イレンディア・オデッセイ

サイキ ハヤト

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第四章 ひとつになる世界

来訪者

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 暖炉の薪が弾ける音で、ジャシードは目を覚ました。広めの部屋は煉瓦造りで、壁には蝋燭の明かりが揺らめいている。

「ここは……グランメリス?」
 ジャシードは起き上がりながら、目をこすって欠伸した。

「割と早いお目覚めね。もう少し早く目覚めてくれたら、私たちがベッドに運ばなくても良かったのに」
 大きいテーブルの角にある椅子に座って、ファイナと何か話していたマーシャは、話を切ってジャシードの方へと顔を向けた。

「運んでくれてありがとう」
「どういたしまして。でもアズルギースとの戦いで活躍した戦士さまだから、いいのよ」
「マーシャの魔法も凄かったじゃないか。あれは、みんなで手に入れた勝利だよ」
「そう言うと思ってたわ。こっちに来て紅茶でもどう?」
 マーシャはジャシードに手招きした。

「そう言えば戦いの時、ジャッシュが急に防戦一方になったけど、何かあったの?」
 マーシャはマグカップに紅茶を注いだ。それは冷めていたようだったが、マーシャが魔法を使って温めると、湯気がゆらゆらと立ち上る。

「あの時は変だったな……。急に身体が重くなって、それで避けられなくなった」
 ジャシードはマーシャの隣に座り、差し出された紅茶を受け取った。

「重く?」
「そう。何か、身体全体が地面に吸い寄せられるような、そんな感じだよ。表現しづらいなあ」
 ジャシードは紅茶を口に含んで、その香りと温かさを味わった。ふっと寝起きのだるさが消えて、気分がスッキリする。

「身体が重くなったのは、アズルギースのせいかもしれないな」
 腕を組みながら聞いていたファイナが口を開いた。

「ファイナさんが教えてくれた攻撃方法の中には、そんなのはなかったよね」
「私がアズルギースに遭遇したのは、今回で二回目だ。伝説級と言われているのは、なかなか強いのもあるが、個体の数が少ない事からそう言われている。
 今回の経験は、いつか分からない次の機会へ向けた知識になる。今回の攻撃は魔法的な物か、アズルギースの特技か分からないが、身体を重くさせる攻撃方法があると言うことだな。かなり厄介な攻撃だ。
 今回はお前の機転で何とかなったが、お前の役割があのナザクスという男であったなら、我々は敗北していたかも知れない」
「上手くいって良かったよ……。それにしても、ファイナさんほど長く生きてて二回目、かあ。僕たちはもう二度と出会わないかも」
「そうかも知れないな」
 ファイナも紅茶をひと口飲んだ。

「それでね。ナザクスが、グランメリスに着いたから、もうあとは好きにしろって言ってたの。これからどうする?」
 マーシャは両手で頬杖をついて、ジャシードの方へ視線を走らせる。

「僕はロウメリスの事も気になるし、ここの冒険者たちの事も気になる。ナザクスたちが、どうなってしまうのかも気になる。だから、明日はグランメリスの事を調べたいと思ってるんだ。どうかな?」
 ジャシードは、そう言いながら紅茶の水面を眺めている。

「私も気になってた。冒険者たちをいいように使う人も許せないし、どうにかしたいと思ってたの。でも、どこから調べたらいいのかなあ」
「まずは、ナザクスたちを探して、彼らの成り行きを見たい。それを見ることは、彼らの成り行きを決定できる、または決定を伝える権限がある人に接近できる事になる。その人はきっと、更に権限がある人に繋がっている気がする」
「それ、いいわね。まずはナザクスたちがいる場所を探さないといけないわね」
「きっと、冒険者が行くべき所を街の人に聞けば分かるよ。さて、身体も温まったから、身体を拭いてもう一回休むよ。紅茶ごちそうさま」
「そうね、今日は疲れたものね。ファイナさんも眠りましょう?」
「そうだな」

