暗殺者だってバズりたい!〜異世界最強の暗殺者、魔王といっしょに現実へ帰還してバズりまくり、無双系ダンジョン配信者になる〜

会澤 迅一

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第1話 イン・ア・ダンジョン

 眠るリヒトの唇に、柔らかなものが触れた。温かく、かすかに濡れている。

 それが童女の唇であると気付くのに数瞬を要した。

 とっさにリヒトが起き上がると、童女は予期していたように身をかわした。
 リヒトが飛び退いて距離を取るのと、童女が笑い出すのは、ほとんど同時だった。

「くふふ、ずいぶんと初《う》い反応じゃのう。接吻は初めてかえ?」

 口調と笑い方で、リヒトはすぐに得心した。

「……アニマか。君こそ、ずいぶん初々しくなったね」

 リヒトは警戒を解き、魔王の姿をしげしげと眺める。
 異世界では巨大な龍の姿をしていた魔王アニマは、11歳程度の童女の姿になっていた。
 捻じくれた角や細長い瞳孔など人外っぽい要素はちょこちょこあるが、コスプレの範疇に収まる程度だ。

「趣味と実益を兼ねてこうなったんじゃ。かわいかろ?」

 アニマはその場でくるりと一回転したり、種々のポーズを取ったりする。そのたびに長い銀髪が波打ち、ドレスのフリルがふわふわ揺れた。

 確かにかわいい。 

 リヒトは少し目を逸らしながら話した。

「転生術式の行使と、僕との霊魂接続契約の締結で、魔力のほとんどを消費して弱体化したんだな。さっきのキスは最終決定の押印代わりか」

「なんじゃ、からかい甲斐の無い。『ふぁーすときす』であったというのに」

「相手がチビっ娘じゃノーカンだろ……」

「えっ、『ふぁーすときす』って意味だったんじゃが」

 気まずい沈黙が満ちていく。
 女性経験が絶無であることをうっかり暴露してしまったリヒトは、

「ともかく、【転生】は成功したってことでいいんだよな」

 と、急きょ話を逸らした。
 それをホジくり返さないだけの温情が、大魔王アニマにもあった。

「いかにも。ここは主様の世界の……ニホン? とかいう国じゃ。大まかな座標設定は主様の記憶を参照したぞよ」

「……みっつ、質問があるんだけど。まず、なんで僕を『あるじさま』って呼ぶの?」

 リヒトの問いに、アニマは薄い胸を張る。

「妾の全存在を魔力として捧げて、主様の望みに沿って転生したからのう。契約の性質上、妾は下僕も同然。したがって、妾からすれば貴公を主様と呼んで当然なんじゃ。主様は、妾のことを好きに呼んでたも」

「……じゃあ、普通にアニマって呼ぶよ。で、ふたつめ。僕は何で、異世界にいたときと同じ姿なの? 体も服も変化してないんだけど」

「ああ、それは恐らく、主様が思い描く自己像を反映したからじゃな。普段持っている『自分はこんな姿だろう』というイメージのもと受肉したんじゃろ」

「そうか。受肉のための素材とかが気になるけど、ひとまず置いとこう。何にせよ、君に拾ってもらった命だ。これから有効活用しようと思うよ」

 リヒトの言葉に、アニマはつぶらな瞳を丸くした。

「人並外れて切り替えが早いのう。通常、もそっと動揺するものではないのか? 人間という生き物は」

「育て親をたらい回しにされたり急病で死にかけたり異世界で暗殺者やらされたりしてたら、誰だって嫌でもこうなるよ。それより、最後の質問。あれについて」

 リヒトは斜め上へ腕を伸ばし、その先を指差した。アニマもそちらへ視線をやる。

 ドラゴンが浮かんでいた。
 蒼く煌めくドラゴンが、爛々たる眼でこちらを睨みつけていた。

「あれ、なに?」

「ふむ。サファイアドラゴンじゃな」

「ここ、どこ?」

「先ほど言ったろう? ニホンじゃ」

「日本にドラゴンいねーよ!」

「輸入品じゃろ」

「外国にもドラゴンはいねーよ!!」

 リヒトは声を張り上げた。暗殺者とは思えない声量だった。
 アニマはさして気にした様子も無く、顎に手を当て分析的に私見を述べる。

「サファイアドラゴンは魔力を吸ったサファイアから自然発生する魔物じゃ。この石窟は絶好の温床と言えよう。我等が転生するに足る時空の歪みがあったことも合わせて推し量るに、恐らくここはダンジョンじゃな」

「アニマは何でそんな淡々としてんの……僕は故郷にいるはずのない魔物が出現してかなり動揺してるんだけど……」

「妾は逆に安堵したぞ。妾と主様はサファイアドラゴンと同様に、魔力によって自然発生する形で受肉したらしい。新生児に憑依する形で転生せずに済んだ、ということじゃ」

 そういうの気にするタイプじゃろ、とアニマは訳知り顔で言った。

「……気遣いにお礼したいとこなんだが、この状況じゃそうも言っていられないな」

 リヒトはため息混じりにそう言った。
 解決しなければならない問題がいくつもある。

 まず、なぜ魔物がいるのか。
 リヒトの知る現世にダンジョンは無かったし、サファイアドラゴンのような魔物もいなかった。この世界が現代ファンタジー系のWeb小説みたいになってしまったというのなら、それは何故なのか。

