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6:裏事情
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僕――ロンネーナ王国第二王子カイルディアは、盛大に溜息をついた。
(ああ、駄目だ。色々全体的に駄目だ。何でこんな事になったんだ)
頭を抱えたくなる。無性に泣きたくなってくるのは何故だろうか。
カイルディアの気分に合わせてか、周りの空気が心なしか重くなった気がする。いや、実際重くなっている、とイレオンは思った。これはカイルディアの、魔力のせいだ。ロンネーナの王族の血筋は、代々魔力が多い。どんな感情であれ、昂れば大小なりとも暴走する。今回は、気分が沈んでいたため、魔力が暗く沈んだ感じで辺りに垂れ込んでいるのだ。
「殿下ぁ、そんなに気分を落とされない方がいいですよぉ? せっかくのヴィアンさんの就任式が曇天模様になってしまいますぅ」
イレオンは、垂れさがった眉をさらに下げて、カイルディアに諫言を呈す。
カイルディアは、ちらりとイレオンの方を見やり、また深々と溜息をついて―――。
「お前には分からん。一生なっ!」
恨みがましく、そう言い捨てた。
「…………あ、そうですか」
イレオンは、何かを悟ったらしかった。笑顔と無表情の間みたいな顔をして、何だか遠くを見ている。
(ああそうだ。お前には分からんさ)
カイルディアは、ぎゅうぅと眉を寄せる。眉間には、深くしわが刻まれた。
ヴィアンが突然『葵』の団長に就任した理由は、勿論前団長のドルッセン・バルドロイの遺言書の件もあるが、それだけではなかった。英雄のとは言え、一武人如きの遺言書など、簡単に撥ね退けられるのだから。
だが、そうはならなかった。
何故だか、ユーストリア教会が、その最高神官である教皇が、ヴィアンを団長に、と口を出してきたのである。教会が政治に口を出すことはままある話だが、事今回に関しては訳が分からない。別に教会の教えに反しているわけでも、教会側の嫌がらせというわけでもなさそうなのである。
この不測の事態に、国王は困惑した。こんな事がなければ、新団長の座は、一時的に「黄星の魔術師」キース=カインを任命しようとしていた。これなら教会も文句は言えまいと思っての事だったのだ。
ところがどっこい。その事を教会に報告したが、今度はキース本人からも抗議が出されたのである。
国の重鎮たちは、国王に負けず劣らず困惑した。一体何なんだ、とキースと同じロゥガリヤでありユーストリア教会の枢機卿でもあるアレク・ソロディアとカリメア・アイリストスに、彼らは問い詰めた。
アレクとカリメアは、流石王族の教育係を務めただけあって、冷静に事の次第を説明した。
ヴィアン・ソロディアは、『黄星の魔術師』と前『葵』団長ドルッセン・バルドロイの愛弟子である。言わずもがな、武術の、である。
ヴィアンはこの規格外な師の下で、これまた規格外な成長を見せた。十二になる頃には、あのキースとドルッセンが十戦中七敗するほどの強さを身に着けてしまったのだ。剣を持たせて、たった五年の事である。まさに化け物、と言うわけだ。
これに、アレクとカリメアは慌てた。まさかこんなことになるなど、夢にも思っていなかったのである。そりゃそうだ。ヴィアンは、魔術の才能だけでも常人をはるかに超えていて、国王直々に封魔具を下賜されたほどなのだから。
これは危ない。そう二人は思った。このままキースとドルッセンに可愛い可愛いヴィアンを任せていると、えらい事になる。もしヴィアンが軍事利用されようものなら…………――――。