◆◆

 翌朝、ジャシードたちが知りたい答えは、答えの方から近づいてきた。部屋の扉がノックされる。

「お客様。冒険者管理委員がお見えです。レストランでお待ちですので……」
 宿の主人がそれを知らせに、部屋へやってきた。

「冒険者管理委員? もしかして……!?」
「もしかするかも。行ってみましょ」
 ジャシードとマーシャがレストランに向かう。おまけで早く起きていたスネイルが付いてきた。ファイナは、何かあったときのために姿を潜めて話だけ聞くという。ガンドは言うに及ばず、ぐっすりお休み中だ。

「君たちがヒートヘイズだね。私はアウリス。冒険者管理委員をやっている」
 ジャシードとマーシャが挨拶と一礼したのを見て、アウリスは椅子に座るように促した。

「まず確認したいのだが、君たちはスノウブリーズを知っているか?」
「ええ、知っています。エルウィンから一緒に来ました」
 アウリスにジャシードが答える。

「では彼らが我々の依頼を失敗したことは?」
 アウリスの言葉を聞いて、ジャシードとマーシャは顔を見合わせた。

「依頼が何かは良く分かりませんが、何かを失敗したという事だけは知っています」
 ジャシードはアウリスに顔を向きなおして答える。素性の知れない相手に対して、素直に本当の情報を与えなくてもいい。ジャシードはそう判断した。

「ふむ……。では、少し話を変えよう。アズルギースと言う怪物は知っているか」
「知っています。昨日みんなで戦って、倒しました」
「証拠はあるのか」
 アウリスは訝しげに眉をひそめた。

「あります。……スネイル、部品を持ってきてくれる? 尻尾の一部でいいかな」
「了解、アニキ!」
 スネイルは素早く荷物を取りに行き、すぐに戻ってきた。その手には、細かな鱗で覆われた、アズルギースの尻尾の先があった。

「絵で見たアズルギースの尻尾の特徴と合う。しかし何故、こんな物を採取している?」
「伝説級の怪物だって言っていたから……もしかしたら、高く売れると思って」
 ジャシードは、真実と異なる情報を与えた。エルウィンで武具を集めていたとなれば、武器を強化する宝石誘導について知ったらどうなるか、すぐに想像できたからだ。今のグランメリスは、宝石誘導技術を知らせるには早い。

「なるほど。奴らが言っていることは本当のようだな。アズルギースを倒したとは些か信じられんが、証拠がある以上、信じぬ訳にもいかぬ……」
「私たちがアズルギースを倒した事が、どうかしたんですか?」
 マーシャは少しだけイライラした様子で口を挟んだ。

「スノウブリーズは我々の依頼を失敗したから、彼らの冒険者等級を決めるための会議が今日、行われる。通常は我々が決めたとおりに決まるのだが、スノウブリーズがアズルギースの退治を理由に、等級を大きく下げぬように交渉してきた。それで私は彼らが行動を共にしたという君たちに、確認をしに来たというわけだ」
「アズルギースを倒したのは本当よ。すっごく大変だったけど」
 マーシャは少し自慢げに、と言うよりもアウリスよりも上の立場になるために、敢えてその狙いを含ませながら言った。

「大した自信だな。ではスノウブリーズのために、証言するつもりはあるか?」
「それは……」
 マーシャはジャシードの顔色を覗う。

「あります。僕は証拠も付けて、彼らのために証言します」
 ジャシードは即答した。

「決断が早いな……。君たちはどういう関係なんだね?」
「僕たちは、スノウブリーズの護衛でした。スノウブリーズがエルウィンを出るときに、怪我を負っていたんです」
「ほう。アズルギースを倒せるほどの護衛か。さぞ彼らは高く払ったのだろうな。何処から金が出てきているのか解らないが」
 アウリスはバカにしたような口調で言った。アウリスとスノウブリーズの関係性が見える。

「いえ、護衛することは僕が勝手に決めたことなので、報酬は貰っていません。それにアズルギースは、スノウブリーズの協力もあってこそ、倒せたんです」
「無報酬だと……? やはり、特別な関係があるのではないか?」
 アウリスはしつこく疑いの眼差しを向けてくる。

