にあった件について。

しばたろう

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10湯煙小憩(ゆけむり しょうけい)

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 昼過ぎ、長い山道を歩いた俺たちは、霧湯きりゆの村へとたどり着いた。
 山に囲まれた小さな温泉郷で、
 白い湯けむりが家々の隙間からゆらゆら立ちのぼっている。

 村の中心部には、規模は小さいが一応ギルドがある。
 いつものように大イノシシを売ったあと、俺たちはギルドに向かった。

 この村のギルドは木造の平屋だ。
 入口の横には畑で採れた野菜や果実酒、
 湯の花を使った土産物が所狭しと並んでいる。
 庭には、なぜか足湯まであった。……なにこの癒し空間。

 さっそく受付で僧侶エリオットの消息を尋ねてみたが
 ――ここでも情報は得られなかった。

 外に出ると、アヤメがぱっと顔を明るくして足湯を指さす。

「アレクス様、入ってもいいですか?」

「……まあ、せっかくだしな」

 三人で靴を脱ぎ、足湯へ足を沈める。
 温泉の熱がじんわりと足先から体の芯へ広がっていく。

 売店で買った名物・温泉まんじゅうを一口食べると、甘さが疲れた体にしみた。

「どうしたものか……」

 俺がつぶやくと、

「今少し、聞き込みをするか……ふぅ……」

 オルフィナは気持ちよさそうに目を閉じていた。

「もぐもぐもぐ」

 アヤメは、まんじゅうと真剣勝負中である。
 もはや聞く耳は持っていなかった。



 ひと息ついて、改めて村の中を回って聞き込みをした――が、成果はなかった。

 仕方なく、その夜は温泉宿に泊まることにした。

 霧湯の村には小さいながらも温泉宿がいくつもあり、どこも風情がある。
 俺たちは川沿いに建つ宿を選び、カウンターで手続きを済ませた。

 宿の女将が丁寧に説明を始める。

「こちらの村では、
 温泉のあとに“浴衣ゆかた”という衣装を着ていただくのが通例でして。
 大変着心地が良く、湯上がりに最適なのです」

「ほう……“ゆかた”というのか?」

 聞き慣れない単語に、俺は思わず首をかしげる。
 どうやら、この村独自の“湯上がり用の衣装”らしい。

「さて、温泉は露天風呂になっております。
 あちらが男湯、こちらが女湯。
 それから、カップルのお客様向けに“個室風呂”も――」

「カップル用個室風呂!?」

 思わず二人の方を見る。

 同時に、冷たい視線が突き刺さった。

「アレクス、その表情、キモいぞ」
「はい。アレクス様、キモいです」

「まだ、なにも言ってないだろ!?」

 ひどい。心外すぎる。



 夜。
 俺は露天風呂にひとり浸かり、月を見上げていた。

 白い湯けむりが夜気に溶け、湯面には月がゆらゆら揺れている。
 隣の女湯からは、オルフィナとアヤメの楽しげな声が聞こえた。

(……ついこの間、グリフォンに追われて死にかけたんだよな、俺)

 こうして温泉でのんびりしている自分が、少し信じられなかった。

 湯から上がり、宿の廊下で浴衣に袖を通す。
 薄手なのにしっかり暖かく、肌触りも柔らかい。

「おお……これは、いいな」

 感心しながら歩いていると、
 向こうから二人がスリッパを引っ掛けながら近づいてくる。

「アレクス、どうだ? 似合うか?」

 オルフィナが浴衣の裾を軽くつまんでくるりと回った。
 落ち着いた柄が妙に似合っていて、大人の色気が増している。

 アヤメは袖を大事そうに押さえ、こちらを見上げている。
 いつもの実戦服とはまるで違う、年相応のかわいらしさが際立っていた。

 一瞬、言葉が出なかった。

「……ああ。二人とも、とても似合ってる」

 二人は顔を見合わせ、どこか満足そうに微笑む。

(……まあ、こういうのも悪くないな)

 そんなことを思いながら、俺は湯上がりの夜風を胸いっぱいに吸い込んだ。



 夕食を思う存分楽しんだあと、部屋へ戻ろうとしたところで――
 宿の女将がにこやかに声をかけてきた。

「食後に、“温泉卓球”などいかがでしょう?
 小さな球を打ち合う、当館自慢の娯楽でございます」

「温泉卓球……?」

 聞いたことのない遊び。
 だが、湯上がり特有の妙な高揚感もあって、興味がそそられる。

「おもしろそうだな」

 俺たちは、温泉卓球なる謎の娯楽を試してみることにした。

 案内された広間には、腰ほどの高さの長い台が置かれ、
 真ん中には細い網が張ってあった。

「こちらが卓球台でございます。
 球を打ち返し、相手の台に入れば得点となります」

 若い女中が丁寧に説明しながら、実演してみせる。

「ではまず、ラケットの持ち方から――」

 女中は慣れた手つきで、ひょいと球を打ち返した。
 軽く手首を返しただけなのに、球は台の上を滑らかに跳ねていく。

(な、なんだこの滑らかさ……)

「はい、皆さまもどうぞ」

 ラケットを渡され、俺たちは“とりあえずそれっぽく”構えてみた。

 ……が。

 実際に打ってみると、思っていたより遥かに難しい。
 球はあらぬ方向へ飛んでいき、まともに返球すらできない。

 俺たちは台の周囲を走り回りながら球を拾い、
 まるで新しい訓練を受けているようだった。

 だが――不思議と楽しい。



 しばらく三人で練習していると、オルフィナが息を整えながら口を開いた。

「……よし。そろそろ勝負をしようではないか」

「勝負?」
 アヤメが顔を上げる。

「明日の朝飯を賭けて勝負だ。
 勝った者には、好きな料理を好きなだけ注文してよいということでどうだ?」

「受けて立ちましょう、オルフィナ様!」

 アヤメの瞳がキラキラと輝く。

 こうして――
 温泉宿の一室で謎の闘志を燃やした三人による、
 “霧湯卓球戦争”が始まった。

◆1回戦 魔法使いオルフィナ vs レンジャーアヤメ

 広間に、妙な緊張が走る。

「いくぞ、アヤメ! 星霜を裂く、千古の一閃――!」

 オルフィナの豪快なサーブが台に当たった、その瞬間。

 ピシッ。

 アヤメの目が鋭く光った。

「今です!」

 スパァン。

 アヤメのラケットがしなり、球を斜めに切り返す。
 打球は驚くほど滑らかな弧を描き――

 コトンッ。

 オルフィナのコートへ静かに落ちた。

「……え?」

 オルフィナと俺は、同時に声を漏らした。

「なるほど、コツがつかめてきました」

 獲物の動きを読む時と同じ、あの目だ。
 やはりこの娘、只者ではない。



 二球目。

「はっ!!
 我が魔導、いまこそ汝へ――紅蓮弾ぐれんだん!!」

 勢いよくサーブが着弾する――が。

 パシッ。

 アヤメは冷静に打ち返し、球はオルフィナの台の端をかすめて綺麗に落ちた。

 オルフィナは震える指で球を拾い上げる。

「ば、馬鹿な……私の紅蓮弾が、こんな簡単に……?」

 その後もアヤメに押し切られ、オルフィナはストレート負けを喫した。

「試合終了――勝者、アヤメ!」

「やった……勝てました!」

 アヤメが嬉しそうに拳を握る。

 一方、オルフィナは――

「……ま、負けた……魔導の申し子たる私が……卓球で……」

 中二心が粉砕され、しばらく動かなかった。

◆2回戦 戦士アレクス vs レンジャーアヤメ

「こんなに早く師弟対決が実現するとはな」

「はい。アレクス様、胸をお借りします!」

 アヤメは元気よく構える。
 その目は真剣そのもの――狩りの時と同じ集中の眼だ。
 完全にスイッチが入っている。



 第一球。

 俺は慎重にサーブを打つ。

 ポンッ。

 無難に台へ収まった――はずだった。

「……ふっ」

 スパァン。

 アヤメがまるで矢のような速度で打ち返す。

「うおっ!?」

 俺は慌ててラケットを出すが、球は台の端へコトリと落ちた。

「ポイント、アヤメ!」

 審判役に回ったオルフィナの声が響く。



 第二球。アヤメのサーブだ。

「いきます!」

 トンッ。

 軽い音とともに球が跳ねた瞬間――手首がわずかに返る。

(変化球!?)

 球は予想外の方向へ曲がり、俺のラケットは空を切った。

 パシッ……コロコロ……

「ポイント、アヤメ!」



 その後もアヤメの勢いは止まらなかった。

 俺が出す球は、まるで狩られる獲物。
 アヤメの返球は常に鋭く、正確で、きれいに台へ沈む。

 笑顔で返してくる姿は可愛いが――
 球はまったく可愛くなかった。

「……試合終了! 勝者、アヤメ!」

「はぁ……完敗だ……」

 俺はラケットを下げて項垂れる。

 アヤメは嬉しそうに駆け寄ってきた。

「アレクス様! すごく楽しかったです!」

 その背後で、オルフィナがぽつりと呟く。

「……アレクス……魔導の力でも……卓球はどうにもならなかった……」

 背中から漂う哀愁がひどかった。

 夜の温泉街には、湯けむりが静かに流れていく。

 こうして――
 霧湯卓球戦争は、アヤメの二連勝で幕を閉じた。
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