イレンディア・オデッセイ

サイキ ハヤト

文字の大きさ
102 / 125
第五章 正義の在処

必殺の炎

しおりを挟む
「ジャシード!」
「アニキ!」
「ジャッシュ!」
 仲間たちの声が、スライムで塞がれた兜の向こうから聞こえる。兜の中に充満するガスは、追加はされど抜ける気配はない。

(諦め……ないぞ……!)
 ジャシードは兜を塞がれる前に、息を一杯に吸っていた。最後の力を振り絞って、オーラフィールドを発動させる。ジャシードに残された、最後の一手だ。

「ジャッシュ……!!」
 マーシャは目の前の信じられない光景を見て、無我夢中で魔法を絞りだそうとしていた。

(絶対、死なせたり、しない!)
 マーシャは無我夢中の間隙に、懐かしい記憶を思い起こしていた。

――小さな、怯えた、何もできない子供。
 
 命に代えても、大好きな人を守りたい。
 そんな衝動に突き動かされていた。
 
 何をしたらいいか、分からなかった。
 
 でも、何かをしないと、何かをしないと、
 一番大切なものを失ってしまう――

 マーシャは今、あの時と同じだった。

 軽い地鳴りのような音が、洞窟内に響き始める。

「なんだ……?」
 バラルが辺りを眺めると、マーシャの身体が、青白い炎に包まれていくところだった。
 老練なバラルをして、そのような魔法は見たことがない。バラルは息をのんだ。

 本来なら、バラルはマーシャを止めなければならない。生命力を大きく注ぎ込んだ魔法の行使は、命に関わることがある。
 しかし、バラルは動けなかった。何が始まるのか分からない事から来る好奇心もあったが、何より今ジャシードを助ける手立てのない中、少しでも可能性のある何かが必要だった。

 マーシャは蒼白い炎にすっぽりと包まれ、まるでマーシャそのものが燃えているようにも見える。

「ジャッシュは、ジャッシュは……死なせたり、しない!!」
 蒼白く燃える炎の中で、マーシャは両手を高く掲げ、スライムたちの方へ振り下ろした。

 轟音と共に、蒼白い炎がマーシャから放たれる。マーシャそのものから放たれたようにも見える炎は、幾つもの炎に分かれ、全てのスライムたちに襲いかかる。

 炎がスライムに触れると、スライムは一気に干からびて、砂のようになった。ジャシードをがんじがらめにしていたスライムも、干からびて消えていく。ベタつく粘液も、砂のようになってハラリと落ちた。

 アブルスクルにも、蒼白い炎が襲いかかった。アブルスクルの表面が、他のスライムたちと同じように干からびて、サラサラと地面に落ちていく。

『ビブゥゥ……!』
 苦しんでいるのか、伸びたり縮んだりしながら、アブルスクルは変な音を立てている。黄色いガスが所々から漏れ、それが音を立てているようだった。
 大きなスライムの塊アブルスクルは、やがて干からびて、一回りほど小さくなってきた。

 しかし、蒼白い炎は突然消え去った。両手を高く掲げていたマーシャは、ひと呼吸の後に、地面に崩れ落ちた。

「マーシャ!」
 ガンドはハンマーを放り出し、マーシャの元へと走る。

「ジ…………ジャッ……シュ……は…………」
 ガンドに上半身を抱えられた顔面蒼白のマーシャは、息も絶え絶えに声を絞り出した。

「ジャッシュは……」
 ガンドは顔を上げ、ジャシードの方を見やると、アブルスクルの向こうに動きがあった。

 深紅に染まったオーラを纏い、兜を脱ぎ捨てたジャシードが、ゆらりと立ち上がるのが見える。

「ジャッシュは大丈夫! マーシャのおかげだよ!」
「そ…………そう……。よかっ…………」
 マーシャは言い切る前に、微かな、微かな笑みを浮かべて気を失った。

「ガンド、マーシャを保たせてくれ! わしらはアブルスクルをやる!」
「分かってますよ!」
 ガンドは出来うる目いっぱいのチカラで、マーシャに治癒魔法をかけ始めた。

「アニキ!」
 立ち上がったジャシードに、スネイルが駆け寄る。

「ふう……今回ばかりは、もうダメかと思ったよ」
「助けに行けなくてごめん、アニキ」
「気にするな、まずはアブルスクルを始末するぞ!」
「がってんだ!」
 二人はアブルスクルに向かっていった。

 干からびたアブルスクルは暫くの間動かなかったが、干からびた部分をふるい落とすように身体を震わせると、再びうねうねと動き出した。向かう先は、マーシャとガンドの方向だ。

 しかし、アブルスクルの前に、深紅のオーラに包まれたジャシードが立ち塞がる。

「マーシャのところへは、行かせない!」
 ジャシードは、長剣ファングにチカラを注ぎ込み、アブルスクルに斬り掛かった。轟音と共に、深紅のファングが襲いかかる……!

