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22 学院設立前夜1
ある午後のこと。
ヴェルハイムにある商人ヴァルスの屋敷では、
私とヴァルディスが、
カエデの淹れてくれた紅茶を口にしながら、
穏やかな談笑を交わしていた。
窓から差し込む陽は柔らかく、
庭では風に揺れる木々の影が、静かに揺れている。
「学校を作ろうと思う」
不意に、ヴァルディスが、切り出した。
「ほう。」
「それは、どんな学校ですか?」
「商いを教える学校だ。
そうだな、『アウレリア商業学院』とでも名付けよう。」
即答だった。
「読み書き、計算、契約、物流。
金の流れと、物の流れ。
――世界が、どう回っているかを教える」
「貴族向けですか?」
「いや。身分は問わん」
ヴァルディスは、淡々と続ける。
「才能があれば、誰でもいい。
商人でも、職人でも、農民の子でもな」
「卒業したら?」
「市場と物流網に繋ぐ。
学んだことを、すぐ使える場所を用意する」
私は、少し考えてから言った。
「……それ、
生まれではなく、学んだ者が国を動かすようになりますね。」
国の在り方そのものを変えてしまいますね?」
「だからだ」
ヴァルディスは、静かに笑う。
「剣より、
よほど確実だろう?」
私は、思わず頷いていた。
「そこでだ」
ヴァルディスが、少し楽しそうに切り出した。
「エリシア。
アウレリア商業学院の設立を、手伝ってくれないか。
こういうの、得意そうだ」
……おもしろそうだ。
「わかりました」
即答だった。
◇
アウレリア商業学院は、
王都ルクシオンに設立されることとなった。
校舎には、
アウレリア連合商業会社ルクシオン本部の近くにある、
長らく空き家となっていた屋敷を利用する。
立地は申し分ない。
人の流れも、情報の流れも、
ここを通る。
◇
翌日。
私は、設立準備のため、
その屋敷へ向かった。
とはいえ――
連合商業会社までは転移魔法陣で一瞬。
そこから歩いて、十五分ほど。
移動は、実に楽だ。
警護として、
カエデが同行してくれている。
一応、
王女であることが知られないよう、
伊達メガネをかけて変装した。
……一応。
「アレイシア様」
歩きながら、
カエデがぽつりと言う。
「それ、
あまり変装になっていないと思います」
◇
アウレリア商業学院では、
設立準備にあたるスタッフと顔を合わせた。
その中心に立っていたのが、
レオン・アークライトという青年だった。
年の頃は、十代後半。
若いが、立ち居振る舞いに落ち着きがある。
彼は、
アウレリア連合商業会社の社員であり、
今回の学院設立にあたり、
実務責任者として抜擢されたという。
(理知的で、
無駄のない目をしている)
レオンは、最初のうち――
(こんな少女が?)
と、内心では困惑していたようだった。
だが、
設立方針、カリキュラム案、
運営体制の整理まで一通り打ち合わせを終える頃には、
その表情は、すっかり変わっていた。
「……さすがですね。
社長の妹君と聞いていましたが、
正直、想像以上でした」
そう言って、
レオンは素直に頭を下げた。
どうやら、
懸念は完全に払しょくされたらしい。
◇
そのまま引き上げるつもりでいたのだが、
「このあと、
よろしければ一緒に食事でもいかがですか」
と、レオンが切り出した。
せっかくなので、
設立スタッフの面々とともに、
近くのレストランへ向かうことになった。
◇
「こういう学校ができるのは、
本当に良いことだと思うんです」
席に着くなり、
レオンは熱心に語り出した。
「身分に関係なく学べる場なんて、
今まで、ありませんでしたから」
理念には、
本心から賛同しているのだろう。
ただ――
話しながら、
彼の視線が、
ちらり、ちらりと、
ある方向へ向かっているのに気づく。
……カエデだ。
(あら?
これは……)
私の中の、
“お姉さんの勘”が、
ぴん、と反応する。
「アレイシア様、
これ、すごくおいしいです」
当のカエデは、
そんな視線にまったく気づかず、
目を輝かせて料理を頬張っていた。
◇
それは、
アウレリア商業学院の開校準備が、
ようやく軌道に乗り始めた頃だった。
夕刻。
校舎の中庭。
設立スタッフが残って作業をしている最中、
突然、
怒号が響いた。
「ふざけるな!
