30 / 125
第二章 若き冒険者たち
魔法使いバラル
しおりを挟む
ジャシードが手紙を出してから数日が経過した。マーシャは刺々しさがなくなり、ジャシードとの時間を大事にするようになっていた。
毎日、ジャシードの時間が空いているときには二人で特訓し、ジャシードが『コボルドハンター』になっている間は、ソルンと魔法の練習に励んだ。最近はソルンが得意な雷の魔法と、火の魔法に加え、水の魔法を基本的なところまで発動ができるようになってきた。
ソルンは雷の魔法は得意だが、火の魔法は実は余り得意ではない。それ故、魔法の杖の力を借りて威力を強化している。ソルンが直接教えられるのは、雷と火の二種類だけだが、マーシャは魔法理論の本を読んで、それを自分の物にしようとしていた。
この変化にはソルンもほっとしていた。魔法は心が安定しなければ上手く行かない。今まではそれをどんなに説明しても、焦ってしまってできなかった。
しかしここ数日は何があったのか、マーシャの心は安定しているように見え、その成果として魔法の発動が上手く出来るようになってきている。
それに加えて、ソルンが教えてもいない水の魔法を使い始めた。なかなか凄いことだ。マーシャは一体、どんな魔法使いになるのか、ソルンは楽しみになってきていた。
◆◆
「ねえ、ジャッシュ! 見て見て! 私、魔法が出るようになってきたのよ!」
マーシャが、『コボルドハンター』を終えたジャシードに駆け寄ってきた。
「すごいじゃないか。広場で見せてよ」
「うん!」
マーシャは、ジャシードの手を引いて広場へと小走りで向かった。足が地面に付く度に、マーシャの髪の毛がフワフワと揺れているのが見え、微かな香りが鼻の奥をくすぐる。
暫くの間マーシャに会えないと意識すると、なんだか胸が苦しくなって、繋いだ手を少し強く握った。
「ジャッシュ、見ててね」
マーシャは、片手を前に出し手の平を開いて精神を集中した。手の先にパリパリと電気が走り、近くの木へ小さな雷が弾けた。
「すごいじゃないか!」
ジャシードは素直に驚いた。今まで全くできなかったマーシャが、すごい速度で進化しようとしていた。
「まだあるのよ」
そう言ってマーシャは、今度は川の側へとジャシードを誘い、川へ人差し指を向けた。
人差し指の先から三センチぐらいの火の玉が出現し、マーシャが指を振るのと同時に火の玉は発射され、川に当たってジュッと音を立てて消えた。
「この前まで、可愛い炎だったのに、どうやったらそんなに上手く行くんだろうね」
「分からない。でもなぜか、上手く出来るようになってきたの。じゃあ次ね」
マーシャはジャシードに手を向けて、握り拳を作ってから開いた。手の平から水が噴射され、ジャシードはずぶ濡れになってしまった。
「ちょっと!?」
「あはは! びしょ濡れ! あははは!」
「やったなあ!」
ジャシードは、川の水を皮の兜に汲んで、手で掬ってはマーシャにかけ始めた。水の掛け合いでは、ジャシードはマーシャに勝てず、ジャシードはもはや全身水浸しだ。
「すっかり濡れちゃった」
「そうね。乾かさないとね」
二人はクスクスと笑った。
「そこのお二人さん。お楽しみの所すまんが……」
二人が声の方を見遣ると、そこには壮年の男が立っていた。深い緑色のとんがり帽子を被り、深い青のローブを着て、杖を持っている。顔にはシミがいくつか付いていて、少し深い皺が刻み込まれている。
「こんにちは」
二人揃って、壮年の男にあいさつした。
「うむ、こんにちは。実はな、人を探しておるのだが、ジャシードという子を知らんか?」
壮年の男は、二人を見下ろしながら言った。
「ジャシードは僕です」
「おお、お前さんがジャシードか。偶然というのもあるものだな。わしはバラル。オンテミオンに頼まれて、お前さんを迎えに来た」
「オンテミオンさんに!?」
「そうだ。ドゴールに連れて行くためにな……。なんだ、水浸しだな。二人とも、わしの前に立て」
二人がバラルの前に立つと、バラルは杖を二人に向けた。彫刻が刻まれた杖から、急激に暖かい風が吹いてきたかと思うと、濡れていた身体が、服が、皮鎧が見る見るうちに乾いていった。
「わあ、すごい! これどうやるの!?」
「お前さんは魔法の手習いがあるのか。これは、火の魔法と風の魔法の合わせ技だ。子供には難しいな。杖の助けがあった方が良いかも知れん」
「杖かあ。いつか欲しいな」
