終末レンタル家族

井上シオ

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第1章:静かな終末

第1話「あと1095日」

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 テレビの中の司会者は、やけに明るい声で言った。

「……繰り返します。隕石の衝突まで、あと一〇九五日です」

 空は、今日も晴れていた。
 朝の光が団地のベランダをまっすぐに照らす。世界の終わりは、いつも通りの朝にやってきた。

 ヒカルは茶碗のごはんをかき込みながら、無言で画面を見ていた。母は隣にいない。数日前から、家に帰ってこなくなっていた。

 「仕事が立て込んでるだけ」と書かれたメッセージが、一度だけスマホに届いた。それきり。

 彼は小学五年生。家事はひと通りできるようになっていたが、冷凍庫のストックはそろそろ尽きる。洗濯物も限界だ。
 だけど、今日はそれよりも――

「なんで、誰も騒いでないの?」

 朝のニュース番組では、パンダの赤ちゃんの話題と、年金制度の見直しのニュースが交互に流れている。
 その合間に、ごく当たり前のように「あと三年で地球が終わる」とテロップが挿入される。

 ――世界の終わりって、もっと映画みたいに叫んだり、暴動が起きたりするもんじゃなかったっけ。

 ヒカルは思う。
 でも、町は静かだった。登校班の小学生はランドセルを背負って並び、スーパーではタイムセールの張り紙が風に揺れていた。
 まるで、いつもと同じ生活を続けることが「正しさ」だとでも言うように。
 

 学校から帰ると、玄関に宅配便の段ボールが積まれていた。
 三つ。いや、四つ。最後の一つには、空気穴がついていた。

 玄関ドアの横に貼られた紙を、ヒカルはじっと見る。


【政府指定・終末対策支援事業】
「理想の家庭、届けます」
――あなたにふさわしい『レンタル家族』をお送りします。


 ヒカルは、玄関の鍵を回す。

 がちゃり、とドアを開けた瞬間、部屋の中から声がした。

「おかえり、ヒカル!」

 リビングには、大人の男がいた。笑っていた。見たことのない顔だ。
 その隣には、やさしそうな女の人がいて、エプロン姿で台所に立っていた。
 テーブルにはミートソースのにおい。

「ヒカル兄ー!」

 知らない女の子が、勢いよく抱きついてくる。
 年下の、たぶん、小学二年生くらいの女の子。

 そして、彼の足元には白くて丸いぬいぐるみみたいな生き物が、
 ごろごろと喉を鳴らしていた。

 ヒカルは、しばらく言葉が出なかった。

 “理想の家族”。
 国が制度として始めた、地球終末対策。

 親がいない子には親を。
 孤独な高齢者には孫を。
 問題のある家庭には「最適な関係性」を、プログラムと行政が判断して送るという。

 これが、その結果なのだ。

 知らない「父」。
 知らない「母」。
 知らない「妹」。
 そして、白くてふわふわした、「ペット」。

「さあ、手を洗ってらっしゃい。夕飯の前よ?」

 女の人が微笑む。
 その笑顔は、びっくりするほど“完璧”だった。
 見たことのあるような、テレビの中の理想的な母親像そのままの顔。

 ヒカルは、玄関に立ち尽くしたまま、ようやくひとことだけ絞り出した。

「……これが、家族?」
 

 そのとき、足元のおもちが、にこりと笑った。
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