71 / 99
第10章:虚構の終焉
第72話:記録に残らぬ者
しおりを挟む
炎の中で生まれた影は、いまや“記録”という火に焼かれようとしていた。
安土城の書庫――そこは、天下の知が集まる場所であり、同時に“歴史を編む”秘密の中枢でもあった。
その一角で、ひとりの文吏が黙々と筆を走らせていた。
「影武者・十兵衛――その名、抹消せよ。
本能寺の変にて信長公戦死、以後の政は信高公が継ぐものとする」
それが、新たに出された命令だった。
誰が発したのか、署名はなく、封印も曖昧。
しかし、その威光は強く、誰も抗えなかった。
文吏の手が止まる。
「これで……よいのか?」
彼の名は――浅井源九郎。
十兵衛と同郷の百姓出身、かつて信長に拾われた同輩だった。
「奴は確かに偽物だった。だが、あれほど必死に“本物”を生きた男はいない」
源九郎の脳裏に浮かぶ、あの夜の姿。
命を狙われた後も、十兵衛は逃げず、名乗らず、ただ“信長”であり続けた。
血の涙を流しながら、刀を抜いたあの姿を――彼は忘れられなかった。
書状を手に、彼はふと筆を止める。
そして、真夜中の城を抜けて向かったのは、密かに管理された“焚書の間”。
そこでは、多くの記録が燃やされていた。
日記、書状、証言、絵図――“十兵衛”の存在を示すすべてが炎に包まれる。
源九郎はその焚書の間から、ひとつだけ、焼け残った巻物を拾い上げた。
――「影、炎を継ぎて」
それは、誰かが密かに書き残した、十兵衛の語りであった。
《俺は偽物だ。けれど、偽物であり続けることでしか守れぬものがあった。
誰にも名乗られず、記されず、ただ歴史を“つなぐ”ための存在――
それが、俺のすべてだった》
源九郎は、巻物を抱きしめるようにして、そっと呟く。
「お前は……生きている。誰よりも、いまの世に」
記録は焼かれ、名は消される。
だが、心に宿った“影”の記憶だけは、燃やせなかった。
その夜――源九郎は巻物を土に埋め、こう記した。
「いつか、この嘘の時代が終わるとき、
この“影”が、真実の灯となるように」
安土城の書庫――そこは、天下の知が集まる場所であり、同時に“歴史を編む”秘密の中枢でもあった。
その一角で、ひとりの文吏が黙々と筆を走らせていた。
「影武者・十兵衛――その名、抹消せよ。
本能寺の変にて信長公戦死、以後の政は信高公が継ぐものとする」
それが、新たに出された命令だった。
誰が発したのか、署名はなく、封印も曖昧。
しかし、その威光は強く、誰も抗えなかった。
文吏の手が止まる。
「これで……よいのか?」
彼の名は――浅井源九郎。
十兵衛と同郷の百姓出身、かつて信長に拾われた同輩だった。
「奴は確かに偽物だった。だが、あれほど必死に“本物”を生きた男はいない」
源九郎の脳裏に浮かぶ、あの夜の姿。
命を狙われた後も、十兵衛は逃げず、名乗らず、ただ“信長”であり続けた。
血の涙を流しながら、刀を抜いたあの姿を――彼は忘れられなかった。
書状を手に、彼はふと筆を止める。
そして、真夜中の城を抜けて向かったのは、密かに管理された“焚書の間”。
そこでは、多くの記録が燃やされていた。
日記、書状、証言、絵図――“十兵衛”の存在を示すすべてが炎に包まれる。
源九郎はその焚書の間から、ひとつだけ、焼け残った巻物を拾い上げた。
――「影、炎を継ぎて」
それは、誰かが密かに書き残した、十兵衛の語りであった。
《俺は偽物だ。けれど、偽物であり続けることでしか守れぬものがあった。
誰にも名乗られず、記されず、ただ歴史を“つなぐ”ための存在――
それが、俺のすべてだった》
源九郎は、巻物を抱きしめるようにして、そっと呟く。
「お前は……生きている。誰よりも、いまの世に」
記録は焼かれ、名は消される。
だが、心に宿った“影”の記憶だけは、燃やせなかった。
その夜――源九郎は巻物を土に埋め、こう記した。
「いつか、この嘘の時代が終わるとき、
この“影”が、真実の灯となるように」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
マルチバース豊臣家の人々
かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月
後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。
ーーこんなはずちゃうやろ?
それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。
果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?
そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?
日露戦争の真実
蔵屋
歴史・時代
私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。
日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。
日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。
帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。
日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。
ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。
ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。
深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。
この物語の始まりです。
『神知りて 人の幸せ 祈るのみ
神の伝えし 愛善の道』
この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。
作家 蔵屋日唱
不屈の葵
ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む!
これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。
幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。
本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。
家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。
今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。
家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。
笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。
戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。
愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目!
歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』
ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる