47 / 125
第三章 新たなる旅立ち
伝説の存在
しおりを挟む
一行は草原を歩き行く。ドゴールから暫く歩いてくると、海が南北を取り囲む、少し陸地が狭い場所に辿り着く。
そこに着く頃には日も暮れて、美しい夕焼けがドゴル砂地の山々を闇に飲み込みながら、同時に東側の草原の草を橙色に燃やす。
その日の移動はそこまでとなった。夜間に火をおこさないために、陽が落ちる前にバラルの魔法の炎で調理をして、夕食を摂った。
バラルがいなかったら、ガンドの小さな炎で薪に火を灯す必要があっただけに、バラルの存在は助かった。
その夜は、夕焼けの美麗とは対照的に、急に張りだして来た雲によって、叩き付けるような大雨に見舞われた。
外に立とうにも見張りどころではなく、最低限の警戒に留まった。もっともその大雨の中、敢えて獲物を探しに出る怪物も少ないのか、特に何も起こることなく朝を迎えた。
翌朝は、夜の雨のせいでついた水滴が、陽光を乱反射してとても美しい朝になった。
草原の水滴たちは、宝石箱のような色とりどりの輝きを反射し、四人の朝に彩りを添えた。
イレンディアは怪物こそ多いが、自然の美しさは目を見張るものがある。
四人は朝食を摂って出発した。南東の方角にはクイーム湖の輝きが微かに感じられる距離だ。
ナイザレアには四つの湖があり、このクイーム湖は最も小さい湖と位置づけられている。
レムランド開拓記念日がなければ、生息する怪物の調査も含めて行ってみたいところだったが、今回は諦めて真っ直ぐ街道を進むことにした。
街道はクイーム湖が見えなくなってから急激に北へと曲がっている。次に見えてくるのはユーオプー湖だ。こちらはナイザレアで二番目に大きい湖だ。
そして、ユーオプー湖の向こうにはもくもくと煙を上げている、ヴォルク火山地帯がある。
ヴォルク火山地帯と街道は、今のところかなり距離があるが、それでも時折爆発音が耳に届く。ヴォルク火山地帯は、かなり活動の激しい火山のようだ。
ユーオプー湖の端が見えた辺りで、街道は林と森に挟まれる。トゥール森林地帯でもそうだが、こう言う場所は怪物が潜んでいる場合が多い。
そしてやはり、その教訓が正しいことを若い冒険者たちは知ることになった。
「ちょっと待って……怪物がいるよ」
スネイルが立ち止まって囁いた。
「何がどれぐらいいるか、分かるか?」
バラルが尋ねた。
「うーん、大きいのが二ついる。何かはわかんない」
スネイルはそう言った。それもそのはず、スネイルの怪物知識はドゴール周辺のみで、コボルドさえも見たことが無いのだ。
スネイルの感覚はこの四年間でかなり磨かれたが、それでも見たことの無い怪物を正確に察知することはできない。
「この辺りで大きいのとなると、森トロールかな。やったらどうだ、若いの。危なくなったら助けてやろう」
バラルが荷台に横たわりながら言った。参加する気は無いらしい。
「よし、戦ってみよう」
ジャシードは決断した。今まで戦ったことのない怪物との経験を積むのに適当だと判断した。移動中に襲われるより、先手を打って戦う方を選択する。
「じゃ、待ってて」
スネイルは足音を立てないように移動し始めた。これも四年間で会得した特技の一つだ。
かつてセグムがやっていたのと同じように、スネイルも殆ど足音を立てることなく移動することができるようになった。
スネイルは慎重に歩を進め、怪物の気配を辿っていった。そして緑黒い色の肌をした、大人二人分ほどの高さがある大きな怪物を発見した。
怪物は、アウアウと謎の音を発しながら、スネイルとは対照的に大きな足音を立てて移動していた。
スネイルは怪物たちの進行方向と、自分が戻るべき方向を見極めつつ距離を確保し、近くにあった石をその怪物に投げつけた。
「アグウウウウウ!」
スネイルが放った石は怪物の頭に命中し、走って逃げるスネイルを追いかけていった。
「ん、来たみたい」
ガンドが森からの足音を聞きつけた。
「そうみたいだな」
ジャシードは微かに青黒く光る長剣『ファング』を背中の鞘から抜いた。この名前は、素材として使ったものが怪物の爪を三つも使っていた、と言うところが由来だ。
手持ちの武器も複数になり、どれを使うかを決めるときに、名前があった方が便利だったため付けたものだ。
「おでまし」
スネイルが走って戻ってきた。ジャシードの傍に到着すると、素早く『ワスプダガー』と、『ゲーター』を両方の腰に下げた鞘から抜き放った。
『ゲーター』は元々『アリダガー』だったのだが、アリンコのようだ、とガンドに言われたため『ゲーター』に変更になった。
そんなガンドの兜は、スネイルがしつこく言うものだから『ぴっかりん』で固定されてしまった。そして折角作ってもらった青緑のワニの鱗入り杖は『青緑うろこ』と言う何の捻りもない名前が付いている。
「やはり、森トロールだな。少し再生能力が高いから気をつけろ。浅い傷は目の前で治るぐらい早いからな」
バラルはそんな事を言いながら、驚いたラマをなだめつつ荷台に寝っ転がった。一応杖だけは握っているので、何かあったときには助けてくれるようだ。
ジャシードは二体のトロールへ飛び出して行き、一声唸り声を上げた。トロールの注意がジャシードに集まる。
これは『ウォークライ』と呼ばれる戦士の特技の一つで、いわゆる動物の威嚇に似ている。周囲の怪物の注意を自分一人に集めるときに使うものだ。
トロールはジャシードに肉迫し、不格好な棍棒を握っている腕を振り上げた。森トロールは、トゥール森林地帯に生息しているトロールよりも少し素早いように見受けられる。ジャシードは二体のトロールが振り上げた腕の方向を予測し、次の行動を決定する。
トロールの腕が両方動き出したのを確認すると、ジャシードは右側から迫っていたトロールの方へと身体を移動させ、流れるような剣捌きでトロールの左太股を深々と真一文字に切り裂いた。トロールのくぐもった声がジャシードの頭の上から聞こえる。
紫色の体液が切断面から迸り、その傷を覆い隠す。その体液こそがトロールの再生能力の大本で、覆い隠した瞬間から傷の再生が始まる。
スネイルはトロールがジャシードに夢中になっている間に、トロールの後ろへと回り込んでいた。ジャシードと交わした視線で攻撃する側のトロールを認識すると、タイミングを合わせた斬撃を繰り出す。
貫通力の高いワスプダガーに、こちらも切れ味鋭いゲーターのそれぞれの斬撃で、トロールの左太股を裏から素早く切り刻んだ。同じく紫色の体液が迸るが、それでもスネイルは攻撃を止めない。
そして骨が見えた瞬間、ピンポイントでワスプダガーを刺し込む。ワスプダガーは骨を易々と貫通し、トロールの体重を支えきれなくなった骨は折れてしまう。
再生能力は、『本体のどこかとくっついていること』が効果を発揮するかしないかの分岐点だ。それを学習した彼らは容赦が無い。ぐらついて倒れたトロールの足を放り投げ、本体から離した。
倒れたトロールは、その太い腕で足掻こうとするが、ジャシードの剣はその足掻く腕を断ち切り、スネイルのダガーはトロールの視界の外から頭蓋へと攻撃を加えた。
そしてその一瞬にできた、トロールが動けない時間の間に、ジャシードはトロールの首を刎ねる。ファングの切れ味は凄まじい。
ジャシードとスネイルがトロールを攻撃している間、ガンドは得意の棒術と、新しく覚えた電撃の魔法系統を使ってトロールの動きを止めていた。
棒術で隙を作っては、直接片手で触れて、溜めた電撃を相手の関節などに放つ。すると一瞬ごとに動きが止まるため、その間にまた棒術でしっかりと打撃を与えていく。
しかし今回の相手は再生能力が強く、余り傷という傷はつけられないが、それでも一体のトロールが始末されるまでの時間稼ぎには十分だった。
ジャシードとスネイルが、トロールをガンドから引き受けた後は、言うまでもなく凄い早さで決着が付いた。
「ほお。こりゃ暫く見ぬ間に強くなったものよ。連携も素晴らしい。いいものを見せて貰った」
バラルは手放しで彼らの戦いを賞賛した。
「バラルさんも、たまには参加してもいいからね」
