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竜族四氏族長

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「―――ッ!?」 

 大地を揺るがすほどの振動と爆音。水飛沫。 

「な……っ!?」 

(何が、起こった?) 

 煙に巻かれて舞う水滴が目に入って、視界がぼやける。 

 ルキシエンスは咄嗟にツェリの頭を抱え、結界を張った。 

「ルース……?」 

 

「王よ! 我らが守護者よ!! 何処におわすのですか!?」 

 

  霧のように広がる水飛沫に巻かれた辺り一面に響く、玲瓏な声。 

 

「王よ! 至尊の御方! 我らが唯一忠誠を捧ぐ御方!」 

 

 声は少女のものになって続く。 

 

「御姿をお現しください! 我らが栄えある王よ!!」 

 

 今度は雄々しい男の声に変わる。 

 

(王……三人?) 

 この場にいる、王は。声の主たる三人の男女が忠誠を誓う相手とは。 

 間違いない。 

「……ルース?」 

 これは。 

 

(竜王直下、竜族四氏族長―――――ッ!?) 

 やばい。人生史上最大にやばい。 

 ぶわり……っ、と汗が全身から吹き出した。 

「ルースッ!」 

 ハッと、ルキシエンスは自分の名を呼んだツェリを見やった。 

「ツェリ、さん」 

「大丈夫か?」 

「……ッはい」 

 モタモタしていられない。対応ひとつ間違えば、確実に死ぬ。 

 相手は、それだけやばい。 

(――いや、対応一つできないで、死ぬかも)

 

 攻撃して隙を作る? いや、魔力の移動で居場所が特定される。そもそも魔術を展開している間に殺られる。 

 逃げよう。取り敢えずこの場から離れる。それしか無い。 

 戦って勝てないような相手とは、戦わない。それが生き残るためのコツだ。自分より強い相手に挑むなんて、命が惜しくないやつのすることである。

 ルキシエンスは命が惜しいので、迷わず逃げることにした。

 

 竜人族の、王に次ぐ実力を持つ四人。それが竜族四氏族長。 

 光竜族長、アレンシオエル。 

 炎竜族長、カリーナゼルダ。 

 闇竜族長、ガレンスレット。 

 水竜族長、ロウリーフィ。 

 1000年前から族長会の人員が変わっていないとするなら、この四人で間違いはない。 

 最初のがロウリーフィ。次にカリーナゼルダ、最後がガレンスレットだろう。光竜族長アレンシオエルは人前に姿を現さないから、伝承にも残っていない。竜族四氏族長は、人間にとって一般的にアレンシオエルを除く3人を指した称号だ。 

 この場に現れた3人は、人類史に史上最悪の災厄として名を残していた。 

 ルキシエンスは、必死でこの場を分析する。 

 (竜王の結界が破られた。その後すぐにこの場から離れるべきだった!) 

 結界が破られた時点で、彼らが王を取り戻しに来ることは、想定しなくてはならない必至事項だったのだ。 

 1000年前、王を奪われた竜人族は怒り狂った。その中でも、水竜族長と炎竜族長の怒りは凄まじかった。彼らは人間の街を破壊して回ったのだ。この襲撃のおかげで、何十、何百という街々が消え去った。中では壊滅に追い込まれた国もある。 

 戦争の比ではない。もはや天災レベルの大災厄である。 

 

 そんなバケモノと、自分は今対峙している。 

 

 逃げるにしても、どうする、どうしたら良い? どうやったらこの場を切り抜けられる? 

(考えろ……考えろ……っ!) 

 自分は人間だ。竜人族からしたら、王を奪い去った憎き仇。そして、尾を一振りするだけでも簡単にその生命を奪える相手。 

 問答無用で殺される。姿を確認された瞬間、あの世行きだ。 

「この気配は何だ……? 何が起きている? 王とは、私のことなのか」 

 腕の中からツェリの戸惑った声が聞こえる。 

 ルキシエンスは己を叱咤した。ここは男として、良いところを見せるべきだろう! 

(精霊たちがうるさい) 

 まるで王の居場所を仲間に知らせるように、さざめいている。 

(ここが特定されるのも時間の問題か) 

 基本的に、精霊たちは魔道士に友好的だ。だが竜人族と比べると、その寵愛はどうしたって、劣る。 

 彼らに悪意はない。ただ純粋な好意から、彼らは王の居場所を王の眷属に知らせるのだ。 

 風を切る音が上空から聞こえた。同時に、大きな影が頭上を掠める。 

「なん、だ……あれは?」 

 竜だ。 

 霧が晴れてきて、もとの碧空が姿を現す。 

 その青空に猛々しく飛翔する、3頭の竜。 

 光を受けてなお純黒に輝く鱗を持つ、大柄の竜。 

 透き通る清流を思わせる白銀の鱗の、優美な竜。 

 苛烈な炎を連想させる紅蓮の鱗の、比較的小柄な竜。 

 3頭の鱗が、陽光に弾けて煌めいていた。 

「美しいな……」 

 感嘆極まる声が、ツェリの口から漏れた。 

 悔しいが、完全にルキシエンスも同意してしまう。 

 それほどまでに荘厳な光景だった。神話の世界は、きっとこんな風だったのだろう。 

 思わず、見惚れる。これが自分の命に関わらなければ、どんなに良かったか。 

 砂煙が晴れ、周囲の様子が確認できた。 

 

 直ぐ側に、大穴が空いている。 

 

 ヒュッとルキシエンスは喉を鳴らした。 

 そうだ。彼らが己の存在を知らせてきたのは、あくまで礼儀。そして、牽制。 

 本来なら、自分の命を奪うなど、造作もないに違いない。 

 一重に、王のため。自分たちの守護者を取り返すために、彼らはここにいる。 

「あれが、竜なのか……? 彼らは私を探しに来たのか……?」 

 ツェリは、竜人族の王。竜は、決して彼を傷つけない。 

(ツェリを――――)  

 悪魔的な思考が脳裏をよぎる。 

「ルース」 

 同時に、嫌だと心が叫ぶ。 

 自分でも、おかしいと思う。 

 今日始めて出会った。実家にあった文献で何度もその伝承は目にしてきたが、その姿を認めたのは初めてだった。 

 なのに、こんなにも心が駆り立てられる。 

「転移します」 

 魔術を展開すると同時に、真上から竜の咆哮が聞こえた。 




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