 そして、リヒトは異世界で培《つちか》った力を受け継げているのか。
 感覚的な変化は無いが、戦闘能力には変化があるかもしれない。とりあえず魔術の発動を試してみるか、とリヒトは思った。

 その刹那ドラゴンが動く。高速で飛来し、鉤爪で切り裂いた。

 ダンジョンの石壁を。

 当惑するドラゴンの頭上から、リヒトの声が響く。

「フィジカルは異世界と変わらないね。僕も、サファイアドラゴンも」

 リヒトはドラゴンの頭の上に立っていた。
 脚力を魔力で高め、回避と同時に飛び乗ったのだ。
 比較的知能が高いドラゴンはそれを理解できたが、だからこそリヒトの実力に恐怖し、リヒトを頭に乗せたまま硬直した。

「それに引き換え……」

 リヒトは小脇に抱えたアニマを一瞥して、ため息をついた。

「君は本当に弱くなったね……僕がいなかったら輪切りにされてたんじゃない?」

「さっき言ったとおり、妾の魔力は全て捧げてしまったからのう。じゃが、庇護は無用。しばし御覧じよ」

 アニマはリヒトから離れ、その身を宙へ躍らせる。すかさずドラゴンが腕を振るう。リヒトは飛び退く。

 蒼玉の鉤爪がアニマの体に触れ──透り抜けた。

「今の妾は霊体のようなものじゃ。原則的には主様にしか触れられん。他の者からすれば、姿が見えて声が聞こえるだけぞ」

 アニマは宙に浮かんだまま、リヒトへ向き直る。

「だから……」

「わかってるよ」

 リヒトはアニマを退がらせ、ドラゴンへ歩み寄る。

「派手にやっていいってことでしょ? あちらこちらへ飛び散るくらいに」

「いかにも。ばしっと決めてたも」

 アニマはにんまりと笑った。それは、転生直前に見せた笑顔と同じ表情だった。
 どうも彼女は僕の闘い方が好きらしい、とリヒトは思った。

 壁際に留まるサファイアドラゴンは、両瞳に怯臆《きょうおく》の色を浮かべながらリヒトの様子をうかがっている。

 が、覚悟を決め深く息を吸う。
 術式を発動し、体内の魔力を焔に変え、燃ゆる吐息を噴き出そうとする。

 リヒトはそれを眺め、欠伸を噛み殺した。

(遅すぎるな)

 リヒトの眼には、ドラゴンの挙動すべてがスローモーションに見えていた。
 何の事は無い。眼筋と視神経を魔力で強化しているだけだ。ただそれだけで、リヒトから見た世界はスローモーションになる。

 緩やかに流れる時の中、リヒトはドラゴンの目の前へ跳ぶ。まだ息を吸いきってすらいないドラゴンの鼻面へ、無造作に拳を突き出す。
 拳がドラゴンの鼻先に触れる。鱗を割る。肉を挽き潰し骨を砕く。眼球が飛び出て脳漿が飛び散る。時間の流速が元の速度へと戻っていく。

 爆音。
 サファイアドラゴンの頭部が砕け散った。

「おっ……おぉ~!」

 かたわらで見守っていたアニマが歓声を上げた。落ち着いた様子のリヒトとは裏腹に、無邪気に喜び、ぴょこぴょこ飛び跳ねている。

「すごいすごい! 今のは何という技じゃ!?」

「技名の無い普通のパンチだよ」

 素っ気なく返すリヒトには、気がかりがあった。

「妙じゃない? サファイアドラゴンは知能が高く用心深い魔物のはず。よほど錯乱してない限りは、あんな風に突っ込んでこない」

「そうじゃな。まるで、より強力な魔物の気配に怯えているかのようじゃった。しかし、我々に怯えていたわけではない……。となると、気配の正体は限られよう。早く確かめたいところじゃが、先に確認したい事がある。妾のスキルが部分的に継承されているはずじゃが、どうじゃ?」

「それはもう試した。なかなか良いね」

 満足気なリヒトを見てアニマが小首を傾げる。

「使ったのか? そうは見えんが」

「使ってるよ。ただ、直接的に戦闘に使えるものじゃないみたいだね。でも十分助ってる」

「もったいぶらずに教えてたもぉ~!」

「ごめんごめん」

 焦れて地団駄を踏む魔王を見て、リヒトは微笑んだ。

「僕が得た固有魔術は【電脳】。電子情報全般を操る魔法だ。それを使って、いまのサファイアドラゴン討伐を動画として投稿したんだよ」

「トウコウ? なぜじゃ?」

 要旨を把握できていないアニマに、リヒトはしたり顔を見せた。

「言ったろ? 『自由と栄光に満ち満ちた人生にする』って。そのための最短経路を歩き出したんだよ。手始めに、僕はダンジョン配信者になる」 




──────────

ご覧いただきありがとうございました。

毎日投稿するので、ぜひよろしくお願いします。

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