ジャシードは茶化して言った。
「いやこれは、ずっと寝ていられそうだ」
「ラマが疲れるから、ほどほどに……」
寝っ転がるバラルを見て、ガンドは呆れている様子だ。
「おいらも、ねる」
「スネイルはサボっちゃダメ」
ガンドは素早くスネイルを起き上がらせた。
「けち」
「はいはい、ケチでもいいから起きて歩く!」
ガンドもなかなか、スネイルを扱うのが上手くなってきた。
◆
一行は森トロールとの戦闘があったものの、無事に森を抜け、再び東にユーオプー湖を眺められる場所へとやってきた。
突如、爆発音が聞こえ、ヴォルク火山地帯で小規模噴火が起こっているのを感じられた。十分離れているため影響はない。ただ音が聞こえて来るのみだ。
「そろそろ、どこか野営する場所を探さないと」
ガンドが夕日を見ながら言った。
「この先に三叉路があるから、そこまで行くといい」
寝ていたと皆が思っていたバラルが突然言った。
若い冒険者たちは、バラルの助言通りに三叉路までやってきた。三叉路には看板が立っていて、今歩いてきた方向に『ドゴール』、東へ向けて『レムリス・ネクテイル』、北へ向けて『セルナクウォリ』と書かれている。『セルナクウォリ』の下には、『街なし注意』とも書かれている。
「この、セルナクウォリって所は、どんな所なの?」
テントの準備をしながらジャシードがバラルに聞いた。
「いつか冒険したい場所の一つだ。セルナクウォリには、この辺りからすれば想像もできないほどの強力な怪物に満ちている。元々町を建造しようとして街道が作られたが、余りにも怪物が強力だったために、街の建造そのものが頓挫したという逸話がある」
「そんなに怖いところなんだね」
ジャシードは、いつかオンテミオンがハンフォードとしている会話を思い出しながら言った。ドゴールからは徒歩で八日かかり、手練れの冒険者でも死者を出すほど危険な土地だ、という話をうっすら覚えていた。
「ああ。ワイバーンが普通にいるような場所だ。だいたいこれで分かるだろう」
バラルがそう言うと、若い冒険者たちにもセルナクウォリの恐ろしさが良く分かった。サンドビガントに遭うような感覚でワイバーンに遭っていてはたまらない。
◆
翌朝、早朝に全員強制的に目を覚めさせられた。ヴォルク火山地帯から、もの凄い轟音が聞こえてきたからだ。慌ててテントから出てみると、日の出前の空が紅く染まっていた。
「珍しく盛大に噴火しているな……」
バラルが呟いた。長年、世界を眺めているバラルが言うのだから、現在起きている噴火は珍しい規模なのだろう。
紅く燃え上がる空を、四人は殆ど無言で眺めていたが、それも一つの存在を見るまでの間だった。紅く燃える空に、大きな羽を持つ存在が浮上してきたからだ。
「あ、あれは……」
ガンドは言葉半ばにして絶句した。四人の視界には、遠目にはっきりと判別できるほどの巨大な羽を持つ生物が、その羽を羽ばたかせて浮上していた。
「……ドラゴンだ」
珍しくバラルが額に汗を浮かべ狼狽えていた。
ドラゴン??それは最強と畏れられる存在。チカラと叡智の象徴。人によっては神と崇める存在だ。ドラゴンがどこに生息しているのかは定かでは無いが、目撃情報そのものが少ないため、伝説上の生物とする向きすらある。四人は距離こそ離れているものの、その伝説を今、その目で見ている。
「ワイバーンみたいに襲ってこないかな……」
ガンドが恐れ戦いて呟いた。
「もし万が一、こちらに来ることがあったら、その時は……おしまいだ。勝機も無く、逃げることもままならない」
バラルが弱気なことを言うのを、若い冒険者たちは初めて聞いた。そしてそれは本当なのだと、強く感じた。
ドラゴンは、彼らが見ている間にヴォルク火山地帯の上空へと舞い上がり、彼らの心配をよそに北東の空へと羽ばたいていった。
「……生きた心地がしなかったよ」
ガンドはほっと胸をなで下ろした。
「すっかり目が覚めてしまったな。運がいいやら悪いやらだ」
バラルはヴォルク火山地帯に背を向けて、テントの辺りへと戻った。
