タトゥーの甘い檻

マリ・シンジュ

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聖域の調律 —— 皮膚に綴られる愛の叙事詩〜潔癖の譲歩〜

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​1. 真皮の対峙

​書斎の静寂を破るように、音もなく開いたドアの隙間から羽生が入り込んできた。
​羽生は、新城に用意させたシルクのガウンを纏っている。一週間前、彼の腰に一回目の針が入り、大きな羽根の輪郭が刻まれたばかりだ。術後の患部を刺激しないよう、自宅での服装はこの滑らかな布地に限定されていた。

​新城が動くたび、彼自身の内腿に刻まれた「瞳」のラインが、保護フィルムの下で引き攣れるような違和感を訴える。それは羽生が、最愛の教授を独占するために贈った監視の印。剥き出しの神経が、羽生の気配を感知して疼いているかのようだった。

​羽生は新城の背後へ回り込むと、慎重にその肩へ腕を回して抱きついた。重なる身体から伝わる、羽生の若々しい体温とわずかな石鹸の香り。

​「ねぇ、先生。……そろそろいいでしょ。もう一週間も我慢してるんだ。僕、限界だよ」

​耳元で囁かれる、熱を帯びた生々しい懇願。
​新城はすぐに羽生の手を掴んだが、突き放すことはせず、そのまま自分の頬に強く押し当てさせた。整った新城の横顔が、若者の掌に収まる。冷ややかそうな医師の肌の下には、抑えきれない熱がこもっていた。

​新城の理性がきしむような、指先を伝う微かな震え。羽生はそれを、自らの所有物であることを示す「赤いリボン」が、新城の抗えぬ熱に浮かされて脈打っているかのように、恍惚とともに捉えた。

​「ダメだ。冷静になれ、羽生。表面が治っても、真皮はまだ不安定なんだ。二回目の着色も控えてる。……彫り師のMariさんにも言われただろう。最低でもあと一週間は待て」

​2. 管理の宣言

​新城は資料から顔を上げ、重い溜息をついた。その瞳には、年長者としての諦めと、羽生という劇薬に侵食されつつある己を凝視する深い執着が入り混じっている。

​「そんなの知ってるよ。でも、先生だって……僕が毎日隣にいるのに、平気なわけない。あんたの我慢だって、もう限界のはずだろ。その内腿の『目』が、僕を呼んでるんだよ」

​羽生が焦れったそうに唇を噛む。自分を監視するための瞳に、逆に支配されている新城。その視線を受け止め、新城は手にしていたペンを机に置いた。

​「……本当にお前は、人を困らせる。わかった。あと三日だ。土曜の午後は、予定を空けておけ」

​羽生の瞳に、一瞬で喜びが広がる。だが、新城はすぐに羽生の手首を少し強く掴み、隙のない医師の貌(かお)で正面から見据えた。

​「ただし、譲歩できるのはそこまでだ。進行はすべて俺が握って、管理する。まだ傷口も同然なんだ。……衛生管理を徹底し、一切の妥協は排除する。俺の規律に背くような真似は、絶対に許さない。約束できるか?」

​新城の指が、羽生の脈打つ手首を離さない。その有無を言わせない指先の力強さと、逃げ場を塞ぐような低い声。羽生は、その「清潔」と「処置」を強いる新城の言葉こそが、何よりも淫らに自分を縛り付けていると感じ、背筋が痺れるような満足を覚えた。

​「もちろん。約束するよ。……先生の『主導権』、すごく楽しみにしてる」

​新城の表情が、一瞬だけ動揺に崩れた。彼は即座に羽生の手を離し、椅子を引いて背を向けた。

​「……もう出ていけ。今日は二度と近づくな」

​冷淡に言い放ち、新城は再び資料を手に取った。
​だが、羽生が扉を閉めるその直前。新城の手から滑り落ちたペンが、カランと虚しい音を立てて床を転がった。

​「……ああ、クソ……」

​背を向けたまま、新城が絞り出すように溢した、苦い呪詛。
それは、羽生を拒絶する言葉などではなく、三日後を待ち侘びて、すでに形を成さなくなった自身の規律への、敗北宣言だった。

​扉の向こうで、羽生は満足げに目を細める。
先生の「潔癖」という名の檻が、音を立てて崩れるまで、あと三日。
その沈黙の秒読みさえも、羽生にとっては極上の愛撫に他ならなかった。

♥本日の21時頃次回投稿します
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