イレンディア・オデッセイ

サイキ ハヤト

文字の大きさ
17 / 125
第一章 幼い冒険者

二人の約束

しおりを挟む
 サーペントに襲われた後、三叉路を出たのが昼下がりだったこともあり、その日は守衛所まで辿り着かなかった。
 今いるのは、守衛所とサベナ湖のちょうど中間点ほどだ。東側にはトゥール森林地帯、西側にはシャルノ平原が広がっている。

 時は夕刻。シャルノ平原の向こう、南西を見ればグヤンタの塔が高く聳え立ち、沈む日の光を受けて長い影を伸ばしているのが見える。
 空は橙色から紺色へ、紺色から星々を散りばめた漆黒へと、うっとりするような美しい色の移ろいを見せている。

 怪物が見当たらないとは言え、夜間に焚き火をするほど油断してはいないセグムは、深夜の見張りするため先に眠った。

 オンテミオンは、ジャシードに三日目の特訓をしていた。行程として、今回がこの旅で最後の特訓になるのだろう。

「ねえ、オンテミオンさん」
 ジャシードは、今や師と仰ぐほどに尊敬している冒険者に言った。

「んん、なんだ」
「力場って、どうやるのかな」
「まだ早い」
 ジャシードの質問に、オンテミオンは即答した。

「力場があれば、ぼくも少し役に立てるのかなって……」
「子供が粋がるんじゃあない」
 オンテミオンは再度ぴしゃりと言った。

「ご、めんなさい……何か、役に立ちたくて……」
 ジャシードは急に叱られ、見るからにシュンとしていた。まだ早いのは分かっている。
 しかし、オンテミオンと特訓ができるのは、もしかすると今日が最後かも知れない。
 何かみんなの役に立つことを覚えたい。そう思うと、気が逸ってしまった。

 オンテミオンは、ジャシードがシュンとしている姿を見て、少し気の毒になった。
 この少年はずっと旅の中で、自分がお荷物でしかないという思いと戦っていたのだ。

「ジャシード」
 オンテミオンは、叱られて小さくなっている、大きな可能性を秘めている小さな冒険者の名を呼んだ。

 幼い冒険者は期待のない視線で、その名を呼んだ人間を見上げ、次の言葉を待っていた。

「君は、マーシャを助けるために旅をしたんだったな……。そしてしっかりと霊薬を貰い、こうして帰ってきている。セグムが言っていたよ。『おれの息子は、グラウドゥーサを目の前にして、彼女が薬をくれてやってもいいと思えるように、一所懸命、説明してた』ってな。君は少なくとも、幼馴染みの為に、エルフの長を動かしたんだ。グラウドゥーサは『見抜く目』を持っていて、私利私欲のために行動する人間の目標に荷担することのない人物だ。その彼女から薬を手に入れた。恥じることはない。君はしっかり役目を果たしたのだ」

 幼い冒険者は少し驚いた様子で、しかし黙って話を聞いていた。

「それから……君が助けたいマーシャは、君を助けたい一心で限界を超えることをしてしまったがために、危険な場所に足を踏み入れてしまった」

 オンテミオンは、少年が同意の視線を向けたのを確認して続けた。

「君はセグムに教えを請うて、同い年の誰よりも一所懸命努力をし、基礎を積み上げてきた。そうだな?」

 少年は、黙ってコクリと肯いた。

「いいかい、ジャシード。物事には、通り抜けなければならない場所がある。君の特訓はその一部だ。同い年の誰よりも、努力して階段を上っているかも知れないが、まだまだ、上を見ればたくさんの階段、たくさんの場所がある。より高い場所へ行くには、しっかりと階段を上って行かなければならない。君が今、求めているものは、階段の一番上に近いところにあるものだ」

 オンテミオンは、少年の目を真っ直ぐに見つめながら、ゆっくりと言葉を紡いでいった。

「わしがそれを、階段の上の景色を、上辺だけ教えるのは簡単なことだ。だが、そのために君が通るべき場所を通らなかったとき、いつか必ずマーシャのように危険な目に遭うことになる。セグムはわしの仲間で、君はその大切な息子なんだ。だからこそ、危険な目に遭うことが分かっていながら、その景色のことを教えてやることはできない。だが……来たるべき時には、わしの持っている全てを教えよう。君には訓練で積み上げてきた素質がある。急がず、地道に積み上げていくんだ」

 ジャシードは、オンテミオンの気持ちが理解できた。この人は、自分に期待してくれているからこそ、大切に扱いたいと……道を踏み外して欲しくはないと考えているのだ。

「オンテミオンさん。ぼくは、オンテミオンさんみたいな、強い戦士になりたい。今はまだ……まだだけれど、毎日、特訓、頑張るから、いつか……いつか、ぼくにもっと、たくさん教えてください」
 ジャシードは、その心の内を上手く言葉にできなかったが、精一杯、伝えたいことを伝えようと頑張った。
 ジャシードは、何故か分からないが、自分が涙を流していることに気づいた。

「わかった、約束しよう。それまでにしっかり訓練をこなし、階段を上ってこい」

 オンテミオンは、幼い冒険者の頭に手を置いた。この子は純粋に、誰かの役に立とうという一心で強くなろうとしている。身体も心もまだ追いつかないが、きっと良い戦士に……きっと良い冒険者になる、そんな気がしていた。

