永遠というもの

風音

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クロウド2

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・・・俺は、ここに何しに来たんだ?
理性の限界を知るためか?

クリスが、またもや体調を崩して休んだ。起き上がれないほど具合が悪いそうだ。
見舞いたい、と言伝たら、アディエイルから不要、と返ってきた。
人の好意をなんだと思ってる。
だが、俺にはちょうどいい言い訳があるのだ。
兄が結婚することになって、その招待状をぜひクリスにも、ということだったので、こうして持参したわけだが。
今、その目的を忘れた。というより、消し飛んだ。
病み上がりで、床から離れたばかりだったのか、夜着のまま長椅子に横たわる。
いくつかのクッションを枕に眠るクリスは、片足を立てているせいで、白くすらりとした形のいい脚が夜着の裾を割って付け根近くまで剥き出しになっている。
片腕は長椅子から投げ出され、それにつられて開けた夜着のゆったりとした襟元から、艶めかしい細い肩が出ている。
これ、だめなやつだよな。
見てたら、こっちがだめになるやつ。
いや、もうだめになってるのかも。目が離せない。
きゅっと引き締まった細い足首に、細い金色の輪飾りをつけている。そこから伸びる脚は、女性よりは多少筋張ってはいるが、程よい肉付きですらりと長い。白い肌はこの前触れた肌と同じく、吸い付くような手触りなのだろう。
開けた肩口も、薄く細い首筋から滑らかな線を描く。きれいな鎖骨の線まで見えて、そこに唇を這わせたらどんな声をあげるのだろう、とか余計なことまで考えてしまう。
投げ出されて、落ちかけた腕は夜着に包まれてはいるが、その先から覗く手首は華奢で、そこにも細い金色の輪飾りをつけていた。よく見たら、両手足首にそれぞれ輪飾りをつけている、細い金の輪を三本ずつ。
今まで知らなかったのは、衣服に隠れていたからだろう。
進むことも、目を逸らすこともできないで固まっていた俺に、冷たい声がかけられた。
「何をしている」
「いや・・・」
クリスを凝視してました、とは言えず、曖昧な返事になってしまった。
俺の肩越しに室内を見たアディエイルが舌打ちを漏らす。
執務服の上着を脱ぎながらクリスに近づくと、その上着でクリスを覆ってしまった。
「見舞いは不要と伝えたはずだが」
不機嫌そうに俺を見る。
「クリスに渡すものを頼まれたんだ。見舞いはそのついでだ」
長椅子の方を目線で指して、
「もう、起き上がれるようになったのか?」
と尋ねると、アディエイルのきつい目元が少し和らいだ気がした。
「少し前に、ようやく起きた。どうやら、まだ本調子ではないようだが」
微妙な言い回しの違いに、違和感を感じる。
「起きた?どういことだ?」
珍しくアディエイルが言葉に詰まる。詰め寄ると、渋々口を開いた。
「この七日間、彼は眠り続けていた。原因はわからない。ただ、起きなかった。それが目覚めたのが、つい先ほどだ」
なんだかこう、怒りのようなものがふつふつと湧いてきた。
クリスの心配は、お前だけがするものなのか?
「アディエイル、お前さ、なんでそんな大変なこと黙ってたんだよ。友達のこと、俺も心配しちゃいけないのかよ」
クリスはお前のものじゃない、と言いたいところは飲み込む。
アディエイルが目を伏せて、黙って言われっぱなしになっているのに、段々気が引けてきた。
「でも、まあ、クリスは目が覚めた・・・んだよな?」
相変わらず眠っているクリスを見る。
「そのはずなんだが」
アディエイルも心配そうにクリスを見つめる。
近くで覗き込んだ寝顔は穏やかで、苦しそうな様子はない。
「近い」と文句を言っているが知るか。
「・・・んん・・・」
身じろぎしたクリスが、目を開けた。
「ーーーなに?」
俺とアディエイル、二人して真上から覗き込んでいたのに、クリスがびっくりしてる。
「大丈夫か?」
アディエイルの言葉にこくりと頷く。そして、俺を見つめて首をかしげる。
「なんでクロウドがここに?ーーそして二人とも、そこから退いてくれる?」
俺たちは長椅子の上に覆いかぶさるように、クリスの様子を見ていたのだった。
起き上がろうとして、かけられたアディエイルの上着を不思議そうに見ている。
それをまた、素早くクリスの肩に着せかけたアディエイルが、ちゃっかりクリスの隣に座ってそれで、と言う。
ああ、そうだった。これが一番の目的だった。
「兄さんが結婚することになったんだ。それで、クリスにもぜひ出席してほしい、って」
と言って、招待状を手渡す。クリスは
「すごい!おめでとうございます、必ず出席します、って伝えといて」
にっこり笑ってそう言った。いい笑顔だ。アディエイルは、おもしろくなさそうな顔をしている。
それはそうだ。
いくらアディエイとはいえ、今回ばかりは参加できないのだ。
結婚式というのは新郎新婦が主役で、一番上座につく。
で、アディエイは王族だ。どんな家柄でも王族には敵わない。すべての貴族は王家の家臣だから。
わが伯爵家だけではなく、ワイアット侯爵家だってそうだ。
つまり、臣下の結婚式に列席したりすると、客であるはずの王族が主賓扱いになってしまう。
一番の主役を押さえつけてしまうのだ。
故に、王家の人間は市井の結婚式などには参列しない。できない。万が一そんなことがあれば、その家を依怙贔屓したことになる。そうさせないためには、すべての貴族の結婚式に参列することにしないといけない。
でも、それは不可能だ。
つまり、今回アディエイルは、強制的に留守番ということになる。愉快だ。
それからしばらく、我が家での思い出話なんかにーー主にクリスとーー花を咲かせて、俺は王宮を後にした。
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