こんな学校、認められるか!」
現れたのは、
学院設立に反発する商会関係者――
あるいは、
旧来の特権にすがる者たちだった。
数人。
だが、
手には棍棒や角棒を携えている。
「……下がってください!」
レオンが声を上げるが、
距離を詰めた瞬間――
男の一人が、
彼に向かって踏み込んだ。
脅しのつもりだろう。
そのときだった。
鈍い衝撃音が響く。
男の棍棒は、
レオンに届くことなく、
弾き飛ばされた。
彼の前に、
一人の少女が立っている。
剣を構え、
足を踏みしめ、
一歩も退かない。
カエデだった。
「ここは、
通しません」
声は、
静かで、
しかし、揺れていない。
相手は、
一瞬、怯んだ。
その隙を逃さず、
カエデは一歩前に出る。
斬らない。
だが、
近づかせない。
「……まあまあまあ」
私は、一歩前に出る。
ここからは――
私の出番だ。
「お尋ねの皆さん」
にこやかに、
しかし、逃げ道を塞ぐ角度で。
「この学校の設立が、
皆さんにとって不利になると、
そうお考えなのでしょう?」
男たちは、
顔を見合わせる。
「ですが、
それは誤解です」
私は、間髪入れず続けた。
「むしろ、その逆。
この学院は、
皆さんにとっても、
大きな利益を生みます」
「詳しい話は――
あちらで、
ゆっくりといたしましょう」
くい、と手で示す。
「さあ、どうぞ」
この程度の相手だ。
理と利を並べ、
少しだけ未来を見せてやれば、
簡単に転ぶ。
口八丁、
手八丁。
それが、
私の得意分野だ。
◇
「あとは、
任せました」
そう言い残し、
私は、
彼らを連れて、その場を離れる。
――その間際。
私は、
見逃さなかった。
レオンが、
顔を赤くしたまま、
じっと、
カエデを見つめ続けていたことを。
当のカエデは、
何事もなかったかのように、
剣を整えているというのに。
(……ああ)
私は、
小さく、
心の中で頷いた。
「これ、
完全に“落ちた”わね」
ヴェルハイムにある商人ヴァルスの屋敷では、
私とヴァルディスが、
カエデの淹れてくれた紅茶を口にしながら、
穏やかな談笑を交わしていた。
窓から差し込む陽は柔らかく、
庭では風に揺れる木々の影が、静かに揺れている。
「学校を作ろうと思う」
不意に、ヴァルディスが、切り出した。
「ほう。」
「それは、どんな学校ですか?」
「商いを教える学校だ。
そうだな、『アウレリア商業学院』とでも名付けよう。」
即答だった。
「読み書き、計算、契約、物流。
金の流れと、物の流れ。
――世界が、どう回っているかを教える」
「貴族向けですか?」
「いや。身分は問わん」
ヴァルディスは、淡々と続ける。
「才能があれば、誰でもいい。
商人でも、職人でも、農民の子でもな」
「卒業したら?」
「市場と物流網に繋ぐ。
学んだことを、すぐ使える場所を用意する」
私は、少し考えてから言った。
「……それ、
生まれではなく、学んだ者が国を動かすようになりますね。」
国の在り方そのものを変えてしまいますね?」
「だからだ」
ヴァルディスは、静かに笑う。
「剣より、
よほど確実だろう?」
私は、思わず頷いていた。
「そこでだ」
ヴァルディスが、少し楽しそうに切り出した。
「エリシア。
アウレリア商業学院の設立を、手伝ってくれないか。
こういうの、得意そうだ」
……おもしろそうだ。
「わかりました」
即答だった。
◇
アウレリア商業学院は、
王都ルクシオンに設立されることとなった。
校舎には、
アウレリア連合商業会社ルクシオン本部の近くにある、
長らく空き家となっていた屋敷を利用する。
立地は申し分ない。
人の流れも、情報の流れも、
ここを通る。
◇
翌日。
私は、設立準備のため、
その屋敷へ向かった。
とはいえ――
連合商業会社までは転移魔法陣で一瞬。
そこから歩いて、十五分ほど。
移動は、実に楽だ。
警護として、
カエデが同行してくれている。
一応、
王女であることが知られないよう、
伊達メガネをかけて変装した。
……一応。
「アレイシア様」
歩きながら、
カエデがぽつりと言う。
「それ、
あまり変装になっていないと思います」
◇
アウレリア商業学院では、
設立準備にあたるスタッフと顔を合わせた。
その中心に立っていたのが、
レオン・アークライトという青年だった。
年の頃は、十代後半。
若いが、立ち居振る舞いに落ち着きがある。
彼は、
アウレリア連合商業会社の社員であり、
今回の学院設立にあたり、
実務責任者として抜擢されたという。
(理知的で、
無駄のない目をしている)
レオンは、最初のうち――
(こんな少女が?)
