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第14章 きつねうどんと桜
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私は、今、大学の学生食堂で、麻衣子さんと、
きつねうどんを食べている。
麻衣子さんの研究室に寄った帰りだ。
私が受験を決意してから三か月が過ぎ、春も終わりを迎えている。
「ねえ、キララ。あなた、ちょっと太った?」
出会ったころの麻衣子さんは、思いやりにあふれ、
言葉を選びながら私に寄り添ってくれた。
けれど最近は、結構ずけずけと言ってくる。
たぶん、こっちが本当の麻衣子さんなのだと思う。
麻衣子さんと暮らし始めて約半年。
よく言えば、ますます親密に。
別の言い方をすれば、遠慮のない関係になった。
だいたい、太ったのは麻衣子さんのせい——
いや、麻衣子さんのおかげだ。
麻衣子さんは、私に心のやすらぎをくれた。
感謝してもしきれない。
あとは、受験勉強のストレスもある。
受験すると言い出したときは、正直、何もわかっていなかった。
医学部受験が、これほど大変なものだとは思いもしなかった。
当時の自分には、
「怖いもの知らず」という言葉がぴったりだったと思う。
最近、
私は、ときどき麻衣子さんの研究室に顔を出すようになっていた。
最初は、
兄さんの状態の説明を受けたり、研究の進捗を聞いたりするためだった。
研究室のメンバーも、
初めのころは、私を“入院患者の家族”として遠慮がちに扱っていたけれど、
今では、麻衣子先生のかわいい後輩扱いだ。
すっかり打ち解けて、気づけば、
ふらっと立ち寄れる心地よい居場所になっていた。
「来年はうちの大学に合格できたらいいね」
「そうしたら、正式にうちの研究室の一員になれるね」
そんなふうにメンバーのみんなが言ってくれる。
私も、そうなれたらどんなに素敵だろうと思う。
麻衣子さんは、髪をかきあげながら、きつねうどんをすすっている。
「ねえ、さっきの研究室での話だけど……」
私は、話を切り出した。
「ああ、お兄さんと同じ症状の患者が、全国にほかにもいるって話ね」
そう、その話だ。
兄さんたちの症状が学会で知られるようになってから、
同様のケースの報告が全国の大学から寄せられるようになった。
私はずっと、兄さんと同室の三人だけの特殊な症状だと思っていたけれど、
よく考えれば、他にいても不思議ではない。
「そう、その話。」
私は、うどんの上に浮かんだ揚げの端を箸でつつきながら、言葉を探した。
「その人たちも、兄さんみたいに意識は戻らないの?」
「うん。今のところはね。」
麻衣子さんは少し視線を落として、湯気の向こうを見つめた。
「このケースの患者は、これからも見つかっていきそうね。
もし、その人たちがみんな似たような夢を見ているのだとしたら
……考えるだけで、少し怖いくらいのスケールね。」
「ねえ、麻衣子さん……」
私は、ふと疑問に思ったことを口にした。
「脳波の検査とか、MRIとかCTで、
どんな夢を見ているかって、調べられるの?」
麻衣子さんは、うどんをこくりと飲み込んで、静かに言った。
「ううん。今のところ、夢の“内容”までは正確にはわからないの。
脳波やMRIでは、どの部分が活動しているかは見えるけど、
“何を見ているか”“どんな夢を見ているか”までは再現できないのよ。」
「じゃあ、全然わからないってこと?」
「完全に、とは言えないかな。」
麻衣子さんは、箸を置いて少し考えるように目を伏せた。
「たとえば、後頭葉——視覚野——が動いているときは
映像的な夢を見ている可能性が高いとか、
側頭葉が活発なときは、言葉や音を伴う夢かもしれないとか。
そういう“傾向”は読み取れるようになってきているの。
でも、
夢をそのまま映像や言葉として取り出すことは、まだできない。」
「ふうん……でも、少しずつ近づいてるってこと?」
「そうね。」
麻衣子さんは、柔らかく笑った。
「最近はAIを使って、
脳の活動パターンから“見ているもの”を推定する研究もあるの。
起きているときに『この形を見たとき、こういう信号が出る』
って学習させて、
眠っているときのデータを解析しようとする試み。
でも、今の精度では、
“丸いもの”とか“人影のような形”くらいしか再現できないの。」
彼女は、湯気の向こうで少し目を細めた。
「人の夢って、それくらい複雑なのよ。
記憶と想像と感情が、全部混ざり合ってる。
それを外から“読む”のは、まだまだ先の話ね。」
私は、うどんの器を両手で包みながらうなずいた。
「……なんか、夢って、神秘的だね。」
「ええ。科学がどれだけ進んでも、まだ“心の中”までは解けていないの。
でも、それを知りたいと思う人がいる限り、研究は進むわ。」
窓の外では、桜の花びらが風に乗って、光の中に舞っていた。