マーシャは、美しい彫刻が刻まれた杖をしげしげと眺めている。
「まずは杖よりも、魔法の基本を覚える方が良いぞ。して、ジャシード。準備は良いか?」
バラルは杖を引っ込めてジャシードを見下ろした。
「えっ、よくありません。まだ挨拶とかしてこないと……」
「では、この辺りで休んでいるから、準備ができたら来るがいい。持ち物は武器と着替え、あれば大事なもの。荷物は最小限にしてくれ」
バラルは近くにあった岩に座り懐からパイプを取り出すと、葉っぱを詰めて火を点けた。
◆◆
ジャシードたちは、急いで家へと戻り、セグムとソルンに今の状況を伝えた。ソルンが服などを詰めてくれるようで、その間、挨拶回りをしてこいとセグムが言った。
東門、西門、衛兵詰め所、城壁の上一回り……。その時に担当の衛兵たちに挨拶回りをした。皆口々に、これからコボルドは誰が倒すんだ、などと文句を言っていたが、最終的には気持ちよく送り出してくれた。
最も残念がったのは言うまでもなくオーリスだった。だが、オーリスは冒険者志望ゆえに、最も強く応援してくれた。そしていつか、共に冒険に行こうと言っていた。オーリスならば、すぐに経験を積んで、ジャシードよりも早く、一端の冒険者になるような気がした。
「準備できました」
ジャシードは、セグム、ソルン、フォリス、マーシャを連れて、バラルの元へと戻ってきた。
「なんだ、随分時間が掛かったな」
バラルは、パイプをコンコンと岩に叩いて灰を落とした。
「初めましてバラルさん。おれはジャシードの父親セグム。こちらが母親ソルン、同居しているフォリス、そしてその娘マーシャ。息子の見送りに来たんですが、そちらは一人なんですかね?」
「うむ、わしは一人だ。セグム。オンテミオンから名前は聞いているよ」
バラルはセグムに催促された握手に応え、手を握り返した。
「で、二人でドゴールまで?」
「そうだ。何か問題でもあるか?」
「ちょっと危険かと思ってね」
「なあに、危険など大してありはしない。わしは魔法使いだからだ」
セグムの心配を、バラルは軽く手を振って退けた。見送りの四人とジャシードは、お互い顔を見合わせた。疑問は一つ、どうやって行くというのか、だ。
「では行くか、ジャシード」
「は、はい」
バラルは、しゃがんでジャシードに背中を向けた。
「えっと……?」
「背負っていく、早く乗れ」
「え。あ、はい……うわっ!」
ジャシードはおずおずとバラルの背中に身を預けると、バラルの身体に吸い寄せられるように固定された。
「よし、では行こう。見送りご苦労だったな」
ジャシードを背中に負ぶった……否、張り付けたバラルは、立ち上がって見送りの四人に向き直った。見送りの四人は、全員が分からないという表情をしている。
「お前たちは知らんのか、魔法使いを」
そう言うと、バラルは杖を下に構えてから勢いよく振り上げた。
「わ、わああ……」
ジャシードは、味わったことのない感覚に驚いて変な声を出してしまった。それもそのはず、バラルはジャシードを背中に張り付けたまま、数メートル上昇したからだ。
「な、なにい! アンタ飛べるのか!」
「初めて見たわ……」
元冒険者のセグムとソルンですら、かなり驚いている様子だ。フォリスにマーシャは、口をあんぐり開け、もっと驚いていた。
「もっと勉強せい、魔術の広がりは無限だぞ。では、さらばだ!」
「み、みんな、ま、またね!」
バラルが少しずつ上昇していくにつれ、セグムが、ソルンが、フォリスが、そしてマーシャが、だんだん小さくなっていく。
ジャシードには、彼らのいる場所だけがずっと視界の中心にあった。そこから目を離すことができなかった。
別れを惜しむジャシードを引き剥がすように、バラルは速度を上げて一気に上昇し始め、城壁の何倍もの高さに飛び上がった。あっという間にレムリスが小さくなっていく……。
「一応、わしに手を回して掴まっておれ。風の魔法で固定しているが、何かがあったときに落ちては困る」
バラルにそう言われて、ジャシードはバラルの首に手を回し、しっかり自分の腕を掴んだ。
「では、行こう」
バラルは進行方向を南西、トポール山の方へ取り、かなり速い速度で進み始めた。眼下の景色が変化していく。ジャシードは初めての体験に目を白黒させつつも、キョロキョロとして周囲の景色を覚えようとし始めた。
「どうやって飛んでるの!?」
「これは風の魔法だ。わしの周囲に風の流れを作って飛んでいる。魔法にはいくつもの属性があるが、風の魔法は移動手段として使う事もできる。もちろん、わしのように風の魔法を習熟している人間は、それほど多くはないがな」
「二年前に、オンテミオンさんと旅をしたけど、その時はオンテミオンさんは歩いてた。バラルさんが乗せていってあげれば良かったんじゃないの?」
「バカを言うな。何でわしがブドウばかり食っている、耄碌じじいのハンフォードに手を貸してやらにゃいかんのだ。オンテミオンになら良いが、間接的にハンフォードに、となれば話は別だ」
バラルは、ハンフォードという人物の名前ですら、吐き捨てるように言った。
「ハンフォードさんって、どんな人なの?」
「わしに聞くな」
バラルはそれ以上話してくれるなと言わんばかりに、一瞬で話を打ち切った。
「そんな事よりジャシード。周囲の景色をよく見ておけ。この魔法の限界は、恐らく高さ五百メートルほどだが、周囲の地形なんかを見るのには十分だ。もっと高く飛べるのならば、レンドール山やら、トポール山の上に行ってみたいが、さすがにあの山々は何千メートルもあるらしい」
バラルはいろいろ言っていたが、既にジャシードの心は周囲の眺めに移っていた。
トゥール森林地帯の広さも何となく分かった。所々に森が切れている空き地のような場所がある、と言うのも今まで知らなかった。
果てしなく続いている森だと思っていたが、そうではなかった。トポール山から流れている川で、トゥール森林地帯は終わっていた。
「あの川はなんて言うの?」
「トポール山からの川か。あれはマッシオーベ川と名が付いている。シャルノ平原とヴォルク火山地帯を分け、ヨセンバク沼地、アセンバク沼地を越えて海へ繋がっている川だ。街道とマッシオーベ川が当たる部分には、マッシオーベ橋と守衛所があってな、ナイザレア――ドゴールがある地域のことだが――の怪物どもが、レムランドの方へ行かないように見張っているのだ」
バラルが説明している間に、マッシオーベ川を越えた。バラルならば、レムリスからケルウィムへもひとっ飛びで行けるのだろう。
「左側、遠くに見えるのはオウメリ湖、右側前方に見える大きな湖はバダーフォール湖だ。ナイザレアには湖が四つあるが、そのうち最も大きいのがバダーフォール湖だな」
バラルはそう言うと、一気に高度を落とし始めた。進路をトポール山の方、北方向へと急激に変更する。
「まずい」
「どうしたの?」
「ワイバーンに見つかった」
「ワイバーン?」
「この辺で空を飛んでいる怪物の中では最強の部類に入る。一旦森に隠れるぞ」
ジャシードが周囲を見渡すと、巨大なトカゲのような姿に翼の生えた怪物が、こちらへ向かって飛んでくるのが見えた。かなり遠いのに、巨大だというのが分かる怪物だ。それがあっという間に距離を詰めてくるのが分かる。
「こりゃ振り切れんな……。さすがに今のわし一人ではワイバーンに勝ち目はない」
バラルはトポール山の麓に広がる森へ進路を定めると、真っ逆さまに落ちると錯覚するぐらいの角度で急降下した。もう森はすぐ近くまで来ている。そしてワイバーンも……。
ジャシードは不安になった。ドゴールに着く前に、食べられてしまうのではないかと……。
毎日、ジャシードの時間が空いているときには二人で特訓し、ジャシードが『コボルドハンター』になっている間は、ソルンと魔法の練習に励んだ。最近はソルンが得意な雷の魔法と、火の魔法に加え、水の魔法を基本的なところまで発動ができるようになってきた。
ソルンは雷の魔法は得意だが、火の魔法は実は余り得意ではない。それ故、魔法の杖の力を借りて威力を強化している。ソルンが直接教えられるのは、雷と火の二種類だけだが、マーシャは魔法理論の本を読んで、それを自分の物にしようとしていた。
この変化にはソルンもほっとしていた。魔法は心が安定しなければ上手く行かない。今まではそれをどんなに説明しても、焦ってしまってできなかった。
しかしここ数日は何があったのか、マーシャの心は安定しているように見え、その成果として魔法の発動が上手く出来るようになってきている。
それに加えて、ソルンが教えてもいない水の魔法を使い始めた。なかなか凄いことだ。マーシャは一体、どんな魔法使いになるのか、ソルンは楽しみになってきていた。
◆◆
「ねえ、ジャッシュ! 見て見て! 私、魔法が出るようになってきたのよ!」