アレクとカリメアはロンネーナ――ひいては人類にとって、偉大なる決断をした。ヴィアンを、スリンヤ宮にしばし封印する。すなわち、表舞台に一切出さない事にしたのだ。
これを実行に移すには、悪因の根源である二人から猛烈な抗議があったが、アレクとカリメアは押し切った。さすがにこれだけは譲る気はなかった。
カリメアとしては、社交界デビューさせられないのが惜しかったが、こればっかりは仕方なかった。
―――というわけで、それから三年間は何事もなく平穏に過ぎ去った。…………と、言うわけでもなく。
ヴィアンがいきなり、(捨て子なので正確ではないが)十五歳の誕生日の日に、騎士になると言い出した。世間一般では十五当たりに騎士になるのが基本だ。そう考えて、ヴィアンは育て親に切り出したのだろう。
この事にキースとドルッセンは歓喜した。だが、アレクとカリメアは猛反対した。何の為に、この三年間ヴィアンを隠してきたというのか。
だが、ヴィアンの決意は固かった。結局は、最後の最後でヴィアンに弱いアレクとカリメアの根負けという形で収集ついた。ただし、条件付きで。
『グズナイサ・ローネ』の力を強化する。命の危険度によって力加減が調整できるように、有名な封魔具職人に依頼した。
内容はこんなものだ。
『第一段階』 ちょっと派手に転ぶ程度。
『第二段階』 階段から落ちる、激流に流される程度。
『第三段階』 自分の少し下くらいの力の持ち主と対峙する程度。
『第四段階』 自分と同等の力の持ち主と対峙する程度。
『第五段階』 自分よりも強い相手と対峙する程度。
『第六段階』 命がやばい程度。
さっきヴィアンが言っていた、『第四段階』とは、すなわちこれである。
自分と同等レベルのじんが……規格外が、『緑牙ノ騎士団』にもいると言ったわけだ。
薄々気が付いている者もいるだろうが、その人物は何を隠そうサム・バルドロイである。
『緑牙の騎士団』は色々と残念な人間が多く、軽くみられがちだが、団長をはじめ人に見られるとやばい人物を隔離、もといまとめて管理するための騎士団と言っていい組織だった。
と、言うわけで、ヴィアンはこの騎士団に編入する事で騎士になることを許されたという経緯があった。でなければ、国側が泣いてやめてくれと懇願してきたことだろう。何とも哀れなことだ、誰が、とは言わないが。
ヴィアンが『緑牙の騎士団』を出る事は無いだろうと、経緯を知る者は誰もが思っていた。
「それがこんな事になって、私自身も驚いてますよ」
深々とため息をついて、アレクは途中そう言った。
キースもドルッセンも、その時きちんと納得したはずだった。
そう、納得したはずだったのだ!
それが、どうしてこんな事になったのか、頭がついていかない。
だが、事実なっていしまったものはなってしまったので、受け入れるしかない。ここからが本題だった。
ドルッセンは、自分の秘蔵っ子が表舞台に出れない事に未練があったようなのだ。
けれども、ヴィアンを表舞台に引っ張り出すのは容易ではない。
悩んで悩んだ末に、ドルッセンはある事を思いついた。
自分が死んでしまった後にあくはずの、『葵』の団長の座をヴィアンに譲ろう。そのためにヴィアンを可愛がっていた教皇にも協力を仰ごう。反対はしないだろう。教皇は、ヴィアンの事を勇者の生まれ変わりと言って大いにはしゃいでいたのを覚えている。うん。いい考えだ。そうしよう。成功するといい。いや、絶対に成功する!! よし、決行だぁあっ!!
「と、言う感じでぇ、決行したのだと思いますわぁ」
カリメアはそう締めくくった。若干目が据っていたのは、きっと気のせいではないだろう。
聞き終えた重鎮たちは、まさに唖然。
何といっても、今聞いた話の半分は知らなかった事だからだ。
ドルッセンとキースの秘蔵っ子!?
あの教皇が勇者と称した!?
魔力だけで災害級!?