春の午後の光が、テーブルの上をやわらかく照らしている。
湯気の向こうで、麻衣子さんの声が、静かに響いていた。
きつねうどんを食べている。
麻衣子さんの研究室に寄った帰りだ。
私が受験を決意してから三か月が過ぎ、春も終わりを迎えている。
「ねえ、キララ。あなた、ちょっと太った?」
出会ったころの麻衣子さんは、思いやりにあふれ、
言葉を選びながら私に寄り添ってくれた。
けれど最近は、結構ずけずけと言ってくる。
たぶん、こっちが本当の麻衣子さんなのだと思う。
麻衣子さんと暮らし始めて約半年。
よく言えば、ますます親密に。
別の言い方をすれば、遠慮のない関係になった。
だいたい、太ったのは麻衣子さんのせい——
いや、麻衣子さんのおかげだ。
麻衣子さんは、私に心のやすらぎをくれた。
感謝してもしきれない。
あとは、受験勉強のストレスもある。
受験すると言い出したときは、正直、何もわかっていなかった。
医学部受験が、これほど大変なものだとは思いもしなかった。
当時の自分には、
「怖いもの知らず」という言葉がぴったりだったと思う。
最近、
私は、ときどき麻衣子さんの研究室に顔を出すようになっていた。
最初は、
兄さんの状態の説明を受けたり、研究の進捗を聞いたりするためだった。
研究室のメンバーも、
初めのころは、私を“入院患者の家族”として遠慮がちに扱っていたけれど、
今では、麻衣子先生のかわいい後輩扱いだ。
すっかり打ち解けて、気づけば、
ふらっと立ち寄れる心地よい居場所になっていた。
「来年はうちの大学に合格できたらいいね」
「そうしたら、正式にうちの研究室の一員になれるね」
そんなふうにメンバーのみんなが言ってくれる。
私も、そうなれたらどんなに素敵だろうと思う。
麻衣子さんは、髪をかきあげながら、きつねうどんをすすっている。
「ねえ、さっきの研究室での話だけど……」
私は、話を切り出した。
「ああ、お兄さんと同じ症状の患者が、全国にほかにもいるって話ね」
そう、その話だ。
兄さんたちの症状が学会で知られるようになってから、
同様のケースの報告が全国の大学から寄せられるようになった。
私はずっと、兄さんと同室の三人だけの特殊な症状だと思っていたけれど、
よく考えれば、他にいても不思議ではない。
「そう、その話。」
私は、うどんの上に浮かんだ揚げの端を箸でつつきながら、言葉を探した。
「その人たちも、兄さんみたいに意識は戻らないの?」
「うん。今のところはね。」
麻衣子さんは少し視線を落として、湯気の向こうを見つめた。
「このケースの患者は、これからも見つかっていきそうね。
もし、その人たちがみんな似たような夢を見ているのだとしたら
……考えるだけで、少し怖いくらいのスケールね。」
「ねえ、麻衣子さん……」
私は、ふと疑問に思ったことを口にした。
「脳波の検査とか、MRIとかCTで、
どんな夢を見ているかって、調べられるの?」
麻衣子さんは、うどんをこくりと飲み込んで、静かに言った。
「ううん。今のところ、夢の“内容”までは正確にはわからないの。
脳波やMRIでは、どの部分が活動しているかは見えるけど、
“何を見ているか”“どんな夢を見ているか”までは再現できないのよ。」
「じゃあ、全然わからないってこと?」
「完全に、とは言えないかな。」
麻衣子さんは、箸を置いて少し考えるように目を伏せた。
「たとえば、後頭葉——視覚野——が動いているときは
映像的な夢を見ている可能性が高いとか、
側頭葉が活発なときは、言葉や音を伴う夢かもしれないとか。
そういう“傾向”は読み取れるようになってきているの。
でも、
夢をそのまま映像や言葉として取り出すことは、まだできない。」
「ふうん……でも、少しずつ近づいてるってこと?」
「そうね。」
麻衣子さんは、柔らかく笑った。
「最近はAIを使って、
脳の活動パターンから“見ているもの”を推定する研究もあるの。
起きているときに『この形を見たとき、こういう信号が出る』
って学習させて、
眠っているときのデータを解析しようとする試み。
でも、今の精度では、
“丸いもの”とか“人影のような形”くらいしか再現できないの。」
彼女は、湯気の向こうで少し目を細めた。
「人の夢って、それくらい複雑なのよ。
記憶と想像と感情が、全部混ざり合ってる。
それを外から“読む”のは、まだまだ先の話ね。」
私は、うどんの器を両手で包みながらうなずいた。
「……なんか、夢って、神秘的だね。」
「ええ。科学がどれだけ進んでも、まだ“心の中”までは解けていないの。
でも、それを知りたいと思う人がいる限り、研究は進むわ。」
窓の外では、桜の花びらが風に乗って、光の中に舞っていた。
春の午後の光が、テーブルの上をやわらかく照らしている。
湯気の向こうで、麻衣子さんの声が、静かに響いていた。
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