マーシャが、『コボルドハンター』を終えたジャシードに駆け寄ってきた。
「すごいじゃないか。広場で見せてよ」
「うん!」
マーシャは、ジャシードの手を引いて広場へと小走りで向かった。足が地面に付く度に、マーシャの髪の毛がフワフワと揺れているのが見え、微かな香りが鼻の奥をくすぐる。
暫くの間マーシャに会えないと意識すると、なんだか胸が苦しくなって、繋いだ手を少し強く握った。
「ジャッシュ、見ててね」
マーシャは、片手を前に出し手の平を開いて精神を集中した。手の先にパリパリと電気が走り、近くの木へ小さな雷が弾けた。
「すごいじゃないか!」
ジャシードは素直に驚いた。今まで全くできなかったマーシャが、すごい速度で進化しようとしていた。
「まだあるのよ」
そう言ってマーシャは、今度は川の側へとジャシードを誘い、川へ人差し指を向けた。
人差し指の先から三センチぐらいの火の玉が出現し、マーシャが指を振るのと同時に火の玉は発射され、川に当たってジュッと音を立てて消えた。
「この前まで、可愛い炎だったのに、どうやったらそんなに上手く行くんだろうね」
「分からない。でもなぜか、上手く出来るようになってきたの。じゃあ次ね」
マーシャはジャシードに手を向けて、握り拳を作ってから開いた。手の平から水が噴射され、ジャシードはずぶ濡れになってしまった。
「ちょっと!?」
「あはは! びしょ濡れ! あははは!」
「やったなあ!」
ジャシードは、川の水を皮の兜に汲んで、手で掬ってはマーシャにかけ始めた。水の掛け合いでは、ジャシードはマーシャに勝てず、ジャシードはもはや全身水浸しだ。
「すっかり濡れちゃった」
「そうね。乾かさないとね」
二人はクスクスと笑った。
「そこのお二人さん。お楽しみの所すまんが……」
二人が声の方を見遣ると、そこには壮年の男が立っていた。深い緑色のとんがり帽子を被り、深い青のローブを着て、杖を持っている。顔にはシミがいくつか付いていて、少し深い皺が刻み込まれている。
「こんにちは」
二人揃って、壮年の男にあいさつした。
「うむ、こんにちは。実はな、人を探しておるのだが、ジャシードという子を知らんか?」
壮年の男は、二人を見下ろしながら言った。
「ジャシードは僕です」
「おお、お前さんがジャシードか。偶然というのもあるものだな。わしはバラル。オンテミオンに頼まれて、お前さんを迎えに来た」
「オンテミオンさんに!?」
「そうだ。ドゴールに連れて行くためにな……。なんだ、水浸しだな。二人とも、わしの前に立て」
二人がバラルの前に立つと、バラルは杖を二人に向けた。彫刻が刻まれた杖から、急激に暖かい風が吹いてきたかと思うと、濡れていた身体が、服が、皮鎧が見る見るうちに乾いていった。
「わあ、すごい! これどうやるの!?」
「お前さんは魔法の手習いがあるのか。これは、火の魔法と風の魔法の合わせ技だ。子供には難しいな。杖の助けがあった方が良いかも知れん」
「杖かあ。いつか欲しいな」
マーシャは、美しい彫刻が刻まれた杖をしげしげと眺めている。
「まずは杖よりも、魔法の基本を覚える方が良いぞ。して、ジャシード。準備は良いか?」
バラルは杖を引っ込めてジャシードを見下ろした。
「えっ、よくありません。まだ挨拶とかしてこないと……」
「では、この辺りで休んでいるから、準備ができたら来るがいい。持ち物は武器と着替え、あれば大事なもの。荷物は最小限にしてくれ」
バラルは近くにあった岩に座り懐からパイプを取り出すと、葉っぱを詰めて火を点けた。
◆◆
ジャシードたちは、急いで家へと戻り、セグムとソルンに今の状況を伝えた。ソルンが服などを詰めてくれるようで、その間、挨拶回りをしてこいとセグムが言った。
東門、西門、衛兵詰め所、城壁の上一回り……。その時に担当の衛兵たちに挨拶回りをした。皆口々に、これからコボルドは誰が倒すんだ、などと文句を言っていたが、最終的には気持ちよく送り出してくれた。
最も残念がったのは言うまでもなくオーリスだった。だが、オーリスは冒険者志望ゆえに、最も強く応援してくれた。そしていつか、共に冒険に行こうと言っていた。オーリスならば、すぐに経験を積んで、ジャシードよりも早く、一端の冒険者になるような気がした。
「準備できました」
ジャシードは、セグム、ソルン、フォリス、マーシャを連れて、バラルの元へと戻ってきた。
