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第29章 女戦士の苛立ち
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冷たい風が、山の稜線をなでて村を抜けていく。
木々の葉はすっかり落ち、土の匂いが冷たく湿っている。
朝には霜が降り、焚き火の煙が村を包む。
――もうすぐ、冬が来る。
ここは戦士の村。
多くの戦士がこの村で鍛錬を積み、そして旅立っていく。
戦士たちは朝から木剣を振り、夜には焚き火のそばで刃を研ぐ。
その音こそが、この村の唯一の調べだ。
私は、この村で暮らす戦士――サオリ。
名は柔らかいが、意味は違う。“霊長類最強女子”――らしい。
物好きな長老がつけたと聞くが、今では気に入っている。
名に恥じぬよう、強くありたいと思っている。
成人を迎えた今年、いくつかの求婚話が来た。
けれど、どれも心に響かなかった。
誰かの妻になるより、まだ剣を磨いていたい。
それが、私の生き方だ。
今週、北の山で“大熊刈り”が行われる。
毎年の恒例だが、今年は数が異様に多い。
森の奥で繁殖した群れが、里にまで降りてきている。
村の戦士たちだけでは手が足りず、街のギルドに応援を頼んだ。
そして今日、三つのパーティが到着した。
昼間、訓練場で顔合わせがあったが
――正直、私は浮かない気分だった。
戦士以外の連中に、興味なんてない。
魔法使い? 僧侶? レンジャー?
どいつも言葉ばかり達者で、剣の重さを知らない顔をしている。
戦いは、体でぶつかるものだ。魔法や飛び道具は、あくまで補助。
それが私の信条だ。
――とはいえ、ひとりだけ気になる男がいた。
筋肉が締まり、動きに無駄がない。
背筋の通った戦士――名はレオ、と言ったか。
見惚れたわけじゃない。
ただ、いい戦士だと思った。それだけだ。
――視線を感じた。
隣にいた僧侶が、こちらをじっと見ていた。
にやにやとした笑みを浮かべて。
たまに、こういう視線を向けられることはある。
胸の奥が、ちり、と燃えた。
――悪いが、弱い男には興味がない。
その言葉を飲み込み、私は静かに視線を逸らした。
◇ ◇ ◇
夕方、
北の山で行われる“大熊刈り”に向けて、作戦会議が開かれた。
地図を広げ、各隊の配置、進軍の経路、合図の確認――。
緊張と熱気が交じる声が、木造の集会所に響いた。
長い会議が終わるころには、
外はすっかり暗く、冷たい風が窓を鳴らしていた。
夜は、そのまま歓迎会になった。
外は凍えるような寒さだ。
宴の場は屋内の大広間に設けられ、
壁際には火鉢とランプが灯り、酒の匂いと笑い声が満ちていた。
戦士の村において、宴の理由などいくらでもある。
誰かが樽を開ければ、それが宴の始まりだ。
戦士たちは酒が大好きだ。
強ければ強いほど、酔い方も派手になる。
卓の上では肉が並び、酒瓶が次々と空になっていく。
私はその輪の中で、戦士レオと話をしていた。
武器のこと、戦い方のこと、日々の鍛錬
――話題が尽きなかった。
彼の言葉は実直で、飾り気がなく、聞いていて気持ちがいい。
共に剣を振る者として、自然と話が弾んだ。
――だが。
その隣には、あの僧侶がいた。
彼はずっと、にやにやと笑みを浮かべたまま、
静かにこちらの話を聞いていた。
たいして興味があるわけでもあるまいし。
視線を感じるたびに、苛立ちが胸の奥で小さく鳴った。
――戦いの場では、笑っていられないぞ、僧侶。
◇ ◇ ◇
翌朝、空気はさらに冷たくなっていた。
白い息を吐きながら、私は訓練場に立っていた。
戦士レオと手合わせをしている。
互いに木剣を構え、打ち合うたびに鈍い音が響いた。
レオは、なかなかの腕前だ。
構えも無駄がなく、攻撃の間合いも正確。
強い――そう認めよう。
私は久しぶりに心の底から剣を振るう楽しさを感じていた。
その最中、訓練場の入口に、見覚えのある僧服が見えた。
昨晩のレオの隣にいた僧侶だ。
なぜここに? と思う間もなく、彼は静かに近づいてきた。
いつものようにニヤけた笑みを浮かべ、手に何かを抱えている。
「サオリ殿、これを。」
プレゼントだと? この私に、花束でも渡すつもりか?