「ドラゴンかっこいい」
「僕も、実はそう思ってたところ」
「さすがアニキ。わかってる」
「……馬鹿も度を超えると、尊敬に値するな」
スネイルとジャシードの掛け合いに、バラルが水を差した。
四人は早めの朝食を摂り、日の出と共に出発した。天気は上々、ほどよい気温は旅に最適だ。イレンディア街道は、ヴォルク火山地帯を東に見ながら、北東へと伸びていく。
ヴォルク火山地帯が後ろへと抜けていくと、前方左側にはオウメリ湖が見えてくる。オウメリ湖はキラキラと陽光を反射しながら、美しいナイザレアの風景に、光で変化を添えていた。
「マッシオーベ橋が見えてきた!」
ジャシードは、いつかバラルの背中から見た風景を思い出し、感慨深い思いに浸っていた。自分の足で、遂にナイザレアを抜けてレムランドに戻ってきたのだ。
そこに着く頃には日も暮れて、美しい夕焼けがドゴル砂地の山々を闇に飲み込みながら、同時に東側の草原の草を橙色に燃やす。
その日の移動はそこまでとなった。夜間に火をおこさないために、陽が落ちる前にバラルの魔法の炎で調理をして、夕食を摂った。
バラルがいなかったら、ガンドの小さな炎で薪に火を灯す必要があっただけに、バラルの存在は助かった。
その夜は、夕焼けの美麗とは対照的に、急に張りだして来た雲によって、叩き付けるような大雨に見舞われた。
外に立とうにも見張りどころではなく、最低限の警戒に留まった。もっともその大雨の中、敢えて獲物を探しに出る怪物も少ないのか、特に何も起こることなく朝を迎えた。
翌朝は、夜の雨のせいでついた水滴が、陽光を乱反射してとても美しい朝になった。
草原の水滴たちは、宝石箱のような色とりどりの輝きを反射し、四人の朝に彩りを添えた。
イレンディアは怪物こそ多いが、自然の美しさは目を見張るものがある。
四人は朝食を摂って出発した。南東の方角にはクイーム湖の輝きが微かに感じられる距離だ。
ナイザレアには四つの湖があり、このクイーム湖は最も小さい湖と位置づけられている。
レムランド開拓記念日がなければ、生息する怪物の調査も含めて行ってみたいところだったが、今回は諦めて真っ直ぐ街道を進むことにした。
街道はクイーム湖が見えなくなってから急激に北へと曲がっている。次に見えてくるのはユーオプー湖だ。こちらはナイザレアで二番目に大きい湖だ。
そして、ユーオプー湖の向こうにはもくもくと煙を上げている、ヴォルク火山地帯がある。
ヴォルク火山地帯と街道は、今のところかなり距離があるが、それでも時折爆発音が耳に届く。ヴォルク火山地帯は、かなり活動の激しい火山のようだ。
ユーオプー湖の端が見えた辺りで、街道は林と森に挟まれる。トゥール森林地帯でもそうだが、こう言う場所は怪物が潜んでいる場合が多い。
そしてやはり、その教訓が正しいことを若い冒険者たちは知ることになった。
「ちょっと待って……怪物がいるよ」
スネイルが立ち止まって囁いた。
「何がどれぐらいいるか、分かるか?」
バラルが尋ねた。
「うーん、大きいのが二ついる。何かはわかんない」
スネイルはそう言った。それもそのはず、スネイルの怪物知識はドゴール周辺のみで、コボルドさえも見たことが無いのだ。
スネイルの感覚はこの四年間でかなり磨かれたが、それでも見たことの無い怪物を正確に察知することはできない。
「この辺りで大きいのとなると、森トロールかな。やったらどうだ、若いの。危なくなったら助けてやろう」
バラルが荷台に横たわりながら言った。参加する気は無いらしい。
「よし、戦ってみよう」
ジャシードは決断した。今まで戦ったことのない怪物との経験を積むのに適当だと判断した。移動中に襲われるより、先手を打って戦う方を選択する。
「じゃ、待ってて」
スネイルは足音を立てないように移動し始めた。これも四年間で会得した特技の一つだ。
かつてセグムがやっていたのと同じように、スネイルも殆ど足音を立てることなく移動することができるようになった。
スネイルは慎重に歩を進め、怪物の気配を辿っていった。そして緑黒い色の肌をした、大人二人分ほどの高さがある大きな怪物を発見した。
怪物は、アウアウと謎の音を発しながら、スネイルとは対照的に大きな足音を立てて移動していた。
スネイルは怪物たちの進行方向と、自分が戻るべき方向を見極めつつ距離を確保し、近くにあった石をその怪物に投げつけた。
「アグウウウウウ!」
スネイルが放った石は怪物の頭に命中し、走って逃げるスネイルを追いかけていった。
「ん、来たみたい」
ガンドが森からの足音を聞きつけた。
「そうみたいだな」
ジャシードは微かに青黒く光る長剣『ファング』を背中の鞘から抜いた。この名前は、素材として使ったものが怪物の爪を三つも使っていた、と言うところが由来だ。
手持ちの武器も複数になり、どれを使うかを決めるときに、名前があった方が便利だったため付けたものだ。
「おでまし」
スネイルが走って戻ってきた。ジャシードの傍に到着すると、素早く『ワスプダガー』と、『ゲーター』を両方の腰に下げた鞘から抜き放った。
『ゲーター』は元々『アリダガー』だったのだが、アリンコのようだ、とガンドに言われたため『ゲーター』に変更になった。
そんなガンドの兜は、スネイルがしつこく言うものだから『ぴっかりん』で固定されてしまった。そして折角作ってもらった青緑のワニの鱗入り杖は『青緑うろこ』と言う何の捻りもない名前が付いている。
「やはり、森トロールだな。少し再生能力が高いから気をつけろ。浅い傷は目の前で治るぐらい早いからな」
バラルはそんな事を言いながら、驚いたラマをなだめつつ荷台に寝っ転がった。一応杖だけは握っているので、何かあったときには助けてくれるようだ。
ジャシードは二体のトロールへ飛び出して行き、一声唸り声を上げた。トロールの注意がジャシードに集まる。
これは『ウォークライ』と呼ばれる戦士の特技の一つで、いわゆる動物の威嚇に似ている。周囲の怪物の注意を自分一人に集めるときに使うものだ。
トロールはジャシードに肉迫し、不格好な棍棒を握っている腕を振り上げた。森トロールは、トゥール森林地帯に生息しているトロールよりも少し素早いように見受けられる。ジャシードは二体のトロールが振り上げた腕の方向を予測し、次の行動を決定する。
トロールの腕が両方動き出したのを確認すると、ジャシードは右側から迫っていたトロールの方へと身体を移動させ、流れるような剣捌きでトロールの左太股を深々と真一文字に切り裂いた。トロールのくぐもった声がジャシードの頭の上から聞こえる。
紫色の体液が切断面から迸り、その傷を覆い隠す。その体液こそがトロールの再生能力の大本で、覆い隠した瞬間から傷の再生が始まる。
スネイルはトロールがジャシードに夢中になっている間に、トロールの後ろへと回り込んでいた。ジャシードと交わした視線で攻撃する側のトロールを認識すると、タイミングを合わせた斬撃を繰り出す。
貫通力の高いワスプダガーに、こちらも切れ味鋭いゲーターのそれぞれの斬撃で、トロールの左太股を裏から素早く切り刻んだ。同じく紫色の体液が迸るが、それでもスネイルは攻撃を止めない。
そして骨が見えた瞬間、ピンポイントでワスプダガーを刺し込む。ワスプダガーは骨を易々と貫通し、トロールの体重を支えきれなくなった骨は折れてしまう。
再生能力は、『本体のどこかとくっついていること』が効果を発揮するかしないかの分岐点だ。それを学習した彼らは容赦が無い。ぐらついて倒れたトロールの足を放り投げ、本体から離した。
倒れたトロールは、その太い腕で足掻こうとするが、ジャシードの剣はその足掻く腕を断ち切り、スネイルのダガーはトロールの視界の外から頭蓋へと攻撃を加えた。
そしてその一瞬にできた、トロールが動けない時間の間に、ジャシードはトロールの首を刎ねる。ファングの切れ味は凄まじい。
ジャシードとスネイルがトロールを攻撃している間、ガンドは得意の棒術と、新しく覚えた電撃の魔法系統を使ってトロールの動きを止めていた。
