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118、麗しき領主と“忘れもの”

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 ——それは私が何か大事なモノを探す為ユノ国へ行き、そして喪ってしまった後のことだ。どうやってこれまで過ごしてきたかも、もうなくなってしまった私は今再びウィスへと戻ってきた。


 何故だかわからないが、ユノ国で何があってどうして行ったのかも曖昧であやふやになってしまったが、それでもオレ……? いや、私の手の中には今もその証として残っている大事な、大事だった“義弟”のツノがその辛さを、痛みを物語っていた。

 「おやおや、大事な妾との時間というのに……オマエさまは呑気に考え事かな? 随分と良いご身分になったことね」

 「麗しき主人の前で物思いに耽ってしまった無礼をお許しください。我が麗しき主、ラミュ・ローズ様」

 美しい薄い金色の御髪と薄紫の瞳とまだ幼い少女のような容姿で、玉座のような椅子にゆったり腰掛けるこの御方は、フェブル国を治める領主であり、また夜の種属も統括している、クローディア・ラミュ・ローズ様。
 クローディア……を含めた御名前が正式名称なのだが、その名で呼ばれること酷く嫌がる為、皆その部分だけ抜いていつもお呼びしている。

 そんなラミュ様はローズ家という実力至上主義で、下克上上等のこの国でも常に優秀な人材を輩出している家の家長でもあり、古めかしい言葉遣いと、そうかと思えばチグハグな幼い語尾が特徴の齢不明の現領主だ。
 ちぐはぐな口調はラミュ様の側近で、主人に心酔しきっている同じローズ家のキルスティン様の要望であり、お婆ちゃんにならないでという、およそ理解不能な思考によって現在に至っている。

 ……なんて、今またどうでもいい事を考えてしまった自身に気づき、私は深く敬礼をし誤魔化す。

 「ちょっとアルグ貴方………ラミュ様をたたえるのならばもっとしっかりとたたえなさい!! そんな誰もが知って当然の賛辞ではラミュ様の魅力と地位が貶められてしまうわッ!!」

 「あいも変わらずおんしはそんな事を……。いいかえ、いうて妾ももう齢100も200も優に超えるオババじゃ。オマエさまが泣いて希うから頑張って言葉遣いも直してお……いるというのに、ちょっと控えたらどう?」

 「いやですラミュ様!! 私とてローズ家に名を連ねるものとして、我が至上……いえ、神に勝る御方をたたえないなど、自らの死でも詫び切れないもとった行為です!! だからラミュ様、隠居などせずいついつまでも若々しくいて下さい!!!」

 一体いつからいつも通りとこの光景を見て思えるようになったのか、それすら分からなくなってしまった私だが、御二方のやりとりは何故だか酷く安心する。
 でもなんだろうか、以前のワタシ……? はもっと近い立場でもっとそれを楽しんでいた気がするが…………まあ“ワタシニハドウデモイイコト“だ。気にするなんてらしくない。

 「もういい………オマエさまを相手にする妾がまちごうていたわ。キルスティンはもう下がれ。あとはアルグと二人きりにさせよ」

 「ま゛……たアルグだけ、ですね。畏まりました。それでは私はここで失礼いたします」

 相当悔しいのだろう、去り際酷く睨まれるが、それすら通常通りの私は一礼しそれを受けると、彼女は腹立たしげに部屋を出ていった。
 そうしてラミュ様と二人になった私は、いつも通り今日訪れた街での噂話、そう……ここも不可解でならないのだが四、五人で旅をしているという事以外知らされていない者達の噂をただひたすら集めさせられていた。

 「して今日は? もうそろそろ着いてもいい塩梅じゃと思うが、それらしき者達の噂は聞けたかな?」

 「は、それについてご報告申し上げたいことが……。今日シュンコウ大陸の港町にてターゲットらしき男と接触いたしました」

 接触、とは言ったものの実際のところ何故私を捕らえることができたのかについては未だ謎のままで、続きを無言で催促するラミュ様にどうお伝えすればいいのか言い淀んでいると、何かを察したのか私の目の前まで来たラミュ様は私に膝を折るよう気怠げに右手を上げて下げる仕草をする。

