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第39章 SE、海を見る。
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馬車は再び走り出した。
満月の光が消え、東の空がうっすらと白み始める。
レイナさんは、戦いの後すぐに深い眠りに落ちた。
あの呪文――すべての精神力を使い果たしたのだろう。
馬車の中で、彼女は穏やかな寝息を立てていた。
その姿を見ながら、誰もが言葉を失っていた。
夜風が頬をなで、馬の足音だけが静かに響く。
太陽が昇るころ、ようやく森を抜けた。
そこから先は、緩やかな丘陵と街道が続く。
港町オルビアまでの道のりは、もう安全圏だ。
朝の光を受けて、レイナさんがゆっくりと目を覚ます。
まだ少し疲れの残る顔で、それでも微笑を浮かべながら言った。
「魔法使いの修業時代、師匠に言われたの。
『一つのことしかできないなら、それを極め抜け』って。
だから……この魔法ばかり練習してたの。」
彼女の言葉に、馬車の中が一瞬静まる。
ルナが少しだけ目を細め、静かに言った。
「……こればかり練習してたからって、
普通、あそこまでできないですよ? レイナさん。」
レイナさんは小さく肩をすくめた。
「そうかしら?」
その笑顔に、馬車の空気がふっと柔らぐ。
緊張と恐怖の夜を越え、ようやく皆の心に朝が戻ってきた。
幾日かの旅の末、俺たちは無事、港町オルビアに到着した。
潮の香りが風に乗って流れ、カモメの鳴き声が遠くに響く。
港の向こうには、青い海と白い帆船の列。
そして――この海のどこかに、英雄アレクスが眠っている。
俺たちの次の目的地が、静かに見えてきた。
港町オルビア――。
その名のとおり、青い海と白い帆船に囲まれた、陽光まぶしい港の街だ。
潮の香りが鼻をくすぐり、遠くでは魚市場の威勢のいい掛け声が響いている。
街に足を踏み入れた瞬間、俺たちは思わず顔を見合わせた。
ここまで来るのに十日あまり。
旅の疲れはあるが、達成感の方が勝っていた。
「うわぁ……海だぁ!」
ルナが子どものような声をあげる。
マルコも目を輝かせながら、防波堤の方を指差した。
「すごい……本当に、あの水平線の向こうまで広がってるんですね!」
その隣で、レイナさんは静かに海を見つめていた。
目を細め、潮風に髪をなびかせながら、何かを探すように。
「アレクスも、この風を感じたのかもしれない……」
その呟きは、波音に溶けていった。
俺たちは、まず街の中央区にあるギルドへ向かった。
オルビアのギルドは、海沿いの街らしく、
石造りの外壁に大きな舵輪の紋章が掲げられている。
中に入ると、潮風が混じった独特の匂いがした。
荷物を背負った冒険者たち、海図を広げる船乗り、
そして忙しなく歩き回るスタッフたち──
港町ならではのざわめきが広がっていた。
レイナさんは、バッグから丁寧に折り畳まれた封書を取り出す。
アレクスの故郷のギルド長が書いてくれた招待状だ。
ギルド間の正式な紹介状ともなれば、話は通りやすい。
「人を探しています。アレクスという名の戦士です。」
レイナさんが受付に紹介状を差し出すと、
若いスタッフは一瞬だけ驚いたように目を瞬かせた。
「……戦士アレクス、ですか?」
その問いに、レイナさんは小さくうなずく。
スタッフは紹介状を確認したあと、
すぐに表情を引き締めて奥へ引っ込んだ。
――しばらくして。
「お待たせいたしました。
うちのギルド長がお話を伺うとのことです。
どうぞこちらへ。
……お付きの方もご一緒に。」
ていねいな会釈とともに、奥の通路を指し示す。
海の街のギルドらしく、通路には古びた錨や帆の切れ端が飾られていた。
その中を抜け、案内された部屋の前でスタッフが軽くドアをノックする。
「ギルド長、冒険者の皆さまをお連れしました。」
「入ってくれ。」
低く落ち着いた声が答える。
ドアが開き、俺たちは一歩足を踏み入れた。
部屋の中には、年配の男がデスクに座っていた。
海で焼けたような浅黒い肌、深い皺、鋭い眼光。
ただ者ではない存在感。
彼が──オルビアのギルド長。
「遠いところ、ご苦労だったな。
紹介状は確かに受け取った。
……戦士アレクスについて、話を聞きたいそうだな?」
その言葉に、レイナさんは静かに息を吸い込んだ。
「……どうしても、彼の居場所を知りたいのです。」
ギルド長はしばらく彼女を見つめ、
眉をわずかに動かすと、手元の書類を閉じた。
