イレンディア・オデッセイ

サイキ ハヤト

文字の大きさ
123 / 125
第五章 正義の在処

第二の人生

しおりを挟む
「ぬおあっ!」
 急にスネイルが目を覚まして、飛び起きた。

「うわわっ! ビックリさせないでよ!」
 ガンドは飛び起きたスネイルの頭をペチンと叩く。

「おっちゃん! ん? もう平気なの? うわ、手が無い!! 目が血が!」
「落ち着いてよスネイル。もう終わったんだ。詳しくは後で話すよ」
 ジャシードは、スネイルの頭に手を置いて落ち着かせる。

「おいらの活躍が!」
「仕方ないよ。頭を打ってたんだから、もうちょっと寝ててよ」
 ガンドは、スネイルの腕を引っ張って座り込ませた。

「それにしても、オンテミオンさんは、どうしてザンリイクなんかに?」
 ガンドは納得できていなかった。オンテミオンが、わざわざザンリイクのところへ行く意味も、その理由も分からない。

「それは、私も思っていたことだ。何故、あなたほどの……」
「お前が指示したのだろうが。何をとぼけているのだ!」
 レグラントが話している途中、バラルが被せるように言った。

「違う。あれはザンリイクが勝手にやったことだ。私は開放しろと命令した。だが、ザンリイクは従わなかった」
「怪物を使役できるなどと、驕ったお前が引き起こしたことだぞ!」
 バラルは断固とした口調で言い放つ。

「わしの自由が利かなくなったのは……レムリス襲撃の時に、その、フグードと言う奴が持っていた赤黒い短剣を手にしてからだ。何となく武器庫へ行った時に、気になって手に取った。これが全ての始まりだ。わしは自由が利かなくなり、夜も昼も歩き続け、やがてサファールに辿り着いた」
 オンテミオンは、ゆっくりと話し始めた。

「父さんを刺したダガーだ。さっき壊したやつがそうかな」
 ジャシードが言うと、オンテミオンは頷く。

「あのサファールを、どうやって一人で越えたの?」
 マーシャは不思議に思って口を挟んだ。

「不思議と怪物たちは襲って来なかった。赤目の奴が命令していたのかも知れない」
「それ以前に、サファールまでの道程だって、何事もなく辿り着けないと思うけど……」
 ガンドが言うと、ジャシードとマーシャも頷く。ヒートヘイズですら、一度撤退したほどの道程だった。それも、途中までゲートで移動してなお、苦戦した場所だ。

「んん……。途中の道程も、怪物は襲ってこなかったな。とにかく無理矢理、夜通し、何日も歩かされた……。ザンリイクに赤いレンズを付けろと言われ、身体が勝手に動いた。目に食い込むような、目が破裂しそうな、表現しがたい苦しみが襲ってきて……それからは、身体の中で何かが燃えているような、そんな感覚になった。レグラントを殺すように命令され、身体が勝手に動いた」
 オンテミオンは、そこで一旦言葉を切った。オンテミオンの身体は、少し震えているように見える。

「アーマナクルへの道程で、ウェーリド橋守衛所の者たちと戦闘になり……一人殺してしまった。わしは泣き叫びたい気持ちだったが……言うことの利かない身体では、それも叶わなかった。更には、戦いたくもないレグラントと戦い、あとは皆が知っている通りだ……。人のために生きると決め、これまでやって来た……それなのに、あろう事か人を殺めてしまうとは……」
 オンテミオンは、歯を食いしばって涙を流していた。

「オンテミオンさんの意思じゃないよ……」
 ジャシードは、絞り出すように言う。

「それは、まかり通らん。肉体は、わしそのものなのだからな……」
 オンテミオンの言うこともまた、尤もだった。

 事情をどう説明しようと、アーマナクルへの道程の間で彼と戦い、それがオンテミオンだと気付く者が一人でもあれば、その行動がオンテミオンの意思であろうと思うのは必定だ。誰かに操られていたなど、前例のないことを誰が信じようか。たとえ様子がおかしかった……としてもだ。

「もう目も見えず、右腕もなく、人をも殺めた……。わしが居られる場所はもう無い。そしてお前もだ、レグラント」
「……殺すなら、殺せばいい。覚悟など、もう決まっている」

「さて。どうするね、リーダーよ。現時点でこの二人の生殺与奪は、我々の手の中だ。少なくとも、レグラントは今すぐ、速やかに燃えかすにしてやってもいいが」
 バラルが二人の様子を見て、ジャシードに声を掛けた。

「待って、バラルさん。おれは、二人とも死んで欲しくない」
 ジャシードは、レグラントに対する怒りは残っていたが、キッパリとそう言い切った。

「甘っちょろいな、ジャシード。さっきの勢いはどうした」
 レグラントが挑発するように言う。

「ならば、どうするというのだ」
 バラルは、ジャシードを挑発するレグラントを睨みながら言った。

「思い付きなんだけど、二人には、やって欲しいことがある」
「やって欲しいこと?」
 ガンドがジャシードの言葉を繰り返す。

「ああ。ロウメリスは、まだまだ、街らしい街になっていないんだ。それにロウメリスの人たちは、どうやったら良い街を作れるのか、たぶん分からないと思う」
 ジャシードは、ひと息入れて、オンテミオンとレグラントを眺める。

「そうね……ロウメリスの人たちは、二人のこと、知らないと思う」
 マーシャは頷きながら独り言ちた。

「んん……」
 オンテミオンは既に目が見えないにもかかわらず、ジャシードの視線に気付いたようで、顔を少し上げる。
 
「しかし……わしはもう目が見えん。役に立つとは思えんが……」
 そう言うオンテミオンの右肩に、彼にとって懐かしい感触が触れた。余り爪がめり込まないように、気遣っている優しい鳥だ。

「オンテミオン! カワリニ、メニナルゾ!」
 ピックは、オンテミオンの耳たぶを甘噛みした。

「んん……ピックか。よもや、お前と会話するときが来ようとはな……。ザンリイクの研究成果は、一部使えるのかも知れん。それにしても、優しい割に口が悪いのは、誰から学んだのかね?」
 オンテミオンは、ピックの首の下を左手で撫でながら言う。

「セグム! アイツ、ヒマナトキ、カラカイヤガッテ!」
 ピックは翼を大きく広げた。

「……くっ……ははは……。わしの可愛いピックに、変な言葉を吹き込んだセグムには、ひとこと言ってやらねばならんな」
「ナランナ!」
「すまないな、ピック」
「メシノ、レイハスル!」
「律儀な事だ。だが……ありがとう」
「アァ!」
 ピックはひと鳴きして再び、オンテミオンの耳たぶを甘噛みした。

「本当に、私を殺さないつもりか?」
 レグラントがジャシードに言う。

「剣聖オンテミオンと、アーマナクルのレグラントは、さっき死んだ。ガンドの治療で奇跡的に復活したレグラントは、オンテミオンに苦戦するヒートヘイズに協力して、激闘の末にオンテミオンと相打ちになった。オンテミオンの最期の足掻きで、二人は魔法の炎に焼かれ、跡形もなく消えてしまった。それは壮絶な最期だった」
 ジャシードは、二人を交互に眺めた。完全な作り話だが、ここまで大事になった後に、二人を無罪放免する事は理解を得られないと思ったためだ。

「街の人たちを戻す前に、二人にはここを出てもらう。二人は今日から、別の名前を名乗って暮らすんだ。そして、ロウメリスの再建に尽力して欲しい。オンテミオンさんは、街の住民全員が今より幸せになれるように……砂地のドゴールで得た知見を総動員して、住みやすい豊かな街を造る手伝いをして欲しいんだ。レグラントさんは、街の防衛を固めるために、みんなに方法を提案して欲しい。街を発展させれば、どうしても色々と目立つ。そうなれば、襲撃を受けることもあるかも知れない。ロウメリスはもっと、しっかりとした街にしておくべきだと思う」
 ジャシードは、言い終えてからレグラントに強い視線を送り、続けて話し始める。