と、内心では困惑していたようだった。
だが、
設立方針、カリキュラム案、
運営体制の整理まで一通り打ち合わせを終える頃には、
その表情は、すっかり変わっていた。
「……さすがですね。
社長の妹君と聞いていましたが、
正直、想像以上でした」
そう言って、
レオンは素直に頭を下げた。
どうやら、
懸念は完全に払しょくされたらしい。
◇
そのまま引き上げるつもりでいたのだが、
「このあと、
よろしければ一緒に食事でもいかがですか」
と、レオンが切り出した。
せっかくなので、
設立スタッフの面々とともに、
近くのレストランへ向かうことになった。
◇
「こういう学校ができるのは、
本当に良いことだと思うんです」
席に着くなり、
レオンは熱心に語り出した。
「身分に関係なく学べる場なんて、
今まで、ありませんでしたから」
理念には、
本心から賛同しているのだろう。
ただ――
話しながら、
彼の視線が、
ちらり、ちらりと、
ある方向へ向かっているのに気づく。
……カエデだ。
(あら?
これは……)
私の中の、
“お姉さんの勘”が、
ぴん、と反応する。
「アレイシア様、
これ、すごくおいしいです」
当のカエデは、
そんな視線にまったく気づかず、
目を輝かせて料理を頬張っていた。
◇
それは、
アウレリア商業学院の開校準備が、
ようやく軌道に乗り始めた頃だった。
夕刻。
校舎の中庭。
設立スタッフが残って作業をしている最中、
突然、
怒号が響いた。
「ふざけるな!
こんな学校、認められるか!」
現れたのは、
学院設立に反発する商会関係者――
あるいは、
旧来の特権にすがる者たちだった。
数人。
だが、
手には棍棒や角棒を携えている。
「……下がってください!」
レオンが声を上げるが、
距離を詰めた瞬間――
男の一人が、
彼に向かって踏み込んだ。
脅しのつもりだろう。
そのときだった。
鈍い衝撃音が響く。
男の棍棒は、
レオンに届くことなく、
弾き飛ばされた。
彼の前に、
一人の少女が立っている。
剣を構え、
足を踏みしめ、
一歩も退かない。
カエデだった。
「ここは、
通しません」
声は、
静かで、
しかし、揺れていない。
相手は、
一瞬、怯んだ。
その隙を逃さず、
カエデは一歩前に出る。
斬らない。
だが、
近づかせない。
「……まあまあまあ」
私は、一歩前に出る。
ここからは――
私の出番だ。
「お尋ねの皆さん」
にこやかに、
しかし、逃げ道を塞ぐ角度で。
「この学校の設立が、
皆さんにとって不利になると、
そうお考えなのでしょう?」
男たちは、
顔を見合わせる。
「ですが、
それは誤解です」
私は、間髪入れず続けた。
「むしろ、その逆。
この学院は、
皆さんにとっても、
大きな利益を生みます」
「詳しい話は――
あちらで、
ゆっくりといたしましょう」
くい、と手で示す。
「さあ、どうぞ」
この程度の相手だ。
理と利を並べ、
少しだけ未来を見せてやれば、
簡単に転ぶ。
口八丁、
手八丁。
それが、
私の得意分野だ。
◇
「あとは、
任せました」
そう言い残し、
私は、
彼らを連れて、その場を離れる。
――その間際。
私は、
見逃さなかった。
レオンが、
顔を赤くしたまま、
じっと、
カエデを見つめ続けていたことを。
当のカエデは、
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剣を整えているというのに。
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