国の意思は固まった。アレクとカリメアの説明が決め手となったのは言うまでも無い。
―――ヴィアンは、我々の近くで監視していた方が安全だ―――
それからの行動は迅速だった。あっという間に体制が整えられ、監視役に第二王子カイルディアが任命された。
伝言玉と呼ばれる魔術で使者ともども『緑牙』に送り、事の次第と手早く知らせる。
連絡を受け取ったヴィアンは、多少無理がある日程に、大急ぎで支度をして出発した。道中、熊を退治したという報告があったが、内容が恐ろしかったのでスルーさせてもらった。
心臓に悪い事は、できるだけ避けた方がいいに決まっている。
ちなみに、伝言球なんて便利なものが有るのに、何故ヴィアンもそれで王都へ来なかったのかというと、王都からの使者が泣いてやめてくれと懇願してきたからである。ただでさえ、『緑牙』は怪物の魔窟なのだ。とっとと用件だけ伝えてさっさと帰りたいに決まっている。誰だって命は惜しいのだ。
伝言球は高価な魔道具であるがゆえに、『緑牙』には置いていなかった。と、言うことで、ヴィアンは仕方なくのろのろ馬車で王都まで来る事になったのだった。
と、言う裏事情で今日に至ったわけだが、当の本人は何も解っていなかった。
うん、ヤバい。これはヤバい。僕は正式に団長に処される前に本人に一から十まで説明しようと思っていた。
……が、噂のロゥガリヤに横槍が入った。これは、「話すな」という暗黙の牽制だった。
「はぁああぁ……っ」
考えるだけで頭が痛くなってきた。願わくは、何事もなく就任式が終わる事を祈るしかあるまい。
「殿下ぁあああぁっっ!!」
式場に向かう廊下で、痛むこめかみをさえていると、突然喧しい足音が耳を打つ。
僕は思わず舌打ちする。
「殿下ぁああぁ」
「おや、『葵』の皆さんではないですかぁ」
イレオンが、持ち前ののほほんさで反応した。
「失礼しますっ、殿下!」
「お耳に入れていただきたいことがございまして、御前にまかり越しました」
またか。こりもせずよく来るわ。
「言っておくがな、貴様ら。ヴィアンの団長就任は国王陛下のご意志である。これを覆すことはできない。それでもやると言い出すのならば、それは反逆罪と同様である。其の方、承知の上か」
多少凄みを聞かせて言うと、ぐっと騎士たちは言葉に詰まる。だが、決意の固まった目で、再度口を開いた。
「けれども、我々は納得いきません」
「何故どこの馬の骨とも知れぬ野郎が、誇り高き『葵』の団長に任命されるのですか。ドルッセン団長もなくなって間もないというのに」
もう面倒臭いわ、お前ら。粘着質な男は嫌われるぞ。
「どこの馬の骨とも知れぬ、だと? ヴィアンは、れっきとしたロゥガリヤの子だ。其方らよりも、戸籍上は身分が上だぞ? 今の発言は不敬となる。教会にケンカを売りたいならそうすればよい。止めはせぬ」
「養子ではありませんか!」
「だがロゥガリヤに育てられた。赤子の頃から、だ。これを親子と言わずして何と呼ぶ? 其方らはロゥガリヤの怒りを買いたいのか」
「殿下」
イレオンがさりげなく諫めてきた。
だが、僕にも忍耐袋をというものがある。何度も同じ無意味なやり取りを繰り返してきて、少々苛ついているんだ。
「何だ、イレオン。僕が間違ったことを言ったか? いいや、何一つ間違ってはいまい。すべて事実だ。ヴィアンは『葵』の団長になる。ドルッセンとキースの秘蔵っ子がなっ! ヴィアンは誰よりも実力があった。これは真実であって間違えようのない現実だ」
「……さようでございますねぇ」
イレオンは不満げにだが、肯定する。
「騎士の皆、納得のいかぬのなら、ヴィアンと一人ずつ決闘でもしてみるがいい。僕が手配しよう。どちらが間違っているか、民衆の前で示してみろ」
「! 殿下っ!」
いちいち五月蠅い。
「咎めは聞かぬ。どうせこ奴らは、自分自身で証明できなければ解らんのだ。それでよいだろう? 就任式後のパーティーの余興にでもやれ」