「それともあなたは、ここで死にますか? レムリスの人たちや、今まで自分の身勝手な正義の為に、たくさんの迷惑をかけてきた人たち……そして、オンテミオンさんへの罪滅ぼしが嫌だから、ここで死ぬんですか? ネルニードさんに並ぶ、名うての冒険者と聞いていたけれど、もしそうなら幻滅だ。冒険者で財をなしたレグラントは、随分と小物だったって事なんですかね。『イレンディア全体のため』と言う大義名分のもと、他人への迷惑も厭わず、人生の長い時間をかけてきた。あなたが言うその正義は、その程度なんですか?」
 ジャシードはレグラントに畳みかけた。

――それから二人は少しの間、視線を合わせたまま動かなかった。二人は微動だにせず、静寂が辺りを支配した。

「……分かった。ロウメリスの為に、私の知識を使おう。だが、正直なところ、私の思想に誤りは無いと今でも考えている。イレンディア全体のために、海の向こうへ意識を向けるべきだと言う意見に変わりは無い。しかしその方法について、目的を達成するためにすべき事は、他のやり方があったのかも知れない。私の計画のために、傷ついた者には……気の毒に思う。レムリスにも、申し訳ない事をした」
 レグラントは、少しもジャシードから視線を外さずに言った。

「謝罪なら、言う人が足りないですよ」
 ジャシードは、オンテミオンへ顔を向けた。

「そうだな……。オンテミオン、あなたには特に、辛い思いをさせてしまった。取り返しは付かないが……言ったとて何が変わる物でもないが、心から謝罪する。ザンリイクを止められなかったのは……いや、止められると思っていたのは、私の失敗だ。思い上がりだった。申し訳のないことをした」
「んん……。もはや、過ぎたことだ……。お主も無事で済んではおらぬ事だし、痛み分けだ。我々は、こんな罪人の命を助けると……尚且つ活躍の場も、生きる場もくれるジャシードと、人々のために……我々の、第二の人生を捧げようではないか。ただ死ぬよりは、幾許かマシというものだ。んん、そうしようではないか」
「そう……だな……」
 オンテミオンと言葉を交わし、レグラントは小さく溜息をつき、視線を落とした。

「よし。そうと決まれば、バラルさん。二人をロウメリスへ送ってあげてください」
 ジャシードは、バラルの肩に触れ、チカラを注ぎ込んだ。

「これは凄い……。あ、いや、準備をさせなくても良いのか?」
 バラルは、身体の中から湧き上がるチカラに感動した。

「今日の寒さに耐えられる程度の衣服を、二人を送った後に調達してあげてください。費用は、レグラントさん持ちで」
「私の宝物庫から、好きなだけ使うがいい。鍵を渡しておく」
 レグラントは、懐から鍵を取り出し、ジャシードに放ってよこした。

「遠慮無く、使わせてもらいます。おれたちの報酬も、その中から貰います」
「好きにしたらいい。もう私には不要な物だ。残りはアーマナクルのために使ってくれ」
 レグラントの申し出に、ジャシードは黙って頷いた。
 
「では、行くか。ピック、オンテミオンの誘導、できるか?」
 バラルは、レグラントが立ち上がるのを確認してから、オンテミオンの方へ顔を向けた。

「マカセロ!」
 ピックは、オンテミオンの肩の上で羽を広げた。

「頼んだぞ、ピック。落ち着いたら、こっそりセグムに会いに行くとしよう」
「メニモノ、ミセテヤル!」
「耳たぶを噛むぐらいにしてやってくれ。あいつは、心から悪い奴じゃあない」
「アマッチョロイナ!」
「これ、変な言葉だけ覚えるでない」
「アァ!」
 ピックは高らかに鳴いた。

「……全く騒がしいのが増えたわい……ほれ、行くぞ!」
 バラルはゲートを開き、二人をロウメリスへと送るために出て行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました

小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」 二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。 第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。 それから二十年。 第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。 なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。 不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。 これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。 ※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

処理中です...