悪役令嬢の私が姫に転生した件  ――それはいいのですが、なぜ魔王城に幽閉から始まるのですか?

しばたろう

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22 学院設立前夜1

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 ある午後のこと。

 ヴェルハイムにある商人ヴァルスの屋敷では、
 私とヴァルディスが、
 カエデの淹れてくれた紅茶を口にしながら、
 穏やかな談笑を交わしていた。

 窓から差し込む陽は柔らかく、
 庭では風に揺れる木々の影が、静かに揺れている。

「学校を作ろうと思う」

 不意に、ヴァルディスが、切り出した。

「ほう。」
「それは、どんな学校ですか?」

「商いを教える学校だ。
 そうだな、『アウレリア商業学院』とでも名付けよう。」

 即答だった。

「読み書き、計算、契約、物流。
 金の流れと、物の流れ。
 ――世界が、どう回っているかを教える」

「貴族向けですか?」

「いや。身分は問わん」

 ヴァルディスは、淡々と続ける。

「才能があれば、誰でもいい。
 商人でも、職人でも、農民の子でもな」

「卒業したら?」

「市場と物流網に繋ぐ。
 学んだことを、すぐ使える場所を用意する」

 私は、少し考えてから言った。

「……それ、
 生まれではなく、学んだ者が国を動かすようになりますね。」
 国の在り方そのものを変えてしまいますね?」

「だからだ」

 ヴァルディスは、静かに笑う。

「剣より、
 よほど確実だろう?」

 私は、思わず頷いていた。
 
「そこでだ」

 ヴァルディスが、少し楽しそうに切り出した。

「エリシア。
 アウレリア商業学院の設立を、手伝ってくれないか。
 こういうの、得意そうだ」

 ……おもしろそうだ。

「わかりました」

 即答だった。



 アウレリア商業学院は、
 王都ルクシオンに設立されることとなった。

 校舎には、
 アウレリア連合商業会社ルクシオン本部の近くにある、
 長らく空き家となっていた屋敷を利用する。

 立地は申し分ない。
 人の流れも、情報の流れも、
 ここを通る。



 翌日。

 私は、設立準備のため、
 その屋敷へ向かった。

 とはいえ――
 連合商業会社までは転移魔法陣で一瞬。
 そこから歩いて、十五分ほど。

 移動は、実に楽だ。

 警護として、
 カエデが同行してくれている。

 一応、
 王女であることが知られないよう、
 伊達メガネをかけて変装した。

 ……一応。

「アレイシア様」

 歩きながら、
 カエデがぽつりと言う。

「それ、
 あまり変装になっていないと思います」


 
 アウレリア商業学院では、
 設立準備にあたるスタッフと顔を合わせた。

 その中心に立っていたのが、
 レオン・アークライトという青年だった。

 年の頃は、十代後半。
 若いが、立ち居振る舞いに落ち着きがある。

 彼は、
 アウレリア連合商業会社の社員であり、
 今回の学院設立にあたり、
 実務責任者として抜擢されたという。

(理知的で、
 無駄のない目をしている)
 
 レオンは、最初のうち――
(こんな少女が?)
 と、内心では困惑していたようだった。

 だが、
 設立方針、カリキュラム案、
 運営体制の整理まで一通り打ち合わせを終える頃には、
 その表情は、すっかり変わっていた。

「……さすがですね。
 社長の妹君と聞いていましたが、
 正直、想像以上でした」

 そう言って、
 レオンは素直に頭を下げた。

 どうやら、
 懸念は完全に払しょくされたらしい。



 そのまま引き上げるつもりでいたのだが、

「このあと、
 よろしければ一緒に食事でもいかがですか」

 と、レオンが切り出した。

 せっかくなので、
 設立スタッフの面々とともに、
 近くのレストランへ向かうことになった。



「こういう学校ができるのは、
 本当に良いことだと思うんです」

 席に着くなり、
 レオンは熱心に語り出した。

「身分に関係なく学べる場なんて、
 今まで、ありませんでしたから」

 理念には、
 本心から賛同しているのだろう。

 ただ――

 話しながら、
 彼の視線が、
 ちらり、ちらりと、
 ある方向へ向かっているのに気づく。

 ……カエデだ。

(あら?
 これは……)

 私の中の、
 “お姉さんの勘”が、
 ぴん、と反応する。

「アレイシア様、
 これ、すごくおいしいです」

 当のカエデは、
 そんな視線にまったく気づかず、
 目を輝かせて料理を頬張っていた。



 それは、
 アウレリア商業学院の開校準備が、
 ようやく軌道に乗り始めた頃だった。

 夕刻。
 校舎の中庭。

 設立スタッフが残って作業をしている最中、
 突然、
 怒号が響いた。

「ふざけるな!
 こんな学校、認められるか!」

 現れたのは、
 学院設立に反発する商会関係者――
 あるいは、
 旧来の特権にすがる者たちだった。

 数人。
 だが、
 手には棍棒や角棒を携えている。
 
「……下がってください!」

 レオンが声を上げるが、
 距離を詰めた瞬間――
 男の一人が、
 彼に向かって踏み込んだ。
 脅しのつもりだろう。

 そのときだった。

 鈍い衝撃音が響く。

 男の棍棒は、
 レオンに届くことなく、
 弾き飛ばされた。

 彼の前に、
 一人の少女が立っている。

 剣を構え、
 足を踏みしめ、
 一歩も退かない。

 カエデだった。

「ここは、
 通しません」

 声は、
 静かで、
 しかし、揺れていない。

 相手は、
 一瞬、怯んだ。

 その隙を逃さず、
 カエデは一歩前に出る。

 斬らない。
 だが、
 近づかせない。

「……まあまあまあ」

 私は、一歩前に出る。
 ここからは――
 私の出番だ。

「お尋ねの皆さん」

 にこやかに、
 しかし、逃げ道を塞ぐ角度で。

「この学校の設立が、
 皆さんにとって不利になると、
 そうお考えなのでしょう?」

 男たちは、
 顔を見合わせる。

「ですが、
 それは誤解です」

 私は、間髪入れず続けた。

「むしろ、その逆。
 この学院は、
 皆さんにとっても、
 大きな利益を生みます」

「詳しい話は――
 あちらで、
 ゆっくりといたしましょう」

 くい、と手で示す。

「さあ、どうぞ」

 この程度の相手だ。
 理と利を並べ、
 少しだけ未来を見せてやれば、
 簡単に転ぶ。

 口八丁、
 手八丁。

 それが、
 私の得意分野だ。



「あとは、
 任せました」

 そう言い残し、
 私は、
 彼らを連れて、その場を離れる。

 ――その間際。

 私は、
 見逃さなかった。

 レオンが、
 顔を赤くしたまま、
 じっと、
 カエデを見つめ続けていたことを。

 当のカエデは、
 何事もなかったかのように、
 剣を整えているというのに。

(……ああ)

 私は、
 小さく、
 心の中で頷いた。

「これ、
 完全に“落ちた”わね」
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