ギルド長は、しばらく俺たちの顔を見回したあと、重々しく口を開いた。
「……戦士アレクスは、この街にいる。」
満月の光が消え、東の空がうっすらと白み始める。
レイナさんは、戦いの後すぐに深い眠りに落ちた。
あの呪文――すべての精神力を使い果たしたのだろう。
馬車の中で、彼女は穏やかな寝息を立てていた。
その姿を見ながら、誰もが言葉を失っていた。
夜風が頬をなで、馬の足音だけが静かに響く。
太陽が昇るころ、ようやく森を抜けた。
そこから先は、緩やかな丘陵と街道が続く。
港町オルビアまでの道のりは、もう安全圏だ。
朝の光を受けて、レイナさんがゆっくりと目を覚ます。
まだ少し疲れの残る顔で、それでも微笑を浮かべながら言った。
「魔法使いの修業時代、師匠に言われたの。
『一つのことしかできないなら、それを極め抜け』って。
だから……この魔法ばかり練習してたの。」
彼女の言葉に、馬車の中が一瞬静まる。
ルナが少しだけ目を細め、静かに言った。
「……こればかり練習してたからって、
普通、あそこまでできないですよ? レイナさん。」
レイナさんは小さく肩をすくめた。
「そうかしら?」
その笑顔に、馬車の空気がふっと柔らぐ。
緊張と恐怖の夜を越え、ようやく皆の心に朝が戻ってきた。
幾日かの旅の末、俺たちは無事、港町オルビアに到着した。
潮の香りが風に乗って流れ、カモメの鳴き声が遠くに響く。
港の向こうには、青い海と白い帆船の列。
そして――この海のどこかに、英雄アレクスが眠っている。
俺たちの次の目的地が、静かに見えてきた。
港町オルビア――。
その名のとおり、青い海と白い帆船に囲まれた、陽光まぶしい港の街だ。
潮の香りが鼻をくすぐり、遠くでは魚市場の威勢のいい掛け声が響いている。
街に足を踏み入れた瞬間、俺たちは思わず顔を見合わせた。
ここまで来るのに十日あまり。
旅の疲れはあるが、達成感の方が勝っていた。
「うわぁ……海だぁ!」
ルナが子どものような声をあげる。
マルコも目を輝かせながら、防波堤の方を指差した。
「すごい……本当に、あの水平線の向こうまで広がってるんですね!」
その隣で、レイナさんは静かに海を見つめていた。
目を細め、潮風に髪をなびかせながら、何かを探すように。
「アレクスも、この風を感じたのかもしれない……」
その呟きは、波音に溶けていった。
俺たちは、まず街の中央区にあるギルドへ向かった。
オルビアのギルドは、海沿いの街らしく、
石造りの外壁に大きな舵輪の紋章が掲げられている。
中に入ると、潮風が混じった独特の匂いがした。
荷物を背負った冒険者たち、海図を広げる船乗り、
そして忙しなく歩き回るスタッフたち──
港町ならではのざわめきが広がっていた。
レイナさんは、バッグから丁寧に折り畳まれた封書を取り出す。
アレクスの故郷のギルド長が書いてくれた招待状だ。
ギルド間の正式な紹介状ともなれば、話は通りやすい。
「人を探しています。アレクスという名の戦士です。」
レイナさんが受付に紹介状を差し出すと、
若いスタッフは一瞬だけ驚いたように目を瞬かせた。
「……戦士アレクス、ですか?」
その問いに、レイナさんは小さくうなずく。
スタッフは紹介状を確認したあと、
すぐに表情を引き締めて奥へ引っ込んだ。
――しばらくして。
「お待たせいたしました。
うちのギルド長がお話を伺うとのことです。
どうぞこちらへ。
……お付きの方もご一緒に。」
ていねいな会釈とともに、奥の通路を指し示す。
海の街のギルドらしく、通路には古びた錨や帆の切れ端が飾られていた。
その中を抜け、案内された部屋の前でスタッフが軽くドアをノックする。
「ギルド長、冒険者の皆さまをお連れしました。」
「入ってくれ。」
低く落ち着いた声が答える。
ドアが開き、俺たちは一歩足を踏み入れた。
部屋の中には、年配の男がデスクに座っていた。
海で焼けたような浅黒い肌、深い皺、鋭い眼光。
ただ者ではない存在感。
彼が──オルビアのギルド長。
「遠いところ、ご苦労だったな。
紹介状は確かに受け取った。
……戦士アレクスについて、話を聞きたいそうだな?」
その言葉に、レイナさんは静かに息を吸い込んだ。
「……どうしても、彼の居場所を知りたいのです。」
ギルド長はしばらく彼女を見つめ、
眉をわずかに動かすと、手元の書類を閉じた。
ギルド長は、しばらく俺たちの顔を見回したあと、重々しく口を開いた。
「……戦士アレクスは、この街にいる。」
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