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第1章 SE、森を彷徨う。
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山中をさまよって三日目になる。
冷たい朝露が頬を濡らし、胃の奥がきしむように空腹を訴えていた。
だが、俺はもう慣れていた。社用スマホがあったからだ。
キノコをひとつ手に取り、スマホ のカメラを向ける。
画面には、
いつものように属性情報が CSS のコードとして表示される。
.mushroom {
edible: true;
rawTaste: bad;
roasted: delicious;
}
生でも食べられる、か。
焼いたほうがうまいらしいが、火の起こし方がわからない。
仕方なく、そのままかじる。
……まずい。
口の中にえぐみと土の味が広がる。
それでも、食べないよりはマシだった。
どうして俺がこんなところにいるのか──。
思い返せば三日前。
俺は都内のオフィスビルで、
炎上案件の最後の不具合を改修していた。
深夜二時。
目の下にクマを作り、カフェインで無理やり動いていた。
システムエンジニアとして、
ろくに寝ず、食わず、バグと仕様の狭間を泳ぎ続ける毎日。
体力は限界に近かった。
「……これで、最後のコミットだ」
そう呟いて、
リターンキーを押した瞬間までは覚えている。
***
次に目を開けたとき、
そこはオフィスでも自宅でもなかった。
湿った土の匂い。ざらついた地面の感触。
俺は、山の中にうつ伏せに倒れていた。
頬を撫でる風が冷たく、木々のざわめきが頭上から降ってくる。
スーツは泥にまみれ、手のひらには小石が食い込んでいた。
「……ここ、どこだ?」
息を吐くたびに白い煙が漏れる。
辺りを見回しても、ビルも道路も電線もない。
あるのは無数の木々と、遠くの鳥の声だけ。
そして、
俺の右手には、しっかりと 社用スマホ が握られていた。
普段、開発でも調べ物でも使い倒していた相棒だ。
そのスマホをなんとなく構え、試しに目の前の草を撮影した瞬間──
画面に CSS 形式の属性情報が現れた。
.grass {
type: "植物";
edible: false;
}
ありえない。
だが、不思議なことに「これはそういうものだ」と理解できた。
理由はまったくわからないのに、体の奥で納得してしまっていた。
こうして俺は、この異様な状況の中で、
生きるための拠り所を見つけたのだった。
スマホ があれば、
少なくとも「何を食べていいか」はわかる。
──そして、三日が経った。
***
その夜。
満月が木々の隙間から覗き、森の影を銀色に照らしていた。
ザッ……と、足元の落ち葉が鳴る。
息を止める。
暗闇の中に、何かがいる。
思わず息をのんだ。
──人か?
胸の奥に、微かな希望が灯る。
もし人がいるなら、助けを求められるかもしれない。
スマホ を構え、震える手でカメラを起動する。
レンズ越しに黒い影が動いた。
すぐに解析結果が現れる。
.wolf {
type: "オオカミ";
danger: "high";
}
人ではなかった。
「……やばい」
気づいたときには、すでに遅かった。
背後から唸り声。
振り向いた瞬間、灰色の影が飛びかかってくる。
足に激痛。牙が肉を裂く。悲鳴が喉を突き破った。
「ぐっ……うああああっ!」
膝が崩れ、地面に倒れ込む。
足が動かない。血の匂いが立ちのぼり、息が荒くなる。
オオカミの目が、月光を反射してぎらりと光った。
一頭、二頭──いや、群れだ。
逃げることも、立ち上がることもできない。
次の瞬間、オオカミたちが一斉に飛びかかり、
体のあちこちに牙が突き立った。
冷たい朝露が頬を濡らし、胃の奥がきしむように空腹を訴えていた。
だが、俺はもう慣れていた。社用スマホがあったからだ。
キノコをひとつ手に取り、スマホ のカメラを向ける。
画面には、
いつものように属性情報が CSS のコードとして表示される。
.mushroom {
edible: true;
rawTaste: bad;
roasted: delicious;
}
生でも食べられる、か。
焼いたほうがうまいらしいが、火の起こし方がわからない。
仕方なく、そのままかじる。
……まずい。
口の中にえぐみと土の味が広がる。
それでも、食べないよりはマシだった。
どうして俺がこんなところにいるのか──。
思い返せば三日前。
俺は都内のオフィスビルで、
炎上案件の最後の不具合を改修していた。
深夜二時。
目の下にクマを作り、カフェインで無理やり動いていた。
システムエンジニアとして、
ろくに寝ず、食わず、バグと仕様の狭間を泳ぎ続ける毎日。
体力は限界に近かった。
「……これで、最後のコミットだ」
そう呟いて、
リターンキーを押した瞬間までは覚えている。
***
次に目を開けたとき、
そこはオフィスでも自宅でもなかった。
湿った土の匂い。ざらついた地面の感触。
俺は、山の中にうつ伏せに倒れていた。
頬を撫でる風が冷たく、木々のざわめきが頭上から降ってくる。
スーツは泥にまみれ、手のひらには小石が食い込んでいた。
「……ここ、どこだ?」
息を吐くたびに白い煙が漏れる。
辺りを見回しても、ビルも道路も電線もない。
あるのは無数の木々と、遠くの鳥の声だけ。
そして、
俺の右手には、しっかりと 社用スマホ が握られていた。
普段、開発でも調べ物でも使い倒していた相棒だ。
そのスマホをなんとなく構え、試しに目の前の草を撮影した瞬間──
画面に CSS 形式の属性情報が現れた。
.grass {
type: "植物";
edible: false;
}
ありえない。
だが、不思議なことに「これはそういうものだ」と理解できた。
理由はまったくわからないのに、体の奥で納得してしまっていた。
こうして俺は、この異様な状況の中で、
生きるための拠り所を見つけたのだった。
スマホ があれば、
少なくとも「何を食べていいか」はわかる。
──そして、三日が経った。
***
その夜。
満月が木々の隙間から覗き、森の影を銀色に照らしていた。
ザッ……と、足元の落ち葉が鳴る。
息を止める。
暗闇の中に、何かがいる。
思わず息をのんだ。
──人か?
胸の奥に、微かな希望が灯る。
もし人がいるなら、助けを求められるかもしれない。
スマホ を構え、震える手でカメラを起動する。
レンズ越しに黒い影が動いた。
すぐに解析結果が現れる。
.wolf {
type: "オオカミ";
danger: "high";
}
人ではなかった。
「……やばい」
気づいたときには、すでに遅かった。
背後から唸り声。
振り向いた瞬間、灰色の影が飛びかかってくる。
足に激痛。牙が肉を裂く。悲鳴が喉を突き破った。
「ぐっ……うああああっ!」
膝が崩れ、地面に倒れ込む。
足が動かない。血の匂いが立ちのぼり、息が荒くなる。
オオカミの目が、月光を反射してぎらりと光った。
一頭、二頭──いや、群れだ。
逃げることも、立ち上がることもできない。
次の瞬間、オオカミたちが一斉に飛びかかり、
体のあちこちに牙が突き立った。
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