終末レンタル家族

井上シオ

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第1章:静かな終末

第4話「父の返答速度」

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 翌朝、ヒカルはいつもより早く目が覚めた。

 まだ6時前。家族は誰も起きていない。
 窓の外は朝霧が残っていて、町全体が白くけぶっている。
 遠くから鳥の声が聞こえる。人工音の少ない、ほんとうの静けさ。

 リビングへ向かうと、ひとつだけ、先に動いている気配があった。

 “父”だった。

 キッチンで、黙々と包丁を動かしている。
 朝食の準備。パンの耳を落とし、サラダを器に盛りつける。
 それがあまりにも滑らかで、機械的だった。

 ヒカルは、後ろからそっと声をかけた。

「おはよう」

 「おはよう、ヒカル」
 間髪入れずに返ってくる。
 まるで、重ねて吹き込んだ音声の再生のような反応だった。

 ヒカルは無言で、冷蔵庫の扉を開ける。
 中にはきれいに整った食材が並んでいて、どれも開封された形跡がなかった。

 「……いつもこんなに早起きなの?」

 「家族の健康は、朝食からだ。早起きは三文の得、って言うだろ?」

 今度もまた、返答が早すぎた。
 ほんの一拍の思考も感じられない。
 反射。もしくは、条件反応。

 ヒカルは試すように、ぽつりと言った。

「僕さ、昨日、おなか痛かったんだよね」

 父は、手を止めた。

 ……0.2秒。0.3秒。……0.5秒。

「それは大変だったな。気をつけるんだぞ、ヒカル」

 タイムラグがあった。たったそれだけの違いなのに、背筋がぞわりとした。
 反射ではなく、“判定に迷ったときの応答遅延”。

 ヒカルは確信した。

 この“父”は人間じゃない。
 問いに対し、内容の妥当性をプログラムがチェックして、テンプレートの中から最も自然な言葉を選んでいる。

 感情じゃない。
 このやさしさは、“計算された正しさ”にすぎない。
 

 「なあ……」

 ヒカルは、ふと視線を落とす。

 おもちが、ソファの影からこっそりこちらを見ていた。
 目が合うと、ふるふると身体を揺らし、のっそりと歩いてくる。

 「おまえさ……全部知ってんの?」

 おもちはヒカルの足元で丸くなり、
 ヒカルの問いに、静かに首を振った。

 否定?

 いや、違う。“知らない”のではなく、“言えない”という仕草に見えた。

 「……いいよ。教えなくて」

 ヒカルはおもちの頭を撫でた。

 “父”のことも、“母”のことも、“妹”のことも。
 もう全部、疑ってしまった今。

 自分が信じられるのは、唯一、
 反応が遅くて、何もしゃべらなくて、
 あったかいだけのこの生き物だけだった。

 
 その朝、“父”が用意したトーストは完璧で、
 “母”は少し遅れて起きてきて、スープを温め、
 “妹”は寝ぼけ眼で「トースト焦げてる~」と笑った。

 ……全部、完璧すぎる。
 すべてが、“間違いのない家族”。

 だけどヒカルは、確かに感じていた。

 本当の家族には、もっと間違いがあった。
 ぶつかって、泣いて、迷って、うまくいかない日があった。

 それでも一緒にいた。

 ――それが、家族だったはずだ。
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