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ルキシエンスの頼み事
しおりを挟むルキシエンスとツェリが転移した街は、商業都市レイベルルだった。レイベルルは、皇国の西北に位置し、隣国との交易で栄えていた。
商業都市の名の通り、この街には皇都に負けず劣らず物が集まり、そして国中にばらまかれる。良くも悪くも物流が盛んで、それに伴って情報も溢れかえっていた。
国中に太陽の光も掻き消す閃光が走ってから半日が経った。日はとっくに落ちていたが、街は夜の微睡みとは無縁だった。
通りには煌々と街灯が輝き、昼間より多少劣るものの十分すぎるほどの明かりがあった。
昼間には国内外から運び込まれた品物が並べられた市場が賑わっているが、夜間は酒場と歓楽街―――俗に言う花町に活気がある。まさに「大人の時間」とも言える時刻だ。
歓楽街から通りを一本隔てた宿に、ルキシエンスとツェリは泊まっていた。
「急いでいた割に、随分と悠長だな……?」
あのあと、具合が悪そうなままルキシエンスは、自分を心配するツェリに連れてこの宿屋まで来た。
ツェリは目を白黒させたまま、宿のチェックインを済ませたルキシエンスに呟いたのである。
「まあ、お主も本調子ではないのだろうし、無理は良くないからな」
そう納得しては見るものの、やはりどこか不可解だった。
首を傾げるツェリの手を引き、ルキシエンスはさっさと取った部屋に入っていく。
ここでしっかり(一部屋といえども)寝台が2つある部屋を取っているあたり、ルキシエンスは紳士と言えるだろう。
彼が取った部屋は、なかなか広かった。寝室とリビング、おまけにかなり設備の整った風呂場まで完備である。
ツェリはこの国の、というか宿全般に詳しくはなかったから分からなかったが、ここは一泊結構なお値段のする高級宿屋だった。
「さて、ツェリさん」
リビングに設置されたソファーに腰掛け、ツェリにも向かい側を勧めながら、ルキシエンスは口を開いた。
「ちょっと変装しませんか?」
「…………は?」
何を言われるのかと身構えていたら、ルキシエンスの口からこぼれたのは思ってもみないことだった。
「へん、そう……」
「はい、変装、です!」
にこやかにルキシエンスは繰り返した。
「実は転移する時、行き先をごまかす工作をしたんですが―――」
そんな事ができるのか、とツェリは人間の魔道士に対して間違った常識を得た。
一般的な魔道士は、ランダムで行き先が変わる転移魔術でそんな工作を施すことは不可能だ。
しかし、ギルヴァート家の筆頭魔道士にして不世出の天才と謳われるルキシエンスには不可能ではなかった。
予め行き先を設定し、もし追跡魔術をかけられても本当の行き先とは別の方角に相手側の認識をずらす。西に行ったなら南、北に行ったなら東、というように。 恐ろしく魔力を食うが、ルキシエンスはこの方法をよく取っていた。姉の情報網を撒きたい時はとても役に立つのだ。もっと魔力を削ってもいいなら、これ以上に細かく認識を操作できる。
姉セレイディアは、ルキシエンスが黙って屋敷を出ていったとしても行き先を知っていたりする恐ろしいところがあった。それを出し抜きたいと思って開発改良したのがこの転移魔術である。
(まさかこんな場面でも活躍するとは思わなかったが)
今までは魔力を食いすぎるとかで、自分以外この魔術を扱えた人間はいなかった。おかげで竜人たちにもあまり研究されずに済んでいたのだろう。
ルキシエンスにしかできない離れ業だった。
彼らは半日経った現時刻になっても自分たちに追いついていない。ルキシエンスはほくそ笑んだ。竜も出し抜けるとなると、自分の魔術はそう捨てたものではない。
だが。
「バレるのも時間の問題だと思うので、ツェリさんに変装―――もとい人間に偽装してもらいたいのですよ」
都合の悪い部分は密かにゴリゴリ削り、ルキシエンスは事のあらましを目の前の麗人に伝えた。
ふんふんと聴いていた銀髪の麗人は、ルキシエンスの話が終わるとあっさりとそういうことなら、と彼の頼みに頷いたのだった。
しかし彼自身は、未だに何故自分が竜人たちに狙われているのか、理解できていない様子だった。
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