「さあ、今日は今日の特訓をしよう。冒険者ジャシード」
「はい!」
 ジャシードは涙を拭って、訓練用の木の棒をしっかりと握りしめた。

 その日の夜も、気を張って見張りをしているセグムをよそに、怪物の一体も見かけることはなかった。

 セグムがシャルノ平原を遠く見つめても、トゥール森林地帯の気配を探っても、そこには何も気配がなかった。
 もしかしたら怪物は全滅したのではないか、強大な存在が怪物どもを根絶やしにしたのではないか、などと馬鹿なことを考える暇があったほどだ。

 剣の手入れも全て終わり、セグムはふと息子のことが気になって、テントの中を覗いてみた。
 ジャシードはソルンの腕に巻き付くようにくっついて寝息を立てていた。セグムは鼻で小さく溜息をつき、また、見張りに戻った。わが子は元気に育っている。

◆◆

 そろそろ夜が明ける頃、雲が高い場所で筋状に列を作り、やや強い風が吹いていた。テントはバタバタと風を受けて、大きな音を立てていた。

「風が強くて眠れないわ」
 ソルンが目をこすりながらテントから出てきた。

「もうじき朝になる、もう起きたらいい。まだ眠り足りないか?」
 セグムは軽く伸びをした。

「セグム、ソルン。話があるんだが」
 オンテミオンは二人の話し声を聞きつけて、テントの外に出てきた。

「なんだ、オンテミオンも起きてたのか」
「んん。最近朝が早くてな」
「なに、おじいちゃんみたいな事を言ってるのよ」
「んん……。毎日一歩、おじいちゃんには近づいてきているが……」
「剣聖が良く言うよ」
 セグムはオンテミオンを指さして言った。

「話したいのはそんな事じゃない。ジャシードのことだ」
「ジャッシュがどうかしたか?」
「んん、彼はいい素質を持っている」
「ああ、そうだな」
 セグムは耳に小指を突っ込んでグリグリしながら、軽く返事をした。

「……単刀直入に言おう。彼を……ジャシードをわしに預けてみる気はないか」
「ちょっとオンテミオン、何を言っているのよ。まだジャッシュは子供なのよ」
 ソルンは、軽く吹き出しながら言った。

「ソルン、わしは大真面目だぞ」
「なんでまた、そんな事を言い出すんだよ」
 セグムは、小指の先に付いたものを吹き飛ばしながら言った。

「彼を一流の戦士に育て上げたいと言っている」
「なんだよ、おれじゃダメか?」
「んん、お前ではダメだ」
「理由は?」
「お前では、戦士の極意を教えることはできん」
「真面目に言ってんのか?」
「考えておいてくれ」
 オンテミオンはそう言って、テントの中へと戻っていった。

 セグムとソルンは顔を見合わせた。

「なんだって急に、あんな事を言い出すんだろうな?」
「何かあったのかしら……」
「ま、レムリスに帰ってから、そんな事を言ってたぞって程度に話してやるか……? それを聞いてどうしたいかは、ジャッシュの自由だ。仮に行きたいと言えば、行かせてやってもいい。知らん奴では無く、オンテミオンだからな」
「ちょっと、セグム。まだジャッシュは子供なのよ」
「分かってる。でも、おれにもちょっと気になることがあってな……」
「何よ、気に……」
 ソルンがそこまで言ったところで、ジャシードがテントから出てきた。

「おはよう。父さん母さん、起きてたんだ」
 ジャシードは欠伸をしながら言った。

「ええ、風が強くて起きてしまったの」
「ぼくもだよ……もう眠れないや」
「お前、オンテミオンと何かあったか?」
「オンテミオンさん? 昨日特訓してもらったぐらい。どうかした?」
 ジャシードは首を傾げながら、昨日の夜のことを思い出した。

「いや、別に。ちょっと聞いただけだ。腹減ってないか。少し早いが食事にしよう」
 セグムはそこで話を打ち切った。

◆◆

 風が吹く中で三人は少し早い食事をした。昨日の肉の味を思うと、この食事が何とも粗末で味気ない気がした。
 しかしそれも一瞬で、硬いパンも噛めば甘みが出て美味しくなってくるものだ。

 三人が食べている途中に、オンテミオンが二度寝から目覚めてテントから出てきた。

「不覚にも二度寝してしまった」
 オンテミオンは恥ずかしそうに言いながら、ジャシードの肩に手を置いて、バランスを取りながら隣に座った。

「オンテミオンさんでも、そんなことがあるんだね」
 ジャシードは機嫌がいいように見えた。

 セグムとソルンは、再び顔を見合わせた。



 風が吹いている中、テントの片付けをするのは少々骨が折れた。しかし、男どもが協力してテントを折り畳んだ。

「よし、行くか。守衛所までは……だいたい半日ってところか。昼飯は守衛所で、守衛所の飯を食うぞ!」
 セグムは拳を高く掲げた。

「何で、守衛所の食事を食べられることになってるのよ」
「ほんとだよ。衛兵さんたちの食事がなくなっちゃうよね」
 ソルンとジャシードは、抗議の声を上げながらついていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました

小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」 二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。 第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。 それから二十年。 第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。 なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。 不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。 これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。 ※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

処理中です...