棒術で隙を作っては、直接片手で触れて、溜めた電撃を相手の関節などに放つ。すると一瞬ごとに動きが止まるため、その間にまた棒術でしっかりと打撃を与えていく。
しかし今回の相手は再生能力が強く、余り傷という傷はつけられないが、それでも一体のトロールが始末されるまでの時間稼ぎには十分だった。
ジャシードとスネイルが、トロールをガンドから引き受けた後は、言うまでもなく凄い早さで決着が付いた。
「ほお。こりゃ暫く見ぬ間に強くなったものよ。連携も素晴らしい。いいものを見せて貰った」
バラルは手放しで彼らの戦いを賞賛した。
「バラルさんも、たまには参加してもいいからね」
ジャシードは茶化して言った。
「いやこれは、ずっと寝ていられそうだ」
「ラマが疲れるから、ほどほどに……」
寝っ転がるバラルを見て、ガンドは呆れている様子だ。
「おいらも、ねる」
「スネイルはサボっちゃダメ」
ガンドは素早くスネイルを起き上がらせた。
「けち」
「はいはい、ケチでもいいから起きて歩く!」
ガンドもなかなか、スネイルを扱うのが上手くなってきた。
◆
一行は森トロールとの戦闘があったものの、無事に森を抜け、再び東にユーオプー湖を眺められる場所へとやってきた。
突如、爆発音が聞こえ、ヴォルク火山地帯で小規模噴火が起こっているのを感じられた。十分離れているため影響はない。ただ音が聞こえて来るのみだ。
「そろそろ、どこか野営する場所を探さないと」
ガンドが夕日を見ながら言った。
「この先に三叉路があるから、そこまで行くといい」
寝ていたと皆が思っていたバラルが突然言った。
若い冒険者たちは、バラルの助言通りに三叉路までやってきた。三叉路には看板が立っていて、今歩いてきた方向に『ドゴール』、東へ向けて『レムリス・ネクテイル』、北へ向けて『セルナクウォリ』と書かれている。『セルナクウォリ』の下には、『街なし注意』とも書かれている。
「この、セルナクウォリって所は、どんな所なの?」
テントの準備をしながらジャシードがバラルに聞いた。
「いつか冒険したい場所の一つだ。セルナクウォリには、この辺りからすれば想像もできないほどの強力な怪物に満ちている。元々町を建造しようとして街道が作られたが、余りにも怪物が強力だったために、街の建造そのものが頓挫したという逸話がある」
「そんなに怖いところなんだね」
ジャシードは、いつかオンテミオンがハンフォードとしている会話を思い出しながら言った。ドゴールからは徒歩で八日かかり、手練れの冒険者でも死者を出すほど危険な土地だ、という話をうっすら覚えていた。
「ああ。ワイバーンが普通にいるような場所だ。だいたいこれで分かるだろう」
バラルがそう言うと、若い冒険者たちにもセルナクウォリの恐ろしさが良く分かった。サンドビガントに遭うような感覚でワイバーンに遭っていてはたまらない。
◆
翌朝、早朝に全員強制的に目を覚めさせられた。ヴォルク火山地帯から、もの凄い轟音が聞こえてきたからだ。慌ててテントから出てみると、日の出前の空が紅く染まっていた。
「珍しく盛大に噴火しているな……」
バラルが呟いた。長年、世界を眺めているバラルが言うのだから、現在起きている噴火は珍しい規模なのだろう。
紅く燃え上がる空を、四人は殆ど無言で眺めていたが、それも一つの存在を見るまでの間だった。紅く燃える空に、大きな羽を持つ存在が浮上してきたからだ。
「あ、あれは……」
ガンドは言葉半ばにして絶句した。四人の視界には、遠目にはっきりと判別できるほどの巨大な羽を持つ生物が、その羽を羽ばたかせて浮上していた。
「……ドラゴンだ」
珍しくバラルが額に汗を浮かべ狼狽えていた。
ドラゴン??それは最強と畏れられる存在。チカラと叡智の象徴。人によっては神と崇める存在だ。ドラゴンがどこに生息しているのかは定かでは無いが、目撃情報そのものが少ないため、伝説上の生物とする向きすらある。四人は距離こそ離れているものの、その伝説を今、その目で見ている。
「ワイバーンみたいに襲ってこないかな……」