僕は吹っ切れていた。色々投げやりだった。
後々後悔する事になるのだが、現時点でそんな事、分かるはずがない。
「承知いたしました。どちらが正しいか、ご覧に入れましょうぞ」
大きく頷き、事を承諾する騎士。
カイルディアは、決闘に勝っても何も変わらない事を承知していながらも、何も言わずに
「ああ、そうしろ」
とぶっきらぼうに答えただけであった。
「どんな事になっても知りませんよぉ? 殿下ぁ」
イレオンの言葉は、聞かなかった事にした。
――――だが、このことを僕は後後深く後悔する事になる。
(ああ、駄目だ。色々全体的に駄目だ。何でこんな事になったんだ)
頭を抱えたくなる。無性に泣きたくなってくるのは何故だろうか。
カイルディアの気分に合わせてか、周りの空気が心なしか重くなった気がする。いや、実際重くなっている、とイレオンは思った。これはカイルディアの、魔力のせいだ。ロンネーナの王族の血筋は、代々魔力が多い。どんな感情であれ、昂れば大小なりとも暴走する。今回は、気分が沈んでいたため、魔力が暗く沈んだ感じで辺りに垂れ込んでいるのだ。
「殿下ぁ、そんなに気分を落とされない方がいいですよぉ? せっかくのヴィアンさんの就任式が曇天模様になってしまいますぅ」
イレオンは、垂れさがった眉をさらに下げて、カイルディアに諫言を呈す。
カイルディアは、ちらりとイレオンの方を見やり、また深々と溜息をついて―――。
「お前には分からん。一生なっ!」
恨みがましく、そう言い捨てた。
「…………あ、そうですか」
イレオンは、何かを悟ったらしかった。笑顔と無表情の間みたいな顔をして、何だか遠くを見ている。
(ああそうだ。お前には分からんさ)
カイルディアは、ぎゅうぅと眉を寄せる。眉間には、深くしわが刻まれた。
ヴィアンが突然『葵』の団長に就任した理由は、勿論前団長のドルッセン・バルドロイの遺言書の件もあるが、それだけではなかった。英雄のとは言え、一武人如きの遺言書など、簡単に撥ね退けられるのだから。
だが、そうはならなかった。
何故だか、ユーストリア教会が、その最高神官である教皇が、ヴィアンを団長に、と口を出してきたのである。教会が政治に口を出すことはままある話だが、事今回に関しては訳が分からない。別に教会の教えに反しているわけでも、教会側の嫌がらせというわけでもなさそうなのである。
この不測の事態に、国王は困惑した。こんな事がなければ、新団長の座は、一時的に「黄星の魔術師」キース=カインを任命しようとしていた。これなら教会も文句は言えまいと思っての事だったのだ。
ところがどっこい。その事を教会に報告したが、今度はキース本人からも抗議が出されたのである。
国の重鎮たちは、国王に負けず劣らず困惑した。一体何なんだ、とキースと同じロゥガリヤでありユーストリア教会の枢機卿でもあるアレク・ソロディアとカリメア・アイリストスに、彼らは問い詰めた。
アレクとカリメアは、流石王族の教育係を務めただけあって、冷静に事の次第を説明した。
ヴィアン・ソロディアは、『黄星の魔術師』と前『葵』団長ドルッセン・バルドロイの愛弟子である。言わずもがな、武術の、である。
ヴィアンはこの規格外な師の下で、これまた規格外な成長を見せた。十二になる頃には、あのキースとドルッセンが十戦中七敗するほどの強さを身に着けてしまったのだ。剣を持たせて、たった五年の事である。まさに化け物、と言うわけだ。
これに、アレクとカリメアは慌てた。まさかこんなことになるなど、夢にも思っていなかったのである。そりゃそうだ。ヴィアンは、魔術の才能だけでも常人をはるかに超えていて、国王直々に封魔具を下賜されたほどなのだから。
これは危ない。そう二人は思った。このままキースとドルッセンに可愛い可愛いヴィアンを任せていると、えらい事になる。もしヴィアンが軍事利用されようものなら…………――――。