 アブルスクルは身体を割って避けようとしたが、干からびた状態では上手くいかず、遂にジャシードの剣がその本体を捉えた。ジャシードのオーラが、アブルスクルの身体を焼き焦がす。

『ビィィィ!』
 アブルスクルは謎の音を上げつつ、干からびた部分の下から液体をまき散らしながら、ファングに引き裂かれた。引き裂かれ切り離された部分は、少しの間ビチビチと跳ねていたが、すぐに動かなくなった。

「もっと小っこくしてやろう!」
 スネイルも揺らめく剣を翻し、アブルスクルに襲いかかる。揺らめく剣も、アブルスクルから一部を切り離した。

「もうガスも出ないかな?」
 スネイルは、アブルスクルに近づいても、ガス攻撃してこない事に気づいた。マーシャの魔法を食らった時に、全て漏れたのかも知れない。

「それなら……ほれっ!」
 ガス攻撃がないならと、どさくさに紛れて、バラルがアブルスクルに杖を差し込む。

 アブルスクルが身体の一部を伸ばし、バラルを打とうとしたが、スネイルが伸びてきた場所を切り裂いた。伸びていた部分が床に落ちて動かなくなる。

『ビィィ……』
 アブルスクルは再び謎の音を立てた。

「おっちゃん、危ないぞ!」
 スネイルがバラルに言う。

「実験だ! ちょっと離れておれ」
 バラルは自分も距離を取りつつ、ジャシードとスネイルが離れたのを見て、杖で植え込んだ魔法を炸裂させた。

 バフュッ!
 そんな音がアブルスクルから聞こえ、アブルスクルが膨らみ始めた。

『ビュィィ……!』
 アブルスクルが内側から破壊され、あちらこちらへ飛び散る。アブルスクルのスライム状の本体に、破裂によって一瞬穴が空いた。

「やはりそうか。アブルスクルは、外側からの魔法は効かないが、内側からならば効く!」
 バラルは満足げに、次の魔法を準備し始めた。

 そしてスネイルは、アブルスクルが破裂したことで、アブルスクルが隠していた『核』を察知した。

「『核』みっけ! 地面の側!」
 アブルスクルの『核』は、地面の側に存在している。毒ガスと射出可能なスライム、そして自由自在に着いたり離れたりできる能力で、その『核』は極限まで近づけない場所にあった。
 しかし今は、毒ガスを失い、干からびてスライムを出せなくなった。アブルスクルは、もはや『単なる大きなスライム』だ。それでも、そこいらのスライムよりもタフで、比べものにならないほど強い。

「アニキかおっちゃん、こいつ裏返せない? 『核』を切り取ってやる!」
「なら、おれが引きつけるから、バラルさんは爆発の魔法を!」
「よし分かった!」
 三人は一斉に動き出した。

 ジャシードは攻撃の速度を上げ、アブルスクルへ襲いかかった。
 アブルスクルは、身体を縮めたり伸ばしたりして、ジャシードの攻撃を一部躱している。この期に及んで、空恐ろしい相手だ。

「ジャシード、ここに誘導だ!」
 準備を終えたバラルは、杖で地面に円を描き、そこを指し示した。

「わかった!」
 ジャシードは巧みに押し引きを繰り返し、アブルスクルを円の場所まで誘導した。スネイルはそれを見て、攻撃の機会を窺っている。

「行くぞ!」
 バラルの掛け声で、ジャシードはアブルスクルから距離を離す。オーラフィールドがあるが、避けるのは念のためだ。

 刹那、バラルの爆発魔法が炸裂し、アブルスクルは爆風で宙を舞った。

「いただきィ!」
 スネイルはアブルスクルの『底面』目がけて走り込み、流れるような剣技で、アブルスクルの『核』を今や顕わになった底面から切り取って走り抜けた。

『ビヒュルルルル……』
 核を切り離されたアブルスクルは、身体が維持できなくなり、溶けるように地面に広がって動かなくなった。

「やったい!」
 スネイルは、アブルスクルの核を握り締め、高く掲げた。

「ふう。やっと倒したか……」
 オーラフィールドを解除したジャシードは、オーラフィールドの疲労感で片膝をついた。しかしそれでもすぐに立ち上がり、マーシャの元へと急ぐ。

「マーシャの具合はどう?」
 ジャシードは、マーシャに治癒魔法をかけ続けているガンドの傍らにしゃがみ込む。

「そんなに悪くないよ。血色もいいし、何だか拍子抜けだよ」
 ガンドは微笑みながら顔を上げた。

「そっか、良かった……。マーシャにまた、救われたよ」
 ジャシードはマーシャの顔に触れ、少し乱れている髪の毛を直してやった。

「あれだけの魔法を使ってなお、何の問題も無いというのか……」
 心配そうな顔をして近付いてきたバラルだったが、マーシャの様子を見て驚きの表情に変わった。

「アネキの魔法すごかったな!」
 スネイルは、アブルスクルの核を弄びながら戻ってきた。

「ああ。わしも見たことがない魔法だった。気がついたら聞き出したいところだ」
「おっちゃんでも、そう言うのあるんだな。何でも知ってると思ってた」
「そこいらの魔法使いよりは、確かに知識は多い。が、魔法の広がりは無限だからな。人間、死ぬまで学習と修練だ。お前も、わしもな」
「だな! わはは!」
 スネイルは両手の親指を立てて突き出した。

「分かっているんだか、分かっていないんだか……」
 バラルは渋い表情を浮かべている。

「よし、アブルスクルの部品も取れたし、帰ろうか。マーシャはおれが……」
 ジャシードは、マーシャを抱えて立ち上がった。

「……もう……私…………この鎧、嫌いよ……」
 マーシャはうっすら目を開けた。

「あ……気がついた? 平気?」
「うん……大丈夫よ……」
 マーシャは疲れた笑顔をみせる。

「下りるかい?」
「んーん……今は、冷たくて……気持ちぃ……」
 マーシャは鎧にそっと、頬を寄せた。

 二人の様子を見て軽く微笑んだバラルは、レムリス行きのゲートを開いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました

小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」 二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。 第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。 それから二十年。 第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。 なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。 不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。 これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。 ※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

処理中です...