「なんだ、随分時間が掛かったな」
バラルは、パイプをコンコンと岩に叩いて灰を落とした。
「初めましてバラルさん。おれはジャシードの父親セグム。こちらが母親ソルン、同居しているフォリス、そしてその娘マーシャ。息子の見送りに来たんですが、そちらは一人なんですかね?」
「うむ、わしは一人だ。セグム。オンテミオンから名前は聞いているよ」
バラルはセグムに催促された握手に応え、手を握り返した。
「で、二人でドゴールまで?」
「そうだ。何か問題でもあるか?」
「ちょっと危険かと思ってね」
「なあに、危険など大してありはしない。わしは魔法使いだからだ」
セグムの心配を、バラルは軽く手を振って退けた。見送りの四人とジャシードは、お互い顔を見合わせた。疑問は一つ、どうやって行くというのか、だ。
「では行くか、ジャシード」
「は、はい」
バラルは、しゃがんでジャシードに背中を向けた。
「えっと……?」
「背負っていく、早く乗れ」
「え。あ、はい……うわっ!」
ジャシードはおずおずとバラルの背中に身を預けると、バラルの身体に吸い寄せられるように固定された。
「よし、では行こう。見送りご苦労だったな」
ジャシードを背中に負ぶった……否、張り付けたバラルは、立ち上がって見送りの四人に向き直った。見送りの四人は、全員が分からないという表情をしている。
「お前たちは知らんのか、魔法使いを」
そう言うと、バラルは杖を下に構えてから勢いよく振り上げた。
「わ、わああ……」
ジャシードは、味わったことのない感覚に驚いて変な声を出してしまった。それもそのはず、バラルはジャシードを背中に張り付けたまま、数メートル上昇したからだ。
「な、なにい! アンタ飛べるのか!」
「初めて見たわ……」
元冒険者のセグムとソルンですら、かなり驚いている様子だ。フォリスにマーシャは、口をあんぐり開け、もっと驚いていた。
「もっと勉強せい、魔術の広がりは無限だぞ。では、さらばだ!」
「み、みんな、ま、またね!」
バラルが少しずつ上昇していくにつれ、セグムが、ソルンが、フォリスが、そしてマーシャが、だんだん小さくなっていく。
ジャシードには、彼らのいる場所だけがずっと視界の中心にあった。そこから目を離すことができなかった。
別れを惜しむジャシードを引き剥がすように、バラルは速度を上げて一気に上昇し始め、城壁の何倍もの高さに飛び上がった。あっという間にレムリスが小さくなっていく……。
「一応、わしに手を回して掴まっておれ。風の魔法で固定しているが、何かがあったときに落ちては困る」
バラルにそう言われて、ジャシードはバラルの首に手を回し、しっかり自分の腕を掴んだ。
「では、行こう」
バラルは進行方向を南西、トポール山の方へ取り、かなり速い速度で進み始めた。眼下の景色が変化していく。ジャシードは初めての体験に目を白黒させつつも、キョロキョロとして周囲の景色を覚えようとし始めた。
「どうやって飛んでるの!?」
「これは風の魔法だ。わしの周囲に風の流れを作って飛んでいる。魔法にはいくつもの属性があるが、風の魔法は移動手段として使う事もできる。もちろん、わしのように風の魔法を習熟している人間は、それほど多くはないがな」
「二年前に、オンテミオンさんと旅をしたけど、その時はオンテミオンさんは歩いてた。バラルさんが乗せていってあげれば良かったんじゃないの?」
「バカを言うな。何でわしがブドウばかり食っている、耄碌じじいのハンフォードに手を貸してやらにゃいかんのだ。オンテミオンになら良いが、間接的にハンフォードに、となれば話は別だ」
バラルは、ハンフォードという人物の名前ですら、吐き捨てるように言った。
「ハンフォードさんって、どんな人なの?」
「わしに聞くな」
バラルはそれ以上話してくれるなと言わんばかりに、一瞬で話を打ち切った。
「そんな事よりジャシード。周囲の景色をよく見ておけ。この魔法の限界は、恐らく高さ五百メートルほどだが、周囲の地形なんかを見るのには十分だ。もっと高く飛べるのならば、レンドール山やら、トポール山の上に行ってみたいが、さすがにあの山々は何千メートルもあるらしい」
バラルはいろいろ言っていたが、既にジャシードの心は周囲の眺めに移っていた。
トゥール森林地帯の広さも何となく分かった。所々に森が切れている空き地のような場所がある、と言うのも今まで知らなかった。
