イレンディア・オデッセイ

サイキ ハヤト

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第五章 正義の在処

職人の技

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「どう? ちゃんと大きさは合ってる?」
「ちょっと、腕の穴が下に広がってるとピッタリ来るんだけど、すぐには直せないよね」
 ジャシードが、オーリスが作った金属の鎧を着ようとしているところだ。

 着ると言っても、金属の鎧は柔らかくない。長袖のシンプルなシャツの上に、まずは長袖の鎖帷子《くさりかたびら》を着る。それから鎧の前の部分、後ろの部分をそれぞれ前後から合わせ、脇腹付近にある金具で止める。
 オーリスが思っていたよりも、ジャシードにはしっかりとした筋肉が付いていたため、腕を通す穴がきつかったようだ。

「任せてくれよ。僕だって考えも無しに、金属の鎧は持ってこない」
「え!? 直せるの?」
「金具を外しておいて」
 驚くジャシードにニヤリとした表情を向けると、オーリスは持ってきた大きな袋に手を突っ込んだ。

 たくさんの工具が入っていそうな音のする袋からオーリスが取り出したのは、円柱を縦に割ってあるようなものと、大きめの金槌だ。
 腕の穴の部分に半円柱をあてがい、オーリスはその場で金槌を振り始めた。金槌が当たる毎に、硬いはずの鎧を容易く補正していく。

 レムリスの朝に、鎧を打つ小気味よいリズムが響き渡る。昨日の夜は、女性二人を除いて全員が酔ってしまい、オーリスの発表はスネイルの部分だけで終わっていた。
 しかしオーリスは、ヒートヘイズの全員に手土産を持参しており、朝食の後に手渡したのだった。

 ジャシードとガンドには、金属の鎧だ。重量こそあるものの硬度は申し分なく、できる限り動きやすいように、随所にオーリスなりの工夫がちりばめられている。

「鉄って、熱くしないと打てないと思ってた」
 オーリスの仕事ぶりを見ながら、ジャシードは感心していた。オーリスが加工している部分だけ、柔らかくすら見える。

「ふふふ。ハンフォードさんに教わったんだ。鉄をほんの少し、打ちやすくする方法をね」
 オーリスは、鎧から全く目を離さずに答えた。

「へぇ、凄い技術だな。オーリスはそう言うのを、たったの二年で習得したわけだよね」
「もちろん、毎日毎日、休まず練習と学習の日々だったよ。今日の日を目標にしてね」
 少しだけ手を止めて、何処か遠くを見つめてから、オーリスはジャシードに微笑む。

「かなりの努力をしたんだろうね」
「ジャッシュなら、僕の苦労も分かるはずさ。……正直、今日には間に合わないと思っていたけど、何とかなった」
 オーリスはジャシードの身体と見比べながら、鎧の微調整を始めた。金槌の音が小さく、細かくなる。

「さすがはオーリスだね。それにしても、あのハンフォードさんが、誰かに何かを教えるなんて……」
「あっはは、確かにね。最初は苦労したよ。毎日毎日、葡萄を持っていく日々でさ。最初は、ハンフォードさんを勝手に眺めているだけだった」
 オーリスは思い出し笑いをしている。

「ああ、わかるよ……」
 ジャシードもハンフォードを思い出していた。研究途中だというのは分かるが、気に入らないと素っ気ない反応を見せる、とても気難しい老エルフだった。

「ひと月続けていたら、ハンフォードさんの方が根負けして、それからはとんとん拍子さ。毎日が新しい事で、こんなに充実した日々は無かった」
 少し額に汗を光らせるオーリスは、楽しそうに金槌を振るっている。

「オーリスが楽しそうで良かったよ。ずっと気にしていたんだ。オーリスが戦えなくなって、未来が無くなったような気分になっていないかってさ」
「不思議とそうはならなかった。もちろん、戦えなくなったと分かったその時は、落ち込んだけれど……。すぐに気持ちを切り替えたよ。僕にできることは何かってね」
「うん。さすがは、オーリスだ」
 ジャシードは感心しきりだった。もし、自分が同じ境遇になったとして、オーリスほど上手く気持ちを切り替えられるだろうかと考えていた。

「よし、これでどうかな」
 オーリスは再び鎧をジャシードの身体に合わせた。

「ちょうど良いよ! ありがとう、オーリス」
「どういたしまして」
 オーリスは金髪を揺らしながら、爽やかな笑顔を見せた。

「おっ! ジャッシュ、似合ってるねぇ!」
 ガンドが部屋に入ってきた。

「次は君の分だよ、ガンド。ジャッシュのよりも、手直しが必要そうだ。君がそんなにガッシリしてるとは思っていなかったからね」
 オーリスは鎧を取り上げながら、鎧とガンドを見比べた。どうやら、鎧の方がやや大きいようだ。

「努力の成果を見ろぉぉ!」
 ガンドはチカラこぶを作って見せた。

「うん、ぶよぶよが無くなって本当にガッシリしたね」
 オーリスは、ガンドの腹をペチンと叩いた。脂肪は感じられず、とても締まった印象の触り心地だが、腹が凹んでいるわけでもない。筋肉と脂肪のバランスが、ガンドなりに良いと言える。

「うっ! 腹に攻撃とは反則だ!」
「この程度で文句を言うようじゃ、まだまだ鍛えないとね」
 オーリスはニヤニヤしている。

「僕は後衛なんだよね、一応」
「暇だから前で戦いたいって、言ってなかったっけ」
 ジャシードはガンドの言葉の端をつまんで言った。

「もちろん、やれる時はやる!」
 ガンドは武器を振るう仕草をしている。

「ガンドが『やれる時』が、オーリスの鎧で増えそうだな」
 ジャシードもガンドを真似て、剣を振るう仕草をしている。

「え、そうなるの?」
「任せてくれ賜え! 早速取り掛かるよ」
 オーリスは早速、ガンドの身体に鎧を軽く合わせて、どこをどうすれば良いかを確認した。

 オーリスの仕事は、鎧を打ちやすくする技術によって、素早く進められた。腕回りを広げ、首回りを広げ、反対に腹回りは窄ませた。何度か、ガンドの身体に合わせつつ、補正作業が進んでいった。

「そう言えばオーリス、そろそろ武器を新調したいと思っているんだけど、どんなのがいいと思う?」
「そうだね……ジャッシュは動きも素早いから、長剣のイメージがあるけど、双剣で戦うのもいい気がしているんだよね」
 オーリスは作業の手を休めずに、ジャシードの戦いぶりを思い出していた。

「双剣かあ。確かに二本あった方がいいなって思ったこともあったけど……。長剣と双剣だと、戦っている最中に切り替えることを考えれば、剣を三本持つことになるよなあ」
「長剣を背負って、腰に二本持つ感じ?」
「いやあガンド。動きづらくて仕方がないだろう?」
「だよねえ……。剣がくっついたり、離れたりすれば良いのに」
「あっはは! ガンドの発想は自由だなあ」
「だったらいいなと思っただけだって」

「……いや……ガンド、それ、作れるかも知れない!」
 オーリスがふと手を止めて、何かを思い出したように言った。

「オーリスまで、冗談のつもり?」
「ジャッシュ。宝石誘導には、二つの効果があるんだ」
「二つの効果?」
 ジャシードとガンドは、同時に首を傾げた。

「そう。一つは、何か物に付加的な効果をつける。スネイルのダガーみたいにね。もう一つは、物を変質させる。ジャッシュのファングや、スネイルのワスプダガーは、まさにそれだ」
「なるほど……ついでに言えば、僕の兜もそうだね。革なのに、かなり硬いし」
 ガンドは自分の頭を指さしながら言う。

「確かに……ん? もしかして、くっついたり、離れたりする物を作れる?」
「恐らく、だよ。ジャッシュ」
 オーリスは少し強調しつつ言った。

「へえ、言ってみるモンだねえ、自由な発想をさ」
 ガンドは何やら得意げだ。

「アブルスクルと言う怪物を聞いたことがある。それは、くっついたり、離れたりできる怪物らしい」
「それを倒して部品を集めれば良いのかな。それはどこにいるのか、知ってる?」
「ネルニードさんから聞いたんだけど、どこに行っちゃったのかな」
「鎧が仕上がったら、探しに行ってみるよ」
「そうだね。さて、仕上げに取りかかろう」
 オーリスは、再び金槌を手に取った。

◆◆

『ご主人様《マスター》。面白いものを捕らえました』
 全身甲冑に身を包んだ男の側にあった水晶が、鈍く明滅している。

「ザンリイクか。何だ、面白いものとは」
 男は水晶に話しかける。

『素晴らしい戦力を手に入れました。過去に失ったと思っていた物に、魔法力を送ってみたところ、近くにいた者を捕らえることに成功しました』
「随分、勿体ぶるな、ザンリイク。何を捕らえたというのだ」
 水晶に話しかけている男は、左手で頬杖をつき、右手の人差し指を椅子の肘掛けにコツコツと打ち付けている。ザンリイクが捕らえた者が何かを告げると、男の指が止まった。

「そいつは解放しろ」
 男は、有無を言わさぬ口調でそう言い放った。

『何故ですか……! コイツを使えば、殆どの人間を殺戮できます!』
 くすんだ水晶から、焦りを含んだ、戸惑いの声が聞こえる。

「誰が殺戮しろと言った? 勝手な行動を取るな」
『し、しかし……』
 ザンリイクの声が尻すぼみになる。

「お前は誰に仕えている?」
『ご主人様《マスター》でございます』
「では、私の命令に従え」
『は……し、失礼します』
 水晶の鈍い明滅が止まり、元のくすんだ色の水晶になった。

「ザンリイク……いよいよ、使いにくくなってきたな。だが、実験の成功まであと少し……。物さえ完成すれば、あとは用なしだ」
 全身を甲冑に包んだ男は、再び肘掛けを人差し指で叩き始めた。



「何故ご主人様《マスター》はあのようなことを言うのだ! 人間を殲滅する、これ以上ない駒を手に入れたと言うのに!」

 深い闇に覆われた場所で、くすんだ水晶に向かって悪態をつく者がいた。灰色のローブを纏うその者の名は、ザンリイク。かつて赤い目を使い、フグードやスィシスシャスにチカラを吹き込んだその者は、くすんだ水晶に背を向けると、辺りにある物を投げ散らかしていた。

「人間を根絶やしにするために、こうしてずっと、研究をしていたのだ。この機会、逃してなるものか! 開放などするわけがない!」
 ザンリイクの声が、暗い闇に響き渡る。闇のどこからか、その声に反応した怪物たちの唸り声が帰ってくる。

「お前たちの悲願でもある、我々の世界を作ってやるぞ!」

「だが今は、少し我慢して待とう。彼奴《あやつ》にこれを授け、我らが悲願を達成するのだ……」
 ザンリイクは、捕らえた者が自らの住処へ来るのを待つ事にした。改良した、新しい魔法の赤い目を愛でながら、その時を待つことにした。
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