 「オマエさまが言い淀むなど珍しいこともあるのね。まぁそれも血を飲めば自ずと分かることか……。さぁアルグ、オマエさまの記憶を妾にもおくれ?」

 「はい……ラミュ様のご随意のままに」

 あぁやはりそうなったかと、どこか他人事のような自分に違和感を覚えるが、それも今だけでいつも通り血を飲まれればなにも無くなってしまう感覚のままだ。
 そんなことを独りごちながらマスクを外すと、ラミュ様が飲みやすいよう服を少し下にずらす。
 そうして噛み付かれた私は自身の頭の中を不躾に探られる感覚に目を閉じ、その後訪れるであろう自分さえあやふやになる感覚を待った。

 「………ふむ、なるほどなるほど。ようやくお出ましといった所かな? はてさて、果たしてここまでたどり着くことができるか、見物じゃのう」

 普段は隠され見えない黒くて歪な翼が、この時ばかりは大きく羽を広げる様を血を吸われた後のボンヤリする頭で見上げていた私だったが、妖艶な風景とともに聞こえた言葉が何故だが無償に気になり、ラミュ様を見上げるとそれは嬉しそうな表情で不意に私の角を両手で掴み、いつもの如く言い聞かせるような言葉と独特のテンポで私に呟く。

 「可愛い可愛い妾のアルグ。オマエさまの使命は”妾に尽くす事“であり、ほかはなーにも“気にしなくてよい”のじゃ。だから今気になっている事も全て曝け出して妾に預けておくれ。ほうら……なにが“キニナル”のかえ?」

 「私が気になる事……ソレハあの男がナゼカ気になること。オレはあの男にアッタコトガアル?」

 「おぉ、アルグ。それが今気になっているのね? 大丈夫、オマエさまのそれはもう気にしなくてもよい”ドウデモイイコト“じゃ。アルグの使命は“亡き義弟の為に妾に仕える”事でそれはなーんら関係ない事よ。だからもう忘れましょ?」

 「ワタシの使命は亡き義弟の為にラミュ様に仕えること……? そうだ………私はあの男に会ったこともないし、そんなのドウデモイイコトだった……」

 自分が今どこにいるのかさえ分からなくなりそうな感覚と形にならない思考は、ドロドロに溶かされ違う何かにされてしまった。そんな感覚と共に覚醒する意識は少しの苦みを私に感じさせるが、何でもないフリで立ち上がるとラミュ様も満足したのか、再び立派な椅子へと腰を下ろし私がこうべを垂れるのを待っていた。

 少しふらつく体をなんとか宥めつつ頭を下げると、次の使命を考えているのだろう短い沈黙の後、これまでの遊びの様な密偵とは違うオヌ族らしい任務を私にくだし、目立つばっかりの黒装束ももう着なくてよいとの言葉を最後に、ラミュ様は奥にある部屋へと帰られていった。

 そうして誰もいなくなった広間を後に廊下へと出ると、私を待っていたのかキルスティン様が不服そうに立っていた。

 「オヌ族の中でも英雄とまで呼ばれたラルコの血族、サン家の後続が貴方と知った時……私はひどく落胆した覚えがあるわ。それというのもあまりにも“らしくない”振る舞いと口にする思想は腑抜けとしか思えなかったから。ただそれでも己が信念を持って貫こうとしていた貴方を私はまだ嫌いなどとは思わなかった」

 「………なにが仰りたいのですかキルスティン様? 私は今も昔も変わりなどしておりません」

 いつものやっかみだろうと思い返した言葉だったのだが、それが気に食わなかったのか、襟を掴もうと襲いかかってくるのをすんでで避けた





……筈の体が次の瞬間には天井に顔を向けていることに動揺を隠し切れず、片手で私を抑えつけているキルスティン様を見やる。

 「己が力を驕るな愚か者が……。ここでの過信は身を滅ぼすのみ……覚えておくことね」

 そういって手を離すとびくともしなかった体は解放され、よろめきながら起き上がり、キルスティン様に一礼する。
 そんな姿を見た彼女は気が済んだのか何も言わずに後ろを向き、音も無く歩いていくが最後に言い忘れたのか一言。

 「貴方は確かに変わってはいないのかもね。今も昔も………己を知ろうともしない愚か者でしかないわ」

 侮蔑ではないが、だからといって助言でもないその一言は、何か大切なものを失くしてしまったと思わせるのには十分で、なんとも言えない違和感だけがこの場にずっと残るのだった。
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