笑わせる。
そう思いながらも、差し出された包みを受け取った。
中には、銀色に輝く金属の輪。
ずっしりと重みがある
――トレーニング用のアンクルウェイトだった。
思わず、指先でその冷たさを確かめる。
鋼の感触が、妙に胸に残った。
「お?」
私は思わず、口の端を上げる。
「……この僧侶、案外、わかってるじゃないか。」
木剣を肩に担ぎながら、私は小さく笑った。
冬の風が吹き抜け、ウェイトの銀色が朝日にきらりと光った。
木々の葉はすっかり落ち、土の匂いが冷たく湿っている。
朝には霜が降り、焚き火の煙が村を包む。
――もうすぐ、冬が来る。
ここは戦士の村。
多くの戦士がこの村で鍛錬を積み、そして旅立っていく。
戦士たちは朝から木剣を振り、夜には焚き火のそばで刃を研ぐ。
その音こそが、この村の唯一の調べだ。
私は、この村で暮らす戦士――サオリ。
名は柔らかいが、意味は違う。“霊長類最強女子”――らしい。
物好きな長老がつけたと聞くが、今では気に入っている。
名に恥じぬよう、強くありたいと思っている。
成人を迎えた今年、いくつかの求婚話が来た。
けれど、どれも心に響かなかった。
誰かの妻になるより、まだ剣を磨いていたい。
それが、私の生き方だ。
今週、北の山で“大熊刈り”が行われる。
毎年の恒例だが、今年は数が異様に多い。
森の奥で繁殖した群れが、里にまで降りてきている。
村の戦士たちだけでは手が足りず、街のギルドに応援を頼んだ。
そして今日、三つのパーティが到着した。
昼間、訓練場で顔合わせがあったが
――正直、私は浮かない気分だった。
戦士以外の連中に、興味なんてない。
魔法使い? 僧侶? レンジャー?
どいつも言葉ばかり達者で、剣の重さを知らない顔をしている。
戦いは、体でぶつかるものだ。魔法や飛び道具は、あくまで補助。
それが私の信条だ。
――とはいえ、ひとりだけ気になる男がいた。
筋肉が締まり、動きに無駄がない。
背筋の通った戦士――名はレオ、と言ったか。
見惚れたわけじゃない。
ただ、いい戦士だと思った。それだけだ。
――視線を感じた。
隣にいた僧侶が、こちらをじっと見ていた。
にやにやとした笑みを浮かべて。
たまに、こういう視線を向けられることはある。
胸の奥が、ちり、と燃えた。
――悪いが、弱い男には興味がない。
その言葉を飲み込み、私は静かに視線を逸らした。
◇ ◇ ◇
夕方、
北の山で行われる“大熊刈り”に向けて、作戦会議が開かれた。
地図を広げ、各隊の配置、進軍の経路、合図の確認――。
緊張と熱気が交じる声が、木造の集会所に響いた。
長い会議が終わるころには、
外はすっかり暗く、冷たい風が窓を鳴らしていた。
夜は、そのまま歓迎会になった。
外は凍えるような寒さだ。
宴の場は屋内の大広間に設けられ、
壁際には火鉢とランプが灯り、酒の匂いと笑い声が満ちていた。
戦士の村において、宴の理由などいくらでもある。
誰かが樽を開ければ、それが宴の始まりだ。
戦士たちは酒が大好きだ。
強ければ強いほど、酔い方も派手になる。
卓の上では肉が並び、酒瓶が次々と空になっていく。
私はその輪の中で、戦士レオと話をしていた。
武器のこと、戦い方のこと、日々の鍛錬
――話題が尽きなかった。
彼の言葉は実直で、飾り気がなく、聞いていて気持ちがいい。
共に剣を振る者として、自然と話が弾んだ。
――だが。
その隣には、あの僧侶がいた。
彼はずっと、にやにやと笑みを浮かべたまま、
静かにこちらの話を聞いていた。
たいして興味があるわけでもあるまいし。
視線を感じるたびに、苛立ちが胸の奥で小さく鳴った。
――戦いの場では、笑っていられないぞ、僧侶。
◇ ◇ ◇
翌朝、空気はさらに冷たくなっていた。
白い息を吐きながら、私は訓練場に立っていた。
戦士レオと手合わせをしている。
互いに木剣を構え、打ち合うたびに鈍い音が響いた。
レオは、なかなかの腕前だ。
構えも無駄がなく、攻撃の間合いも正確。
強い――そう認めよう。
私は久しぶりに心の底から剣を振るう楽しさを感じていた。
その最中、訓練場の入口に、見覚えのある僧服が見えた。
昨晩のレオの隣にいた僧侶だ。
なぜここに? と思う間もなく、彼は静かに近づいてきた。
いつものようにニヤけた笑みを浮かべ、手に何かを抱えている。
「サオリ殿、これを。」
プレゼントだと? この私に、花束でも渡すつもりか?
笑わせる。
そう思いながらも、差し出された包みを受け取った。
中には、銀色に輝く金属の輪。
ずっしりと重みがある
――トレーニング用のアンクルウェイトだった。
思わず、指先でその冷たさを確かめる。
鋼の感触が、妙に胸に残った。
「お?」
私は思わず、口の端を上げる。
「……この僧侶、案外、わかってるじゃないか。」
木剣を肩に担ぎながら、私は小さく笑った。
冬の風が吹き抜け、ウェイトの銀色が朝日にきらりと光った。
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