果てしなく続いている森だと思っていたが、そうではなかった。トポール山から流れている川で、トゥール森林地帯は終わっていた。
「あの川はなんて言うの?」
「トポール山からの川か。あれはマッシオーベ川と名が付いている。シャルノ平原とヴォルク火山地帯を分け、ヨセンバク沼地、アセンバク沼地を越えて海へ繋がっている川だ。街道とマッシオーベ川が当たる部分には、マッシオーベ橋と守衛所があってな、ナイザレア――ドゴールがある地域のことだが――の怪物どもが、レムランドの方へ行かないように見張っているのだ」
バラルが説明している間に、マッシオーベ川を越えた。バラルならば、レムリスからケルウィムへもひとっ飛びで行けるのだろう。
「左側、遠くに見えるのはオウメリ湖、右側前方に見える大きな湖はバダーフォール湖だ。ナイザレアには湖が四つあるが、そのうち最も大きいのがバダーフォール湖だな」
バラルはそう言うと、一気に高度を落とし始めた。進路をトポール山の方、北方向へと急激に変更する。
「まずい」
「どうしたの?」
「ワイバーンに見つかった」
「ワイバーン?」
「この辺で空を飛んでいる怪物の中では最強の部類に入る。一旦森に隠れるぞ」
ジャシードが周囲を見渡すと、巨大なトカゲのような姿に翼の生えた怪物が、こちらへ向かって飛んでくるのが見えた。かなり遠いのに、巨大だというのが分かる怪物だ。それがあっという間に距離を詰めてくるのが分かる。
「こりゃ振り切れんな……。さすがに今のわし一人ではワイバーンに勝ち目はない」
バラルはトポール山の麓に広がる森へ進路を定めると、真っ逆さまに落ちると錯覚するぐらいの角度で急降下した。もう森はすぐ近くまで来ている。そしてワイバーンも……。
ジャシードは不安になった。ドゴールに着く前に、食べられてしまうのではないかと……。
0
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました
小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」
二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。
第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。
それから二十年。
第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。
なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。
不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。
これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。
※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。
だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。
失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。
どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。
「悪女に、遠慮はいらない」
そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。
「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。
王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」
愛も、誇りも奪われたなら──
今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。
裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス!
⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる