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契約の終わり 1

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友梨佳は混乱していた。
あの日以来、初めて体の関係を持たず、始を頼り始の腕で安心して眠った自分の感情が怖くなった。

もう会わない方がいい。何度もそう思った。
始からの都合を聞く連絡に、会いたい気持ちを押し殺して、何かと言い訳をするように断ってきた。

(私は誰も好きになったりしない。誰にも頼らない……)
そしてその事を自分に何度も言い聞かせた。

そんな友梨佳の気持ちなどお見通しなのか、何度か予定を断り続けると、

【今日の夜ウィンストンホテル。契約だ】

その文字に、友梨佳はため息をついた。


友梨佳はぼんやりと昔を思い出していると、ガチャリと扉が開いて、ネクタイを緩めながら始が部屋へと入ってきた。
「おかえりなさい」
「ああ」
真っすぐと自分の方に歩いてくる始にドキッとして、友梨佳は目を逸らすと、
「先にシャワー?ご飯?ルームサービス……っん?」
いきなり距離をつめられ、首筋にキスをされて、友梨佳は驚いて始の胸を押した。
「ちょっと……シャワーぐらい……それに言われた通りルームサービス……」
その言葉はすぐにのみこまれた。
「ねえ」
「黙って。俺をずっと無視したお仕置き」

始にそう言われ友梨佳はため息をつくと、諦めたように始の首に手を回した。

「じゃあ、帰るね」
友梨佳の声に、うとうととベッドで微睡んでいた始はゆっくりと顔を上げた。
「ふーん」
ジッと始に見つめられて、友梨佳は落ち着かず慌ててベッドの下に落ちている洋服に手を伸ばした。
「ケジメは大切でしょ?」
表情の読み取れない友梨佳の言葉の真意を探るように、気だるく髪をかき上げながら始は、「ケジメね……」そう言うと友梨佳を見た。

「ルールでしょ」
ベッドに座りストッキングを履きながら、チラリと友梨佳は振り返った。
そんな友梨佳を後ろからギュッと抱きしめると、始は友梨佳が今着たばかりのワンピースのファスナーを下ろすと舌を這わせた。

「ちょっと……?」
ストンとワンピースを下ろすと、始は友梨佳をベッドに組み敷いた。

「帰るんだけど」

「もう一回やりたくなった。付き合えよ。そういうルールだろ?お互いしたくなった時にするって」
その言葉に、友梨佳は始を睨むと、
「今、したじゃない」
「うるさい。もう黙れ」
言葉とは裏腹に、泣きたくなるぐらい優しい始の手に、友梨佳は縋りたくなる気持ちを隠すように、ジッと見つめられた始の視線から逃げるように目を閉じた。

(誰も好きにならない。どうせいなくなるし、誰も私なんて愛してくれない。始だってどうせ私の体だけ……)

そんな事を必死に言い聞かせていた友梨佳は、上から降ってきた「友梨佳」と優しく甘くささやかれた自分の名前に涙が零れた。
自分でも何の涙なのか分からず、もう何かを考えるのを放棄し、始に体を委ねた。

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