アレクとカリメアはロンネーナ――ひいては人類にとって、偉大なる決断をした。ヴィアンを、スリンヤ宮にしばし封印する。すなわち、表舞台に一切出さない事にしたのだ。
これを実行に移すには、悪因の根源である二人から猛烈な抗議があったが、アレクとカリメアは押し切った。さすがにこれだけは譲る気はなかった。
カリメアとしては、社交界デビューさせられないのが惜しかったが、こればっかりは仕方なかった。
―――というわけで、それから三年間は何事もなく平穏に過ぎ去った。…………と、言うわけでもなく。
ヴィアンがいきなり、(捨て子なので正確ではないが)十五歳の誕生日の日に、騎士になると言い出した。世間一般では十五当たりに騎士になるのが基本だ。そう考えて、ヴィアンは育て親に切り出したのだろう。
この事にキースとドルッセンは歓喜した。だが、アレクとカリメアは猛反対した。何の為に、この三年間ヴィアンを隠してきたというのか。
だが、ヴィアンの決意は固かった。結局は、最後の最後でヴィアンに弱いアレクとカリメアの根負けという形で収集ついた。ただし、条件付きで。
『グズナイサ・ローネ』の力を強化する。命の危険度によって力加減が調整できるように、有名な封魔具職人に依頼した。
内容はこんなものだ。
『第一段階』 ちょっと派手に転ぶ程度。
『第二段階』 階段から落ちる、激流に流される程度。
『第三段階』 自分の少し下くらいの力の持ち主と対峙する程度。
『第四段階』 自分と同等の力の持ち主と対峙する程度。
『第五段階』 自分よりも強い相手と対峙する程度。
『第六段階』 命がやばい程度。
さっきヴィアンが言っていた、『第四段階』とは、すなわちこれである。
自分と同等レベルのじんが……規格外が、『緑牙ノ騎士団』にもいると言ったわけだ。
薄々気が付いている者もいるだろうが、その人物は何を隠そうサム・バルドロイである。
『緑牙の騎士団』は色々と残念な人間が多く、軽くみられがちだが、団長をはじめ人に見られるとやばい人物を隔離、もといまとめて管理するための騎士団と言っていい組織だった。
と、言うわけで、ヴィアンはこの騎士団に編入する事で騎士になることを許されたという経緯があった。でなければ、国側が泣いてやめてくれと懇願してきたことだろう。何とも哀れなことだ、誰が、とは言わないが。
ヴィアンが『緑牙の騎士団』を出る事は無いだろうと、経緯を知る者は誰もが思っていた。
「それがこんな事になって、私自身も驚いてますよ」
深々とため息をついて、アレクは途中そう言った。
キースもドルッセンも、その時きちんと納得したはずだった。
そう、納得したはずだったのだ!
それが、どうしてこんな事になったのか、頭がついていかない。
だが、事実なっていしまったものはなってしまったので、受け入れるしかない。ここからが本題だった。
ドルッセンは、自分の秘蔵っ子が表舞台に出れない事に未練があったようなのだ。
けれども、ヴィアンを表舞台に引っ張り出すのは容易ではない。
悩んで悩んだ末に、ドルッセンはある事を思いついた。
自分が死んでしまった後にあくはずの、『葵』の団長の座をヴィアンに譲ろう。そのためにヴィアンを可愛がっていた教皇にも協力を仰ごう。反対はしないだろう。教皇は、ヴィアンの事を勇者の生まれ変わりと言って大いにはしゃいでいたのを覚えている。うん。いい考えだ。そうしよう。成功するといい。いや、絶対に成功する!! よし、決行だぁあっ!!
「と、言う感じでぇ、決行したのだと思いますわぁ」
カリメアはそう締めくくった。若干目が据っていたのは、きっと気のせいではないだろう。
聞き終えた重鎮たちは、まさに唖然。
何といっても、今聞いた話の半分は知らなかった事だからだ。
ドルッセンとキースの秘蔵っ子!?
あの教皇が勇者と称した!?
魔力だけで災害級!?
