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第6話

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「今日は冒険者ギルドにいくわ。シャーデンあなた街中じゃ黙っときなさいよ?」
 翌朝、昨晩よく眠ったアルシアは空間収納(小)に熱々のまま保存していた肉串&野草焼きを食べ歯磨きなどの身支度を終えた後、王都ロズワルドにある冒険者ギルドに行くと言いだした。昨日の狩の獲物を売るのだそうだ。ちなみに俺のことは長い名前を省略してシャーデンと呼ぶことにしたそうだ。

「ああ、わかってるよ。ただ何か話があるときは腕に刺激を与えるから、気がついたら腕を耳元にやってくれ。こっそり話をする。こんな感じで」
 シュシュのように腕に装着された状態で腕を軽く噛む俺。
「あ、これならバレなさそう。あなた意外と頭いいのね?」
「意外は余計だろ」
 黙っている必要があるのは俺が魔道具だとバレるのが防犯上よくないからである。ただでさえ無防備な美少女一人というだけで野盗のオッサンが寄ってくるのに、有用な魔道具までもっているとわかればさらに危険な状況になりかねないのだ。

 そう考えるといつまでもシュシュに偽装するのは無理があるなと思う。スキルポイントに余裕が出てきたら形状変化のスキルを取得して、何か女の子がつけそうなアクセサリーにでも擬態すると良いだろう。

 ということでアルシアの腕にシュシュとしてくっつき町中まで歩くことしばらく、竜が火を吹いている看板が出ている建物の前にたどり着く。どうやらここが冒険者ギルドらしく、男女問わず粗野な雰囲気の人たちがひっきりなしに出入りしている様子が見てとれた。こうして実際に冒険者たちとアルシアが同じ場所にいるところを観察してみると、王家に保護され王子様たちと一緒に過ごしていたアルシアが明らかに浮いているのがわかる。

 俺は直感的にアルシアがパーティを組めないのは、第一王子の妨害工作だけが原因なのではないんじゃないかと感じた。シャーデンフロイデ「他人の不幸は蜜の味」の逆、つまり「嫉妬」や「やっかみ」の類を感じる。俺はその種の他人の感情を視線で感じ取ることができるという、スクールカースト底辺としてサバイブしてきた際に培ったある種の特殊スキルがあり、間違いないと告げている。

 俺はその「嫉妬」や「やっかみ」のような感情をシャーデンフロイデの逆ということで「シャーデンフロイデ・インバース(逆)」と非常に厨二病臭のする名前を付け、クラスでイジメられないためにこの感情を起こさせないための努力を日々積み重ねてきた。わざと自分を落としてピエロを演じることでカースト上位陣のシャーデンフロイデを喚起し、「こいつはイジメる価値もない」と思わせるといった感じだ。

 おそらく王家に保護され上品な環境で育ったアルシアは、世間一般のクソ野郎が抱く感情を知らないのだろう。だから彼女は下手を打ち、クソ野郎どもが抱く「シャーデンフロイデ・インバース」を刺激してしまいハブられてしまったのだと俺にはわかった。

 そして、周りの冒険者はアルシアが金欠のため宿を追い出されたということを知っていたのだろう。全員が彼女の野宿疲れのため若干みすぼらしくなった姿を見てメシがウマいとばかりにニヤニヤと下品で嫌らしい笑みを浮かべていた。

 それはまさに「シャーデンフロイデ」を喚起されたクソ野郎どもの姿だった。異世界に来てまでもクラスでよく見た光景を目の当たりにするなんてな。

 クラスで何気なく自虐ネタをやりだした中学生当時、俺は「人は何でこんなくだらないことで喜ぶ生き物なんだろう?」と疑問に思いネットで色々調べていたら「シャーデンフロイデ」という言葉に辿り着いた。日本には穢多非人差別のような「シャーデンフロイデ」を統治の道具として利用してきたという歴史があって、それは平安時代にまで遡るらしい。

 しかしアルシアは俺のようには開き直れないようで、自分を嘲笑うような冒険者どもの視線や態度に、怒りや羞恥で顔を真っ赤にして俯きながら両手を握り締めプルプルと震えている。俺の中で友人がイジメにあっているときのような妙な正義感がむくむくと湧いてくる。俺はピエロを演じてクラス中から馬鹿にされていた自分とアルシアを重ね、どんなことがあっても絶対に彼女を応援しようと思った。

「(おいアルシア、落ち着け。狩の素材を売るんだろ? こんなクソどものことなんか気にせずさっさと用を済ませよう)」
 俺はアルシアの腕を軽く噛み刺激を与えるという「話がある」のサインを実行。左手を左耳まで上げたアルシアの耳元でこっそり小声で、だがしっかりと強い言葉で元気づけた。
「(うん、シャーデンごめん。ありがと……)」
 俺の言葉で少しだけ冷静になり勇気が出たのか、アルシアはキュッと唇を結びスタスタとギルド員のいるカウンターまで歩いた。そしてアルシアは、カウンターに立つチョビヒゲにハンチング帽、銀縁メガネという若干神経質そうな見た目のギルド職員に「素材の買取をお願いします」と伝えた。

 俺は目の前に立つギルド員のオッサンが、冒険者どもとはまた別種の意地悪そうな視線をアルシア向けているのが気になった。
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