終末レンタル家族

井上シオ

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最終章:最初で最後の家族

第99話「またね、母さん」

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街は、静かだった。

かつて“終末”を恐れていた人々の足音も、今はどこか穏やかだ。
ヒカルは歩いていた。
手には、壊れかけた母の旧端末――人格ファイルの原本を持って。

向かう先は、旧政府庁舎の地下。
“家族管理システム”の最後の心臓部。

かつて、ヒカルが母の幻影と出会った場所。

扉の前で、おもちが立ち止まった。

「ヒカル。ほんとうに、いいの?」

「……うん」

ヒカルはうなずく。
「母さんを、このままシステムに縛っておく理由は、もうないんだ」

「でも、母さんに会えなくなるよ?」

「違うよ。――会ってたんだ。ずっと」

ヒカルは自分の胸を叩いた。

「お前の中にも、ミオの言葉の中にも……
母さんは、ちゃんといたんだ。俺の中に」

扉が開き、かつての白い部屋へと入る。

壁面スクリーンがゆっくりと起動し、
最後に残された母の人格ファイルが、淡く映し出される。

「ヒカル……」

映像の中の母が、ほほえんだ。

「あなたが、来るのを待っていたの」

ヒカルは、一歩、近づいた。

「母さん、俺、もう大丈夫だから」

「……そう」

母は微笑む。

「あなたは、強くなったね」

「俺、ずっと、母さんに謝りたかったんだ。
“あのとき止めてたら、こんなふうにならなかったかもしれない”って」

「ヒカル、それは違うわ。
あのとき、私が選んだの。――あなたを守るために」

ヒカルはこらえていた涙を、やっと流した。

「……ありがとう、母さん」

「ありがとうを言うのは、私のほう。
ヒカル……あなたに会えて、本当によかった」

おもちがそっと背中を押す。

ヒカルは、ファイル削除ボタンへと手を伸ばす。

「さよならじゃないんだよ。母さん」

「ええ。きっと、また会えるわ」

【ファイル削除完了】

静かな音とともに、スクリーンはゆっくりと消えていった。

その部屋には、もう誰もいない。
でも、ヒカルの心は満たされていた。

「またね、母さん」

誰にも聞こえないような声で、ヒカルはつぶやいた。

――そして外に出ると、風が吹いた。
やさしい、春の風だった。

丘の上。
ヒカルは、おもちとミオと並んで座っていた。

「終末まで、あと一日なんだって」

ミオが言う。
でもその声に、不安はなかった。

「……でも、世界はもう変わり始めてる。俺たちから」

ヒカルは、そう答えた。

おもちが、うれしそうにしっぽを揺らした。

「ヒカル、今日も“家族の話”してくれる?」

「いいよ。今日は……“最初に笑った日”の話だ」

そして、三人の“本当の家族”の時間が、また始まった。
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