イレンディア・オデッセイ

サイキ ハヤト

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第五章 正義の在処

レグラントとザンリイク

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 燃えながら苦しんでいたオンテミオンであったが、炎の中で赤い目が輝いたかと思うと、力場で魔法の炎をかき消した。

「あの炎から立ち上がってくるの……しかも、二人分の魔法なのに!?」
「もはや、怪物の域だ。あの赤目は、尋常ならざる再生能力まで与えるというのか……。どうやら、オンテミオンの首を切り落とすしか無さそうだ」
「せ、先生。それは、ダメよ……」
「四の五の言っている場合ではない。姿はオンテミオンだが、あれはもう、完全に怪物ではないか……」
 バラルはそう言いながら、悲しげな表情になっていた。

「先生……」
 マーシャは、バラルの横顔に満ちている感情を読み取って、心から気の毒に思った。何十年と付き合いのある友人が、ある日こんな事になったら、一体どんな気分になるだろう。もしそれが、ジャシードだったら……。
 マーシャは、想像が行き過ぎていると思って頭を振った。そんな事より、今はオンテミオンをどうにかすることを考えなければならない。

 ピックが屋内をバタバタと飛び回っている。魔法が飛び交う中で、落ち着ける場所がないようだ。

 ジャシードは、再びオンテミオンと向き合い、相手の出方を窺っていた。
 オンテミオンは、激しい火傷を負っているが、見ている間にその傷が回復していくのが分かる。スネイルが腹に空けた二箇所の穴も、出血しながら小さくなって行くのが見える。その回復力は、再生能力が高いことで知られている、トロールよりも上かも知れないとジャシードは感じた。
 トロールは再生能力こそ高いが、知能が低いため、あまり脅威と見なされていない。しかし、今目の前にいるのは高い知能と数々の実戦に下支えされた猛者だ。一時の油断もできない。

 先に仕掛けたのは、オンテミオンだった。まだ回復しきっていない深傷を負っているにも関わらず、その動きは鋭敏そのものであった。

 オンテミオンは踏み込みながら、大剣を片手剣のように振り切る。振り切ったタイミングを見計らって、懐へと踏み込もうとしたジャシードであったが、視界の端に危険を感じて踏み止まった。その直後、顔のすぐ近くを大剣が空気を切り裂きながら通過していった。
 通常、大剣はその重量のため、振り抜いた後に大きな隙を生む。ジャシードが知る唯一の大剣使いナザクスも、威力はあったがその隙を埋められていなかった。
 しかしオンテミオンは、振り切った大剣を、間髪入れずにそのまま振り返してくる。ざっと見積もっても、ナザクスの数倍の筋力があると思われた。

「わしらが隙を作ってやらんと、攻撃の機会を作るのは難しそうだな……これはどうだ!」
 バラルは、オンテミオンがいる床を目がけて魔法を放つ。

 バラルの魔法は、オンテミオンが足を着いている床を盛り上げ、オンテミオンはバランスを崩して後ろへと倒れた。ちょうどオンテミオンが倒れて転がった辺りに、レグラントに向けて投げつけた黒い短剣があり、オンテミオンはそれを取り上げつつ立ち上がる。

 立ち上がろうとしたオンテミオンの目の前に、ディバイダーを構えたジャシードが現れた。ディバイダーは力強い輝きを放っており、その刀身にチカラが漲っているのが分かる。
 オンテミオンは力場を展開したまま、大剣を振り上げた。その動作は、ジャシードの攻撃を回避するつもりが全く無い事を示している。

「彼奴め、ジャシードの攻撃を力場で防ぐつもりか」
 バラルはそう言いながら、自分がジャシードを非常に高く買っているのだと気づいて苦笑した。バラルは、若者たちをこれほど評価したことは無い。
 思えばヒートヘイズは、将来有望な若者たちが集まっている。これほど恵まれたパーティーを、イレンディアで見つけるのは困難だろう。

 ジャシードは剣を振りながらも、しっかりとオンテミオンの太刀筋を捉えていた。オンテミオンが、自分の攻撃を回避しようとしないことから、どう言うわけか力場で防ぎきる自信があると言うことも――
 それでも、ジャシードは剣を振り抜く事に決めた。斬ってみなければ、オンテミオンの力場の強さがわからないからだ。オンテミオンの太刀筋を頭に描きつつ、振り抜いた後にどう回避するかも決めた。

「らっああ!」
 ジャシードは、チカラを纏わせたディバイダーを真横に振り抜く。剣に纏ったオーラが力場に触れると、力場は輝き弾けながら、かなりの抵抗を見せた。

 オンテミオンは、その様子を全く気にかけることもなく、大剣を振り下ろした。大剣は、上から真っ直ぐジャシードに襲いかかる。

「分かて!」
 ジャシードはディバイダーにチカラを纏わせたまま二本に分割し、もう片方の剣に力場を纏わせると、大剣を受け流せる角度に剣を構えた。力場を纏わせたのは、大剣によってディバイダーが折れないようにするためだ。

 オンテミオンの大剣は、ディバイダーの力場に阻まれ、勢い余って床に当たった。強烈な金属音が、静まった広間に鳴り響く。

 その瞬間を狙って、ジャシードはディバイダーを振り抜いた。ディバイダーは、フォース・スラッシュのチカラでオンテミオンの力場を破り、腹部に裂傷を負わせた。

「ご……っ!」
 オンテミオンは、腹部に裂傷を負って血を噴き出した。しかしそれでも、オンテミオンは止まらず、立ち向かおうとしていた。傷の再生能力とは、本当に厄介な能力だ。

 立ち向かおうとするオンテミオンに、バラルとマーシャの魔法が再び襲い掛かる。しかし今回は、オンテミオンの力場によって魔法が掻き消された。

「まだ、わしらの魔法を掻き消す余力があるというのか……。レグラントとも戦ったであろうに。先に生命力が尽きた方が負ける。ジャシードも凄まじいが、どこまで保つか……」
 バラルは、やや焦っている様子だ。

「私たちの魔法が全然効かないんじゃ、手の出しようがないわ……」
「うむ……。常人の力場ならば、わしら二人の魔法で突破できないはずはないが……。彼奴は、とんでもなく強化されている。まるで大量の生命力が注がれているかのようだ」

「ぐ……ぁ……」
 レグラントがビクリと痙攣し、意識が戻った。ガンドの懸命な治療で、切断されていた腕は何とか着き、流血しない程度になっていた。
 いつの間にか、ガンドの肩にはピックが止まっていた。ピックは飛び疲れた様子で、羽を伸ばしたり、畳んだりしている。

「ま、まだ……治療していたのか……。仲間のために使えと……言っただろう」
「だからって……見殺しには、できませんよ」
 ガンドはチカラを使い続けてかなり消耗していたが、なるべく表に出さないように振る舞った。

「バカめ……。後で私を、殺したくなるかも……知れないのに……」
「なんで、そんな事を言うんです?」
 ガンドは、不敵な笑いを浮かべるレグラントに抗議する。

「おい、レグラント! オンテミオンはどうなっておるのだ!」
 バラルとマーシャが、レグラントの意識が戻ったことに気が付いて駆け寄ってきた。

「オンテミオンは、私を……殺しに、来た。恐らく、ザンリイクに……命じられて……な。私と戦っていたとき……私は、圧倒的な……優勢だった……」
 レグラントは、乱れた呼吸を整えながら、苦しそうに言葉を紡ぎ出した。

「それなのに、どうしてこうなったの?」
 マーシャが訊ねる。

「私は、勝利を、確信した……。私は、見せしめに、ザンリイクから奪った、奴が……宝としているで、あろう物を、破壊した。宝……ガラス玉のようなもの……。すると、玉から、出た何かが……オンテミオンを……それから……異常な強さに……」
「お前! ザンリイクと繋がっておったのか……!」
 バラルはレグラントの髪を掴み、乱暴に引っ張り上げる。

「ち、ちょっと! バラルさん!」
 瞬間的にガンドが止めたが、バラルは治まらない様子だ。

「我が、正義のため……。言い訳を……するつもりは、ない。殺すなら……殺せ……」
 レグラントは、バラルを見ずに言った。

「何が正義だ! ガンド、もう此奴は治療せんでいい!」
 バラルは再び乱暴に、レグラントの頭をガンドに当てるようにして戻した。レグラントから、苦悶の声が漏れる。

「レグラントさん、後で説明してくれませんか……。今のこと」
「生きて……いればな」
 ガンドが言うと、レグラントは静かに頷いた。

 ピックはガンドの肩の上で、ザンリイクの所から持ってきた円盤状のもの――よく見るとそれは、透明なレンズのようなもの――を、足で押さえつつ突っついている。ピックにとっては、それはオモチャのようだ。

「しかし何とかして、スネイルを回収せんといかんな……」
 バラルが、ジャシードとオンテミオンの向こうで倒れているスネイルを見つめた。
 オンテミオンに殴られてからというもの、スネイルは気を失ったままだ。このまま放置していては、巻き添えを食らって致命傷を受けることも有り得る。

「風の魔法ならいけるわね」
「直接行くには、オンテミオンが近すぎる」
 バラルは、どのような飛行ルートを辿れば、大剣の一撃を受けずにスネイルを助け出せるかを考えていた。

「違うわ。スネイルだけを持ち上げて、こっちに飛ばせば良いのよ」
「それがどれだけ難しい操作を必要としているのか、分かって言っておるのか?」
 マーシャの言葉に、バラルはかぶりを振った。

「えっと……飛ぶって、そう言うことじゃないの?」
 キョトンとして、マーシャはバラルを眺める。

「いや違う。飛ぶためには、自分の周りにだけ風を起こすのであって、何処に起こすかを考える必要は無い。自分の周囲だけを意識するのだ」
 見刷り手振りを交えて、バラルは説明した。

「えっ、そうだったのね……。私はちょっと、難しく考えすぎていたみたい」
 ペロリと舌を出しながら、マーシャは軽く言う。

「どう言う事だ……?」
「こう言う事よ。スネイルは軽いから、少し浮かせるだけなら、何とかなると思うわ……」
 マーシャはそう言うと、杖をスネイルに向け、意識を集中し始めた。

 スネイルの近くにある砂埃がチリチリと音を立てて転がり始め、細かな砂埃を舞い上げたと思うと、スネイルの身体が僅かに浮き始めた。

「これで……こう……やって……」
 マーシャは、まだ慣れていない操作に少なくないチカラを使いつつも、徐々にスネイルをオンテミオンから遠ざけていく。

「マーシャ、お前……!」
 バラルは、マーシャがやっていることを見て仰天した。それはまさに、バラルが知る限り前人未到の事だった。

 これまでもマーシャは、見たことのない魔法を使っていたものの、バラルにとっては『やれば同じようにできる事』であった。しかし、今目の前で見ている魔法は『現状やろうとしてもできない事』であった。

「ガンド、よろしくね!」
 マーシャは、見事にスネイルをガンドの傍へ運ぶことに成功した。

「うん、任せて」
 再び、ガンドの治療が始まる。ガンドはかなり疲弊しているが、仲間の治療だけに手は抜けない。

「どう? 先生に自慢するような事じゃないけど」
「いいや……マーシャ。今まさにお前は、今のわしにできないことをやってのけた。お前はもう、自信のチカラで風の魔法を発展できるはずだ」
 それは、バラルの最大限の賛辞であった。こんな事を言える魔法使いは、人間の中では、マーシャの他にヘンラーしかいない。見る者が見れば、マーシャは既に十分、大魔法使いと呼ばれるに相応しい能力を持っている。

「えぇ……もっと教わりたいのに」
「もちろん、基本は教えてやるが……お前は今、階段を一気に三段か四段、飛ばして上ってしまった。正直、わしが先生などと言うのは烏滸《おこ》がましい。わしが教わりたいほどだ」
 バラルは素直に言った。

「じゃあ、後で教えっこしましょう、魔法使いの仲間として」
 マーシャは満面の笑みを見せる。分かっていても、どぎまぎしてしまう笑顔だ。

「よ、よろしく頼む」
 バラルは精一杯の返事をした。
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