国の意思は固まった。アレクとカリメアの説明が決め手となったのは言うまでも無い。
―――ヴィアンは、我々の近くで監視していた方が安全だ―――
それからの行動は迅速だった。あっという間に体制が整えられ、監視役に第二王子カイルディアが任命された。
伝言玉と呼ばれる魔術で使者ともども『緑牙』に送り、事の次第と手早く知らせる。
連絡を受け取ったヴィアンは、多少無理がある日程に、大急ぎで支度をして出発した。道中、熊を退治したという報告があったが、内容が恐ろしかったのでスルーさせてもらった。
心臓に悪い事は、できるだけ避けた方がいいに決まっている。
ちなみに、伝言球なんて便利なものが有るのに、何故ヴィアンもそれで王都へ来なかったのかというと、王都からの使者が泣いてやめてくれと懇願してきたからである。ただでさえ、『緑牙』は怪物の魔窟なのだ。とっとと用件だけ伝えてさっさと帰りたいに決まっている。誰だって命は惜しいのだ。
伝言球は高価な魔道具であるがゆえに、『緑牙』には置いていなかった。と、言うことで、ヴィアンは仕方なくのろのろ馬車で王都まで来る事になったのだった。
と、言う裏事情で今日に至ったわけだが、当の本人は何も解っていなかった。
うん、ヤバい。これはヤバい。僕は正式に団長に処される前に本人に一から十まで説明しようと思っていた。
……が、噂のロゥガリヤに横槍が入った。これは、「話すな」という暗黙の牽制だった。
「はぁああぁ……っ」
考えるだけで頭が痛くなってきた。願わくは、何事もなく就任式が終わる事を祈るしかあるまい。
「殿下ぁあああぁっっ!!」
式場に向かう廊下で、痛むこめかみをさえていると、突然喧しい足音が耳を打つ。
僕は思わず舌打ちする。
「殿下ぁああぁ」
「おや、『葵』の皆さんではないですかぁ」
イレオンが、持ち前ののほほんさで反応した。
「失礼しますっ、殿下!」
「お耳に入れていただきたいことがございまして、御前にまかり越しました」
またか。こりもせずよく来るわ。
「言っておくがな、貴様ら。ヴィアンの団長就任は国王陛下のご意志である。これを覆すことはできない。それでもやると言い出すのならば、それは反逆罪と同様である。其の方、承知の上か」
多少凄みを聞かせて言うと、ぐっと騎士たちは言葉に詰まる。だが、決意の固まった目で、再度口を開いた。
「けれども、我々は納得いきません」
「何故どこの馬の骨とも知れぬ野郎が、誇り高き『葵』の団長に任命されるのですか。ドルッセン団長もなくなって間もないというのに」
もう面倒臭いわ、お前ら。粘着質な男は嫌われるぞ。
「どこの馬の骨とも知れぬ、だと? ヴィアンは、れっきとしたロゥガリヤの子だ。其方らよりも、戸籍上は身分が上だぞ? 今の発言は不敬となる。教会にケンカを売りたいならそうすればよい。止めはせぬ」
「養子ではありませんか!」
「だがロゥガリヤに育てられた。赤子の頃から、だ。これを親子と言わずして何と呼ぶ? 其方らはロゥガリヤの怒りを買いたいのか」
「殿下」
イレオンがさりげなく諫めてきた。
だが、僕にも忍耐袋をというものがある。何度も同じ無意味なやり取りを繰り返してきて、少々苛ついているんだ。
「何だ、イレオン。僕が間違ったことを言ったか? いいや、何一つ間違ってはいまい。すべて事実だ。ヴィアンは『葵』の団長になる。ドルッセンとキースの秘蔵っ子がなっ! ヴィアンは誰よりも実力があった。これは真実であって間違えようのない現実だ」
「……さようでございますねぇ」
イレオンは不満げにだが、肯定する。
「騎士の皆、納得のいかぬのなら、ヴィアンと一人ずつ決闘でもしてみるがいい。僕が手配しよう。どちらが間違っているか、民衆の前で示してみろ」
「! 殿下っ!」
いちいち五月蠅い。
「咎めは聞かぬ。どうせこ奴らは、自分自身で証明できなければ解らんのだ。それでよいだろう? 就任式後のパーティーの余興にでもやれ」
僕は吹っ切れていた。色々投げやりだった。
後々後悔する事になるのだが、現時点でそんな事、分かるはずがない。
「承知いたしました。どちらが正しいか、ご覧に入れましょうぞ」
大きく頷き、事を承諾する騎士。
カイルディアは、決闘に勝っても何も変わらない事を承知していながらも、何も言わずに
「ああ、そうしろ」
とぶっきらぼうに答えただけであった。
「どんな事になっても知りませんよぉ? 殿下ぁ」
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――――だが、このことを僕は後後深く後悔する事になる。
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