ガンドが恐れ戦いて呟いた。
「もし万が一、こちらに来ることがあったら、その時は……おしまいだ。勝機も無く、逃げることもままならない」
バラルが弱気なことを言うのを、若い冒険者たちは初めて聞いた。そしてそれは本当なのだと、強く感じた。
ドラゴンは、彼らが見ている間にヴォルク火山地帯の上空へと舞い上がり、彼らの心配をよそに北東の空へと羽ばたいていった。
「……生きた心地がしなかったよ」
ガンドはほっと胸をなで下ろした。
「すっかり目が覚めてしまったな。運がいいやら悪いやらだ」
バラルはヴォルク火山地帯に背を向けて、テントの辺りへと戻った。
「ドラゴンかっこいい」
「僕も、実はそう思ってたところ」
「さすがアニキ。わかってる」
「……馬鹿も度を超えると、尊敬に値するな」
スネイルとジャシードの掛け合いに、バラルが水を差した。
四人は早めの朝食を摂り、日の出と共に出発した。天気は上々、ほどよい気温は旅に最適だ。イレンディア街道は、ヴォルク火山地帯を東に見ながら、北東へと伸びていく。
ヴォルク火山地帯が後ろへと抜けていくと、前方左側にはオウメリ湖が見えてくる。オウメリ湖はキラキラと陽光を反射しながら、美しいナイザレアの風景に、光で変化を添えていた。
「マッシオーベ橋が見えてきた!」
ジャシードは、いつかバラルの背中から見た風景を思い出し、感慨深い思いに浸っていた。自分の足で、遂にナイザレアを抜けてレムランドに戻ってきたのだ。
0
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました
小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」
二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。
第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。
それから二十年。
第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。
なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。
不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。
これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。
※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。
だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。
失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。
どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。
「悪女に、遠慮はいらない」
そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。
「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。
王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」
愛も、誇りも奪われたなら──
今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。
裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス!
⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる