荷物持ちを追放したら、酷い目にあった件について。

しばたろう

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31海風新途(うみかぜしんと)

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 港町オルビア――。
 その名のとおり、青い海と白い帆船に囲まれた、陽光まぶしい港の街だ。
 潮の香りが鼻をくすぐり、遠くでは魚市場の威勢のいい掛け声が響いている。

「うわぁ……海だぁ!」
 アヤメが子どものような声をあげた。
「すごい……本当に、あの水平線の向こうまで広がってるんですね!」

 その横顔は、これまで見せたどんな表情より明るかった。
 山育ちのアヤメにとって、この広大な海の景色は衝撃なのだろう。

 オルフィナも、ゆっくりと海風を吸い込んでいた。
 その視線の奥には、懐かしさにも似た陰が宿っている。
 エリオットも少し目を細め、静かに港を見つめていた。

 ――リオと最後に分かれた街。
 ようやくスタートに立った。そんな思いが胸の奥に灯る。

 別れ際、荷馬車の商人の親父は、
「本当に助かりました。皆さまのおかげで生きて帰れます」
 と繰り返し礼を述べ、深々と頭を下げてから去っていった。

 その背中を見送り、俺たちは、まず中央区にあるギルドへ向かった。

◇ ◇ ◇

 オルビアのギルドは、いかにも港町らしい造りだった。
 石造りの外壁に、大きな舵輪の紋章。
 表には船乗りや冒険者が行き交い、
 ロープや網、海図があちこちに積まれている。

 扉をくぐった瞬間、潮風が混じった独特の匂いが鼻をかすめた。
 荷物を背負った冒険者たち、海図を広げる船乗り、
 忙しなく走り回るスタッフたち──
 港のざわめきそのままの空気が、ギルドの中に満ちていた。

 受付へ向かい、まずはジルドからの報せが届いていないか尋ねた。

「申し訳ありません。アレクス様宛の報せは届いておりません。」
 受付嬢は首を振る。

「では、
 Sランクレンジャーのリオという人物について、
 記録があるか、調べてもらえるか?」

「承知しました、少々お待ちください」

 そう言われ、俺たちはギルド内に残り、冒険者たちへ聞き込みを始めた。

「リオ……? 聞いたことねぇな」
「この港は人の出入りが多いからよ。足跡追うのは難しいぜ」
「Sランクなら、もっと話題になってるはずなんだがな」

 誰も、手がかりひとつ持っていなかった。

 しばらくすると、受付嬢が戻ってきた。

「お待たせしました。ギルド記録上……
 “Sランクレンジャー・リオ”の来訪記録は、確認できませんでした」

 胸の奥で、何かが静かに沈んだ。

 ――ひとり、この街に取り残されたリオは、
 まるで、煙のように消えてしまったみたいじゃないか。

「……行こう」
 そう言うと、アヤメとオルフィナ、エリオットが無言でうなずいた。

 港町の喧騒の中へ出る扉を開いた瞬間、
 海風が吹き込み、俺たちのマントを揺らした。

 ――ここからが、本当の捜索だ。
 
 俺とアヤメ、オルフィナとエリオットの二手に分かれて、
 街中で聞き込みをすることになった。

「アレクス様。四人別々に回ったほうが効率がいいのでは?」
 アヤメが首をかしげる。

 もっともだ。
 だが、この街の空気は荒々しい。
 酒に酔った船乗りといかつい冒険者が、昼夜を問わず闊歩している。
 
 オルフィナをひとりにすれば、十歩歩くごとに男が声をかけてくるだろうし、
 アヤメを一人でうろつかせたら、怖いおじさんに連れていかれてしまいそうだ。
 
「アレクス様、子ども扱いしないでください!」
 アヤメは頬をふくらませるが、
 心配なものは心配なのだ。
 
◇ ◇ ◇

 俺とアヤメは市場や船着き場を回り、リオの目撃情報を聞き歩いた。
 漁師、商人、船員、冒険者……誰もが忙しなく動き回っており、
 足を止めてもらうのもひと苦労だ。

「リオ? そんな名前の冒険者、知らねえな」
「Sランク? この街に来てたら噂くらい聞くはずだが……」

 情報ゼロ。

 夕方、待ち合わせ場所に戻ると、
 オルフィナとエリオットも同じように肩を落としていた。

「こちらも成果なしだ」
「まったく……影も形も見つからん」

 胸の中の焦りがじわりと広がる。
 それでも今日はもう打つ手がない。
 歩き回った疲れもあるし、情報整理も必要だ。

「……ギルドの食堂で夕飯にしよう」

◇ ◇ ◇

 ギルドの食堂に入った瞬間、
 潮と香草が混じった食欲をそそる匂いがふわりと漂ってきた。

 港町オルビアは、海の幸が安くて、うまい。

 案内された席に腰を下ろすやいなや、料理が次々に運ばれてきた。

“漁師風・白身魚のシンプル香草焼き”
 こんがり焼かれた白身魚。
 香草の香りとオイルの照りが、見た目からして反則だ。

“潮焼き貝のバターのせ”
 熱々の貝に、小さなバター片がじゅわっと溶けていく。
 湯気が立ちのぼるたび、香りが広がった。

“海魔イカの軽い塩炒め”
 巨大イカの薄切りを、ほんの一瞬だけ強火で炒めたもの。
 シンプルなのに、噛んだ瞬間じゅわっと旨味があふれる。

 アヤメにとっては、初めて見る料理ばかりだった。

「……ふわっ……! 何これ、口でとろけます……」
「じゅわ……! お、おいしい……っ」
「やわらかい……! 噛むたびに味が広がる……!」

 ひと口ごとに感想が増えていく。
 その無垢な喜びように、こちらまで嬉しくなった。

 オルフィナはグラスを傾けながら「これ、酒が進むな……」と満足げ。
 エリオットも「こういう質素な料理が一番うまかったりするんだよ」
 と微笑んだ。

 海の幸を堪能し、全員が久々に心からくつろいだ瞬間だった。

 そこへ、受付嬢が息を弾ませて駆け込んできた。

「アレクスさん! たった今、お手紙が届きました!」

「俺に?」

 差し出された封筒を見た瞬間、心臓が跳ねた。

――ジルド。

 俺は息を整え、皆の前で封を切った。

「……読み上げるぞ」

 食堂のざわめきが、波音のように遠く感じられた。

◇ ◇ ◇

 ――アレクス殿

 リオ殿の消息と直接関わりがあるかどうかは定かではありませんが、
 気になる情報を得ましたので、お伝えします。

 オルビア北の丘に建つ〈ヴァルナ神殿〉。
 そこに所属する聖堂騎士団の当時副団長であった女聖騎士が、
 “旅の男”を追って騎士団を飛び出した──という話を耳にしました。

 その女聖騎士は、団長の右腕を務めるほどの実力者であり、
 神殿は激怒と混乱に陥ったそうです。
 しかも、
 かなりの美人であったことから、当時オルビアでは大騒ぎになったとか。

 そして、その事件が起こった時期は、
 ちょうどリオ殿がアレクス殿のパーティを離れた頃と一致しております。

 その“旅の男”がリオ殿である可能性は十分に考えられます。

 念のため、一度〈ヴァルナ神殿〉を訪れることを推奨いたします。

 ――ジルド

◇ ◇ ◇

 読み終えた瞬間、静寂が落ちた。

「……これは有力な情報だ。ありがとう、ジルド」
 自然と声が漏れた。

 アヤメもオルフィナもエリオットも、固唾を飲んで俺を見る。

「明日、神殿を尋ねよう」
 声を絞り出すように告げた。

 胸の奥で、久しぶりに鼓動が高鳴る。

 消えかけていた希望が、
 かすかに、しかし確かに光り始めていた。
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