「護衛をする中で、スノウブリーズとは戦友になった……ような気がしています」
「その程度の関係性で何故、彼らにそこまでするのだ?」
「護衛をする前にエルウィンの近くで、怪物たちと戦ったことがあるのですが、彼らはいいパーティでした。そんな彼らを傷ついたまま帰らせたくなかった。だから護衛をすることにしました」
「そのまま帰らせたとして、君に不都合は無かったのではないかね?」
「確かにそうですが、僕は戦いの中に親近感を感じたんです」
「そうか、分かった」
 アウリスはようやく、追求するのを止めた。これ以上追求を継続しても、得るものが少ないと判断したのだろう。

「では君に、名前はなんと言ったか……」
「ジャシードです」
「ジャシード君に、証言をして貰うことにしよう。後で冒険者管理委員会館に来てくれ。場所は街の中心、ワーナック城の中にある。衛兵に名を言えば、案内するように手はずを整えておこう」
「わかりました。僕の仲間たちも共に行っていいですか?」
「もちろんだ。ヒートヘイズ全員で来るといい」
「ありがとうございます。後で行きます」
「では、のちほど」
 アウリスは立ち上がって、宿から出て行った。その顔には微かに、にやけているように感じられる表情を浮かべながら。

「これで冒険者をいいように使っている人たちの本拠地に、コソコソ調べなくても、大義名分を掲げて入り込める」
 ジャシードは、アウリスが出て行ったあとのドアに向けて呟いた。

「でも、それからどうしたらいいのかしら? 私たちはただの冒険者だし」
 部屋に戻りながら、マーシャが言う。

「実際、僕たちにどうにかできる問題じゃないのは分かってる。でもまずは、相手がどんな人たちなのかを知りたい。あとはエルウィンに戻って、マーシャルさんに話してみよう。マーシャルさんなら、何か解決方法があるかも知れない」
「潜入調査が必要なら、私がやるぞ」
 暗闇から、ふっとファイナが現れつつ言う。

「わ! びっくりした……。脅かさないでよ、もう」
 マーシャはファイナの腕をペシッと叩く。

「すまない。潜んで話を聞いていたのを忘れていた」
「ファイナさんは、やっぱり父さんと同じで潜伏が上手いんだね」
「セグムと一緒にするな。奴より何倍も私の方が上手だ」
 ファイナは、セグムの話を出すとムッとする。余程嫌なことがあったのだろう。

「そ、そうだよね……」
「それで、調査は必要か」
「……調査と言うよりも、僕たちに何かあったら助けられるように、こっそり付いてきて欲しいんだ。ナザクスたちに、冒険者に酷い扱いをできる相手が、僕たちにとって味方だとは思えない」
「そうだな。お安いご用だ」
「頼んだよ」

 スネイルがガンドを叩き起こして、ラマと荷物を宿の主人に預けると、ジャシードたちは四人と潜んでいる一人でワーナック城へと向かった。

 グランメリスの街は、雪と氷に覆われているものの、ロウメリスと違って豊かな街であることが誰の目にも分かる。街の道はあちこちに曲がり角があり、まっすぐに長く延びる道は存在しない。道を挟む家には、必ず屋上があるように見える。

 それぞれの家はレンガ造りで、大きさはレムリスにある家々よりもやや大きく、立派な煙突が付いている。
 街の中には、あちこちに管理された森があり、薪に困ることはなさそうに思われる。

 所々に商店があり、この辺りで収穫できるであろう物が並んでいる。その種類はレムリスやエルウィンほどではないものの、野菜や果物や肉など、必要だと思われる物は殆ど網羅されている印象だ。

「ロウメリスと違いすぎる……昨日は暗かったから分からなかったけど、明るくなると……」
 ガンドは驚きの余り呟いた。

「この豊かさが、ロウメリスと冒険者たちから搾り取ったものだと思うと、凄く嫌な気分になるわ」
「……全くだよ」
 ガンドは大きく頷きながら、マーシャに同意した。

「そう言うの、余り大声で言わないようにね。どうにか、今の状態を解消できるといいんだけど……。今回は、どうしたらいいか、を見つけられたらいいかなあ」
 ガンドとマーシャに注意しながら、ジャシードは小声で言った。

◆◆

 ワーナック城は、エルファール城と同じぐらい見つけやすい。四人が城に近づくと、とても自然に、しかし素早く衛兵が彼らの行こうとする方向を塞ぐ。

「ここから先は、許可された者しか通れない。許可はあるか」
 衛兵の一人が言う。

「アウリスさんと話をして来ました。ジャシードと言います」
 ジャシードは、レムリスで身につけた、衛兵の礼をしながら言った。

「君がジャシードか。ではそちらは……」
「僕の仲間、ヒートヘイズのメンバーです」

「……入ってよし。冒険者管理委員会館は、そこの門をくぐってから、通路を通り、中庭を左だ。それ以外の場所への立ち入りは許可されていない。余計な場所に立ち入らないように」
「わかりました」
 衛兵は持ち場に戻り、ヒートヘイズたちはワーナック城へと入っていった。門を潜り、通路へと進んでいく。通路は、城の一部がトンネルになっている部分で、通り抜けると城の中庭に辿り着いた。中庭はかなり広く、中庭の中に幾つかの建物が建っている。

「ここは、攻め込まれるのを考えて作ってあるみたいだ」
 ジャシードが呟いた。

「そうなの? どんなところが?」
 マーシャはキョロキョロしながらジャシードに問う。

「街の道がまっすぐになっていなかったし、両側の家には屋上があるみたいだった。ワーナック城の入口にも門があるし、こうして通路を入ってくると……」
 ジャシードは周囲に手をやった。

「……何処からでも、矢や魔法が放てるようになっているんだ。よほど大群で来ないと、城に入る前に射抜かれたり、魔法でやられてしまうと思う」
 ジャシードは手ぶりで矢が放たれるはずの方向から、自分の身体に指を走らせた。

「なんでそんな造りになっているんだろうね?」
 マーシャが不思議そうにしている。

「詳しくは分からないけど……攻め込まれるのをとても警戒しているみたいだ」
「こんな辺境に、誰が攻め込むと言うのかしらね」
「何となくだけど、身近に攻め込んでくる人たちがいる、と思っているんじゃないかな。ロウメリスとか、冒険者とか」
「身内に攻め込まれるのを警戒するくらいなら、そうならないようにすればいいのに」
「全くその通りだと思うよ」
 ジャシードとマーシャは小声で話し、聞いていたスネイルとガンドは、無言で頷いた。

 四人は、『冒険者管理委員会館』と書かれている建物に辿り着いた。その建物はレンガ造りの二階建てで、普通の家が三つは入るであろう広さがある。
 冒険者管理委員会館の入口にも衛兵が立っており、再度本人確認のために止められた。ヒートヘイズたちであると確認されると、両開きの重厚な扉が開かれ、中へと案内された。

 会館の中に入り廊下を進んでいると、仕事の依頼が書かれた紙が掲示板に貼り付けられており、何組かの冒険者がその紙を見ては相談をしている。報酬が良く、失敗しない程度の難易度を選びだそうとしているのだろう。

 掲示板のある通路を通り抜けると、『審査控室』と書かれた部屋に案内された。

「ここで呼ばれるまで待機するように」
 衛兵はそう言って去って行った。

 審査控室は、非常に質素な小部屋だった。木でできたベンチが部屋の壁に二脚、置かれているのみだ。四人はベンチに座って、呼ばれるのを待つ。

「今のところ、どこにも怪しいところはないな」
 部屋の隅から、ふっとファイナが姿を現した。

「わ……もう、ファイナったら」
 マーシャは静かに驚いて、ファイナの腕をまたペチンと叩いた。

「驚かせたか?」
「驚くに決まっているでしょ……みんな驚かないの?」
 マーシャは男たちを眺める。

「僕もこっそり驚いた。けど声も出なかったよ……」
 ガンドは恥ずかしそうに言った。

「おいらは、隠れてても分かるから」
「僕も分かるんだ。何となくだけど」
 スネイルとジャシードは、平気な顔をして言った。

「え、なにそれ。ずるい!」
 今度はジャシードの腕がペチンと叩かれた。

「……誰か来た」
 再びファイナの姿が見えづらくなり、見えない者には見えなくなった。

「ヒートヘイズの皆さん、こちらへ」
 部屋を覗き込んだ女性が、彼らを別室へと案内した。
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